第74話 ここだけの話。
――お前の前世の記憶を――〝こんのゆうき〟の記憶を洗いざらい話せ。
――どれだけ吐いても泣いても喚いても時間がかかっても構わない。
――とことん付き合ってやる。だから、洗いざらい話せ。
そう言ってユウキの前世の話を聞き始めたけど、それにしてもずいぶんと時間がかかった。なにせ、聞きなじみのない言葉ばかりなのだ。〝ひこうき〟? 〝えすえぬえす〟? 〝びでおつうわ〟? なんだ、それは状態だ。
そういう言葉の一つ一つをいちいち説明してもらうものだからどうしても時間がかかってしまう。説明されてもまだ理解しきれていない言葉がほとんどだが、話の大筋は理解できた、はずだ。
――お前の大切な乳兄弟は本当に戦争に行きたくないのか、〝行きたくない〟と言ったのか。
――もう一度、きちんと考えてみなさい。
父様に〝おかゆ〟を持っていったとき。ユウキが転生者であることを見抜いた父様は俺の話を聞いたあと、そう言った。〝戦争に行きたくない〟という意味以外に何があるというのだろう。そのときの俺はそう思っていた。
でも――。
「……父様の言うとおりだった、というわけか」
金色の前髪をくるくると指でいじりながら舌打ちする。ユウキが首をかしげるのを横目になんでもないとひらりと手を振った。
「つまり、お前が言う〝戦争なんてイヤだ〟は戦争に行きたくない、戦場に出たくないという意味じゃなく、そもそも戦争にならないでほしい、戦争をしないでほしいという意味か」
「……」
黙ってうなずくユウキを見て鼻で笑う。ずいぶんあっさりとうなずいてくれるものだ。
「残念だったな。いくらかわいい末っ子王子の俺でもその願いを叶えてやることはできない。なにせ、実家の後ろ盾なんてないに等しい、王位継承権もあってないような未成年末っ子王子だからな、俺は」
「うん、わかってる」
ユウキはこれまたあっさりとうなずく。でも、その表情は無理矢理に作った引きつり笑いで、俺はフン! と鼻を鳴らした。
金色の前髪に指を伸ばそうとして――。
「……なんだ?」
「なんだか外が騒々しいね」
あわただし気な足音や声に、廊下につながるドアへと顔を向ける。いくつもの声の中に聞き覚えのある声を聞きつけて俺とユウキは顔を見合わせた。うなずき合い、立ち上がる。
ドアノブをにぎりしめてネコを装着。そーっとドアを開けるとすきまから顔をのぞかせて――。
「あの、何かあったんですか?」
青い瞳をうるうるうるませて目的の人物を上目づかいに見つめた。
「あら、アルバート様。それにユウキも。おはようございます」
メイおばさんはしわだらけの顔をさらにしわくちゃにして微笑んだ。
「〝何日か小アーリス城を留守にする〟とだけ告げてお出かけになられていたウォルター様がつい先ほど、お戻りになられたんですよ」
「ウォルター兄様が帰られたんですか!」
パァーッと素直でかわいい末っ子王子スマイルを全開にした俺だけど、心の中では金色の前髪をくるくると指でいじりながら考える。
筋肉バカな上から三番目の兄・ウォルターが帰ってきたというだけでこんな騒ぎになるわけがない。なにせ、小アーリス城で働く使用人たちだけじゃなく警備兵までが廊下や階段を行ったり来たり、右往左往しているのだ。ただごとじゃない。
案の定――。
「でも、それだけではなくて、ですね。……ここだけの話ですよ」
と、メイおばさんがいつもの口ぐせを言い出すのを聞いて俺は心の中でしめしめと笑った。
でも――。
「ウォルター様が兵を引き連れて国境に向かおうとしているようなんです。そんなことをしたらグリーナ国と戦争になりかねないというのに」
メイおばさんの言葉に俺は息を呑んだ。あわてて隣に目を向ける。
関係悪化により隣国グリーナとはいつ戦争が始まってもおかしくない、一触即発の状況にある。兵を動かせば警戒されるし、国境近くになんて向かえば相手も兵を挙げるだろうし、そうなればそのまま戦争になる可能性が高い。
メイおばさんにも、俺の隣で黙って話を聞いているユウキにも、街の子供にだって簡単に想像できることだ。だから、ユウキは顔をゆがめて口元を押さえたのだ。
「ああ、そんな不安そうな顔をしないで。大丈夫ですよ。みんなで手分けをして宰相や大臣を呼びに行ったり、アシュリー様やローズ様に戻ってきていただけるよう早馬を出したりしていますから」
大ごとにはなりませんよ、安心してくださいね。
そう言い残してメイおばさんは廊下を駆けて行ってしまった。
アシュリーとローズは――一番上の兄と二番目の姉はすでに成人して父様の仕事を手伝っている。それぞれ国内のどこだかに視察に行っているはずだ。簡単に戻って来られる距離にいるか、あやしいところだろう。
それにまだ未成年とは言え、兵たちから絶大な人気を誇る王族相手、第三王子相手に宰相や大臣がどれだけのことを言えるか。あの筋肉バカを止めることができるかどうか。
「何を考えてるんだ、あの筋肉バカは」
「……アル」
自室に戻ってドアを閉めるなり、さっさとネコを脱いだ俺をユウキが不安げな表情で見つめる。ため息を一つ。
「実家の後ろ盾なんてないに等しい、王位継承権もあってないような、かわいいだけの未成年末っ子王子に戦争を止めるなんてご大層なこと、できるわけないだろ。アーリス城内に研究室をもらって戦場に出なくていい安心安全な引きこもり生活を手に入れるのが精いっぱいだ」
ひらりと手を振ってみせた。
「……そう、だね」
そう答えるユウキはうつむき、青ざめ、表情を強張らせている。そんな乳兄弟の表情をじっと見つめたあと――。
「だが、今、戦争が始まるのは困る」
俺はフン! と鼻を鳴らしてそう言った。
隣国グリーナでは近々、戴冠式が行われる。各国の王や要人を招待しての新国王お披露目の場だ。その戴冠式に参列するために今、現国王自ら――父様自らグリーナ国に赴いているのだ。
戦争になんてなったらグリーナ国にいる父様は捕らえられるか、最悪、殺されることになる。
「〝おかゆ〟のお礼に王命を発令してもらって、戦争が始まったとしても安心安全なアーリス城内の研究室に引きこもっていられる理想の生活を手に入れる算段なんだ。父様には無事に帰ってきてもらわないと困る。今、戦争が始まるのはもっと困る」
「アル……?」
きょとんと目を丸くしているユウキを見返して俺はにやりと笑った。
「それに戦争が始まるのを止めるなんてご大層なことは無理でも、筋肉バカのウォルターを止めるくらい、素直でかわいい末っ子王子には朝めし前だからな。まぁ、見てろって。ネコをかぶって十数年の末っ子王子様の本気を見せてやるから。俺のかわいいかわいい末っ子王子スマイルでウォルターも兵たちも一瞬で籠絡してやるから」
フフンとあごをあげて金髪碧眼の王子様然としたかわいいかわいいお顔を見せびらかす。きょとんとした表情で俺を見つめていたユウキはそのうちに顔をくしゃりとさせて笑い出した。
「へえへえ、期待してますよ。ネコをかぶったクソ末っ子王子様の本気とやらを!」
「かわいいかわいい末っ子王子様の本気、な。期待しておけ。大いに期待しておけ!」
なんて言いながら、心の中で金色の前髪をくるくる、くるくるくるくると指でいじりまくる。
策は、まだない。




