嫁との関係が悪化しているときに本音しか言えない呪いを受けた結果
俺――緑川陽介。29歳。結婚歴は今年で2年目の普通の会社勤め。仕事に精を出しすぎた結果なのか、最近妻の機嫌が悪い。
ちなみに嫁は緑川梨沙。歳は俺より2歳下の27歳で美人だ。俺の色眼鏡が入っているのかもしれんが美人だ。異論は認めん。
そんな嫁は専業主婦で、掃除、洗濯、食事など全ての家事をやってくれている。ありがたいものだ。
少し前までは幸せな家庭を築けていたのだが、半年前の繁忙期で俺が妻に構ってやれなかったからだろう。その頃から雰囲気がギクシャクしてしまった。
友人には
「あーこのまま行くと最悪離婚かもね」
なんて縁起でもないことを言われる始末。
どうにかして嫁との関係改善をしようと努力するも、会話がすれ違ってしまい中々上手くいかないことが多い。
この現象に対して友人は
「お前の奥さんもお前との関係を戻したいって思ってるんじゃねぇの?じゃなきゃ話相手にすらなってくれねぇよ」
との事だ。
「お互いに考えてる事は同じなのに、結果を求めるための理想の過程がズレてんだよ。そのせいですれ違いが起こる」
なんて仕事帰りの居酒屋で呆れられながら言われたっけか。
「本当は俺と居酒屋なんて来てねぇでさっさと帰ってイチャイチャするべきなんだよ」
と、酔った勢いで箸を突き付けられながらダメ出しをくらったりもした。
「なんでもいいから話しかけちまえよ」
居酒屋で友人から言われた言葉を思い出す。
何でもと言われても困るんだよな。
だが俺にも焦りはあるのか、友人の言葉に後押しされ、特に何も話題がないのに話を振ってしまった。
「なあ……」
嫁が振り返る。
俺の言葉を待っているのだろう。キョトンとした顔がなんとも可愛い。
「…………なんでもない」
やはり何か話題となることは思い浮かばなかった。
俺がそう言うと、不思議そうな表情で顔を傾げる嫁。
そんな仕草もいちいち可愛い。
はあ、しかし話題というのはこうも振りづらかったものだろうか。前はなんてことないことでも話のネタにして2人で笑いあっていたはずなんだが。
嫁は今掃除機をかけている。モーターの回転音だけがうるさく響く休日の昼、俺はソファで横になっていた。
典型的なダメ親父のように思えるが、たまの休日なんだからゆっくりしたい。
友人にはそういう考え方がだめなんだよ。もっと奥さんと2人で出かけろと言われそうだ。
頭では分かっているのだがどうにも行動に移せない。
いや、ここでやらなければ最悪離婚……。
俺は現状を甘く見ていた。こんな休日に嫁が話しかけてくれない事がもうそういうことなんじゃないのか。ああ、考えれば考えるほど悪い方向へと持っていかれる。
結局その日はなにも進展がなく、終わりを迎えた。
◇
翌日の朝、俺は嫁と2人で朝食を摂っていた。
今日はいつもより早く起きて出社時間までまだ余裕がある。珍しく2人で朝食を摂っているというのに、会話がない。これはいけない。何か会話をしなくては、しかしなにを話そう……
そんな俺の下にひとつの名案が浮かぶ。
映画だ。俺と嫁、2人が共通の趣味として楽しんでいるドラマが映画化したのだ。それに誘おう。
「「あの……!」」
なんと奇妙な偶然か、はたまた必然か、俺と嫁の台詞が被ってしまった。
俺は先に嫁がなにを言いたいのか聞こうと嫁に話を促す。
「「……どうぞ」」
またもや被ってしまった。これは運命のイタズラか。
お互いに顔を赤らめながら先に俺から話す。
「……コホン。じゃあ、俺から。今度の休日に映画を見に行かない?あのドラマの映画」
「いいね。行こう!」
こうやってはしゃぐ姿の嫁も可愛い。
「じゃあ、次どうぞ」
次は嫁の番だ。なにを言われるのかそわそわしていると、嫁から放たれた衝撃の一言。
「……やっぱ、いいや」
「……へ?」
「え、いや、映画が嫌だって言うわけじゃないよ!?私の話はやっぱいいやってだけで……」
誤解を招かないよう必死で捲し立てる嫁の姿も可愛い。
「あ、そっち。わかったよ」
その後は特に何も話すことなく、俺は会社へ出社した。
◇
会社での昼休み。俺は同僚であり、嫁との関係を相談した仲でもある昔からの友人と一緒に社内の食堂で昼食をとっていた。
「なるほど……来週の土曜に映画を見に誘ったのか……なかなかいいんじゃないか?」
友人はそう言うと昼食に頼んだラーメンを啜った。
熱かったのか少し噎せている。
「歳か?」
俺はからかうように頬を緩めて言った。
友人は眉を顰めた。
「んなわけあるかよ。まだ29だぞ。焼肉だってまだ全然いけるっちゅうの」
「そうか?俺はそろそろきつくなってきたけど」
「はぁ?おっさんかよ」
「おっさんだろうが」
「俺は認めんぞ」
あっそ、と友人に言い放ち、俺は昼食のサバの味噌煮定食を食べる。
サバの濃いめの味付けがしつこく感じるが、白米があればそれは中和されひとつの完全体へと姿を変える。
やはり美味い。
「……お前って美味そうに飯食うよな」
「ん?そうか?」
「ああ。1種の才能かもな」
「大袈裟だろ」
俺は至って普通に食事をしているだけだ。他人にどう見られているかなんて考えてはいない。
「そういや。土曜の予定はどうなってるんだ?」
俺がもうひと口を口に入れようとした瞬間に聞いてくるものだから、そのまま口を開いて「あ?」と間抜けな声を出してしまった。
案の定、友人には笑われた。なんか腹が立つ。
「土曜は午前中に映画を見に行って、そのまま昼飯。夕飯は家で食う予定だから5時には帰ってくるよ」
笑われたのがムカついたので少しぶっきらぼうに言う。
「帰る時間遅くね?」
「嫁が買い物するかもしれないからな」
「なるほどなー。女の買い物は長ぇからな」
「そうだな」
そんな会話をしているうちに、俺と友人の皿はもう既に空になっていた。
そろそろ昼休憩の時間も終わりだし、ここらへんで戻った方が良さそうだ。
「そろそろ行くか」
「だな」
俺たちは食べ終わった皿の乗ったトレーを返却口に戻し、ごちそうさまと一言いって仕事場に戻るためエレベーターを待つ。
「そういえば、なんで俺の予定を聞いたんだ?」
友人が俺の土曜の予定を聞いてくることが少し疑問に思った。
「いや…なんとなくだよ」
「そうか」
◇
5日間、友人に土曜はデートだななんてからかわれ続けながらも、ようやくその日がやってきた。
嫁との関係改善の目的もあるため、若干緊張してぎこちない言動になっているかもしれないが、あまり気にせずやっていこう。
俺たちは車に乗って映画館まで向かう。もちろん運転は俺だ。
「楽しみだねー」
「うん。楽しみ」
「「…………」」
やはり会話が続かない。
いやはや気まずい。これからデートだと言うのに、こんな調子では何も変わらないぞ。
若干の焦りを感じつつも、平静を装って運転する。
目指すは映画館が併設されている大型ショッピングモールだ。色々な店が立ち並び、休日の買い物にはうってつけの場所。
「そろそろ着くよ」
「はーい」
あともう少しで到着することを嫁に伝えておく。あまり長くなかったとはいえ車の中は疲れただろう。
ショッピングモールの駐車場に車を停め、俺らは映画館へと足を向かわせる。
チケットは嫁が既にコンビニで買っていてもう手元にある。所謂前売り券と言うやつだ。公開日は今日なのでな。タイミングが良かったという他ない。
「なんか買うー?」
映画館に着いた俺たちは、ポップコーンやジュースなど、映画のお供となるものを買うか吟味していた。
こういう場所の食べ物は高い。これも商売だろうが、もう少し何とかならないものか。
「この後お昼食べるし、飲み物だけ買っておくか」
「そうだねー」
俺はコーラを、嫁はメロンソーダを購入し、スタッフにチケットを見せ、右手の2番のスクリーンへ向かう。
「映画館の廊下ってなんか少し不気味だよなあ」
「確かにねー」
俺の呟きに嫁が答える。
「でも、私は嫌いじゃないよ?」
ニッとはにかむ笑顔が可愛い。
俺たちは指定の座席に座り、数分間広告を見たあと、場内の淡い光も完全に暗転し、本編が始まると身構える。
この映画は、悪が悪を裁く。所謂ダークヒーローものと、ギャグが混じっていて高度な頭脳戦と軽快なコメディが楽しい作品だ。
俺は映画を見ていくうちに、主人公が放った一言が妙に頭にこびり付いた。
主人公の1人である女性が、相方の男を落ち着かせるために言った一言。
『君にひとつ私からのおまじない。こめかみを人差し指で3回叩きながら、今君が望んでいることを思うといいよ』
男はよく分からない様子だったが、俺にはなんか気になる台詞だった。
◇
結局、映画が終わっても嫁と昼飯を食べていても、買い物をしている最中でもそのことは俺の頭から離れなかった。
そして家に帰ってきた。時計を見ると午後4時を回っている。予想より早く帰ってこれたようだ。
「ねえ、陽介。何かあった?」
「……え?」
「いや、なんか様子がおかしいなって」
「そ、そうか?」
まずい。あの台詞のことを考えていて少し態度に出てしまったか。
「い、いや。あの映画の中で出てきたおまじないが気になって……」
「おまじないって、こめかみ3回叩くやつ?」
「そう。こうやってこめかみ3回を……」
俺は人差し指でこめかみを3回叩いて見せた。
その際に考えていたことは……嫁との関係を元に戻したい。だっただろうか。
「…………」
「……?陽介?」
黙ってしまった俺の顔を覗き込むようにして俺に話しかけてくる嫁。
「可愛い……」
「へ?」
「そのよく分かってないような顔も可愛いな」
「えっ?えっ!?」
唐突な俺の可愛い発言に狼狽えている嫁。
顔を赤らめている。照れ隠しのつもりか顔を手で隠しているが隙間から見える上がった口角はバレバレだ。
「隠せてないぞー」
「………ッ!う、うるさい!」
「そうかっかしちゃって可愛いなぁ」
「な……なな……!」
実を言うと俺も何故自分がこんなに素直になっているのか分からない。
まさかあのおまじないのせいだろうか。
「ど、どうしたの?」
嫁がにやつきながらも不思議そうに俺に尋ねてくる。しかし俺もよく分からない。
「さぁ?俺もなんでこんな本音ばっか言うようになったのか分からないんだ」
「ほ……本音?」
「うん」
嫁は俺の言葉を聞くと、途端に目付きを変えた。
「私の事……好き?」
「もちろん!毎日家事をしてくれるところとかストレートに可愛いって言うと戸惑っちゃって言葉が出ないけど満更でもなさそうなところとか、真剣な時に見せるキリッとした目とか、キスの時の表情とか、夜なんて自分から誘っておいていざ本番になると恥ずかしがってそっぽ向いちゃうところとか――痛った!」
頭を思い切りぶたれた。
正直に言いすぎてしまったらしい。
嫁は顔を真っ赤にしながら怒っているのか嬉しいのか分からない表情で俺を見ている。
「そ……そこまで言わなくていい!」
「いや、俺もブレーキが効かないんだって。梨沙の好きなところなんて一生言ってられるのに」
「〜〜〜〜〜…………………!!!」
もう噴火するんじゃないかってくらい赤面してしまっている。大丈夫だろうか。
俺はコップに水を汲んで嫁に渡す。
「まあちょっと落ち着いて」
「だ、誰のせいだと!」
嫁は俺から奪うようにしてコップを受け取ると、一気に飲み干した。
「き、急にあんなこと言われたら誰だってああなるわよ!」
「す、すまん」
「……でも、ありがと」
消え入りそうなありがとだったが、俺にはしっかりと聞こえた。
と、その時、家のチャイムが鳴った。
もう5時過ぎだと言うのに時間に一体誰だろうか。
「俺が出てくるよ」
「お願い」
そうして、俺は玄関の扉を開く。
「はーい。どちら様……」
「よーっす」
そこに居たのは見慣れた顔である、友人だった。
「何しに来たんだよ……」
「いやぁお前の計画が上手くいったか見に来たんだよ。ほら、差し入れもあるぞ」
そう言うと友人は右手に持った袋を掲げる。
「なんだ、それ?」
「ケーキだよケーキ。甘いもんは女性は好きだろうしな」
「そうか、ありがと」
俺がそう言うと、友人はポカンとした表情になったかと思ったら急にニヤッとしだした。
なんだか気色悪い。
「その様子だと、上手くいったみたいだな。俺の出る幕はなかったか」
「…………ふっ。まあ、な?」
「生意気な。でもまあ、良かったよ。これが上手くいかなかったら会社で何言われるかわかったもんじゃないからな」
嫌味ったらしく友人は言う。
でも、俺は彼には感謝している。
「陽介ー、長いけどどうしたの……ってあなたは」
「どうも、陽介の奥さん。お久しぶりです」
にっこり笑顔で友人は言う。
あまり長いこと友人と話していたので嫁に心配をかけたらしい。
「こいつがケーキを差し入れしてくれてな」
いつの間にか受け取ったケーキの袋を嫁に見せる。
「え!そうなの!?」
「ああ」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。じゃあ俺はこれで……」
そう言って友人は帰ろうとする。
「あ、待って。良かったらお前上がっていかないか?」
嫁に目をやると、嫁もこくこくと頷いている。
「いいのか?」
「ああ」
「じゃ、お邪魔しちゃおうかな」
「あ、でもお前の分のケーキは……」
「ご心配なく。ケーキは3つありますから」
「…………お前、卑しいな」
そうして、友人に今日の出来事を話し、一件落着したことを伝え、みんなでワイワイケーキを囲んでぷちパーティと洒落こんだ。
その時にも、俺の本音しか言えないまじないは解けてなく、俺と嫁のイチャイチャを全力で晒して、友人を若干引かせたのは言うまでもない。
最終的には俺と嫁は以前よりもさらに仲良くなった。
「……このバカップルが」
おしまい
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