吹雪の黄昏 誰そ彼
ネットで怖い話を聞いていた。
丑三つ時にほぼ近い。
夫の規則的な寝息が安心をさせてくれる。
短い怖い話を詰め込んだものを作業しながら聞き流していた。
そこで、一つの話があった。
女性の機械の声で話が進む。
聞き終わったときに自分の身に起こったこと、そのままだったのに驚いた。
北の地に住んでいて、その日は吹雪いていた。
夫の入院先に差し入れを持って行った帰りの事だ。
時刻は夕方だった。その土地は以前住んでいた東京よりも冬の日の入りが早い。
時刻よりも暗く感じた。
大きい通りで信号待ちをしていた。
雪が強く私はフードを深く被っている。
何人かの人がまとめて周りに立った。皆、信号が変わるのを待っている。
その人達は何も話していなかったが、同じような雰囲気があったので、社員研修や会議がどこかであって、その帰りだろうか。などと見もしないが勝手に思っていた。
その人の流れが動いた。
うつむいていた視線を上げると信号が青に変わっている。
周りの人たちと同じように歩き出した。
数歩歩きだしたところで、後ろから腕を引かれた。
「えっ」
「危ないですよ」
男性が私の腕を掴んでいた。
だって。信号青だよ?
と思った瞬間、自分の真ん前をトラックがゴオッと通り過ぎた。
えっ⁈
見直す信号は赤だった。
横断歩道のすぐ横に人の背よりも高く積まれた雪で、歩行者は直前まで見えない。
男性に止められずに歩いていたら、私はトラックの真ん前に居た事だろう。
周囲を見ても人影はなく、私と腕を引いてくれた男性が居るだけだった。
あの、ざわざわとした人達はどこに消えたのか。
あの時見た青信号はなんだったのか。
今度は本当に信号が変わった。
私を止めてくれた男性は、「気を付けて」と言葉を残し横断歩道を歩いて行った。
私はぼんやりとしながら横断歩道を渡った。
別に悔しがる声とか舌打ちとか強烈な霊現象もないので、すぐに忘れてしまっていた。
私はその後も二度ほど大雪の中の信号待ちで、4,5人の人に取り囲まれる経験をした。
どれも、うつむかなければならないような吹雪の夕方から夜の、人の少ない時間と場所。
横断歩道脇には雪が人の背丈以上に高く積まれて、車道が見えない。
信号待ちをしていると何人かに取り囲まれて、集団の動く気配に導かれそうになり頭を上げると信号が変わっていなかったり、車が通り過ぎたりとした。
その場所では時折、救急車やパトカーが止まっていて事故か何かを示唆していた。
雪の中に静かな悪意が潜んでいる。