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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

少年とチョコレート

作者: 佐藤 尚吉

少年はもうすぐ死ぬ。


少年は炭鉱で働く奴隷だ。


両親も奴隷だった。


少年は賢く、物心つく頃にはすでに自分の立場を知っていた。


少年はこれまで3回売られた。


少年には1人目の主人の記憶はない。母親から聞いた話では、奴隷にも優しい稀有な人だったらしい。


2人目の主人は悪魔だった。


癇癪持ちで、気に触ることがあるといつも奴隷に暴力を振るい、時には相手を殺してしまうこともあった。


もちろん、幼かった少年も例外ではなかった。少年はその時の主人に殴られた怪我で、今も左目が見えない。


少年の母親が死んだのもこの主人の時だ。


父親は少年が生まれてすぐに流行病で死んでいたので、少年の家族は母親だけだった。


少年は、母親の体調が悪いことに薄々気づいていた。しかし、奴隷に休みなど許されない。


少年の母親は具合の悪さを隠して、必死に働いていた。


少年は、主人からの折檻を覚悟して、主人に、母親に休息を与えるように願おうとしたが、すんでのところで母親と仲の良かった女性の奴隷に止められた。


それから数日後、少年の母親は亡くなった。少年がどぶさらいの仕事から帰った時にはもう、母親の体は屋敷にはなかった。


具合が悪いせいで、仕事でミスをしてしまった母親は、主人に鞭で打たれた後すぐに死んでしまったと、後で奴隷仲間から聞いた。


少年は主人に復讐することを誓った。


しかし、その願いは叶わなかった。


母親が死んだ後すぐに、その主人は、悪事がばれて兵隊に捕まってしまった。


主人はどうやら一生牢屋の中らしい。少年はちっとも嬉しくなかった。


その後、少年はオークションにかけられ、新たな主人に買われた。


そこには同い年のお嬢様がいた。


お嬢様は不思議な人だった。


お嬢様は奴隷の自分に挨拶をする。


少年は初めて奴隷仲間以外に自分の名前を呼ばれた。


彼女は自分のおやつを分けてくれた。


少年は、この時初めて、チョコレートの味を知った。甘くて苦かった。


お嬢様は夜空を見上げることが好きだった。


星が綺麗に見える夜には、よく夜のお茶会を開いていた。


仕事の為に朝の4時には起きないといけない少年には少し辛かったが毎回出席した。


お茶会では、もっぱらお嬢様が読んだ本の話だ。


お嬢様は話が上手だった。怖い話の時はまるで鬼婆のように、楽しい話の時はまるで今から結婚式を迎える花嫁の様に、臨場感たっぷりに話をした。


お嬢様の話の中で、少年が一番好きな物語は「願いの叶え方」という話だった。


主人公が病気の妹のために塔に住んでいる魔女の元を訪ね、そこで願いの叶え方を教わるという話だった。


少年はこの物語が一番好きだった。


お嬢様も、自分と同じようにこの物語が一番好きだと、奴隷の少年はわかった。


なぜなら、この話をしているお嬢様が一番綺麗だったから。


少年は物語に出てくる「願いの叶え方」を試した。


少年の願いは一つだった。


少年は、いつまでも、お嬢様と一緒にいたかった。


しかし、願いは叶わなかった。


お嬢様の父親、つまり少年の主人が新しく炭鉱を買っ。


若くて力のある少年は、炭鉱で働くことになってしまった。


炭鉱はお屋敷から、少年の足で20日はかかり、炭鉱の近くに奴隷用の小屋が建てられ、少年はそこで生活するようになった。


少年が炭鉱で働き始めて2年がたった。


お嬢様はもう自分の事を忘れてしまっただろうか。


ある日、炭鉱内で落盤事故が起きた。その時、彼が作業をしていた場所は、迷路のように入り組んだ、坑道の最奥だった。


少年は岩に押し潰されずにすんだが、人が数人入れるくらいのスペースに1人取り残されてしまった。


幸か不幸か空気は入ってきているらしい。しかし、落ちてきた土砂や岩を崩そうと頑張ってみたが、どうやら1人じゃどうしようもない。


少年は、自分が助からないことを悟った。


自分は奴隷だ。主人からしたら、わざわざ助けなくても、代わりを買ってくれば良い。


炭鉱に閉じ込められて、3日がたった。


最初は空腹が辛かった。


しかし、喉の渇きに比べると、そんなもの屁でもなかった。


喉がカラカラだ。


今はもう水のことしか考えられない。


泥水でも良い、毒が入っていてもいいから水が飲みたかった。


さらに2日後。


少年は硬い地面の上で、天井を見上げている。


指一本動かす力もない。


喉の渇きも空腹も、体の感覚すらない。


少年の姿はまるで、砂漠の真ん中で、皮と骨だけになった動物の死骸のようだ。


ずっと惨めな人生だった。


彼は、なんのためにこの世界に生まれてきたんだろう。


とても悲しいはずなのに、少年の目から涙はこぼれない。


もう……いいや……寝よう。


少年が生きることを諦めたその瞬間、ガラガラガッシャンッと轟音を立てながら、天井の一部が崩れ落ちた。


そして、それと同時に、ほんの小さな一筋の光が、少年の片目に飛び込んでくる。


それは星の光だった。


薄れゆく意識の中、少年は、お嬢様をあの夜を思い出していた。


お嬢様と過ごした、あの……宝石のような毎日を思い出した。


心のずっと奥の奥に隠し込んでいた、甘く、苦しい気持ちが溢れてくる。


意識をなくす直前、最後に少年が願ったのは、彼女の幸せだった。

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