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楽土  作者: 加藤無理
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アラシマ

 休暇が終わると混成部隊が編成されて私達はそこに配属された。組織全体の規律を糺す憲兵隊、隊員に食糧を補給する炊事隊、結界を張る私達土木隊、狙いの悪霊を把握する観測隊、怪我や疲労を癒す医療隊、弱い死霊を誘導する案内隊、悪霊を追跡する捜索隊。そして悪霊を捕らえる戦闘隊。


 この混成部隊を指揮するのは千名規模の連隊長。戦闘隊の冬空だ。翠の夫だ。私達は基地に集まって説明を受け、訓練を六日ほど行った。


 一兵卒の私が連隊長の冬空と直接会う事は無かったが、遠目で冬空の様子をうかがうことは出来た。冬空は部下達に怒鳴ったりも暴力を振るったりもしない。落ち着いており、威厳があった。霊圧が強く、いかにも近寄りがたい。休日の時とは対照的に表情が固い。声は私達のいる遠くの所までハッキリと届くが無駄な威圧感は無い。


 吉郎分隊長も上官達も責任者である冬空に畏怖を抱いている。


 今回はダム周辺で霊体や生体を襲う悪霊を捕らえる任務だ。いつもは霊圧を低くして隠れて私達祝呪隊から逃げているが、隙をうかがって生体や霊体を襲って食べる。食べられた生体や霊体は悪霊の一部になる。悪霊はどんどん強化されている。


 この悪霊を私達祝呪隊はアラシマと呼んでいる。アラシマは観測隊と編纂隊の調べで、半世紀以上前に恨みを残して死んだ男の霊だと分かっている。生前に自分達が住んでいる集落をダム建設で沈められた。アラシマは避難をせずに集落に息を潜め、社会を呪いながら集落と共に沈んで溺死した。


 アラシマの集落は差別を受けてきた。安土桃山時代よりも前から馬や牛の革を加工して武具を作ってきた職人達の子孫だが、周辺の集落や時の権力者達から迫害を受けてきた。最後には集落の存在ごとダムを建設する政府と社会で否定されたのだ。


 つまり今回は同和問題が深く関わっている。非常に苦い話だ。アラシマは時代や社会の被害者である。しかし放置していけば被害は拡大するし、アラシマの悲しみや恨みも消えない。


 説明を受けた私達はアラシマを見下すこともなければ哀れむこともなかった。部落出身者を未だに現世で忌み嫌う生体はいるけれど、歴史教育を受け、霊視できる私達はなるべく冷静に同和問題た向き合った。


 私の中隊は他の隊の指示に従って結界を張ったり避難路を作ったりする。悪霊であっても通常は現世に物理的な影響を与える事は滅多にないが、アラシマの場合は干渉できる。それを防ぐ為に私達は結界で現世とアラシマを遮断し、生体と霊体を避難させる。


 訓練の後、観測隊がアラシマの位置を特定した。冬空が率いる連隊は現世に行った。


 私達は上官達の指示通りに動いた。三日も経たずにアラシマは戦闘隊に負けて捕らえられた。アラシマは霊圧を最大限にして抵抗していたが戦闘隊との戦いで大怪我して弱体化している。


 医療隊と捜索隊とがアラシマに食べられていた霊体を引きずり出して戦闘隊が拘束した。彼らもアラシマと同様、荒ぶっているからだ。


 私達土木隊は楽土への道を整備して、案内隊が霊体を送っていった。任務を完了すると結界も道も消した。連隊は犠牲者を出せずに帰還した。


 悪霊との戦いで私達は「死ぬ」こともある。一度死んでいるのにまた死ぬのも妙な話だが、魂魄が砕け散って消滅することもあるのだ。そうなると魂魄の破片は親しい者の一部になるか、成仏する。今回はそんな事は無かった。


 むしろかすり傷以上の怪我をした者は戦闘隊でもいなかった。作戦は大成功した。


 アラシマは強敵だったが千名規模の連隊は少し大袈裟だったのかもしれない。それが幸いしたのだろう。冬空が慎重な指揮官で良かった。

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