第二十七食 末長く爆発してくれ
楽しそうに話すサヤとエージスの姿を眺めながら、ライラはどうしたものかとため息をついていた。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですって。ディスタリアの人間は一途だって言うし、サヤの特別はアルヴィスさんだけですよ」
サヤがゴルイドを発つ前に、二人で話をさせてほしい。
たまたま地下ギルドを訪れていたライラは、エージスに頼まれたこともあり、アルヴィスと同じテーブルに腰掛けていた。
不機嫌そうな様子のアルヴィスを、ライラはそれとなく宥めている。
ライラの話に気になる箇所があったのか、アルヴィスがちらりと視線を移した。
「それ、どういう意味」
「どういうって……アルヴィスさんは、サヤと付き合ってるんですよね?」
付き合うという言葉に首を傾げるアルヴィスを見て、ライラの表情がかたまった。
「え、うそ。恋人同士じゃなかったの……!?」
サヤとアルヴィスの距離感は、ただのビジネスパートナーとは思えないほど近い。
衝撃を受けるライラを、アルヴィスは心底不思議そうに見ていた。
「恋人に何の意味があるの? 呼び方を変えたところで、一緒にいる事実は変わらないでしょ」
アルヴィスにとって重要なのは、サヤが傍にいることだ。
そこにどんな名前が付こうと、大した違いはないと考えているのだろう。
意図を察したライラが、何やら難しい顔で唸っている。
長らくゴルイドにいたことで忘れかけていたが、人間とその他の種族では、常識が異なる部分も多い。
アルヴィスは人間ではなく、鬼だ。
人間に関する知識はあるようだが、理解はまだ浅いのかもしれない。
「いいですか、アルヴィスさん。人間という種族は、関係性を重視する傾向にあります。家族、友人、恋人など、呼び方を変えることで、他と区別しているんです」
熱く語り出したライラに、アルヴィスもひとまず話を聞いてみることにしたようだ。
やや前のめりになりながら、ライラははっきりした口調で続きを語っていく。
「特に恋人は、伴侶に変わることもあり、生涯を共にする大切なパートナーとして扱われます。つまり、その人間の唯一の相手として、特別扱いを受けられる存在のことを言うんです」
唯一の相手。
特別扱い。
そんな言葉に、アルヴィスの心は揺れ動いていた。
「今のサヤとアルヴィスさんは、仕事のために契約したビジネスパートナーです。もしサヤのことが好きなら、サヤ自身のパートナーになりたいって伝えないと駄目ですよ。誰かに取られてからじゃ、遅いんですからね」
──サヤの隣に、自分以外の誰かがいる。
想像しただけでどす黒い感情が湧き上がってきて、アルヴィスは思わず椅子から立ち上がっていた。
「分かった」
それだけ言うと、アルヴィスは別のテーブルにいるサヤの方へと歩いていく。
「サヤ」
「アルヴィス? どうしまし──」
「俺のパートナーになって」
エージスの口から、噴水のようにコーヒーが吹き出した。
手にカップを持ったまま、エージスは口の端からだらだらとコーヒーを垂れ流している。
「その、パートナーっていうのは……仕事についてじゃなくてですか……?」
「わー! まってまって、いったん待ってー!」
他のテーブルに身体をぶつけながら、ライラが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「色々言いたいことはあるけど、なんで今!?」
「取られないうちにと思って」
「あれはたとえ話で、取られるってそんな……」
ライラの視線が、エージスの方を向く。
「俺はなんもしてねぇからな!?」
疑いを含んだ眼差しに、血相を変えたエージスが必死に否定している。
長いため息をついたライラは、いったん話を整理しようと周りを見回した。
「まあとにかく、アルヴィスさんは、サヤのことが恋愛的に好きってことでいいんだよね?」
「……たぶん?」
「自覚ないのかよ!」
反射的に叫んだエージスが、頭を抱えながらテーブルに突っ伏した。
絶句するライラと、行動不能になったエージスに対し、サヤは落ち着いた様子で考え込んでいる。
アルヴィスを見上げたサヤが、何かを言おうと口を開きかけた時だった。
「サヤさん、少しお時間よろしいでしょうか」
金糸のような髪と、森を彷彿とさせる緑色の瞳。
柔らかな雰囲気で声をかけてきたリュミエは、サヤに会うため食事処までやって来たようだった。
「私、ですか?」
「はい。どうしても、お伝えしておきたいことがあるのです」
戸惑いつつも了承したサヤは、アルヴィスに向けて手を差し出している。
「行きましょう、アルヴィス」
当然のようにアルヴィスを連れて行ったサヤの背を見送りながら、ライラがぽつりと呟いた。
「なんかあの二人、めちゃくちゃお似合いな気がしてきた」
「……だな」
ライラがお酒を飲み始める。
やけに甘く感じる口内を打ち消そうと、エージスはもう一杯コーヒーを頼んでいた。




