episode.3
私は赤いテーブルクロスが敷かれたテーブルに置かれた今回のお題に手を掛けた。
今回のお題は非常に大きい。私の身長程はある。
なんとコメントすべきだろうか。そんなことをただひたすら考えながら、今回のお題に口を近づけていく。
そして意を決して一口。
『味和井さん、かぶりつきましたァ!!』
解説者の言葉に私は更なる焦りを感じていた。
噛み切れるはずがない。そんなことは分かっていたはずだ。
私は噛みついたまま、おしゃぶりのように味わった。
「唇で感じる小さな粒!! 研磨剤かのような非常に刺激的な触感です!!」
当たり障りのない感想。
出だしは良くない。勢いで何とかやってるような感じだ。
「それに舌に絡まる蜘蛛の糸! 口に髪の毛が入ったときのことを思い出しますねぇ!!!」
そう、今回のお題は……
下駄箱。
しかもがっつり使った痕跡のあるやつだ。
グルメではない。
そんなことは百も承知。皆それは思っていても口には出さない。
こんなの食材じゃない!
そんなことを言えば、私は食した感想を表現できません、と言っているのと同義。
今までは食用でなかったものが食用となったときに、この発言は矛盾することになる。
昆虫食もそうだった。
つまり、私達グルメレポーターは《口に入れたものを皆に伝える》ことができなければ、それを名乗る資格はない。
それが私達の矜持だ。
矜持。
私は元々軍隊にいた。
現場に派遣された私に与えられた任務は、派遣先の状況を見たそのままで報告すること。
私の報告には定評があった。
まるで本当に現場にいるかのような臨場感があると。
戦場では食事の時間すら緊張感が張りつめていた。
そんななか、ちょっとしたおふざけでグルメレポートをしたところ、仲間達は涙を流し始めた。
私の言葉は食の幸せを何倍にもすると。
そのとき私はグルメレポーターを志した。
私の強みはハイテンションであることと、経験したことを忠実に言葉に変換すること。
美味しければ美味しいと言い、不味ければ不味いと言う。
しかしそれは強みであると同時に弱みでもあった。
私のレポートは比喩的表現に乏しかったからだ。
写実的であるがあまり、芸術性に欠ける。
ここ数年、その弱みは私にとっても改善すべき点として重くのしかかっていた。
練習をしたが、中々難しい。
それこそ美味子さんの動画を何度も見た。
しかし思うようにいかない。
私が高得点を……美味子さんを超えるには写実的でありながら、芸術性も必要となる。
何か……何か視聴者の心に刺さる……イメージしやすいような表現を……!
最初に噛みついたのは、下駄箱の真ん中あたりの一区画。その右下の端の方だ。
そしてもう一口。
次は区画を上下二つに分ける鉄の仕切りだ。
ところどころ錆びて塗装が剥げている。
なんの味だろう。そう思いながら口と舌を動かす。
生のゴボウ、カブトムシの幼虫、土そのもの……
とにかく土の味だ。
なんと表現すればいい……
いい表現が浮かばない。
私は何とか時間を稼ぐため、頷きながら別の区画に手を伸ばす。
すると、その区画の上の仕切りには上靴が入っていた。
花田真由美。上履きにはそう書いてある。
ラッキーだ。下駄箱そのものよりは表現しやすい。
私は下駄箱から上靴1足のかかと部分を掴むと、おもむろに顔に近づけた。
臭いは……
「チェダーチーズに納豆を少し交ぜたような香りですねぇ! なんとも食欲をそそります!」
そして私は踵部分を丸呑みするように口に入れた。
味は……
「臭豆腐のような……噛めば噛むほど臭みと苦みが口いっぱいに広がっていきます!!」
私は上靴を下駄箱に戻した。
その際、下の仕切りには白い封筒が入っていた。
私はそれを手に取る。ラブレターだ。
裏面を見ると、差出人の名前が記載されていた。
「木下哲郎……」
なるほど。
ラブレターか。
下駄箱や上靴は興味本位で口にいれたことはあるが、ラブレターは流石に食べたことはない。
私はラブレターに一礼すると、その封を開けた。
手紙は1枚。お世辞にも綺麗な字とは言えない、男子生徒のイメージを体現した勢いのある字だ。
私はその手紙の字を舐めた。