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殺し屋少女と食人鬼  作者: 十三番目


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第二十食 いや、怖ぇよ


 翌朝、疲れた顔で宿を出たエージスは、先を歩くサヤたちを見て早くも後悔しかけていた。


 同行ではなく、決行日に合流する方が良かったのかもしれない。

 エージスがそう考える理由には、宿で知ったとある事情が関係していた。


 サヤがディスタリア帝国一の殺し屋だったことには驚いたものの、むしろその点は利点だった。

 殺し屋たちの憧れであるトップランカーを、間近で観察できる機会などそうそうない。


 問題は、サヤの相方(パートナー)であるアルヴィスについてだ。

 ランカーにビジネスパートナーがいるのは珍しい話でもないため、エージスも初めは特に違和感を抱いていなかった。

 

 しかし、朝になって扉を開けたエージスは、たまたま同じ部屋から出てくるサヤとアルヴィスの姿を目にした。

 昨日のことが嘘のように、サヤは明るい笑顔で挨拶をしてくる。


 しどろもどろになりながらも挨拶を返したエージスは、血のような赤と目が合ったことで硬直した。

 サヤを見ていた時は緩やかだった金の瞳孔が、縦長に細くなっていく。


 牽制か警告か。

 視線が逸らされたことで、エージスは無意識に息を止めていたことに気がついた。


 ──まさか、サヤとアルヴィスが()()()()()だったとは。


 萎びた果実のような表情を浮かべると、エージスは疲れ果てた足取りでサヤたちの後を追った。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 ゴルイド王国のギルドだけあって、至る所で商人が会話を交わしている。

 館内には掲示板がかかっており、各職業ごとのランキングや、最近のニュースなどを見ることができた。


「あ、この記事」


 サヤが指した箇所には、大見出しで『ディスタリア帝国有数の大富豪、モーリッシュ家の一人息子が死亡か!?』と載っている。


「今更だね」


「あの後、行方を捜してたみたいですよ」


 当初のサヤは事故死を偽装するつもりだったが、アルヴィスと出会ったことで作戦を変更していた。

 ロザリーの死体を残してきたことで、警備隊は誘拐だと判断したのだろう。


 ルイスの行方を捜すも、痕跡が見つかるはずもなく。

 捜索が打ち切られたことで、今になって死亡の知らせが載ったという訳だ。


「あの依頼……サヤさんが担当してたんだな」


 モーリッシュの件は、ランカー宛に依頼が飛ばされていた。

 エージスの元にも届いていたが、あまりの内容に、引き受ける気は微塵も湧かなかった。


 誰も受けないのではと考えていただけに、募集が終了したと知った時は驚いたものだ。

 成功させたのがサヤだと分かり、エージスは納得の表情を浮かべている。


「今回の依頼はアフターケアも想定していましたが、もう大丈夫そうですね」


「アフターケア?」


 不思議そうに問いかけるアルヴィスに、サヤが詳しい説明を語っていく。


「捜索が長引いた場合、口封じに狙われる可能性もあるんです。この世界の人は、死んだと分かった途端に関心が薄れていくので、依頼主もこれで安心したと思います」


 死体を処理すれば、ターゲット側の混乱を招くことができる。

 反面、死んだと判断されるまでは、依頼主側の動向にも注意しなければならない。


 殺し屋になれば、いついかなる時も気を抜くことはできないのだ。


「なんで依頼主が安心するんだよ」


 ターゲットが死んだ時点で、依頼主には連絡が届くようになっている。

 殺し屋が捕まったのならいざ知らず、原因も分からない状況で、依頼主が不安に思う要素はないはずだ。


 不可解そうに眉を顰めるエージスを見つめ、サヤは淡々とした様子で口を開いた。


「依頼主が実はターゲットの家族と身近な存在で、今も仮面を被りながら傍にいる……なんてことは、割とあることなんですよ」


 ルイスを排除することで、何かしらの得があったのだろう。

 近くに居続けるためには、僅かなリスクも無くしておきたい。

 そんな狡猾さに溢れた人間。


「胸糞わりぃな」


 ぽつりと呟かれた言葉に、サヤが目を瞬かせている。


「エージスさんって、殺し屋に向いてないですよね」


「は!? 何だよ急に……」


 この世界ではむしろ、エージスのような人間の方が珍しい。

 死の元凶に執着し、姉の死を引きずり続けている。

 

「それに、会った時と性格も違いませんか? もっとこう……うるさかったですよね」


 他に言葉が見つからなかったらしい。

 サヤの率直な指摘に視線を逸らしたエージスは、気まずそうに口をもごつかせている。


「あれは……酒を飲まされたっつうか……」


「お酒?」


「昔から、飲むとああなっちまうんだよ……!」


 エージスは下戸だった。

 少し飲んだだけで頭のネジが飛んだかのように騒ぎ出し、辺りの物を壊し始める。


 姉に禁止されてからは飲むのを止めていたが、あの時は仕事のため、どうしても断ることができなかったのだ。

 エージスが理性を失ったのは、姉の記憶がフラッシュバックしたことの他にも、酒に酔っていたことが関係していた。


「つまり、お酒に弱いんですね」


「おい……そんな目で見るんじゃねぇ」


 サヤの瞳には、意外だという感情がありありと浮かんでいる。

 渋い顔をしたエージスが、さらに言葉を続けようとした時だった。


「わっ! ……アルヴィス?」


 背後から回された手が、サヤの目を覆っていく。

 そのまま自分の方へと引き寄せたアルヴィスは、ぞっとするほど冷たい視線でエージスを睨んだ。


 丸ごと捕食されてしまいそうな雰囲気に、エージスの足が地面に縫い付けられたかのように動かなくなった。


「サヤ、受付はあっちだよ」


「そうでしたね! 行きましょうアルヴィス」


 当初の目的を思い出し、サヤがアルヴィスの手を引く。

 満足そうに微笑んだアルヴィスは、エージスに背を向け、受付の方へと歩いていった。


 その場に残されたエージスからは、安堵と後悔のため息が長々と漏れていた。


 

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