第十五食 残念です
爆発した建物の残骸が、小雨のように降ってくる。
罵声と絶叫に支配された通りには、運良く生き延びた人々の姿があった。
「おいおい、こんなに脆くて大丈夫か?」
立ち込める煙の中から、派手な装いの男が出てくる。
口元から伸びるピアスは耳まで繋がっており、ギザギザした歯はノコギリのように鋭利だ。
通りの隅で震えていた生存者を見つけると、男は親指と人差し指で銃のような形を作った。
「バンッ!」
指を向けられた生存者の身体が、風船のように膨らみ破裂した。
飛び散った血肉に、他の生存者は恐怖で固まっている。
「ギャハハハハ! 愉快痛快ってなァ!」
高らかに笑う男を見て、アルヴィスの眉間にゆるく皺が寄せられた。
「もったいないことするね」
男の殺し方に不快感を示すアルヴィスに、サヤも真顔で頷いている。
「殺しが合法とか、この仕事最高じゃねぇか!」
気分が高揚しているのだろう。
近くにいる人間を次々と破裂させていく男は、殺しが罪に問われないことを喜んでいるようだ。
ディスタリア帝国および、他の法治国家において、“殺し屋”は仕事として成立している。
依頼の有無に関わらず殺しが許可されており、罪に問われることもない。
しかしそれは、殺し屋が常に命を狙われる職業だからだ。
口封じのために別の殺し屋を送られたり、道中で奇襲をかけられたりすることもある。
殺し屋とは、殺す代わりに殺されるリスクを背負って働く者たちのことであり、ある意味──最も死に近い職業を表す言葉でもあった。
「アルヴィス、ちょっとだけ待っててくれる?」
「あいつを殺すの?」
問いかけには答えず微笑んだサヤが、男の方へと視線を向けた。
殺気もない。
荒立った気配もない。
先ほどまでと何も変わらずそこにいるのに、感情だけが闇に沈んでしまったかのようだ。
アルヴィスは、サヤの瞳を気に入っていた。
普段のサヤが朝焼けの空のような輝きだとすれば、今のサヤは夕暮れの空のような静けさに満ちている。
真逆なようで似ている瞳はどちらも美しく、アルヴィスの興味を大いにそそっていた。
殺しを楽しんでいた男の視線が、幼い子供に留められた。
転倒し動けない子供に向けられた指は、明らかに命を奪おうとしている。
「いくら殺し屋でも、無差別な殺しはダメですよ」
すぐ傍で聞こえた声。
戦慄した男が声の方に指を向けようとするも、銀の一閃によって指ごと切り離されてしまう。
「いっ……てぇなこのクソアマ! 何しやがる!」
こんな距離まで近づかれていることに、全く気づけなかった。
切断部分を押さえた男は、憎々しげな目でサヤを睨んでいる。
「殺し屋にはなったばかりですか?」
「はぁ? テメェにそんなこと関係ねぇだろうがよ」
「いいえ、ありますよ」
人を殺しても、罪に問われない殺し屋。
しかし、そんな殺し屋にも破ってはならないルールがあった。
「一つ。殺しと虐殺は別であり、理由もなく甚振ってはならない」
「急に何のつもりだ? つーかよぉ、テメェ……このままで済むと思うなよ」
異能か加護か。
どちらにせよ、男が殺しに向いた力を持っていることは確かだ。
「一つ。やむを得ない事情を除き、子供を殺しの対象にしてはならない」
面倒そうに顔を歪めた男が中指を立てた。
弾丸状にした能力を撃ち込み、内側から破裂させるつもりなのだろう。
サヤへと向けられた指先に、能力が集中していく。
「一つ。ルールを破った殺し屋は、殺し屋としての仕事に悪影響を及ぼす存在であり、他の殺し屋が見つけ次第──処分しなければならない」
弾丸がサヤへと放たれた。
これで終わりだと嘲笑う男の視界に、首を逸らし弾丸を避けるサヤの姿が映った。
「なっ!?」
弾丸は目に見えない。
放たれたかも分からないものを避けるなど、どう考えても不可能なはずだ。
「なるほど、風の異能だったんですね」
男の身体から、冷や汗が伝っていく。
「なんでバレて……。つーか、テメェはいったい何なんだよ!?」
一目見ただけで相手の能力を判断するなど、ランカーであっても至難の業だろう。
しかも、ほとんど見分けのつかない異能と加護の違いにも気づかれている。
「残念です。ディスタリアの殺し屋に、プロ意識の欠片もない人がいたなんて」
ルールも覚えていないなど、言語道断だ。
ため息をつくサヤに、男は聞き流していた言葉を必死で思い出そうとしていた。
理由もなく甚振ってはいけない。
子供を殺しの対象にしてはならない。
ルールを破った殺し屋は──他の殺し屋が処分しなければならない。
男が視線を上げる。
目の前の少女の微笑みは、まるで死神のような絶望感を纏っていた。




