変態
しばらくは好きにさせてやるかと思い、何となく周囲を見回す。
いつの間にかバスに乗っていた他のメンバーも外を適当にぶらついていた。
一部の怪獣を除き、多くの怪獣が同一の種以外と群れを成さない。それゆえ怪獣に襲われた場所は、その怪獣さえ倒せばしばらくは安全地帯となる。
勿論これには例外も存在するし、結局危険で気を抜けないことに違いはない。しかし地上を長時間移動するとなれば、いつかは休憩を取る必要に迫られる。となればリスクは理解したうえで、休憩すると決めたら全力で羽を伸ばす。そんなある種の技術が肝要になる。
地下に籠っている一般人は中々身につかないのだが、第五や第六とはいえ特務隊となれば皆心得たものらしい。
軽く談笑している彼らの姿を尻目に、刹亜は一足先にバスへと戻る。だがバス内を覗いたところでふと違和感を覚え、再度外に目を向ける。
一人ひとり数えていくと、すぐに違和感の正体に気付いた。
天木の隣に座っていた、第五の女性研究員――心木の姿が消えていた。
刹亜は誰かに声をかけようかと見まわすが、色々と考えた末に断念し、一人で探すことにした。
これが怪獣による襲撃でないのなら、流石に遠くには行っていないはず。万一すぐに見つからないようなら宗吾に言って、今すぐここから出発するよう伝えてもらわなければならない。
最悪の想定をしつつ、怪獣との戦闘によって見晴らしの良くなったバス周辺から離れ、茂みの方を捜してみる。すると意外にも、すぐに心木の姿を見つけた。
「何してるんだ」
「……別に」
心木を正面からしっかり見るのは今回が初。髪の長い、目の下にクマのある不健康そうな女という印象だ。彼女は先に討伐した怪獣の死体のそばでしゃがみこんでいた。
刹亜が距離を詰めると、心木は何かをバッグの中に隠す素振りを見せる。
刹亜は眉間に皺をよせ、「何を隠した」とすごんだ。
「別に、何も隠してないわ」
「ならそのバッグの中身見せてくれよ」
「嫌よ。企業秘密だから」
「同じ企業ってか所属だろ。見せて問題ないはずだ」
「……嫌よ」
頑なに心木は隠した物を明かさない。
無理やり分捕ってみるかという荒々しい考えが思い浮かぶも、それを察したようにリュウが体を震わせたので何とか思い止まる。
ひとまず穏便に聞こうと、普段の宗吾をイメージしながら笑顔で語りかけてみることに。
「嫌だとは思うが、そこを何とかお願いできねえかな。俺も不安なんだよ。何一つとして信じられないこの地上で、唯一信じられるはずの仲間が隠し事をしている。死地を潜り抜けてきた第四のメンバーならともかく、俺はそこまで強くないからよ。これ以上精神すり減らしたくねえんだわ。マジで、誰にも話さねえから俺にだけでも見せてくれないか?」
「……笑顔がきもい」
これは無理やり中身を調べるしかねえと一瞬で覚悟を決める。しかしその覚悟に反し、心木は少し顔をしかめながらもバッグを渡してくれた。
「これって……怪獣の心臓、か?」
渡されたバッグの中身。その一番上には透明なポリ袋に入れられた、今まさに怪獣から抜き出したと思われる、温かさの残る深紅の心臓が収められていた。
心臓のグロテスクさに気分が悪くなり、刹亜はすぐにバッグを返す。
心木はバッグを受け取ると、うっとりした表情で心臓の入ったポリ袋を取り出し、頬ずりし始めた。
「ああ、ああ、やっぱり最高……! 生き物でありながら私たちとは何かが違うことを感じさせるこの匂い、形状、温もり! 今すぐ食べてしまいたい!」
「……怪獣の体は人間にとって毒だってこと理解してるか?」
「知ってるわよ。できる事ならそうしたいってだけの話」
怪獣出現以降、牛や豚の飼育などは当然できなくなり、世界は一気に食糧難に陥った。現在は科学者と農・畜産界隈による必死の研究により、何とか餓死せずに済む程度の食糧は確保できている――まあ飢餓が起きていない一番の理由は、怪獣被害による大幅な人口減少によるわけだが。
そんな食糧に窮した世界。食べられるものは何でも食べようという発想から、当然怪獣を食料とする案も浮上した。しかしこれは完全に失敗。怪獣の肉及び血は全て人にとって毒となるものだった。
一口でも食べればたちまちもがき苦しみ、数秒と経たずに死ぬ。この案はあっという間に捨て去られ、以降怪獣を食すことは全世界での禁止事項となった。
刹亜は目の前で怪獣の心臓を食べたいなどと宣っている心木にドン引きしつつ、「ならそれどうすんだよ」と尋ねた。
「それは勿論部屋に飾って鑑賞するのよ。あと肌に塗ったりとか、お守りとして持ち歩いたりとか」
「……やばいなお前。てか、勝手に怪獣の体を持ち帰ったりするのってありなのか?」
心木はすんと真顔に戻り、「ダメに決まってるでしょ」と断言した。
「怪獣の体を許諾なく持ち帰ることは禁ずるって、法律に書いてある通りよ。これは特務隊の隊員であろうと例外じゃないわ」
「そりゃ危険だからな……。てかそれなら俺に見せてよかったのか?」
「だから嫌って言ったじゃない」
「まあそれはそうだけどよ……」
なんか一気に面倒な事に巻き込まれたなと、刹亜は眉間に皺を寄せる。一方の心木はさも当然のように心臓をバッグにしまい直し、その場で立ち上がった。
「当然だけど他言無用よ。もし告げ口しようものなら今後の私の人生全てかけてあなたの邪魔するから。よろしくね」
「怖いよ……」
「ま、あなた会話下手で友達いなさそうだし、告げ口する相手もいないわよね」
「せい」
得意技の男女平等制裁拳を躊躇なく振るった後、二人はバスに戻った。
理由は不明だが、刹亜はこのことを誰にも告げ口しなかった。