表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺し屋少女と食人鬼  作者: 十三番目


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/46

第二十九食 誰にも渡さない


 大型客船だけあって、船の内装は豪華だった。

 リュミエは上等な部屋を予約してくれていたが、五つ星パスを目にした乗組員は、ぎょっとした様子で最上級の部屋へとグレードアップさせていた。


 見た目だけで言えば、十代後半の少女と青年だ。

 アルヴィスの実年齢はさておき、身分証であるカードには、十八歳と記載されている。


 まだ年若い男女が、五つ星パスを所有しているとは思わなかったのだろう。

 部屋に案内されたサヤは、中を見て目を輝かせている。


「すごく広いですね、アルヴィス! あ、ここから外に出られるみたいですよ」


 船外に出たサヤの髪が、潮風で乱れていく。

 はしゃぐサヤの姿に、アルヴィスがゆるりと目を細めた。


 サヤといると楽しい。

 サヤが隣にいるだけで、世界が鮮やかに見える。


 そんな感情になるのは、アルヴィスがサヤを“好いている”からなのだろうか。



 地下ギルドを去る前、エージスはアルヴィスに向かって「早く自覚しろよ」と言ってきた。

 もどかしくなると続けたエージスの肩を引き寄せた男が、にやにやと笑いながらエージスの顔を覗き込んでいる。


 様子を見守っていた別の男が、戯れ合う二人を尻目に、アルヴィスの方へと近寄ってきた。


「実はね、相手のことが好きかどうか分かる、手っ取り早い方法があるんだけど……」


 小声で囁いた男は、「頑張ってね」と言いながら拳を握っている。

 男の表情には悪戯っぽさも混じっていたが、サヤ以外に興味の薄いアルヴィスが気づくことはなかった。



 デッキから海を眺めるサヤの隣に並ぶと、アルヴィスは夕陽に照らされるサヤの横顔を見つめた。

 男の話していた手っ取り早い方法が、アルヴィスの脳裏に浮かぶ。


「どうしたんですか?」


 アルヴィスの視線に振り向いたサヤは、不思議そうにアルヴィスを見上げている。

 ふと、サヤの顔に影が落ちた。


 白銀の髪が頬をくすぐり、唇に柔らかなものが当てられる。

 ほんの一瞬、そっと触れていた唇は、すぐにサヤから離れていった。


 驚きのあまり見開かれた目が、宝石のように輝いている。


 ──もし君が彼女を好きなら……多分、もっと触れたくなると思うよ。


 男の言葉が、アルヴィスの胸にストンと落ちてきた。


「サヤが好き」


 間違いなく、アルヴィスはサヤに恋をしている。

 サヤに触れると心が満たされる一方で、もっと触れていたいとも思ってしまう。


「俺を、サヤの唯一にして」


 他の誰かが同じように触れたらと考えるだけで、殺意にも似た感情が湧き上がってくる。

 サヤの特別が欲しい。


 夕陽よりも色づいていくサヤの頬に、アルヴィスは手を伸ばしていた。

 頬を包んだ指が、滑らかな肌を撫でる。

 不意に、髪をすくった指先が──サヤの耳を掠った。


「……ひゃっ!」


 反射的に退いたサヤは、手で耳を押さえながら、真っ赤な顔でアルヴィスを見ている。

 潤んだ目からは、今にも雫がこぼれ落ちそうだ。


「わ……私……そろそろご飯の時間なので……っ!」


 風のように部屋を飛び出していったサヤは、一人で食事の場所に向かったようだった。

 本来であれば、アルヴィスも一緒に行くはずだったが、今回は止めておいた方がいいのかもしれない。


 どのみち、アルヴィスにとって人間以外を食べるのは、空腹を紛らわす手段でしかなかった。

 仄かに温もりの残る手を見下ろし、アルヴィスは大人しくサヤの帰りを待つことに決めた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 夜になり寝支度を整えたサヤは、衝撃の事実に固まっていた。

 寝室の中央には、キングサイズのベッドが一つ置かれている。


 二つではなく、一つなのだ。

 やっと鎮まっていたサヤの感情が、再び温度を上げていく。


「気になるなら、向こうにいるよ」


 アルヴィスが示した先には、リビングがある。

 おそらく、ソファーを使うつもりなのだろう。


「いいえ。こうなった以上、仕方ありません。一緒のベッドで寝ましょう」


 腹を括ったサヤが、ベッドに腰掛け逆側を叩く。

 規則や平等を重んじるサヤにとって、アルヴィスだけを別の場所で寝かせるなど、考えられないことだった。


 それに、サヤはまだ──アルヴィスに答えを返せていない。


「アルヴィス、話しておきたいことがあるんです」


 隣に座ったアルヴィスが、真剣な雰囲気のサヤを見つめる。


 サヤを好きだと言ったアルヴィスは、本気の目をしていた。

 だからこそサヤも、その気持ちにきちんと向き合わなければならないと思ったのだ。


「私には、前世の記憶があるんです。ここではない世界で生きていた、普通の人間としての記憶が……」


 サヤがまだ、小夜だった頃の記憶。


 沈黙が流れるベッドの上で、サヤはかつてあった出来事を語り始めた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ