聞こえて来たものは
夏のホラーです、涼んでいってね!
キュ、キュキュッ!
ヘッドライトをハイビームにして、街路灯がほとんどない山奥の曲がりくねった国道の先まで光を照らしながら、車は追い立てられるように猛スピードで走り続けていた。
「やばいなぁ、だいぶ予定より遅れちゃったな」
ハンドルを握りしめ、カーブの続く道を睨みつけるようにして運転している彼は、少し焦ったように呟いた。
「ごめんね。私が途中で有名な観光スポットを見たいから寄り道してってお願いしちゃったから……だよね」
助手席に座って、暗闇の中から次々と現れるコーナーの標識を見るとはなしに眺めながら、彼女は彼に向かって返事をした。
── ザー ……
車が大きなトンネルに飛び込んだため、今まで二人の間の気まずい雰囲気を和らげていたカーラジオの音楽が、ひと際大きなノイズの塊りを最後にして突然消えた。
……
トンネルの中の定期的に現れるオレンジの灯りだけが、車の中の彼と彼女の間を照らし出していた。
「どうしちゃったのかしら、ラジオ?」
車の中の無言の圧力に耐えられなくなった彼女は、運転している隣の彼に聞こえるように呟く。
「ああ、トンネルの中に入ったから電波が届かなくなったんだろう? このトンネルを越えたら、一度ラジオのチューニングをして、また新しい放送局を探してくれるかい」
トンネルの中に入ったおかげで、少し落ち着いた彼が一瞬だけ彼女の方を向いて優しそうに返事をした。
「そう言えば、予約したホテルに遅くなります、って連絡したかい?」
「うん、大丈夫。ちゃんと山道に入ってスマホの電波が入らなくなる前にしたよ」
彼女はそう言って、スマホの画面を見ながら呟いた。スマホのアンテナは圏外のマークに変わっていた。
「カーナビの予想時刻では、あと30分もすれば着くからな。まあ、夕飯は間に会わなかったけど温泉にはゆっくり入れるよな」
「そーね、秘湯の温泉なんて楽しみよね」」
「このトンネルを抜けたら、もうしばらく走って、それからもう一本大きなトンネルだ。そうすれば後は目と鼻の先だからな」
彼は、チラリとカーナビを見ながら安心したように彼女に説明した。
* * *
ゴー、ボッ
トンネルを抜けると、そこは車のライト以外に光が一切ない暗闇だった。
車のビームが照らす数メートル先のアスファルトとかろうじて見えるガードレールを頼りに、彼は相変わらずのスピードで運転を続けていた。
彼女は、彼に言われたとおりにカーラジオのチューニング・ボタンを押し続けて、山の中で入るラジオ局を探し始めた。
── ザー、
── 今晩は、ザザザ。
── お便りの時間です、ザザ。
すこし音声にノイズが入るが、どこかのラジオ局のMCが手紙を読み始めていた。
よかった、ラジオ放送が入った。
彼女は少し安心して重心を助手席に移した。
── この手紙は、ザザ。
── 秘湯にドライブに行った時の友人のことを、ザザ。
── 書いてくださったのですね、ザザ。
ラジオからは、落ち着いた雰囲気の音楽が流れて来る。
── 秘湯に行ったのですが、ザザ。
── カーナビ通りに行ったら、途中で事故にあって、ザザ。
── 二人とも亡くなったそうです、ザザ。
MCが話している秘湯は、彼らが行く予定と同じだった。
運転している彼は、何となく嫌な気分になってしまった。
なぜなら、その便りを出した差出人の名前が彼の友人の名前と同じだったからだ。
どうしよう、引き返すか?
しかし、予約してるし。こんな真夜中に、いまから引き返すのもばかげているし。
友人に確認の連絡をするにしても、スマホも繋がらないだろう。
* * *
ボ、ゴー!
彼があれこれ考えていると、車は最後のトンネルに入った。
しかし、例のラジオはまだ音声が切れなかった。
── 夜のドライブは危ないですからね、ザザ。
── しかも、山道はとくに、ザザ。
彼女も、彼と同じことを考えているようだった。
彼女は慌てて、ラジオのスイッチを切った。
しかし、それでも、ラジオからはMCの声が聞こえ続けていた。
── はやく、きてくださいね、ザザ。
── ぼくたちのところへ、ザザ。
いままで、落ち着いていた音楽が、突然お葬式の曲に変わった。
── はやく、こいー、ザザ。
── こいー、ザザ。
…… ザザ。
* * *
「うわぁー!」
キーキー!
怖くなって、彼は急ブレーキをかけた。
すると、そこはトンネルの出口だった。
しかも、出口の先は、先日の大雨で道が崩落していた。
もしもそのまま進んでいたら、車はトンネルを出た瞬間に崖をまっさかさまだった。
カーナビにはトンネルを抜けた先にもりっぱな道が続いているように表示されていた。
(了)