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殺し屋少女と食人鬼  作者: 十三番目


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第二十二食 キュンとします


 海水の流れに敵うはずもなく、足を取られた者が次々と転倒していく。

 ここで依頼主(エージス)を死なせるのは、殺し屋としてのポリシーに反する。


 身体ごと呑み込まれそうなエージスを助けるため、サヤは自ら流れの方へ向かおうとした。


「サヤはここにいて」


 ふわりと浮いた身体が、アルヴィスの肩に寄せられる。

 片腕で軽々とサヤを持ち上げたアルヴィスは、流れ込む海水に手を翳すと、覆うように能力を発動させた。


「押さえとくから、早く出てくれる?」


 ぴたりと勢いの止まった海水が、見えない壁によって元の位置に押し戻されていく。

 呆然とその光景を見ていた人々は、アルヴィスの言葉に慌てた様子で立ち上がった。


「その必要はありません」


 室内に、柔らかな女性の声が響いた。


 金糸のような髪と、長い耳。

 エルフ特有の美貌を持った女性は、壊れた壁に向かって、蔦の巻かれた杖を掲げている。


 壁一面に、大小様々な魔法陣が現れた。

 歯車のように回り出した魔法陣は、砕けた壁を元通りに修復していく。


 濡れた床を乾かし、室内を片付けたエルフは、能力を解いたアルヴィスを見て近寄ってくる。


「わたくしは地下ギルドを管理する魔法師で、リュミエと申します。此度のご助力、心より感謝いたします」


 エルフは誇り高い種族だ。

 たとえ仕事のためであっても、簡単に頭を下げたりしない。


 そんなエルフが迷わず頭を下げるほど、今回の出来事は甚大な被害をもたらしかねないものだった。


「別に、君たちのためじゃない」


 何かお礼をと告げるリュミエに、アルヴィスは興味がなさそうな顔をしている。


「あの、アルヴィス。下ろしてくれませんか?」


 リュミエを前にして抱えられたままでは、失礼に当たると考えたらしい。

 ぺちぺちと肩を叩いたサヤが、アルヴィスに下ろすよう頼んでいる。


「実は私たち、ここで待ち合わせをしていたんです。それで、その相手というのが……」


 全身に水を浴びたことで、酔いが醒めたようだ。

 今にも死にそうな顔をしたエージスと、事件の発端へ視線を向けたサヤの目が合った。


「なるほど、そうでしたか。事情はこれから伺うとして……ひとまず、こちらの方にはお礼をさせていただきたいと思っています」


 リュミエからしてみれば、事態を起こしたのがエージスであろうと、アルヴィスの功績が変わる訳ではない。

 何もかも終わりだと落ち込むエージスの背を、傍にいた少女がさすっている。


 もしこのままエージスが拘束されれば、依頼に同行するという条件も叶わなくなってしまう。

 困った様子で眉を下げるサヤを見て、アルヴィスが「だったら──」と口を開いた。

 

「無かったことにして。あんなのでも、サヤが依頼を受けた相手だから。中途半端になるのは困る」


 正確には、サヤが困るのが嫌なだけで、エージスのことなどどうでもいいと思っている。

 むしろ、アルヴィスはエージスを邪魔だとさえ感じていた。


 感動したサヤの瞳が、うるうると煌めいている。

 思案顔のリュミエは、何やら難しい表情を浮かべていた。


「お気持ちは分かりました。……ただ、ギルド内で許可なく能力を使うことは、法により禁止されています。良くて拘留、最悪の場合……死刑になる可能性も──」


「待ってください!」


 エージスの隣にいた少女が、リュミエの元に駆けてくる。


「ライラさん」


「あたしが悪いんです! あたしが飲みで勝負をしようって、無理やり誘ったからこんなことに……」


 ライラと呼ばれた少女は、唇を噛み締めて俯いている。

 それを見ていた背後の男たちが、互いに顔を見合わせ、一斉に話し出した。


「それを言うなら、僕にも責任があります。あいつは嫌がってたのに、僕が煽って飲むように仕向けたんです」


「俺も悪ノリして、度数の高い酒を渡しました」


「酒に弱いってのは、見りゃ分かってたんスよ。でも面白くてさ〜。止めなかった俺らも同罪っス」


「テメェら……」


 男たちに庇われ、エージスは今にも泣きそうな顔になっている。

 室内を見回したリュミエは、仕方がないと言うようにため息をついた。


「全く……良いでしょう。今回の件は、不慮の事故として処理しておきます。とは言え、調書は必要になりますので、明日また受付までいらしてください」


 男たちに「良かったな」と背中を叩かれ、エージスは腕で目を擦っている。

 どうやら、サヤたちが依頼をこなしていた間に、友情のような絆が出来ていたようだ。


 安心した様子で見守るサヤの頭に、アルヴィスはぽすりと頬を乗せた。


「サヤ、お腹空いた」


 甘えるように頬を擦り付けられ、サヤの脳内を“可愛い”という文字が過っていく。


「あれだけ能力を使ったら、お腹も空きますよね。情報屋との話が終わったら、夜勤の仕事を引き受けに行きましょう」


 よしよしと頭を撫でるサヤに、アルヴィスの目が細まる。

 口元に手を当てながら、二人の姿を眺めていたライラだったが、情報屋という言葉にはっとした顔で近寄っていく。


「それ多分、あたしのことだよ」


「ライラさん、でしたよね?」


「うん。あんたはアンデッドだよね」


「サヤって呼んでください……」


 複雑そうに呟くサヤへからりと笑いかけたライラは、「サヤね。了解」と答えている。


「改めて自己紹介するね。あたしは情報屋のライラ。エージスの両親の居場所について、さっそく情報を伝えたいんだけど……とりあえず、何か食べてもいい?」


 

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