家出中の国王を拾いました。下級侍女の私に「養って」と縋り付いてきます。
――――聞いてない。
国王だとか、聞いてない。
元いた場所に、捨てたい――――。
◇◆◇◆◇
城下町の定食屋の裏、私の住む借家の玄関から五メートルほどの場所。
ボロボロの服を着た焦げ茶色の髪とヒゲがモサモサなおじさんが、地面に倒れ込んで土砂降りの雨に打たれていた。
あまりにもな風貌にどうしようかと悩んだものの、泥まみれの顔を上げて「お腹……減った…………」という呟きを零して気絶した姿を見て………………拾った。
拾ってしまった。
おじさんを!
顔を雑巾で拭い――だって、泥まみれだったから――、朝食の食べ残しなロールパンをそっと口元に差し出してみた。
「ふんむ! …………うまい。空腹だとこんなにも美味いのか、このパンは……」
なかなかに失礼なおじさんだ。
雨が止んだら出ていけと言うと、寒くて風邪を引きそうだとか、風呂に入りたいとか曰いだした。
泥まみれで家の中に居座られるのも嫌だったので、仕方なくお風呂を貸した。
体格はそこそこムキっとしているものの王城で見る騎士様ほどではなかったので、私の服の一番ダボッとした寝巻きのワンピースを置いておいた。たぶん入るだろう。
男物の服なんて持ってないから、泥まみれの服が乾くまでそれで我慢して欲しい。
――――何やってんだろ私。
王城の洗濯室でバタバタと働いて、家に帰ってまた洗濯。
ボロボロに見えていた服は、泥を落とすと思ったよりも質のいいものだった。凄くシンプルで平民服に寄せた作りだけど、高級さを隠せていない。
おじさんの尊大な話し方からして、もしかしたらお忍びで城下町を散策していた貴族なのかもしれない。
「おい、これは私の服か?」
「ぎぃえぁぁぁぁぁ!」
焦げ茶色のモサッとした髪の毛とヒゲモサおじさんが水を滴らせながらワンピース片手に、素っ裸で出てきた。腰にタオルは巻いているから、かろうじてモノは見えていなかったけども。
「煩い。で、これは私が着るものなのか?」
「…………はい、そうです」
何故に、ピシャリと怒られたの?
「ふむ。まぁ、いいか」
いいのなら何故に素っ裸で出てきたの……。
色々言いたいけど、とりあえず、服を着てほしいから、何も言わないことにした。
水浸しにした床は後で拭かせよう。
右手にナイフ、左手にフォークを持ってワクワクとした顔のおじさん…………おじさんというかお兄さん?に、夜ご飯を出す。
「おぉ、美味そうだな」
「どうも」
おじさんと思っていたけれど、泥を落として髪を整えたら何か若返った。薄ピンクのワンピースを着た姿がなんだか気持ち悪いけれど、それは仕方がないのでスルーする。
ただ、とてつもなく気になるのは、ヒゲが無かったらそこそこにイケメンの部類に入りそうなのと、どことなく見たことがあるような顔。
王城で見掛けたとか?
でも、私がいるのは裏方だしなぁ?
「ん……む! 美味い! 何だこれは?」
「それは…………具だくさんのトマトスープです」
貯蔵庫のクズ野菜を経済的に処理するためのスープ。全部細かく切って煮込むだけ。なのに普通に美味しい。
おかずのハンバーグも気に入ったらしい。
「ほぉ。クズ肉もこうすれば食べられるのか。やはり、国民たちはしっかりと自分たちで考えながら生きているな」
――――どこ目線なのおじさん。
「……まだ三二歳だが。ヒゲのせいか? …………まぁ、計画は成功とも言えるか……」
思ったよりもお兄さんだった。
ぶっちゃけ四十半ばから後半だと思っていたけど、内緒にしとこう。何かブツブツひとりごちてるし。
「さて、ご飯も食べたし、出てってくださいね」
「嫌だ。ノーパンで外に出たくない」
……ワンピース姿なのはいいの?
喉から先に出かけたけど、ぐっと飲み込んだ。
「服が乾いてからでいいですよ」
濡れた服の下にタオルを敷いて、あて布をして熱したコテで押さえたら乾きも早くなるだろう。
アイロン台を準備をして、シャツを乾かしていると、おじさんが手元を覗き込んできて一頻り感心した後に「私もやりたい」と言い出した。
それならと説明しておまかせする。私はお皿洗いでもしよう。
「おおっと、これは大変なことになってしまった」
ものすごく棒読みでそんなことを曰いながら、アイロン台に座ってこちらをチラチラと見てくるおじさん。
手を拭いながら近寄ってみると、ズボンの大切なところが黒焦げで穴が空きかけていた。
「頑張っていたが、慣れぬ作業だったせいか、こんなことになってしまった。これは大変だ。このままでは私は変質者になってしまう。これはしばらくこの家から出られないな。そうだ、ここに住まうとしよう」
「…………いや、どういう理屈ですか」
「私をここに置け」
――――ストレートに来たな。
「嫌ですけど」
「なぜだ!?」
何故かおじさんは驚愕といった表情。
「なんでそんなに驚いたんですか……普通に嫌でしょうよ。知らないおじさんを家に置くとか」
「お兄さん!」
「そこ?」
「君はいくつだ…………というか名前は何だ? 名乗れ」
「人に聞く前に、お前が名乗れぇぇぇ!」
「イタァ!」
イラッときて近所の悪ガキの頭を小突くレベルで、ベチコーンと頭頂部を平手打ちしてしまった。
「レオンハルト。レオでいい」
どうせ偽名だろうけど、国王陛下と同じ名前とか。
「はいはい、レオね。私はリタよ」
「ふむ。で、年齢は?」
「普通、女性にズバッと聞きます?」
「聞くだろ」
聞くのか。貴族と平民では違うのかなぁ?
勝手に貴族って確定させてるけど。
「二四歳ですよ」
「何だ。そんなに変わらないじゃないか」
「いや、随分違いますけどね!?」
――――八歳も違うし!
「まあいい。とりあえず、雨も止まないし、服もない。今日はここで寝る」
「いや、何を決定事項のように――――」
「その寒空の下に、放り出すのか?」
レオがウルッとした瞳で見上げてくる。立てば私より背が高いのに、アイロン台に座っているから、頭は私の胸くらいの高さになっている。
「いだぁ!」
ベチコーンと、叩きやすかった。
「いま夏だし!」
「夏も終わりぎわだろうが」
「それでも夏は夏! もぉぉぉ。一晩だけですからね!?」
「……まあいい。感謝しよう」
「上からか!」
レオとギャーギャー言い合いつつ、なし崩しに宿泊を許す羽目になった。
寝床は絶対にベッドは使わせないからね! と言うと、何故かキョトンとされた。
「普通、女性の寝室を奪うなどという下劣なことはしないだろう? ……もしや、平民はするのか?」
人の家に居座ろうとしているヤツが言うセリフなの!? とか思ったものの、素直に二人がけのソファに寝ようとしていたので、グッと黙った。
毛布を差し出すと普通にお礼も言われた。
段々と、貴族と平民の気遣いとかなんか『普通』というのがわからなくなってきた。
「明日の朝食も楽しみにしているぞ」
寝そべってそんなことをドヤ顔で言われた。また頭を平手打ちしてしまった。
とりあえず、朝ご飯を食べさせて、ズボンを調達したら出て行ってもらおう。
そんなことを考えつつ、部屋のドアに鍵を掛け、眠りに着いた。
「で、何でまだいるの」
「……」
レオに朝ご飯を食べさせ、三軒隣のおじさんに要らないズボンをもらって、着替えたら出ていくようにと伝えていた……。
三軒隣のおじさんは魚屋さんなので朝が早い。そして、私も出勤時間は早い。なので、良く顔を合わせる。
事情を話したら心配しつつもズボンをくれたのだ。
レオにはそれに着替えるように言って、合鍵を渡して、家を出た。
合鍵は定食屋のおばさんに渡してくれたらいいからと。
朝早すぎて、嫌だとか、寒いとか、迎えを呼ぶからここで待つとか、色々言ってゴネられて、出勤時間になって、仕方無しに鍵を渡したんだけど………………仕事を終えて帰ってきたら、普通にソファにすわって本を読んでいた。
「……帰ったか。腹が減った」
「いや、だから、なんでいるの」
「ん? ここが気に入った。ここに住む」
「いやいやいやいや!」
――――ごぎゅるるるる。
「「…………」」
とりあえず、ご飯を作ることにした。諦め半分で。
「ふむ。うまい」
キッシュをモサモサと食べる、ヒゲモサのレオ。
ヒゲにちょいちょいクズが付いたり、スープで濡れたりする度に、ナプキンで口元を拭っている。
「ヒゲ剃れば?」
「ん? 変装するために生やしてたいたが、もういいか」
――――変装だったんかい。
ヒゲ剃りナイフなど持ち合わせていないので、またもや三軒隣のおじさんの家に行って借りてきた。
「……あの、レオさ………………レオンハルトって本名?」
「そうだが?」
「…………あのさ……国王陛下にそっくりとか言われない?」
「言われないな。本人だから」
「……」
――――本人かよ!
なんか、薄々、色々、諸々、出てはいた。ヒントは沢山あった。本人が隠す気がないし。だけど、そんな可能性、あるとか思わないじゃん? 国王陛下がなんで路地裏で泥まみれで倒れてんの!?
「家出した」
「……」
私は今日初めて、人は理解不能な言葉を聞くと、思考回路が停止するのだと知った。
国王が、家出。
「一応、置き手紙は残したし、先三ヶ月の仕事は済ませたし、顔を出す系の公務もこの時期はない」
「……夜会」
「元々そんなに出席していない」
確かに。国王陛下は夜会にあまり出られないとか聞いたことがある。
「……………………で?」
「で? で、とは?」
「出ていかないんですか?」
「ん。ここに住む――――いだぁぁぁ!」
つい、出来心で。
国王陛下とわかってても、昨日からのやり取りの流れで頭頂部を全力平手打ちした私は悪くないと思う。
「路頭に迷ってる国王を助けろ!」
「どんな任務ですかそれ! てか、国王が路頭に迷わないでくださいよ!」
「国王だって、一人の男だ。路頭にくらい迷わせろ。私をここで養え!」
「アホかぁぁぁぁぁ!」
「いだっ!? また殴ったな!?」
家出の理由も路頭に迷っている理由も、全くわからないけれど、淑女の一人暮らしの家に居座ろうとかする国王なんて嫌だ。断固拒否だ。元いた場所に捨てたい――――と思っていたのに、まさかこのまま一ヶ月以上も居座られるなんて、この時の私は予想だにしていなかった。
―― fin…………?
読んでいただいてありがとうございます!
こう……なんか、続きを思いついたら、長編化したいなぁと思える短編だった(*´艸`*)ムフフ
ではまた、何かの作品で。
笛路