四方寺
楽土に帰還してアラシマを刑務隊に引き渡し、報告が済むと三日ほど休暇をもらえた。私は基地内の図書館で読書したり銭湯に行ったりして時を過ごそうと思ったが、また翠に家に来ないかと誘われた。休暇の度に翠の家族の邪魔するのは気が引けたが、楽土で親しい者といえば恩人の翠ぐらいだ。同僚や上官は最近、私を嘲笑することはなくなったし、ある程度の信頼関係はあったが、休日を共に過ごす間柄でもない。
私は基地の銭湯で身体を洗って着替えると翠の家に行った。
家に着くと翠と冬空だけでなく、冬空の姪である美麻もいた。三人は私を快く迎えてくれた。冬空は任務中とうって変わって表情が柔らかい。私は、
「任務、御苦労様です、連隊長」
冬空は短く笑い、
「ここではかしこまらなくて良い。お前も御苦労」
「恐れ入ります」
私が礼を言うと翠に勧められて席に座った。美麻が、
「貴方を私の担当する村に案内しようと思います。どうでしょう」
私は、
「村の人達も了解してますか」
美麻は、
「特別閉鎖的な所ではありませんので大丈夫です」
「分かりました。お願いします」
私達は昼食を食べながら雑談した。美麻は四方寺に勤めている。四方寺というのは現世で例えるなら役所や官公庁みたいな行政機関だ。祝呪隊とは別の機関だ。可もなく不可もなく生きてきた者達が志願して、試験に合格すれば職員になれる。私のような元罪人は職員になれないが、四方寺から理不尽な圧力がかけられた場合には司法機関に訴えることも可能だ。しかしそんな事は滅多にない。
四方寺は楽土にある村や街を見廻りして、問題が起きれば利害調整する。新しく楽土に来た者にどこへ住まわせるか当事者の希望を聴きながら決めて住民達に紹介する。結婚希望者を確認して登録する。村や町の規模や状況を確かめる。何か困っていれば手助けしたりもする。
農村だと水利権について協議したり作物をどれだけ分配するか調整したりどんな職能者を必要としているか把握したりする。街だとどんな産業に力を入れており、需要と供給の釣り合いを調整したりどこにどんな施設を建てるか確かめる。基本的に村や町の人達の自治で動くが、他の地域との協議が必要ならば、そのまとめ役を四方寺が行う。
美麻は村や町を見廻りして、それを上司に報告する仕事を担っている。いろんな場所を転々とするので見た目十歳ぐらいの少女には激務だが、霊力の高い美麻は難なくこなしている。貴族だからといって奢らず、少女だからといって恐縮もしない。
私達は昼食を終えると、私と美麻は外に出た。
まずは紡績工場のある街に向かう。そこには美麻の母親で冬空の姉である美空が工場長として働いている。私達が工場に着くと美空自らが案内した。労働者達は真面目に働いているが、私とすれ違うとチラリと私を見る。不思議そうな目つき。私の経歴を何となく感じているが、美空と美麻の母娘と一緒にいるので疑問に思っているのだろう。
様々な糸が紡がれていく。色も太さも材質も様々で、美空が丁寧に教える。
現世では綿花も麻も最初から色がついているわけではなく、染めなければならない。染める時に大量の水が必要で汚染問題にもつながる。しかしこちら楽土では最初から色が着いている綿花と麻がある。
現世では木綿は尊ばれるし麻は扱いが難しい。特に大麻からは麻薬が抽出されて犯罪に悪用されてしまう。しかし楽土では最初から麻薬の成分が全くない品種が作られている。そうでない品種でも麻薬は厳格な管理の元で抽出されて医療等に使われている。
綿花自体も水を大量に使うので、大麻の繊維も尊ばれる。楽土では大麻も綿花も重要な材料になっている。絹は製造の過程で沢山の蚕を殺してしまうので滅多に製造しない。他にも竹や樹木の皮や繊維も使われる。
特別な霊体から編み出された油から化学繊維が作られることもある。
美空は饒舌に語る。
紡績の過程で同じ材料でも様々な糸が作られる。太さだけでなく柔らかさも艶もそれぞれ違ってくる。皆、丈夫だ。伸縮や摩耗に耐えられるようになっている。
案内してもらうと私は礼を言って街を後にした。次に行く村は里芋を主力にしている。
農村部は街や基地と違って春夏秋冬がある。寒暖差がある事で作物がしっかりと育つのだ。しかし灼熱の暑さも、凍傷するやうな寒さもない、ほどよい四季である。
村に到着すると秋風を感じた。確かに現世でも秋だ。むしろ現世では温暖化で四季がおかしくなっている。
畑を見渡すと人の背丈ほどある立派な里芋の茎と葉が一面に生えている。よくみると心持ち枯れかかっている。畑一枚一枚が広い。民家がその間に点在しているが小さく見える。細長い水路や川が何本か走っている。橋も整備されている。私は美麻に案内されて村の中心部にある寺に入った。寺は村役場や公民館の役割を果たしている。
寺の広場の片隅に自動車や軽トラックが何台か並んでいる。軽トラックには農業機械が積まれている。楽土でも現世のように時代の変化を受けている。
私達は寺の住職に中を通された。講堂には男女が百人、座っていた。住職は私を簡単に紹介した。一人の女性が、
「私達は今、収穫の割り振りをしているところです」
と、説明した。半月後には里芋が収穫されていくのだ。里芋畑は村の者達が皆で管理している。百人は誰が何の作業をどれだけやるのかを確かめているのだ。住職は議長役。
現世とは違って楽土では必ずしも女性が非力とは限らないし、男性が力持ちとも限らない。霊力や霊圧の大きさで腕力の違いが出てくるのだ。だから力仕事を率先する女性も少なくないし、女性達は遠慮せずにどんどん発言する。男性達も下らない嫉妬を起こさずに発言を聴いたり具体策を出す。
寺の住職は生前も住職である場合が多いが、宗教者というよりは利害調整する村長の面が大きい。しかし横柄に村の人達を抑圧することもない。村長は村の中から選挙で選ばれる。選ばれたら髪を剃って坊主になったり尼になったりする。こちらの村の住職は男性だが、隣の村の住職は女性だそうだ。
今回は不作でもなければ豊作でもないらしい。
無事に収穫が済んだら祭を催す。神々への感謝と自分達への労いと他の地域との交流。祭で興奮し過ぎて暴れる者がいないかを見廻りするのも四方寺の職員である美麻の役目だ。だが、村の治安は比較的良く、物騒な者は稀だ。いたとしても美麻は霊力が有るのでいざとなれば相手を威圧出来てしまうようだ。
私達は村の人達から果物を食べさせてもらった。里芋だけではなく自給用に果樹も野菜も育てているのだ。水田は無いけれど、ここの村では里芋を主食にしているので米が無くとも困らないそうだ。
私達は礼を言うと村を後にした。
楽土では働かなくても大人しくしていれば飢えないし、災害は滅多に起きないし、気候は穏やかだ。貧富の差が無いわけでは無いけれど、困ることがあれば村や町の寺か四方寺に相談すれば良い。
治安は町村の自治と四方寺の職員の見廻りとで保たれている。たまに凶悪犯がいても捕まって祝呪隊の刑務隊に送られる。
美麻の見た目が少女でも、美麻を見下して子供扱いする者はいなかった。