第一食 殺し屋は合法です!
地球産地球育ちの小夜にとって、異世界は物語の中にだけ出てくる架空の世界。
存在するなど、考えたこともなかった。
──実際に、転生するまでは。
◆ ◆ ◇ ◇
「サヤさんと相性のいい職業は……殺し屋ですね!」
「こ、殺し屋……?」
「はい。殺し屋です」
職業診断のため訪れたギルドで、サヤは頬を引きつらせていた。
にこにこと笑みを浮かべる受付嬢は、「どうされますか?」と首を傾げている。
「その、合法……なんですよね?」
「もちろんです。殺し屋も立派なお仕事ですよ!」
眩しいまでの笑顔に照らされ、サヤは勧められるまま登録用紙にサインを済ませていた。
サヤの暮らすディスタリア帝国は、世界でも有数の法治国家だ。
たとえ殺し屋であっても、仕事として成立している限り罪に問われることはない。
前世の記憶が残っているサヤにとって、法のある暮らしは馴染みの深いものでもある。
何の因果か、前世と同じ名前を付けられたサヤは、最近までとある養護施設で育てられていた。
十五歳から働ける資格を得られるディスタリアで、サヤはもうすぐ十六歳の誕生日を迎える。
これまでは施設の年長者として手伝いに励んでいたが、今後はそうもいかないだろう。
「独り立ちは大切だよね」
ぐっと伸ばした身体は、猫のようにしなやかだ。
サヤは、自分に殺し屋という職業が選ばれた理由を、何となく察していた。
ギルドからの依頼を待ちながら、渡されたカードに目を向ける。
受付嬢がくれたカードは身分証であり、本来であればこのカードを使用して掲示板にアクセス、そこから適当な仕事を探すという流れだった。
しかし、殺し屋は特殊な職業だ。
ターゲットに情報を与えるなど言語道断であり、基本的にはギルドから依頼が届くのを待つか、直接依頼を受けるかのどちらかしかない。
カードはあくまで、本来の職業を隠すための代物に過ぎなかった。
「さて、恩返しのためにも頑張りますか!」
育ててくれた施設に恩を返すため、しばらくは届いた依頼を受け続けよう。
サヤがそう決めてから、早一ヶ月が経っていた。
ぐすんと眉を下げながら、サヤはギルドを後にしていく。
人気の少ない位置にあるギルドは“裏ギルド”と呼ばれており、公には出来ない職業に就いた者たちの専用ギルドだ。
たった一ヶ月という期間で、サヤは裏ギルドのトップランカーにまで昇り詰めていた。
依頼が飛躍的に増え、元から高い報酬はさらに跳ね上がっていく。
まさに天職と言わんばかりの状況だったが、そんなサヤには一つ大きな悩みがあった。
「死体処理が……めんどくさい」
ディスタリアでは、殺し屋が職業として成立している。
つまり、殺し屋の始末した人間を処理する──専門の死体処理業も存在していた。
暗殺系の依頼は死体の処理までがセットになっていることも多く、処理班のいる場所まで自分で運んでくる者もいるほどだ。
裏ギルドでも処理はしてくれるが、逐一必要になる手続きにサヤは疲れ果てていた。
仕事の多いランカーは、専属契約を結ぶこともあると聞く。
サヤもそろそろ、ビジネスパートナーを持ってもいいのかもしれない。
なんてことを考えていたサヤの背後に、急速な物体が飛んでくる。
難なく指で挟んだサヤは、吹き矢に括られた紙片を目にした。
──新しい依頼だろうか。
殺しの依頼は様々な手段で送られてくるため、外では気が抜けない。
吹き矢ごと紙を燃やしたサヤは、ひとまず家に帰ろうとフードを被った。