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怪獣と怪獣人間について

 その後も部隊は北條を先頭に戦艦亀の体内(迷路)を進んでいった。

 最初こそ平坦な道を直進するだけであったが、途中から上に下に、右に左にと道が分岐し始めた。当然階段のようにはなっていないため、上に向かうときはピッケルを使って登るか、北條や御園生に背負ってもらい何とか進んでいく。

 天木には目的地があるらしく、かつての測量図と照らし合わせながら着々と歩みを進める。途中何度か二足狐の襲撃があったものの、全て北條が瞬時に制圧したため被害はゼロだった。

 およそ一時間ほど歩き続けたところで、一度肉壁の採取をしたいと天木が提案。第四が前後を見張りつつ、第五と第六で肉壁の採取・調査を開始した。

 刹亜と宗吾は、天木のサポートとして指示されたところの切除や、観察、メモを行っていく。

 しばらくは黙々と作業を進めていた二人だったが、不意に宗吾が天木に話しかけた。


「天木先生。御園生さんや北條さんの怪獣に変身する力は、先生が考案したものなんですか?」

「うん? そうだけど、よく分かったね」

「こんな技術を思いつくのは天木先生だけでしょうから。宜しければ、どのように怪獣化を可能にしたのか教えていただけませんか」

「うーん、それって教えていいんだっけ? あ、でも、こうして彼らの姿を見てる時点で問題ないのかな。うん、多分大丈夫だよね?」

「……」


 振られても困るだけの問いに無言を貫くと、天木はそれを肯定だと勝手に解釈し、作業を続けながら話し出した。


「怪獣化の方法を教えるのは凄く簡単なんだけど、その前に一つ質問に答えてもらおうかな。君たちはさ、怪獣とこの世界の生物は同じ存在だと思うかい?」

「僕は、違うと思っています。怪獣はあまりにも得体が知れないし、僕らと違うところが多すぎますから」

「俺は同じだと思ってるぜ。俺たちと同じように殺せば死ぬしよ」


 宗吾と刹亜はそれぞれ正反対の回答を返す。

 天木は少し楽しそうな笑みを浮かべつつ、「そう、色々な考え方があるよね」と首肯した。


「どちらの考えも一理あって、現状どちらも否定することはできない。それでも一つわかっているのは、彼ら怪獣は僕たちとは全く別の物質でできているということだ」

「そうらしいですね。詳しいことは知りませんが」

「まあ細かいことまで世間には伝えてないからね。ただ事実として、怪獣に遺伝子は存在せず、そもそも分子すら観測できない。僕らが彼らの構造を観測しようとしたとき、それは黒い靄としか認識できないんだよ」


 怪獣が出現した初期の、まだ地上で暮らせていた頃。怪獣がこの世界にはない未知の物質で構成されているというのは報道されていた。しかしそんな怪獣の作りに関する情報など一時だけで、すぐに怪獣出現情報と避難情報がメインに変わった。要するに、怪獣の構造についてなど遥か昔の記憶であり、詳しいことを聞くのは今回が初めてであった。

 まあ聞いたところで、「そうなんですね」というコメントしか出なかったが。

 二人の反応は芳しくないも、天木にがっかりした様子は見られない。むしろウキウキと続きを話し出した。


「そうそう。それじゃあここから、どうやって人間兵器、いや、怪獣人間を作り出してるかっていう話をしようか。さっきも言ったけど作り方はとっても簡単でね。人の体に怪獣の血を注入する。それだけなんだ」


 想像以上にあっさり答えを告げられ、宗吾は一瞬フリーズする。それから思わず周りを見回した。内心でどう考えているかは分からないが、ひとまず誰も今の発言を気にかけてはいない。

 一抹の不安を抱きつつも、宗吾は引き続き話を聞くことを決めた。


「怪獣の血って、人には毒じゃないんですか。飲んだり食べたりしたら死ぬものだと思っていましたけど」

「毒であることは間違いないよ。大量に注入すればまず百パーセント体が朽ち果てて死ぬし。でも少量、適切なさじ加減で注入すれば怪獣人間になれる。まあ成功しても理性のないバーサーカーになることも多いし、北條君や御園生君みたいに理性を保ったままでいられることは稀有だけどね。それに怪獣化が成功しても徐々に侵食されて、最後は血に耐え切れず死んじゃうし」

「最後は侵食されて死ぬ……」


 自然と宗吾の目は御園生に向けられる。やや遠くで警備している彼女に今の会話は届いていないようで、特に何の反応も示さない。いや、既にこのことを理解したうえで彼女は怪獣化を選択した可能性が高い。聞こえていても何も反応は示さなかっただろう。


「因みにそれ、どうやって思いついたんだ?」


 黙ってしまった宗吾に代わり、刹亜が質問する。


「僕たち科学者は思いついたことは何でもやってみるからね。実に明快な好奇心から、怪獣の血と人の血を混ぜたらどうなるんだろうって実験してみたんだ。あ、勿論試験管の中でだよ。そしたら人の血は瞬く間に怪獣の血に侵食され、黒い靄に包まれたんだ」

「ウイルスに感染するみたいな感じか?」

「まさしくその通り。だけどここからが面白くてね。人の血も怪獣の血も、組み合わせ次第で侵食速度にかなり差があったんだよ」


 何が面白いのか分からないが、天木は興奮した様子で、作業を中断して熱弁を始める。


「怪獣化を希望する人には適合試験を受けてもらうんだけど、あれなんか単純でさ。試験を受けに来た人から血をもらって、それを片っ端から色々な怪獣の血と組み合わせていくの。この時にほとんど侵食されることなく、乳化した水と油のように混ざり合う組み合わせがあれば、無事適合者として認定される。後はその怪獣の血を打ち込めば怪獣人間の完成だ」

「怪獣と適合しやすい人の傾向は分かってるんですか?」


 先の話を飲み込んだ宗吾も質問する。

 天木は軽く首を振った。


「色々と検査はしたんだけどね。怪獣の血と相性の良い遺伝子や型があるんじゃないか。性別や人種で違うんじゃないかってね。でも残念。そこら辺の相関はさっぱり得られなかった」

「じゃあ完全に運なんですね」

「それがそう言うわけでもなくてね。そうした遺伝的な検査だけじゃなく、聞き取り調査も毎回行ってるんだけど、そこから面白い共通点が見いだせたんだ」


 完全に体の向きが肉壁から宗吾らに移っている。第四の隊員が注意しに来るのではと一瞬視線を向けるも、特に注意しに来る気配はない。

 これ幸いにと、二人も作業を止め聞く体勢を整えた。


「ちょっと話は変わるけど、怪獣たちは全て、僕らの世界で形容できる姿をしているじゃない? 君たち二人は怪獣の資料整理をしてるみたいだから知ってると思うけど、怪獣は動物や植物、機械に自然物にと、何かしらこちらとリンクした姿を取っている。この戦艦亀もまさにだよね」

「それは確かに……。でも人の創作物の幅が広かっただけでは? 元から存在しないモノを作り出したりもしてましたし、そのせいでどんな怪獣にも既視感を覚えてしまうとか」

「ふむふむ。確かに人間の想像力はすさまじい。この世界に存在しないモノをいくらでも自らのイメージで作り上げ、世界で共有してきた。この世界に大怪獣が現れる前から、大怪獣を作り出していたわけだしね」


 天木は大きく頷くも、人差し指をピンと立てた。


「でもさ、ちょっと不思議じゃないかな。怪獣は分子レベルから僕らの世界とは違う存在。その時点で人の知識と想像を超えた存在なんだよ。にもかかわらず、形としては僕らの世界で見慣れたものばかり。これって、凄い大事なことだと思うんだよね」

「まあ大事なのかもしんねえけど、それが怪獣化できる奴の共通点と何の関係があんだ」


 やや話に置いて行かれ始めた刹亜が口を挟む。


「ああ、話が脱線したね。要はさ、僕らは怪獣を見た時、それを初めて見る化け物としてだけでなく、記憶にある別の何かの亜種としても捉えているってこと。そしてその認識が、適合者になる資質と大きく関係している、かもしれない」

「怪物への認識が、適合者への資質と関係?」

「うん。例で言うと御園生君。彼女は怪獣『篝猫』の血を受けた怪獣人間なんだけど、彼女は大の愛猫家だったんだ。猫が好きで好きでたまらなくて、何なら猫型の怪獣も可愛いと感じてしまうとか。そしてそんな彼女は、『篝猫』の血と絶妙にマッチした」

「御園生さんそこまでの猫好きだったんだ……何となくは察してたけど」


 ちょっと引き気味に宗吾が呟く。宗吾ほど彼女に思い入れのない刹亜は、「よく分かんねえ理由だな」と伸びをした。


「あ、因みに怪獣同士の血を混ぜる実験もしたんだけど、これも面白い結果になってね。反発するんだよ、怪獣の血って。まるで磁石の同じ極を向けた時みたいに」

「なんだそれ。じゃあ怪獣に怪獣の血を注入したら噴水みたいにすぐ外に出てくんのか?」

「そうなんだよ。それも結構な勢いでね。因みにこれが理由で、怪獣同士の共食いは確認されていない。食べたところで自らの血肉にならず排出されるからね」


 ピクリと、刹亜の白マフラーが震える。刹亜と宗吾も一瞬視線を交差させる。が、何も言わず沈黙を貫いた。

 二人の反応に気付いたのか天木は少し首を傾げる。けれど今の話題に対する興味の方が強いようで、特に触れることなく話を続けた。


「そうそう。共食いをしないと言えば、怪獣最大の謎の一つであるエネルギー源についてだよね。大怪獣のような超巨大な体を動かすにはかなりのエネルギーが必要なのは明らか。生きるにはとんでもない量の食事を必要とするはず。しかし実際には、彼らは全く食事を必要としていない。

 もともと武力での制圧が叶わないと考え、今の人類は地下に引っ越したわけだけど。これは怪獣を餓死・共食いさせる狙いもあったんだよ。食料である人類がいなくなれば、飢餓に陥った怪獣同士が共食いを始めるんじゃないか。仮に共食いをしなくても何れ餓死してくれるんじゃないかとね。だけど怪獣はなぜか食料なしでも死ぬことなく元気なままで、結果人間は打つ手を失い今に至る。最初に怪獣がこの世界の生物と同じかって尋ねたけど、このエネルギーの問題から僕個人は――」

「天木研究長。いい加減無駄話は止めて仕事をしてください」


 いつの間にかこちらに近づいていた心木が、容赦のない手刀を天木の頭に落とす。

 老人虐待と言われそうな無慈悲な所業だが、どちらが悪いかで言えば仕事を放棄していた天木なのは間違いない。

 三人は心木からの冷たい小言を浴びせられた後、粛々と作業を再開したのだった。


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