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殺し屋少女と食人鬼  作者: 十三番目


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第十六食 神に近い世界


「テメェ……マジで何なんだよ……」


 殺意はおろか、怒りさえも全く感じられない。

 サヤはただそこに立っているだけだ。

 それなのに、男の手は恐怖で小刻みに震えている。


 男がゴルイド王国での依頼を選んだのは、ディスタリアの殺し屋がいないからだった。

 同じ国の殺し屋同士は顔見知りなことも多いため、下手に衝突すると面倒なことになる。


 わざわざゴルイドまで来たはいいものの、まさか同国の殺し屋に遭遇するとは思ってもみなかったのだ。


「どうせ死んだって次があるじゃねぇか! むしろ、輪廻(りんね)の神の慈悲を得られるんだぜ? 死んだ奴らだって感謝してるだろうよ!」


 男が叫んだ言葉には、人々の間に深く根付いた信仰が関係している。



 どうしてこの世界は、“殺し”を仕事として認めているのだろうか。

 転生してしばらく経った頃、サヤは生まれた世界について考えるようになっていた。


 この世界には、多くの神々が存在している。

 火や水、風や土のように属性自体を司る神。

 さらにその派生として、植物や鉱物などの神が存在している。


 枝分かれした神々の頂点には、五大神と呼ばれる神がおり、別名を創世五神(そうせいごしん)といった。

 生の神、知恵の神、時の神、輪廻の神──そして、死の神。


 五大神は他の神々と異なり、世界にも人間にもほとんど関わることがない。

 しかし、死者の魂を導けるのは五大神のみであり、次の生を与えられるのもまた、五大神のみであった。

 

 早世した者や、強制的に命を奪われた者は、輪廻の神の慈悲を得られると言われている。

 かつて、幼くして家族と別れた少年がいた。


 少年を憐れんだ輪廻の神は、「また同じ両親の元に生まれたい」と話す少年の願いを叶えてあげた。

 そのおかげで少年は、次の生も再び家族と過ごすことができたのだ。


 施設長が読み聞かせてくれた絵本には、そんな言い伝えが書かれていた。


 この世界の人間は、神との距離が近い。

 だからこそ、死が完全な終わりではないと理解しているのだろう。


 神の元へ戻り、再び生まれ変わるだけ。

 死の間際を恐れることはあれど、死そのものを(いと)っている訳ではない。


 殺し屋が認められているのも、神の慈悲と魂の循環を知る人々にとって、排除するほどのものではなかったためだ。


 けれど、幼いサヤの頭を撫でながら、施設長はこうも話していた。


『死者の魂は、死の神のお膝元を流れ、輪廻の神の手のひらへと辿り着く。そうして人間は、再び生を得るんだよ。だけどね、サヤ。死の神は、悪人の魂が大好物なの。もし悪いことをすれば、輪廻の神の所へ着く前に、死の神が食べてしまうかもしれないよ』


 ──だから、正しく生きなさいと。



「彼らに次はあっても、あなたには無いと思いますよ」


「……どういう意味だ」


 たとえこれから命を奪われようと、サヤの目の前にいる男に慈悲が与えられることも、次の生がやってくることもないだろう。


「昔、大神官様に言われたんです。私は──死の神に選ばれた使徒なんだって」


「死の神の、使徒……」


 使徒とは、神が自らの手足として選んだ存在のことだ。

 望むものを捧げる代わりに、寵愛と大いなる力を得る。

 ゴルイドの建国王が、実は使徒だったのではという説が残っているほど、使徒とは規格外な力を有する存在を表していた。


 ディスタリア帝国では、使徒など百年に一度現れるかどうかだ。

 ましてや、五大神の使徒ともなれば──。


「私に異能をくれた神様は、悪人の魂が好物みたいなんです」


 前世での出来事があってから、サヤは善悪の基準がどこか曖昧になってしまっていた。

 施設長の言っていた“正しさ”が何なのかも、未だによく分からないでいる。


 それでも、法を守り、規則を守ること。


 前世から変わらないこれらの決まりだけは、サヤにとって間違いなく“正しい”ことだったのだ。


「法を破った悪人(あなた)の魂なら、きっと喜んでもらえますね」


 男の本能が、警笛を鳴らしている。

 化け物だと思った。

 少女の見た目をしておきながら、大人のような話し方をする化け物。


 けれど、時折チラつく幼さは、心に大きな傷を抱えた年相応の少女のようで──。

 男はらしくもなく、自分の過去を思い出してしまっていた。


「こんなところで死ねるかよ……クソがァ!」


 あの宿は、地下に人身売買の取引所があった。

 関わった人間を全員始末する依頼を受けた男だったが、中の光景を見た瞬間、死んだ姉の姿がフラッシュバックしてしまったのだ。


 正気を失い、手当たり次第に人を破裂させた。

 その結果がこれだと言うのなら、受け入れなければならないのかもしれない。


 それでも、姉との約束を果たすため、男は生き続ける必要があった。


 残った指に能力を集中させ、男はサヤに向かって風の弾丸を撃ち込んでいく。

 サヤは最低限の動きで弾丸を避けながら、手に持ったナイフをくるりと回転させた。


 後退しようとするも、それより早く接近したサヤに、男がバランスを崩している。

 ふらつく男の首を、サヤは持っていたナイフで掻き切った。


 吹き出す血に、男の視界が歪んでいく。


 遠のく意識の中、男は自分を見つめる姉の姿を目にしたような気がした。


 

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