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殺し屋少女と食人鬼  作者: 十三番目


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15/46

第十五食 残念です


 爆発した建物の残骸が、小雨のように降ってくる。

 罵声と絶叫に支配された通りには、運良く生き延びた人々の姿があった。


「おいおい、こんなに脆くて大丈夫か?」


 立ち込める煙の中から、派手な装いの男が出てくる。

 口元から伸びるピアスは耳まで繋がっており、ギザギザした歯はノコギリのように鋭利だ。


 通りの隅で震えていた生存者を見つけると、男は親指と人差し指で銃のような形を作った。


「バンッ!」


 指を向けられた生存者の身体が、風船のように膨らみ破裂した。

 飛び散った血肉に、他の生存者は恐怖で固まっている。


「ギャハハハハ! 愉快痛快ってなァ!」


 高らかに笑う男を見て、アルヴィスの眉間にゆるく皺が寄せられた。


「もったいないことするね」


 男の殺し方に不快感を示すアルヴィスに、サヤも真顔で頷いている。


「殺しが合法とか、この仕事最高じゃねぇか!」


 気分が高揚しているのだろう。

 近くにいる人間を次々と破裂させていく男は、殺しが罪に問われないことを喜んでいるようだ。


 ディスタリア帝国および、他の法治国家において、“殺し屋”は仕事として成立している。

 依頼の有無に関わらず殺しが許可されており、罪に問われることもない。


 しかしそれは、殺し屋が常に命を狙われる職業だからだ。

 口封じのために別の殺し屋を送られたり、道中で奇襲をかけられたりすることもある。


 殺し屋とは、殺す代わりに殺されるリスクを背負って働く者たちのことであり、ある意味──最も死に近い職業を表す言葉でもあった。


「アルヴィス、ちょっとだけ待っててくれる?」


「あいつを殺すの?」


 問いかけには答えず微笑んだサヤが、男の方へと視線を向けた。


 殺気もない。

 荒立った気配もない。

 先ほどまでと何も変わらずそこにいるのに、感情だけが闇に沈んでしまったかのようだ。

 

 アルヴィスは、サヤの瞳を気に入っていた。

 普段のサヤが朝焼けの空のような輝きだとすれば、今のサヤは夕暮れの空のような静けさに満ちている。


 真逆なようで似ている瞳はどちらも美しく、アルヴィスの興味を大いにそそっていた。


 殺しを楽しんでいた男の視線が、幼い子供に留められた。

 転倒し動けない子供に向けられた指は、明らかに命を奪おうとしている。


「いくら殺し屋でも、無差別な殺しはダメですよ」


 すぐ傍で聞こえた声。

 戦慄(せんりつ)した男が声の方に指を向けようとするも、銀の一閃によって指ごと切り離されてしまう。


「いっ……てぇなこのクソアマ! 何しやがる!」


 こんな距離まで近づかれていることに、全く気づけなかった。

 切断部分を押さえた男は、憎々しげな目でサヤを睨んでいる。

 

「殺し屋にはなったばかりですか?」


「はぁ? テメェにそんなこと関係ねぇだろうがよ」


「いいえ、ありますよ」


 人を殺しても、罪に問われない殺し屋。

 しかし、そんな殺し屋にも破ってはならないルールがあった。


「一つ。殺しと虐殺は別であり、理由もなく甚振(いたぶ)ってはならない」


「急に何のつもりだ? つーかよぉ、テメェ……このままで済むと思うなよ」


 異能か加護か。

 どちらにせよ、男が殺しに向いた力を持っていることは確かだ。


「一つ。やむを得ない事情を除き、子供を殺しの対象にしてはならない」


 面倒そうに顔を歪めた男が中指を立てた。

 弾丸状にした能力を撃ち込み、内側から破裂させるつもりなのだろう。


 サヤへと向けられた指先に、能力が集中していく。


「一つ。ルールを破った殺し屋は、殺し屋としての仕事に悪影響を及ぼす存在であり、他の殺し屋が見つけ次第──処分しなければならない」


 弾丸がサヤへと放たれた。

 これで終わりだと嘲笑う男の視界に、首を逸らし弾丸を避けるサヤの姿が映った。


「なっ!?」


 弾丸は目に見えない。

 放たれたかも分からないものを避けるなど、どう考えても不可能なはずだ。


「なるほど、風の異能だったんですね」


 男の身体から、冷や汗が伝っていく。

 

「なんでバレて……。つーか、テメェはいったい何なんだよ!?」


 一目見ただけで相手の能力を判断するなど、ランカーであっても至難の業だろう。

 しかも、ほとんど見分けのつかない異能と加護の違いにも気づかれている。


「残念です。ディスタリアの殺し屋に、プロ意識の欠片もない人がいたなんて」


 ルールも覚えていないなど、言語道断だ。

 ため息をつくサヤに、男は聞き流していた言葉を必死で思い出そうとしていた。


 理由もなく甚振ってはいけない。

 子供を殺しの対象にしてはならない。

 ルールを破った殺し屋は──他の殺し屋が処分しなければならない。


 男が視線を上げる。


 目の前の少女の微笑みは、まるで死神のような絶望感を纏っていた。


 

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