すれ違いコミュニケーション:彼女はヤケパフェをすると言った
繁華街を歩いていると、見覚えのある姿を見つけた。
ハーフアップの髪。花の飾りがついたかんざし。ダブルシザーだ。
彼女は喫茶店を兼ねたフルーツパーラーの店先で、ショーケースを覗き込んでいた。
後ろから覗き込んでみる。
フルーツとかクリームとかが盛り沢山のパフェがそこに並んでいた。
色とりどり、よりどりみどり。ほうほう「お好きなフルーツに変更もできます」という嬉しいサービスまで付いているらしい。
そんな中でも彼女が視線を注いでいるのが――。
「期間限定パフェ?」
「!?」
しまった声に出た。
彼女の肩がぴゃっと跳ねて、こっちをすごい勢いで振り向いた。
カバンを両手で抱き抱えて、信じられないという目で俺を見ている。
うん。悪かったよ。
「えーっと」
都市伝説退治でもないのにここでコードネームを呼ぶわけにもいかない。言葉を濁して「奇遇だね」とだけ続けた。
彼女も同じことを考えたらしい。言葉をごにょごにょと口の中で転がして「そう、ですね」と返してきた。
「それにしても一生懸命見てたけど、食べるの?」
何気なく聞いてみると、彼女は「うっ」と小さく言葉を詰まらせた。
「ええ。まあ……ちょっと、ヤケパフェでもしようかと」
「ヤケパフェ」
なんか新しい概念を聞いた気がする。
言いたいことはわかる。実に女子高生らしいと言えなくもない。
何があったの。と聞く勇気はあんまりない。
とは言え、この現場に居合わせて「そう。それじゃあ」と帰るのもなんか……いや、それが今はベストな選択か?
そんな最適解と思しき行動選択肢があるってのに。
「じゃあ、俺も食べてくか」
なんて言葉が出た。
どう見ても最悪の選択肢のように見えたし。実際彼女も「えっ」と戸惑った顔をした。
うん。わかる。
だがここはさらなる一手を置くしかない。
「……奢るよ?」
「……いや、それはさすがに」
「うん。最後まで聞こう。俺は先月君にチョコレートをもらった気がする」
「はあ……クッキーはあげた覚えがあります」
「うん。今そのお返しをさせてもらおうと言う訳だ」
今日は3月14日。世に言うホワイトデーと言うやつだ。
大学の女子がばらまいていた義理チョコのお返しに頭を悩ませなくて済むと、日付と曜日の組み合わせに朝から感謝した甲斐があった。ここでその時の日付確認が役に立つとは。
「いや。でもそれはさすがに。友達と作ったやつですし……」
「お礼なんだからその辺は気にしないでよ。っていうか手作りなんだから尚更。むしろ、本来ならこっちも手作りで返すべきところだよ」
「……」
そう、なのかなあ。と彼女の首が傾いている。
そうなんだよ。そういうことにして欲しいな。と、このままでは平行線を辿りそうなところで。
「お二人ですか?」
軽やかなベルの音と共に店員さんの声。
「あ、はい」
そして反射的に答えてしまった。
「では席ご案内しますね」
何も知らないであろう店員さんは、爽やかなスマイルを残して店内へと戻っていく。
「……ほら、入ろう?」
「でも」
「好きなの食べていいよ? ついでに愚痴も聞いてあげる」
「いや、愚痴は……」
ちょっと、と思ったのかもしれないけどふるりと首を横に振り。
「でも。はい。ごちそうになります」
「うん。素直でよろしい」
と、言うわけで俺はダブルシザーと2人、期間限定パフェをつつくこととなった訳だけど。
「ところでヤケパフェって、何かあったの?」
あんまりにも彼女がパフェを懸命に頬張るもんだから、ちょっと聞いてみたくなった。
関係ないです、って突っぱねられるかと思ったけど。
「いや。その……今日、ホワイトデーじゃないですか」
クリームを飲み込んだ彼女はぽつりと答えてくれた。
「おお。素直に返ってくるとは思わなかった」
「……話すのやめますか」
「いや、そのままどうぞ。せっかくだ、ここで全部吐き出していきな」
「むう。いや、実は。お返しについて、ちょっと」
「いらないものでももらった?」
「いえ。むしろもらってないと言うか、もらえないと言いますか。実は――」
と、語られたところによると。
彼女の想い人。つまり俺が。チャットルームで「チョコのお返しは何がいいだろうか」と軽い気持ちで相談したことが、彼女にとってショックだったらしい。
彼女にとって「カヲル」は想いを寄せる相手だ。
顔を合わせたことはない。ただ文字のやり取りだけの付き合いだ。
そんな彼がホワイトデーのお返しを相談するということは、チョコレートをもらったということに他ならない。
自分はあげられなかったから、返礼の相手が自分ではないことも分かる。
かと言ってそれに文句を言うわけにもいかず。
相手が誰なのかと聞くわけにもいかず。
そんなモヤモヤした気持ちを晴らすなら、とパフェを見ていた。
という話だった。
俺のせいか。うん。見事な自業自得だった。
あれは、バレンタインにお菓子をもらったのだから、何か返した方がいいのか、返すなら何がいいのか、という軽いつぶやきだったのだけど。彼女がそれを知る由もない。配慮が足りなかったとはこういうことなのだろう。
かと言って、カヲルの正体を明かすわけにもいかず。
その相談の真実を告げるわけにもいかず。
俺はただ、美味しいフルーツパフェを食べながら。
「それは大変だったね……ケーキも食べる?」
と、メニューを勧めることしかできなかった。
ひとつだけ言うならば。
彼女が本命チョコを他の人にあげてないと分かったのは。
パフェの代金に替えても十分な情報だったと思う。
ブックマーカーには収穫だった。めでたしめでたし。