決着
――可哀そうに。もう死を悟ったのか。なら仲間だった情けも込めて、苦しまずに殺してあげないと。
天木はくっくっくと嗤いながら、ゆっくり二人に近づく。
本当のことを言えば、もはや彼らなどどうでも良かった。彼らのせいで想定外な展開にはなったが、不安要素であった怪獣人間はしっかり無力化できた。後は休眠状態に入っている母体を起こし、こっそりと持ち込んでいた金剛鶴の血を加えればいい。それで長かった任務も終わり、自由の身となれる。
怪獣としての本能(?)は、遊ばずに今すぐ母体を起こせと言ってくる。しかし人として作られ、人の中で数年を過ごしてきた天木には、本能を上回る意思が芽生えていた。
「賢い君たちなら抵抗が無駄なのは分かるよね。大人しくしていれば楽に殺してあげるから、動かないでね」
天木の言葉通り抵抗は無意味だと悟っているのか、二人が動く気配はない。
そのことに気をよくした天木は、さらにサービスをしてあげることにした。
「そうだ、最後に一つだけ君たちの質問に答えてあげようか。さっきの推理ショーは中々面白かったし、そのお礼にね」
折原と石神は顔を見合わせ、目で互いに語り合った後、なぜか折原の身に着けている白マフラーに目を向けた。そんな謎のやり取りから数秒後、「では一つだけ」と石神が手を上げた。
「怪獣であり、そして最先端の怪獣研究者でもあるあなたにお聞きしたいのですが、怪獣はなぜ人を含めた生物を殺すのでしょうか。というより、怪獣とは結局なんなのでしょうか?」
「ふむ。それは気になるよね。僕も気になる」
「……つまり」
「悪いけどよく分からないんだ。まあ君たち人間だって、なぜ自分たちが生きているのか、何のために生まれたのかなんて分からないでしょ?」
「それは、はい」
「だからその答えとして言えるのは一つだ。僕たち怪獣も、なぜ自分が生まれたのか、何をすべきなのかは分かっていない。つまり本能の赴くままに好き勝手生きてるってこと。生物を殺すのは、人が他の動物を殺すのと同じ。楽しいからだったり、単に殺せるからだったり、そこに大きな理由はないよ」
「……そうですか」
残念そうに石神は首を振る。
死ぬ直前に知りたいこととしては満足できるものではなかったか。そう思うも、質問に答えたのは事実。さて殺そうかと歩みを再開する。
けれど、天木はすぐに歩みを止めた。理由は分からない。ただ本能が、これ以上近づくことを拒否していた。
自分の感情が分からず、天木は戸惑って自分の体を見下ろす。ダイヤモンドの体に勿論異変はない。と、急にこの場にそぐわない笑い声が聞こえてきた。
「いやあ、にしても、あれだな。やりすぎたよあんた」
笑っているのは折原。首に巻いた白いマフラーをしきりに撫でながら、心底おかしいと言った笑みを浮かべている。
ついに気が触れたのかと訝るも、折原の目はしっかりと理性を宿している。
流石に不審に感じ、天木は「なんで笑ってるのかな?」と尋ねた。
「悪い悪い。いやあんたも色々と運が悪いなって」
「運が悪い? 確かに正体がばれたりはしたけど、計画自体は順調そのもの。むしろ運は良いと思うけど」
「それが違うんだよなあ。ここまで暴れず、他の人らも生かしといてくれてれば正直逃げてたところなんだけどよ。よりによって俺らだけ残しちまうとは。あんたのおかげで色々と杞憂に終わったよ」
「意味が分からないな。そもそも逃がすわけ――」
「龍装変身」
「は?」
折原が何かを呟いた直後、首に巻き付いていた白いマフラーがうねうねと動き出した。マフラーだったそれは体を伸ばし男の全身を巻き始める。数瞬の後にはまるで繭のような白い塊になり――それはゆっくりと男の中に沈み込んでいった。
「き、君は一体……」
「ぷはあ。何度やっても慣れねえなこれ。でもまあ、死ぬよりましだ」
一言で容姿を表すなら、ファンタジー世界に登場する竜人。
体型は人間の頃と大きく変わらない。しかし全身が白く輝く白銀の鱗で覆われ、顔は人間だったころの面影を保ちつつも、明らかに人ではない――龍を彷彿とさせる異形に変化していた。
訳が分からないながらも考えついた結論は、折原も怪獣人間だったというもの。ならば手加減せず一気に殺すしかないと、天木は攻撃姿勢を取る。
だが、その選択が間違いだったことをすぐに悟る。今取るべき選択は、逃げる一択であったと。
「よいしょっと」
「………………………………!!!」
瞬きした直後、折原は天木の懐に入り込んでいた。より正確には、折原の拳が金剛鶴の腹部にめりこんでいた。
ダイヤモンドの体はガラス細工のように砕け、部屋の奥まで吹き飛ばされる。
何が起こったのか分からない。いや、理解したくない。
痛みと恐怖で足ががくがくと震える。
天木は恐怖を気のせいだと思い込ませ、全身全霊で折原に突進した。
戦車すら容易に貫く金剛鶴のくちばし。折原は突進の速度に対応できないのかピクリとも動かず、天木の狙い通りくちばしは彼の心臓に突き刺さった。
勝ちを確信したのは束の間。天木はすぐに、受け入れがたい現実を直視することになった。
「おいおい、無駄な抵抗すんなよ」
折原の心臓を貫通したはずのくちばしは、実際には白銀の鱗の前でぴたりと止まっていた。それどころか、衝撃に負けた金剛鶴のくちばしは音を立てて崩れ落ちていった。
「そ、そんなわけ――」
半ば自棄で翼を叩きつける。が、またも砕けたのは天木の体だった。
悪戯が成功した子供の様な笑みを浮かべ、折原はポリポリと額を掻いた。
「諦めろ。お前のしょぼい怪獣化と違って、こっちは唯一無二の竜神化だ。この力で、俺たちは大怪獣すら仕留めたこともある」
「う、うわああああああああああ!」
嫌でも感じざるを得ない次元の違う実力差。
人としての意思と怪獣としての本能が共鳴し、ひたすらに逃げろと叫びだす。
天木はとぷんと肉壁の中に逃げ込むと、戦艦亀の核となる部分を目指して潜り続けた。
――あり得ないあり得ないあり得ない! こんなことはあり得ない!
約七年間も低俗な人に紛れて生きてきた。ようやくあの煩わしい日々から解放され、世界最強の大怪獣が誕生する瞬間を迎えるはずだったのに。
――いや、まだ間に合う!
何の怪獣の力を手にしたのかは不明だが、それでも所詮は人間サイズ。母体を起こすことができれば、そしてこの金剛鶴の力を与えることができればまだ逆転の目はある。
もう少し、もう目の前に核が――
「よし、捕まえた」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!」
いつの間にか、天木の足を、折原の手ががっしりと掴んでいた。
後ろを振り向けば、今まで潜っていた肉壁が全てえぐり取られ、大きな空洞に変わっていた。戦艦亀の肉壁は甲羅やダイヤモンドに比べれば遥かに柔らかい。それでもロケットや機関銃に耐える強度があり、何よりここに来るまでに数十メートル以上の厚さがあったのに。
圧倒的理不尽を前に、天木は無心で絶叫した。
「お前は、お前は一体何なんだ!!!」
折原は龍化した顔でにやりと笑い、「特務隊に入ってたんなら分かるだろ!」と高らかに名乗りを上げた。
「俺は、俺たちは、怪獣をぶっ倒して世界を救う『ヒーロー』だ!」
咆哮一閃
折原の拳が、戦艦亀の核もろとも天木の体を貫いた。




