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殺し屋少女と食人鬼  作者: 十三番目


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第十七食 話をしましょうか!


 エージスには姉がいた。


 明るく美しい姉は、光の神から治癒の異能を与えられていた。

 いつも誰かの怪我を治しているような、優しい姉。

 エージスは、そんな姉が誇らしかった。


 出来損ないの自分とは違い、姉は周りから重宝されていた。

 エージスが風の神から異能を与えられたと分かった時は、期待の目を向けられもしたが、それも(わず)かな間のことだった。


 属性を司る神は、五大神に次ぐ存在だ。

 各方面に派生した神とは異なり、属性そのものを全て扱うことができる。


 例えば、エージスと同じように風の神から異能を与えられた者の中には、起こした風で空を飛んだり、風を刃のようにして広範囲を切断できる者もいた。


 それに比べてエージスは、指から風の弾丸を出せる程度。

 姉のように誰かの役立つことも、強い力で周りを驚かせることもない、平凡な異能の持ち主だった。


 けれどそんなエージスを、姉は心から愛していた。


 日々素行が悪くなっていくエージスを、汚物でも見るような目で睨む両親。

 姉が治療師として稼いだお金で贅沢三昧しておきながら、エージスを指して食い扶持が減ると喚くような人たちだった。


 とうとうギャンブルにまで手を出し始めた両親を、姉は少しも(とが)めることなく、ひたすら仕事に励んでいた。

 しかしある日、姉がいない隙に無理やりエージスを連れ出した両親は、人身売買の組織にエージスを売り払ってしまった。


 これでまたギャンブルが出来ると話す両親に、エージスは自分が借金のカタにされたのだと理解した。

 抵抗するエージスだったが、組織の男たちに打ちのめされ、そのまま意識を失ってしまった。


 次に目を開けた時、傍には泣きながらエージスを治療する姉の姿があった。


 どうしてここにいるのか。

 朦朧(もうろう)とする意識で姉を見ていたエージスは、「ここから逃げよう」と話す姉に連れられ、一緒に建物から出ようとした。


 姉は何度も謝っていた。

 沢山お金を稼げば、両親の注意をそらせると考えていたのだ。


 給料が入るたび一部をこっそり隠していたと話す姉は、そのお金が貯まり次第、エージスと二人でどこか違う国に住む計画を立てていたらしい。


 積み上げられた箱の向こうに、出口が見える。

 涙を堪えるエージスに笑みを漏らした姉は、あと少しと言うようにエージスの手を引いた。


 身を隠していた場所から、出口の先へと一気に駆けていく。

 これからは、もっと真面目に生きよう。

 まずは職に着いて、エージスも姉を助けるのだ。


 姉の背中を眩しそうに見つめるエージスの耳に、鈍い音が響いた。

 ぐらりと傾いた身体が、地面に倒れ込む。


「姉ちゃん!」


 倒れた姉を抱き起こすと、胸の辺りが真っ赤に濡れていた。


「……姉ちゃん?」


 呆然と呟くエージスの耳に、掠れた姉の声が届く。


「……えーじす……よく……きい、て……」


 パニックになるエージスの頬を抓ると、姉は苦しそうに息をしながら、お金の隠し場所について口にした。


「……っ、そんなんいらねぇよ! 俺は姉ちゃんがいればそれでいいんだ!」

 

「おまえさ〜、狙い外してんぞ。女の方は予定と違ぇからな?」


「まあいいじゃないか。バラしてしまえばいいだけの話だ。代わりに、男の方を労働力として売っておくか」


 組織の男たちが近づいてくる。

 逃げるよう話す姉に首を振ると、エージスは必死で懇願し続けた。


 しかし、どんなに願っても、命が流れ落ちていくのを止めることは出来ない。

 多くの人を治してきた姉の異能は──自分の怪我を治せるものではなかったからだ。


「え……じす……なが……い……して……」


 エージスは長生きして。

 その言葉には、愛する弟の幸福を願う、姉の切実な思いが込められていた。


 神様の元に還るだけだと微笑んだ姉は、二度と目を覚ますことはなかった。

 泣き叫ぶエージスの首根っこを掴むと、男が強引に引き離そうとしてくる。


「おいガキ、離れろや。時間が経つと、中身が使えなくなるんだわ」


「……なんでだよ……。なんで姉ちゃんが……、なんで……!」


「はぁ? どうせ死んだって次があんだろ。むしろ、俺らのおかげで輪廻(りんね)の神の慈悲を得られるんだぜ。感謝してほしいくらいだわ」


 ゲラゲラと笑う男たちに、エージスの心が冷えていく。

 あの時サヤに叫んだ言葉は、かつてエージス自身が言われた言葉でもあった。


 エージスなんかのために死んでしまった姉を、輪廻の神はさぞや憐れんでくれるに違いない。

 皮肉にも、そう思い込まなければ、エージスの心は粉々に砕けてしまいそうだったのだ。


「おい、おまえ──」


 痺れを切らした男が、手を伸ばしてくる。

 直後、男の身体が風船のように破裂した。


「は? なにが起こって──」


 続けて、もう一方の男の身体も破裂していく。


 打ち込んだ風の弾丸を、内側で膨張させた。

 無意識に行っていた異能の応用に、エージスは乾いた笑みを浮かべた。


 ──何もかも手遅れになってから、ちょっとはマシな異能だったと気づくなんて。

 本当に……皮肉なものだ。


 たとえ死んだとしても、エージスが姉に会えることはない。

 長生きするよう言い残した姉の言葉を叶えることも、どこかでのうのうと生きている両親への復讐を遂げることも、二度と出来なくなってしまった。


 ──今回もまた、手遅れになってから気づくんだな。


 これが俗に言う走馬灯かと自嘲したエージスは、重い瞼をゆっくりと閉じた。




 ◆ ◆ ◆ ◆




「やっと起きたの?」


「……天国……?」


 シーツの感触がする。

 ベッドの上で意識が戻ったエージスは、絶世の美貌を前にして、混乱のあまりぽかんと口を開けている。


「サヤ、目を覚ましたよ」


「本当ですか? ありがとうございますアルヴィス」


 エージスから離れたアルヴィスが、サヤに声をかけている。

 笑顔でお礼を告げるサヤに、アルヴィスの表情がふわりと緩んだ。


 

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