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殺し屋少女と食人鬼  作者: 十三番目


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第十二食 逃すくらいなら


 アルヴィスがサヤから相談を持ちかけられたのは、その日の夜のことだった。


「世界旅行?」


「はい。世界を見て回るのが、子供の頃からの夢だったんです。五つ星パスも手に入ったので、そろそろ行ってみたいなぁと……」


 アルヴィスはサヤの死体処理係であり、専属となる契約を結んだ相手だ。

 通常、専属契約を結んだ相方(パートナー)は、契約者と行動を共にしなければならない。


 仕事の際は近くに待機し、必要とあらばすぐに駆けつける。

 息の合った連携が重視され、小さなミスも許されない。

 まさに、一蓮托生とも言える存在だ。


 本来であれば、先に相談しておくべきことだった。

 しかし、念願の死体処理係(パートナー)に浮き足立っていたサヤは、当のアルヴィスに伝えるのを忘れてしまっていたのだ。


「それで、いつここを発つの?」


 アルヴィスの言葉に、サヤが驚いた表情を浮かべる。


「付いてきてくれるんですか……?」


「当たり前でしょ」


 まさか、自分を置いていくつもりだったのか。

 頭をよぎった疑念に、アルヴィスの瞳孔が鋭さを増す。


「アルヴィス〜!」


 勢いよく抱きつかれ、アルヴィスは何が起こっているのか分からないままサヤのことを見つめた。

 身体を起こしたサヤがアルヴィスの手を握り、上下にぶんぶんと振っている。


「ありがとうアルヴィス! ご飯もたくさん食べられるようにするし、欲しい物があったらなるべく用意するからね!」


 不自由はさせないと話すサヤは、これから妻を迎える旦那のような意気込みだ。


「出発日のことなんだけど、一度ギルドに寄って申請しておかないとだから、明後日くらいになると思う」


「分かった」


 さらりと返事をするアルヴィスに、サヤはもう一度感謝を告げると、機嫌が良さそうに部屋へと駆け込んでいった。




 ◆ ◇ ◇ ◇




 裏ギルドで申請を終えたサヤたちは、リズに声をかけられ足を止めた。


「サヤさん、他国へ行くんですって?」


「そうなんです。色々と見て回りたいと思ってます」


 嬉しそうに話すサヤに、リズは「寂しくなるわね」と呟いている。


「それにしても、まさか一番の稼ぎ頭が居なくなるなんて」


「あ、他国でも依頼は受けるつもりです! しっかり稼いでくるので、心配しないでください」


「あら。それなら当分、ランキングが変わることはなさそうね」


 微笑むリズに、サヤもにこりと笑い返す。


 ディスタリア帝国は、他国との交流が盛んな国だ。

 同盟国とは職人を派遣し合うこともあり、旅行者が現地でも仕事を受けられるよう、様々なシステムを導入している。


 殺し屋は、全職業の中でもかなり数が少ない。

 需要に対して供給が足りていないため、他国でも仕事に困ることはなかった。


 期待に胸を膨らませるサヤを、リズは優しく見守っている。


 ディスタリアにサヤほどの殺し屋はいない。

 しかし、世界には色々な種族や、不思議な力が存在している。


 身体強化に優れた獣人の国や、魔法を使うエルフの国。

 何でもありの無法地帯や、鎖国された国まである。


 ディスタリアの民が異能を持って生まれるように、それぞれの国にも特有の力を持つ民たちがいた。


「気をつけてね。私はここで、サヤさんが帰ってくるのを待ってるわ」


 サヤが他国の民とどれだけ渡り合えるか。

 不安な気持ちはあれど、サヤなら大丈夫だと信じるしかない。


「アルヴィスさん、だったわよね」


 気怠げな視線が向けられる。

 そこに込められた感情は、リズに対してというより、元々の気質から来るもののように感じられた。


「サヤさんをお願いね」


「……言われなくても」


 アルヴィスの言葉に微笑んだリズは、そのまま仕事に戻っていった。


 隣を歩くサヤは、鼻歌でも歌い出しそうな様子だ。

 そんなサヤを見つめるアルヴィスの脳裏に、過去の記憶が蘇ってくる。


 今までのアルヴィスは、面倒を避け、手間がかからない方を選ぶような性格だった。

 誰かに対して興味を持てず、空腹になればそこらの人間を食べる。


 食欲は、アルヴィスにとって唯一と言っていいほどの欲であり、アルヴィスが動くのは、いつだって空腹という欲を満たすためだった。


 けれど、サヤとの出会いで、アルヴィスの心境に変化が芽生え始めた。


 サヤが傍にいるだけで、退屈な日々が鮮やかに色付く。

 ころころと表情の変わるサヤは、見ているだけで面白かった。


 サヤの瞳がアルヴィスを映すと、満足感が得られた。

 反面、逸らされると喪失感を覚える。

 面倒な行為も、意思を伝えるための言葉も、サヤが望むのなら尽くしたっていい。


 ──サヤを逃すくらいなら、いっそ食べてしまった方がマシだ。


 そんな風に考えるほど、アルヴィスにとってサヤの存在は、とうに切り離せないものになっていた。


 

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