第十九食 誰が決めたんだろう
死の神は、悪人の魂が好物だ。
そして、エージスの目の前にいる少女は、そんな神に選ばれた使徒である。
サヤなら、両親をこの世から完全に葬り去ってくれるかもしれない。
殺し屋が殺し屋に依頼するというのも不思議な話だが、サヤはエージスより遥かに格上の存在だ。
実際に対峙したことで、エージスは力量の差を嫌というほど思い知っていた。
「一つ、条件がある」
「何ですか?」
「依頼が終わるまで、俺も同行させてくれ」
両親の終わりを、直接目に焼き付けたい。
自らの手では殺せないからこそ、エージスはせめて、死の瞬間に立ち合わせて欲しいと口にした。
「場所によっては、けっこうな長旅になりますよ?」
「テメェらの邪魔はしねぇ。……だから、頼む」
心の整理をつけるためにも、必要なことなのだろう。
背後を振り返ったサヤは、確認するようにアルヴィスを見ている。
不機嫌そうに眉を寄せていたアルヴィスだが、サヤの眼差しに、仕方がないと言わんばかりの態度で応えていた。
「ひとまず、居場所を探すところから始めないとですね。それと、私の名前はサヤです。後ろにいるのは、アルヴィス」
テメェではなく、名前で呼ぶように。
サヤの声からは、そんな圧が感じられる。
「それって本名か?」
「そうですよ。ギルドで説明を受けませんでしたか?」
「受けたような……気もする」
普段の殺し屋は、本名のまま過ごしている者がほとんどだ。
仮名が使われるのは仕事に関する時くらいであり、たとえ同業者が本名を知っていようと、口外することは法で禁じられていた。
そもそもこの世界の人間は、殺されることを防ごうとはしても、殺された後にまで関心を持つことは少ない。
リスクを減らすために殺し屋を狙うことはあっても、報復や仕返しのために襲ってくる可能性は低いということだ。
殺し屋が仕事として成立している部分には、こういった理由もあるのだろう。
「朝になったら、ゴルイドのギルドへ行きます。もう少し身体を休めててください」
エージスが気を失ってから、だいぶ時間が経っていたらしい。
窓の外には暗闇が広がっており、しんとした空気が漂っている。
アルヴィスと共に部屋を出ようとしたサヤを、エージスが呼び止めた。
「て……サヤさんは、同じディスタリアの殺し屋だって言ってたよな。コードネームは何なんだ?」
法律等の説明は、右から左に聞き流していたエージスだったが、ランキングについてはそこそこ記憶していた。
エージスがランカーを目指すことに決めたのも、上位になるほど報酬が増し、有力者との人脈を作りやすくなるからだ。
どこか複雑そうな顔をしたサヤが、「あまり良い名前ではないんですけど……」と呟いた。
コードネームは自分で決められないため、サヤにとっては微妙なものだったのだろう。
「アンデッド、です」
そう口にしたサヤは、足早に部屋から去っていった。
「……アンデッド」
聞き覚えがあるどころではない。
殺し屋たちが憧れる最高峰。
ランカーのさらに上を行く、唯一の頂点には──アンデッドという文字がくっきりと刻まれていた。
「は……はああああああ!?」
エージスの絶叫は、宿中の客が目を覚ますほどに響き渡っていた。




