2 獣
ガラコトガラコト
理人の目線の先には隊列を組みこちらに向かってきている大量の騎馬兵がいた。
隊列の正面にいる隊長らしき者が止まれと号令をかける。
「里長……」
里長と言われた男は、年は40過ぎに見えるが、それを忘れるほど力強い筋肉と巨躯の体を持っていた。
彼は少年たちを怖がらせないためかひとり馬をおり、二人の元に歩いて近づく。
「先ほどここで煙が上がっているのを見たが、何があった? 理人、翔洋」
(……どうしよう、嘘をつくにしても案が思いつかないし、かといって本当の事を言えば約束を破ることになる)
頭を悩ました理人は翔洋を見る。
すると、翔洋は案が思い浮かんでいるのか堂々とした顔で口を開いた。
「聞いてください! さっき理人と遊んでいたら地面にこの爆弾が落ちてて……僕が気づかず踏んでしまったところを理人が庇って守ってくれたんです!」
目を爛々と輝かせ涙を含ませながら訴える翔洋。何も知らない人からしたらなんと健気な少年か。全てを知る理人からしたらとんでもない奴に違いないが。
(んんん? なんだそれ、そんな話知らないぞ~)
理人は動揺したのか目をパチパチさせ翔洋を見つめた。
翔洋の話を聞き理人に目を向ける里長。見た目通りのたくましい声質と見た目に反した優しい声色で理人に言う
「そうか、理人よくやったな。流石我が息子だ」
そう言って認めるかのように理人の頭を擦る。理人も翔洋がついた嘘なのに父に褒められた事に対し喜びの笑みをこぼした。
「いえ、当然の事をしたまでです」
里長は良い成長をしたなと思いながらうなずいた。
会話が終わると横から何かを我慢するような変な声が聞こえた。
横目に見てみる。すると事実にない事を自信満々な顔でしたふりをする姿を見て我慢できなくなった翔洋がからかうように顔を隠して笑っていた。それを見たら途端に恥ずかしくなった理人は心の中で言い訳を始める。
(こうしないとばれるからやっただけなんだからな!)
グホッ
ツンデレみたいな言い訳を始める理人であった。あとついでに里長にばれないよう翔洋を肘で小突いた。
二人がそんなこんなしている間、里長は破裂した爆弾の破片を見て怪訝そうな顔をした。
何か気がかりなことがあったようで二人に語り掛ける。
「だが妙だな、ここに爆弾が落ちている事はまだわかるが、一つの爆弾であれほどの煙が出るとは思えん」
「……」
(そう、冷静に考えればあれだけの煙が出た事に違和感を持つのは当たり前だ。しかも不発弾となればなおさら)
(こっからはどうすんだよ、翔洋っ)
満を持して翔洋が口を開く。
「里長それなんですけど原因はここの木にあるんじゃないかと思います。ここの木の葉は火を付けると煙が多く出る性質があるんです。多分爆発した時に落ちた枯葉に火が着火してそれが広がり多くの煙が出たんだと思います」
(なるほどそんな言い訳が……そのためにここで待ち合わせしたんだな)
「枯葉に着火か……なるほど」
「……」
「とにかくお前らが無事で何よりだ」
そう言いながら突然二人の肩を抱きよせた。
筋肉質の巨体に抱き寄せられ二人の少年は息苦しいと顔を引き攣らせた。しかし、その実二人とも満更ではなかった。
煙の原因が分かり安堵した里長は狩猟団とともに里に帰る準備を始めた。
馬に乗っているため元来た道を戻る必要があるらしい。
反対側の先頭に向かおうとするが、その直前に理人と翔洋に向けて口を開いた。
「この辺は夜が更けると猛獣がでて危険だ。だからその前に帰りなさい」
そう言い残して百を超える戦士と共に里に向けて馬を走らせ始めた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
またも地面が揺れだす
騎馬隊の去る姿に漫勉の笑みで手を振る二人。
段々と姿が遠くなり、里の方角に曲って見えなくなった。
「ふーー、何とかなったか」
疲れたのか地面に手をついて座る理人。
「てかどうしたんだよあれ、どっから爆弾の破片持って来たんだ?」
(そういえば爆煙弾と同じ形状をしてたような。まさか……)
「爆煙弾の破片を拾っておいたんだ。ばれると面倒くさいからな。でもまさかあんな風に使えるとは」
もしかしてと思いもう一つの問いを加える。
「じゃあ、煙が多くでる原因がここの木にあるっていうのもたまたまか?」
「あーうん。ここで待ち合わせしたのは爆煙弾の材料がここの木の葉にあるからで、理人で試した後また採取して持って帰ろうと思ってただけなんだよね」
ここまで来るの大変だし、と付け足す。
(なんじゃそりゃ……)
「感心してた俺がばかだった」
「お前は前からバカだぞ」
「おまっ! 元はと言えばお前のせいでこんな目に遭ったんだからな!」
「当然の事ですしか言えかった奴がよく言うね~!」
「あぁん!!」
グルルルル……
「何犬みたいな鳴き方してんだおい!」
「俺じゃねーよっ」
あんっ? 確かにお前の方から……
グルルルル
木の陰に隠れた狼が翔洋の背中を狙い飛び出す。その姿が見えた理人はすぐさま翔洋を横に突き飛ばした。
そのまま飛びかかった狼は理人に飛び付く。勢いに任せて飛び付かれた理人はそのまま倒れ下敷きになるかと思われたが、その勢いのまま後転し狼の腹を蹴って後方に突き飛ばした。
その姿を倒れながら見ていた翔洋が立ち上がり言う
「さすが運動バカだな」
「うるせっ。助けてくれてありがとうだろ」
軽口をたたきあう二人。こちらを警戒している狼を見て言う。
「猛獣は夜になったら出てくるんじゃなかったのか?」
昼に来た狩猟団がいなくなって数時もたっていない
「理人の声が大きくて起きたんだよ」
(……確かにそうかもしれない)
二人とも狼の次の攻撃を警戒していた。
見かねた狼が突然空を仰ぐ。
アォーーン
「おいおいおい」
狼の遠吠えを聞いた狼が二人を囲んで四方八方から出てくる
「これはまずいな」
(でも俺達には秘策がある。こういう時に使うもんだろ翔洋!)
「じゃーあれやっちゃって」
「ん? あれって?」
「みなまで言うなよ。あれだよあれ」
「あー爆煙弾の事? 二個目なんてないよ」
(ん??)
「おりゃー!!」
どうにかして狼の包囲を抜けた二人は里に向かって猛ダッシュした。
しかし狼の一群を巻くことはできず背中を追われながら走り続ける。
「お前用意しとけよーこういう時に使うもんだろあれ!」
「その通りだ!しかしなんでないんだ?? 思い出した! 奇襲も罠も効かない変態に使ったんだ!!」
(ほうほう、そうですかそうですか……)
「里に着いたら覚えとけ!!!」
こんな状況下でも軽口を叩きあう二人。
仲が良いのか悪いのか。そんな二人も里まであともう少しのところまで何とか近づいていた。
(もう少しで関門だ。しかしこいつら本当にしつこいな! あそこからどれだけ走ったと思ってんだ)
走りながら振り返る理人。すると二人を追いかけてきていた狼の一群が足を止めていた。
(ん? 体力切れか? さっきまであんな生き生きしてたのに。里が近い事に勘づいたか……)
アォーーン
群れの長のような狼が遠吠えをする。それを聞いた狼は止めていた足を動かし始めた。
元の縄張りに帰るらしい、二人に背をむけ走り出した。
「………」
理人は何故か気にくわなかった。あの一団に捕まったら理人であってもただでは済まない。そんな事は分かっているのになぜか気にくわなかった。狼が里に気づいて回避する。それは全然あり得る。ただ理人が気にくわなかったのは、立ち止まった狼の表情が恐怖の色をしていたからである。
「理人!!! おい理人!!」
先に走って言った翔洋が凄い剣幕で理人を呼び付ける。
理人は嫌な予感がしていた。
「……里が燃えてる」