第二十八食 受け入れてくれるかな
リュミエが案内してくれた部屋には、見覚えのある水晶が置かれていた。
門近くの骨董屋で触れた水晶と瓜二つ。
あの時の物は割れてしまったはずだが、何故ここに置いてあるのだろうか。
水晶を覗き込むサヤに、リュミエが微笑みながら近寄ってくる。
「この水晶には、知恵の神と交信し、お言葉をいただくための魔法が込められているのです」
知恵の神は五大神の内の一柱で、あらゆる知識を司っている神だ。
神話では、生の神が新たな魂を生み出し、輪廻の神が転生させ、死の神が不要な魂を処分する。
時の神が物事に有限を与え、知恵の神が理を定め、そうして世界は創られたと語られていた。
リュミエの話では、エルフは古より神と交信できる水晶を使い、知恵の神の言葉を授かることで、魔法を独自に発展させてきたらしい。
「エルフに加護や異能はありませんが、知恵の神のお力添えもあり、魔法において右に出る者はいない種族となりました。一族の住む森では、今も年に数回ほど、水晶を使った交信が行われています」
「他の神とも交信できるんですか?」
骨董屋の老婆は、知恵の神ではなく、神々と交信できる物だと話していた。
サヤの問いかけに肯定を返すと、リュミエは両手で水晶を持ち上げている。
「水晶に込められた魔法は、縁のある神に対して魂の糸を伸ばし、反対側に神が触れることで繋がる仕組みになっています。エルフは知恵の神以外との接点はありませんが、他の神と縁の深い者であれば、同じように交信することが可能です」
サヤの脳内に、前世で使っていた電話が思い浮かぶ。
「それに、サヤさんはすでに他の神と交信しておられますよ」
「え?」
驚くサヤだが、リュミエの言葉を否定することはできなかった。
なぜなら、サヤには水晶に触れた時の記憶がないからだ。
甲高い破裂音に意識が引き戻され、気づくとアルヴィスの腕の中にいた。
もしあの時、サヤが縁のある神と交信していたのだとすれば──。
「死の神が、サヤさんと再び話すことをお望みだそうです」
サヤの瞳が、感情を表すかのように揺れている。
「祭司のエルフに、知恵の神を通じて言伝があったと伺いました。しかし、この規模の水晶では、五大神の力にほんの一瞬しか耐えられないのです」
水晶を棚に戻したリュミエが、サヤと向き合うように立つ。
「サヤさん、どうかエルフの国にいらしてください。ゴルイドからであれば、近くまで船も出ております。それより先は、迎えの者に案内させましょう」
エルフの国は、海を挟んだ反対側の大陸、聖なる森と呼ばれる森林地帯の中にあった。
大陸までは、船で数日ほどの距離だ。
振り返ったサヤが、アルヴィスの方を見つめる。
「サヤがしたいようにすればいいよ。どんな場所に行こうと、離れたりしないから」
サヤを見つめ返したアルヴィスが、何てことないかのように口にする。
喜びや安堵。
それらの感情よりももっと強く、心を鷲掴みにされるような感覚が走っていく。
アルヴィスはいつも、当たり前のようにサヤといてくれる。
だからサヤも、いつの間にかアルヴィスが傍にいることを、自然なことのように感じていた。
エージスを変わり者だと思っていたサヤだが、自身の方がはるかに変わっていることも知っている。
それでも、擦り潰されて千切れた感情が、元に戻ることはない。
普通を理解しようとしないのではなく、理解できないのだ。
けれどアルヴィスは、そんなサヤを丸ごと受け入れ、むしろ楽しんでいる様子さえ見受けられた。
今の世界は、前の世界よりも生きやすい。
サヤにとっては、それだけで充分すぎるくらいだと思っていたのに──。
「エルフの国に行きます」
ほっと息をついたリュミエが微笑む。
「では、船の手配をして参ります」
サヤたちに受付へ向かうよう告げると、リュミエは応接間から去っていった。
◆ ◆ ◇ ◇
「もう行っちゃうんだね」
受付で待っていたライラは、少し残念そうな顔をしている。
「見送りに来てくれたんですか?」
「まあね。言い出したのはエージスの方だけど」
ライラの視線の先には、エージスの他にも、食事処で騒いでいた男たちの姿があった。
「エージス、殺し屋やめるんだって。他の仕事を紹介してくれって言うから、あいつらと同じところを勧めといたんだ」
「そうだったんですね」
けっこうなアクシデントは起こしていたが、何やかんや仲良くなっていたらしい。
肩を組まれて笑うエージスの表情は、年相応のものに見えた。
男のうちの一人が、アルヴィスにこそこそと話しかけている。
首を傾げるアルヴィスに、男は頑張れよとばかりに拳を握っていた。
「サヤさん、星パスはお持ちですか?」
奥から現れたリュミエが、自身のパスを見せてくる。
サヤがネックレス状にしていた指輪を取り出すと、リュミエは指輪同士を合わせ、チケットの情報を転送してくれた。
「船のチケットを二人分入れておきました。五つ星パスがあれば、入国審査は問題なさそうですね。ああそれと、これを持っていってください」
五つ星パスを羨ましそうに覗き込むライラの隣で、リュミエは水晶の付いた髪飾りを渡してきた。
「船を降りたら、これを付けていてください。案内役のエルフが、見つけてくれるはずです」
「分かりました」
何やら盛り上がっている男たちの方を向くと、サヤはアルヴィスの名前を呼んだ。
すぐに戻ってきたアルヴィスと寄り添い、地下ギルドを後にする。
微笑むリュミエと、手を振るライラや男たち。
サヤを見つめていたエージスは、視線が合うと、くしゃりとした笑みを浮かべていた。




