第二食 落としちゃった
「モーリッシュ家の息子の暗殺か……」
モーリッシュとは、ディスタリア帝国で名の知れた富豪の中の富豪。
いわゆる、大富豪である。
かなり思い切った依頼だが、相手がモーリッシュならば密かに狙う者も多いだろう。
しかし、狙われるのが多いということは、警備がとてつもなく厳重ということでもある。
並大抵の殺し屋では、返り討ちにされるのがオチだ。
たとえ優秀なランカーでも、普通なら受けたりはしないだろう。
「でもこの依頼、報酬があり得ないくらい良いんだよなぁ」
目が飛び出そうになるほどの金銭も魅力的ではあるが、それ以上に“五つ星パス”を貰えるというのが大きい。
パスは商人から貴族まで幅広く所有しているが、五つ星のパスを持っているのは一握りだけだ。
世界にあるほとんどの国を審査なしで通過でき、食事や宿泊など、あらゆる場面で優遇を受けられる神アイテム。
それが、星パスの中でも最高ランクに当たる──五つ星パスというものなのだ。
「施設には充分お金を渡せたし、そろそろ違う都市とか行ってみたかったんだよね」
サヤが持ってきた金額を見て、施設長は立ったまま気絶していた。
第二弾もあると話すサヤに、「施設が狙われるわ!」と叫んだ施設長は、サヤの首根っこを掴みそのまま追い出してしまった。
殺しの依頼は世界各国にある。
世界中を旅するのが夢だったサヤにとって、この依頼はまたとない機会だ。
確実に成功させるためにも、まずは屋敷に潜入して情報を集めることから始めよう。
そう決めたサヤは、現在まさに──その屋敷の中にいた。
「おい、そこのメイド」
「はいお坊ちゃま」
モーリッシュ家の息子であるルイスに呼ばれ、サヤは伏せていた顔を上げた。
殺し屋は職業柄、本名や顔を隠して行動している。
仮の身分は裏ギルドが用意してくれているため、案外すんなりと入り込むことができた。
「おまえ、ここに来てどのくらい経つ?」
「もうすぐ一ヶ月です」
「歳は?」
「今年で十六になります」
偽りを悟らせない方法は、嘘に真実を混ぜて話すことだ。
実際、サヤが屋敷に来てからまだ数日ほどしか経っていない。
「ロザリー」
「はい坊ちゃま」
「そいつをあの部屋に連れて行け」
側仕えであるロザリーに命令したルイスは、興味を失ったようにサヤから視線を逸らしている。
ロザリーに付いてくるよう言われ、サヤは大人しく後を追った。
ルイスの周りのメイドは、頻繁に入れ替わる。
長くても一ヶ月。
側仕えのロザリーを除き、それ以上仕えていたメイドはいない。
ルイスの部屋へ向かうメイドたちにしれっと加わってみたが、特にばれた様子もなかった。
警備は鉄壁でも、内部は穴だらけだ。
心の中でため息をついたサヤは、屋敷の奥にある鉄の扉の前で足を止めた。
軋むような音を立て、扉がゆっくりと開かれていく。
扉を押さえたロザリーが、中へ入るよう指示してきた。
「この先は一本道です。壁沿いに階段を下り、突き当たりの扉を開けてください。部屋に入ったら、必ず扉を閉じること。よろしいですね?」
「はい。あの……」
「質問は受け付けていません」
ここが何なのか問いかけようとしたサヤだが、ロザリーにばっさり切られ、仕方なく薄暗い通路に足を踏み入れている。
背後で扉が閉まった。
鍵をかけられたような音が鳴るも、サヤは振り向くことなく、軽快に階段を下りていった。
地下室の扉を開けると、通路よりもいくらか明るい空間が広がっている。
室内は清潔に保たれており、地下ということを除けば、誰か住んでいそうな部屋だ。
辺りを観察していたサヤは、ふと漂ってきた臭いに部屋の奥へと視線を向けた。
鉄製のドアが、反対側から開かれていく。
「……あ」
若い男の声と共に、サヤの足元に何かが転がってきた。
弾力のある肉の感触と、断面から滴る生温かい血。
拾い上げたサヤの手には、切断された人間の腕が乗っていた。