3-10 歓喜
オレはずっと、ナナさんに持たれて議論の様子を見守っていたが、解散とのことで、エマに回収される。
「おつかれ、エマ」
「――うん。はは……緊張したあ」エマは笑う。「うまく、できたよね? 練習した通り」
「ええ。よかったよ、エマ」アリアが後ろから声を掛ける。「ザンダン、ありがとう、いろいろと」
「いや、大したことは――」って、エマの人形だから、声は聞こえないか。彼女もそれを、分かった上で喋っている。「アリアも、おつかれさま」
「姉上、ザンダンが『おつかれさま』だそうです!」
エマが報告した。アリアは微笑んで、「ありがとう」と言ってハロルバロルさんの元へ行った。
「そうだ、ハルのお見舞に行かなければ。行きましょう、ナナ」「はい!」二人がそう言っているところへ、
「エマ様、私もご一緒してよろしいですか?」ハルキさんがやって来る。彼女はハルさんの義理の母親。昨日も様子を見に行っていたようだが、エマと同じで、気になっているのだ。エマは、「勿論です!」と返した。
――その時。
大広間の扉が、勢いよく開く。一同は、入口に注目した。なんだ、また何か、事件が――
「復活! です!」
ハルさんだ。
治療をし、安静と言われているはずの彼女は、肩で息をしながらも、笑顔でそこに立っていた。ここは最上階で、一回にある医務室からは何段も昇る必要がある。それなのにわざわざ、ここまで上がってきたのは。
「ハル――」
「ハルレアッ!」
エマが飛び出すより早く、大きな影――ガルイスさんが、ハルさんに駆け寄り、その体躯を抱き締めた。ハルさんは一瞬驚いたようだったが、彼を受け容れるように、手を彼の背中に回す。
「よかった。よかった――ハルレア。よくがんばった」
「えへへ……」ハルさんは、満更でもない笑顔を浮かべる――「痛ッ! あたたたたた……」そう悶えながら身体をくの字に曲げる。長男はようやく回していた腕を離す。「す、すまない」「いやいや、全然――」
「ハルッ!」
今度こそ、再びオレをナナさんに預け、エマが駆ける。ハルさんは再び笑みを形成して、それに応じた。
「うう、うぁいい、ふ、ふふう」
「はい。ありがとうございます」
ハルさんは、やはり笑っている。
その後。結局、ハルさんは医務室に連れ戻され、しばらくナナさんが続投することになった。元々のアリアの召使の仕事はどうするのかと思ったら――アーストールさんの一行が来た際、一人、事前準備等のために置いていかれたらしい。朝にゾースシールさんを起こそうとがんばっていた、ジェラさん、だったか。ハルさんやナナさんくらいの若い女性で、その人がナナさんに代わり世話をしているという。
こうして、暴漢による専属召使の傷害事件から始まった一連の議論は、終了した。これが王家のため、この国のため、延いてはこの世界のためになればいいと思った。
○
アリアの言によれば、『ザンダン』の禁止を提言したのは、長男の、ガルイス第一王子だったという。最終的な投票の際に、多く質問した上、賛成票を投じなかったことを思い出す。その理由は――ハルさんに対する態度を振り返れば、分かる気がした。見舞に来て、せっせといろいろしてあげるガルイスさん。昔のことを、楽しそうに話すハルさん。復活した(していないが)ハルさんを誰よりも先に抱き締めたガルイスさん。それを嬉しそうに受け止めるハルさん。畢竟――彼は、優しすぎる人間なのだ。オレたちの代案、それは市民の100%の安全を保障できるものには、残念ながらなっていない。安全か、安全でないかという基準ならば、一般人の銃所持を禁止する案のほうが上だ(『ザンダン』禁止が理に適っているかは判断できないが)。そして何より、今回の被害者が、ハルさんだったこと。彼は次また同じような事件を起こしてはならないと、そう考えたのだろう。
ただ――決断は、既に国民に委ねられた。国民が是という政治を執り行うのが治世である。ガルイスさんも、最終決定には従うつもりではいるはずだ。
しかし彼の態度には、重なる人がいる。優稀だ。オレが生き返ることができるのか分からない状況で、オレの延命を望んでくれた。それはきっと、オレのことを想ってのことで、大きな借りとなってしまった。この恩を、しっかり利息をつけて返そうとは思っているのだが、逆にどんどん、新たに借りを作ってしまっている現状。
同じく、受け取る側のハルさんのことを考えるが、彼女も結局、与える側なのだろう。だからガルイスさんとハルさんの二人は、バランスの取れたいいコンビなのだ。オレが彼女に与えられるものは、一体――
『残弾3!』
――――?
なぜ今、そんなことを――今、一瞬脳内に映像が流れた気がした。小さな手が持っている人形。オレは笑顔で――ダメだ、分からない。
これは実際の記憶なのか、それともいつか見た夢なのか――何も思い出せず、オレは嘆息する。
第三章、読んで頂きありがとうございます!
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