第十八食 殺し屋ですから
「意識はしっかりしてますか? 試しに、名前とコードネームをどうぞ!」
「……名前は、エージス。コードネームは……ボマー」
コードネームとは、殺し屋が本名の代わりに使う暗号名のことだ。
苦々しげに答えるエージスだが、いまだに状況が理解できていない。
「たしか、一週間くらい前にランカー入りしてましたよね」
「なんで知ってんだ」
「掲示板に載ってたので」
依頼の内容によっては、依頼主側から暗殺者の指定が入ることもある。
ランキングはギルドの掲示板に載っているため、誰にでも閲覧できるようになっていた。
「……俺は首を切られたはずだよな」
「そうですね」
「なら、どうして今も生きてんだ」
エージスは間違いなく、サヤに首を切られていた。
普通なら、あの傷で生きていられる訳がない。
ベッド脇の椅子に腰掛けたサヤは、訝しむエージスの目を真っ直ぐに見つめた。
「エージスさんのお姉さんから、頼まれたんです」
「……ふざけんなよ。姉ちゃんはとっくに死んでんだ。嘘も大概に──」
荒げた声が、ぴたりと止まった。
サヤが差し出したブローチを見て、エージスは驚愕した顔で固まっている。
黄緑色の石が装飾されたブローチは、姉の誕生日にエージスがプレゼントした物だ。
大した物ではなかったが、それ以降、姉は常にこのブローチを身に着けるようになった。
石から仄かに漏れている光は、姉が治癒をする際に浮かべていた光と同じで──。
震える手で受け取ったエージスに、サヤは事のあらましを語り出した。
「エージスさんが死んだら、アルヴィスに食べてもらおうかと思ってたんですが、急にこのブローチが落ちてきたんです」
横たわるエージスの上に落ちてきたブローチは、首の傷をあっという間に治してしまった。
「ブローチを手に取ると、声が聞こえてきました。『輪廻の神の慈悲により、此度は見逃すように』と」
輪廻の神は、五大神の中でも死の神との繋がりが深い。
そんな神が決めたのなら、死の神も反対することはないだろう。
「なんで輪廻の神が……」
エージスなんかのために、輪廻の神が慈悲を与えるとは思えない。
予想外の話に不審がるエージスだったが、姉から頼まれたというサヤの言葉を思い出し、途中で口を噤んでいる。
早世した者や、強制的に命を奪われた者は、輪廻の神の慈悲を得られる。
エージスの姉は、死んだ後も弟のことが気がかりで、転生を拒んでいたようだ。
しかし、弟の危機を知って、遂に神の慈悲を乞うことに決めたらしい。
『これまで辛い思いをしてきた分、残りの人生は幸せに生きてほしい』
何もしてあげられなかった後悔と、大切な弟への切なる願い。
柔らかな声には、海のように深い愛情が込められていた。
「それと、『また会えた時は、笑顔を見せてほしい』だそうです」
仏頂面ばかりだったエージスだが、幼い頃は姉に抱きつき、満面の笑みを浮かべていた。
この世界の人間は、輪廻の神の手によって生まれ変わり続ける。
いつか再び出会えた時は、もう一度あの笑顔を見せてほしい。
そうしたら、たとえ覚えていなくても──またあなたを大切に思うだろうから。
姉がそう言っている気がして、エージスは俯き拳を握りしめた。
最後まで、エージスのことばかりだった。
幸せに生きる方法なんて、エージスには分からない。
それでも、姉の心からの願いを、無下にできるはずもなかった。
「……けど、どうしても許せねぇんだ。両親は今も、何処かでのうのうと生きてやがる……!」
エージスが殺し屋になったのは、両親の居場所を探すためでもあった。
両親が生きている限り、エージスの心は癒えることなく、憎しみの炎は燃え続けていく。
復讐が何も生まないなんて嘘だ。
少なくとも、エージスが幸せへの一歩を踏み出すためには、両親をこの世から消さなければならない。
「それなら、依頼しますか?」
顔を上げたエージスが、意図を問うようにサヤを見つめる。
「私に、エージスさんの両親を殺すよう依頼すればいいんですよ」




