第三食 逸材じゃないですか!
普通の人間なら気絶でもしそうな光景だが、あいにくサヤは殺し屋だ。
この程度は見慣れている。
「あの、落としましたよ」
拾った腕を差し出したサヤは、姿を現した青年を見て思わず息を呑んでいた。
前世で見た銀世界のように、きらきらと輝く白銀の髪。
切れ長の吊り目は血のように赤く、瞳孔だけ金色なのが、青年の人間離れした美貌をより際立たせていた。
「ありがとう」
すんなりと受け取った青年は、部屋の中央にあるテーブルに腕を置くと、そのまま椅子に腰掛けている。
「とりあえず座ったら?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
青年の正面に座ったサヤは、テーブルに置かれた腕と青年を交互に見比べている。
「ああこれ? 小腹が空いたから持ってきた」
人の気配がしたため様子を見に来たが、ドアを開ける際に落としてしまったらしい。
腕が転がってきた理由は分かったものの、問題は小腹が空いたことと人間の腕がどう関係しているのかだ。
「お兄さんはどうしてここに? それに、その腕はいったい──」
目の前で、ブチっという音が響く。
腕に噛み付いた青年が、ちぎれた肉の部分を咀嚼していた。
「お兄さん、それ……人の腕ですよ」
「知ってるけど」
サヤの中で、点と点が繋がっていく。
ルイスのメイドが頻繁に入れ替わる訳だ。
モーリッシュ家の息子は、地下に人喰いを飼っていたらしい。
知っているのは家族と、側仕えのロザリーくらいなのだろう。
定期的にメイドを送り込むことで、人喰いの食欲を満たしていたようだ。
「怖い?」
「怖くはないんですけど……お兄さん、見た目が人間に近いので。人間が人間を食べてるみたいで、視覚的に複雑というか……」
「ふーん」
サヤを見た青年が、面白そうに目を細める。
瞬間、青年の手の中で腕が圧縮された。
真珠ほどのサイズになった腕は、手のひらでころころと揺れている。
「これなら大丈夫でしょ?」
赤い球体を摘んだ青年が、腕だったものを呑み込んでいく。
あっという間に消えた腕を見て、サヤの目が運命を見つけたかのように輝き出した。
テーブルに身を乗り出したサヤが、青年に向かって質問攻めを始める。
「一口サイズにできるなんて便利ですね。もし人間を丸ごとだったら、どのくらいのサイズになるんですか?」
「そんなに変わらないよ。強めに圧縮すればいいだけだし」
圧縮された後の腕は、血や肉が飛び散ることもなく、ほんのわずかな痕跡さえ残っていなかった。
「圧縮したら、お腹が膨れにくいとかないですか?」
「内容が同じなら平気。量よりも質の方が重要だから」
「じゃあなんで、さっきはそのまま食べてたんですか?」
食べやすさで言えば、後者の方が圧倒的に優れている。
効率もいい上、部屋を汚すこともなく綺麗だ。
不思議そうに問いかけるサヤに、青年は真面目な顔つきで口を開いた。
「よく噛んで食べた方が、健康に良いって言われたから」
「確かに、よく噛んで食べるのは大切ですよね」
真っ当な理由に、サヤも真面目な様子で頷き返している。
「お兄さん、折り入ってご相談があるのですが」
「命乞いなら聞かないよ」
サヤがこの場所に送られたのは、人喰いの栄養になるためだ。
これまでのメイドとは違うようだが、それでも青年からしてみれば、同じ餌に変わりはなかった。
「違います。私はお兄さんに、私のパートナーになってもらいたいんです!」
「……は?」
正確にはビジネスパートナーなのだが、今のサヤにとっては些細な違いだったらしい。
「私と契約すれば、お腹いっぱいご飯が食べられます。若い女性だけとはいきませんが、その分、老若男女は豊富ですよ!」
青年の目が、じっとサヤを見つめる。
そこに疑いと興味、本心を探るかのような色を感じ、サヤはここぞとばかりに畳み掛けた。
「お兄さんは、ここから出たくないんですか?」
「そういう訳じゃないけど……面倒でしょ」
ここにいれば、何もせずとも食事が出てくるのだ。
悪趣味な子供に飼われてやっているのも、青年にとって利があるからに他ならなかった。