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怪獣人間

「おい、止めろ」


 バスを走らせること約三時間。

 道中何度か怪獣による襲撃を受けかけたが、ギリギリのところで派手な戦闘にまで発展せず逃げきることができていた。

 しかしその運も流石に尽きたらしい。突如として一倉が声を上げた。

 運転を担当している隊員も心得たもので、聞き返すことなどせずすぐさま車を止める。

 まだ何が起きているのか分からないでいる他のメンバーに対し、一倉は「囲まれている」と端的に告げた。


「囲まれているって……特に怪獣の姿は見えないよ?」

「音がした。それも一つや二つでなく複数。こっちに合わせて移動している」


 怪獣が出現した後、人類にも少しだけ変化が起きた。常に死と隣り合わせの生活を送ることになったためか、五感が発達した人が増え始めたのだ。

 特に死線を潜り抜けてきた第四の隊員に顕著に見られ、一倉もその一人であった。


「囲まれたとなれば迎え撃つ以外に他はない。それに、新人の試験としてもちょうどいいだろう。お前ら、外に出て怪獣を殺せ。くれぐれも暴走はするなよ」


 一倉に命令され、カラーブラック所属の隊員が、武器も持たずにバスを降りる。

 複数いるという怪獣を、素手の隊員二人に任せるのか。宗吾はそんな疑問を持つも、まさか無策なはずはないと口を挟まずに見守る。

 カラーブラックの隊員が外に出てから数十秒。宗吾らの目でも捉えられる範囲まで、怪獣が接近してきた。

 数は八。恐竜を彷彿とさせる体躯。しかしその足は絵本でよく見た恐竜の足ではなく、黒く丸い、車のタイヤであった。


「モーターサウルス……」


 最大時速二百キロにも及ぶ速度で走り、鋭い爪と牙で人を蹂躙する怪獣。皮膚は鉄よりも固く頑丈で、並の銃火器では傷一つ付けることができない。

 今の進化した銃火器なら皮膚に関しては問題ないが、多彩な連携と素早い動きから、少人数での対処はかなり厳しい怪獣だとされる。

 本当に二人だけでいいのかと、一倉を見る。けれど彼は不敵な笑みを浮かべ、どこか楽し気に外を眺めていた。

 バスの外。

 怪獣に囲まれる中、少し体を震わせている二人の隊員。

 しかし彼らの震えは怪獣への恐怖から生じたものではなかった。


「篝猫……」


 一人の隊員が何かを呟いた直後、背後から青白い炎が漏れ出した。炎は六つに分裂し、人の頭ほどの大きさまで膨らむと、鬼火のようにくるくるとその場で回りだした。

 また鬼火が形成されるのに伴い、隊員自身にも変化が起きていく。頭からは黒い猫耳のようなものが生え、露出していた手も黒い体毛で覆われ、鋭く長い爪が形成された。


「牙狼」


 さらに、隣にいたもう一人の隊員も呟きと共に姿を変貌させた。着ていた制服が破られ、体長が元の二倍近くまで巨大化。口から一メートル近い長く鋭い牙が生えた、二足歩行の巨大な狼のような姿になった。

 あまりの展開に唖然とし声も出ない。

 説明を求めようと宗吾が一倉に目を向けるも、尋ねるより早く戦闘が始まった――いや、正確には、一方的な蹂躙劇が幕を開けた。

 たった三分の後、バスの周りには引き裂かれ、噛み砕かれ、燃え尽きたモーターサウルスの死骸が転がっていた。

 どちらが怪獣なのか分からなくなるほど圧倒的な力の差。

 いまだに目の前の光景が現実か分からず体が動かない。すると一倉が席を立ち、「少し自由時間にする」と言ってバスの外に出て行った。

 突然の自由時間宣言にさらに困惑する一同。しかし宗吾はあることに気付き、慌ててバスを飛び出した。

 宗吾がなぜバスから出たのか分からないながら、刹亜もすぐにその後を追いかける。

 宗吾の向かった先は先ほどまで鋭い爪と鬼火のような青白い炎を使って怪獣を蹂躙していたカラーブラックの隊員のもと。今は変身(?)も解け、普通の人間の姿に戻っていた。さらに顔を隠していた黒い布もずり落ちており――


「御園生さん、だよね」


 目の前で顔を見て、改めて自分の見たものが間違いでなかったことを確信する。宗吾に名前を呼ばれた隊員は、虚ろな目で二人を見返した。


「御園生……。そう、僕は御園生遥……。人間で、怪獣じゃない……」

「こいつ、大丈夫か? というか御園生って、この前の入隊試験に来てた奴だよな」

「そうだよ。カラーブラックに配属されたとは聞いてたけど、本当に怪獣に変身できるようになってたなんて……」

「怪獣ねえ。青色の炎に猫耳って言うと『篝猫』か? でもあれは別に二足歩行でもなかったし、もっと真ん丸で猫っぽかった気がするけど」

「たぶん半獣半人みたいな感じなんだと思うけど――御園生さん大丈夫? 僕が誰か分かる?」


 かつての怪獣討伐に熱い闘志を抱いていた彼女とはまるで違う、生気の抜けた顔。心をどこかに捨てられた、まるで生ける屍のような姿に、宗吾はぐっと唇を噛みしめる。それからもう一人のカラーブラックの隊員を眺めていた一倉に呼びかけた。


「これは、一体何なんですか。彼女は一体どうなったんですか?」


 一倉は満足そうに頷きながら言った。


「怪獣化したんだよ。それも成功だ。暴走することなく理性を持ったまま戦うことができた。今も落ち着いているしな」

「これが、成功?」


 目の前でうわごとのように自分の名前を呟き続ける御園生。

 怪獣を殺せるなら無駄死にしても構わないと言っていた彼女。今その身には怪獣を容易に殺すことのできる力が宿っている。そしてその力を制御し、怪獣にのみ奮うことができている。

 成る程、これは彼女の望んでいた形だ。成功と言って一切の間違いはない。

 宗吾()が納得できないことを除けば。


「これが、成功? 冗談でしょう?」


 気づけば一倉の制服を掴み上げ、睨み上げていた。

 笑みを引っ込めた一倉は、何も言わずただ見下ろしてくる。

 数秒の睨み合い。


「えっと、一旦落ち着けよ」


 いつもとは逆に、刹亜が宗吾の肩を掴み仲裁に入った。

 しかし宗吾が引く気配はない。こうなったら止めるのは無理だと知っている刹亜は仲裁を諦め、ブチギレている宗吾の代わりに質問した。


「今更こんな質問するまでもねえけど、カラーブラックの噂は本当だったんだな。怪獣化できる奴らの集まり。つっても御園生はこの前まで普通の人間だったし、後天的に作られた部隊だったわけだ」

「どうやって作っているのかの方法なぞ俺に聞くなよ。そんなこと知らないし興味もない」

「まあだろうな。聞くならむしろ第五の研究長やってる天木か。んじゃあこれも天木に聞いた方がいいことなのかもしれねえけど、こいつってこの後どうなるんだ?」


 隣で繰り広げられる会話が聞こえているにもかかわらず、御園生は虚空を見つめ自分の名前を呟き続けている。

 顔が隠れていたので断定はできないが、怪獣化前はここまで異常な状態には見えなかった。これが怪獣化による一時的な錯乱なのか、それとも怪獣化を続けるごとにこの状態が悪化するのか。

 彼女らのことをバーサーカーと呼び、その処分すら経験したことのある口ぶりだった一倉なら知っているはず。

 刹亜の質問に対し、一倉は淡々と「それはそいつ次第だ」と返した。


「そのまま悪化し、人間でなくなる者もいれば、意識を取り戻す者もいる。どれだけ自分があるか次第だな」

「……」

「一応言っておくが、怪獣化を望んだのはこいつら自身だ。誰も強制はしていない。今の状態を哀れむのは勝手だが、それはこいつらの選択を否定する行為であることを理解しておけ」

「……」


 宗吾は無言のまま掴んでいた手を離す。そして御園生に向き直り、自分の名前を呟き続ける彼女に合わせるように、名前を囁き始めた。

 一倉は特に表情を変えず宗吾の行動を眺めた後、僅かに口角を上げ刹亜に視線を寄こした。


「お前は文句を言ってこないのか? 苛ついているのなら一発ぐらい殴っても構わんぞ」

「んな無駄なことはしねえよ」


 刹亜は軽く首を横に振る。


「俺は本人が望んでやったことにとやかく言うつもりはねえからな。それが周りに迷惑をかけねえならよ。つうか、俺としてはあんたがどうして怪獣化しないのかが気になってるんだが。まさかビビってるわけじゃないだろ?」

「無論だ。俺が怪獣化しないのは、怪獣化せず理性を保ったままの方が優秀だからというのと、単に適性がなかったからだ」

「ふうん。怪獣化ってのは誰でもなれるわけじゃねえんだな」

「ああ。興味があるなら天木にでも聞いてみろ。熱心に教えてくれることだろう」

「タイミングがあったらな」


 刹亜は興味なさそうに答えると、宗吾に目を向けた。宗吾はまだ、御園生に向き合ったまま語り掛け続けていた。


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