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ずっと笑顔でいられたら。

お久しぶりです。木月です。


生存報告も兼ねた短編です。


童話で出したかったのですが、思いの外ヘビーなスタートになったので違うジャンルで出しました。

そんなこと知ったこっちゃないですよね。


今回のコンセプトは優しいだけの少年が大きな一歩を踏み出す物語です。



キッカケはいつもどこかに。

ずっと笑顔でいられたら。

 今日の作文発表会で、僕は生まれて一番褒められた。

 『ずっと笑顔でいられたら』というタイトルの、四百字に綴られた僕の想い。

 ずっと笑顔でいられたら、きっとずっと、幸せだ。


「やめろよ!」


 僕は叫んだ。やめてほしかったから。


「ぎゃはははは!」


 みんなは笑っていた。

 幸せそうだ。


「あはははは」


 だから、僕も笑った。

 心の底からではないけど。みんなが笑っているから、僕も笑った。

 前髪から垂れた水滴が目に入って沁みるけど、笑った。

 それを見て、みんなが、ソウタも、シンヤも、サジも笑った。


「あはははは」


 寒さで歯をカタカタ鳴らしながら笑うと、みんなが笑った。


「ごめんな! わざとじゃないんだ!」

「そう! たまたまバケツの水をひっくり返したらそこに来ちゃったんだもんな!」

「さすがまーくん! タイミング最高だよな!」


 みんなが肩や頭や背中を叩く。


「マジで酷いよ!」


 笑いながら言うと、


「でも、笑ってるってことは幸せってことだもんな!」


 と、ソウタがサムズアップする。

 みんな楽しそうで何よりだ。



 家に着いたのは、六時のお帰りチャイムが鳴った後だった。


「ただいま」

「おかえり――えっ」


 出迎えてくれたママは、僕の姿を見るなり絶句する。


「あー、これ?」


 身体を広げて見せる。

 今の僕はずぶ濡れで、顔や肘や膝をすりむき、ランドセルは泥で汚れていた。


「帰りにソウタ達と鬼ごっこしてたら池に落ちちゃって!」


 えへへと頭を掻くと、ママは大きなため息を吐き、


「元気が有り余るのはいいけど、危ないことはしちゃダメよ? 池に落ちたなんて、溺れたらどうするつもり?」


 と、頬を膨らませた。


「ごめんなさい……」

「まぁ、無事に帰ってくれたからいいけど! ほら、先にお風呂入りなさい」


 これ以上は言及されず、僕は風呂場へと向かう。

 お湯が傷に沁みて痛かった。


 お風呂から上がると、鼻を衝く芳醇な香りが漂っていた。


「やった! カレーだ!」

「正解」


 ダイニングへ駆け寄ると、エプロン姿の母が微笑む。


「お、さっぱりしたね。もうすぐできるから先にお茶を注いでくれる?」

「はーい」


 コップを二つ手に取り、ママに尋ねる。


「パパは今日ご飯食べるの?」


 僕のパパは商社マン? らしく、なかなか食事時に帰ってこない。


「ううん。今日も遅くなるみたい」

「そっか」


 ママは鍋をかき混ぜながら答えた。

 これはいつも通りだ。忙しいから仕方ない。今日も家族の為に遅くまで頑張っているのだ。だから、そのままコップをテーブルに並べる。

冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出して注ぐ。併せて、スプーンと箸も並べた。


「これも置いてくれる?」


 ママが顎で指す先、緑色が盛られた皿も並べる。

 サラダは正直そこまで好きじゃない。

 だけど、食べないとママが怖い顔をするので、頑張って食べる。

 そうすると、ママは笑顔になる。僕も笑顔で食べれば、少し苦さが減る気がした。やっぱり笑顔は凄い。


「さ、できたよ。食べよ食べよ!」


 ママがカレーの盛られた皿を二つ運んできた。華奢な体つきなのに、力持ちだ。


「「いただきます!」」


 野菜ゴロゴロの甘口と中辛のルーで作られたちょっと辛いけど、甘いカレー。

 ジャガイモとご飯を少し盛ったスプーンを口に運ぶ。


「うまい!」


 顔を上げると、目が合った。

 そして頬を綻ばせると、


「よかった!」


 と、食べ始めた。

 ママは料理の天才だ。



 朝。

 身支度を整えてランドセルを背負おうとすると、昨日まで泥だらけだった所が綺麗になっていた。


「ごめんなさい」

「何が?」


 ママは素知らぬ顔だ。


「なんでもない! 行ってきます!」


 そう言って僕は家を飛び出した。



 放課後。

 何故か僕は田んぼの中にいた。

 いや、ソウタと取っ組み合いをしていたらこうなっていたんだけど。


「どうしよう」


 ランドセルがまた泥まみれだ。

 連続で汚したらきっと怒られる。


「大丈夫かな?」


 サジが心配そうにあぜ道から尋ねる。


「大丈夫だよ! 洗えばいいしさ!」


 僕はサムズアップした。


「それならいいけど!」

「じゃあ、俺達帰るわ!」

「じゃあな!」


 三人は帰っていった。

 僕は泥の中で、悩んだ。

 ママに怒られる。それに、田んぼの持ち主のおじさんにも怒られてしまう。

 どうしよう。


「お困りですかな?」


 凛とした声が響いた。


「誰?」


 声のする方を向くと、さっきまでみんながいた場所に、魔女のような大きなとんがり帽子にローブ、自分の身長程はあろう杖を手にした女性がいた。

 いや、女性かどうかは顔が見えないからわからない。声色が女性のような高さだったからそう思っているだけだ。


「通りすがりの魔法使いじゃよ。覚えておかなくてよいぞ」


 そう言って、帽子のつばを持ち上げた。

 そこに隠れていた顔は、テレビに映る女優さんのように綺麗だった。


「おばあちゃん?」

「レディに向かってその呼び方は傷つけるぞ」


 やれやれと首を振る。


「坊ちゃん、困っておるんじゃないのかな?」


 魔法使いを自称した少女はどう見ても僕より少し上ぐらいなのに、口調は老人のようだ。


「うーん、大丈夫です。たぶん」

「なぬ!?」


 漫画のように大げさな驚き方をする少女。

 僕は、困ってはいるけど、手は借りなくても何とかなりそうだ。


「若人よ、そう言って強がるもんじゃないぞ?」


 難しい言葉が出てくるけど、この人は悪い人ではなさそうだ。

 立ち上がって泥を払い、周囲の乱れた田んぼを少し整える。後でおじさんに謝りに行こう。


「ありがとうございます」


 お姉さんに頭を下げ、その横を通り過ぎようとする。


「待つのじゃ」


 が、首根っこを掴まれてしまった。


「その恰好で帰っては、お母さんが困ってしまうのではないか?」

「え?」


 確かに困らせてしまうかもしれない。じゃあ、このお姉さんは服をくれるのだろうか?

 でも、その予想はまるっきり違った。


「ほれ」

「うわっぷ!?」


 頭上からは突然のシャワー。


「何するの!?」


 睨みつけるが、彼女は両手が塞がっている。

 左手には杖、右手は僕の襟。

 

「え? え?」


 何が起きているのかさっぱりわからない。こうしている今も冷たいシャワーを頭から被っているのに、ちっとも頭は冷えてくれない。


「ふっふっふ。不思議じゃろ? 不思議じゃろ?」


 そんな僕の様子を見て得意げな顔のお姉さん。


「さて、一気に流すぞ。息止めて目を瞑っておれ!」

「ヴぇ!?」


 滝! まさしく滝が頭上に発生して、僕の身体に打ち付けた。

 これじゃ修行だ!


「何するの!?」

「さっきからそれしか言っておらんの。ぼきゃぶらりーが貧弱じゃのう」


 暴れる僕を細めた目で見下ろす。


「まずは自分の姿を見てみ?」

「自分のって……あっ!」


 泥だらけだった服を確認すると、白さを取り戻していた。


「すごい! すごい!」

「じゃろ? じゃろ? わし、凄いじゃろ?」


 腕を組み、ふふんと鼻息を吐く。


「でも、ぐしょ濡れだ」

「わかっておる。わしはあふたーけあまでばっちりな魔法使いじゃからな」


 そう言って、杖を軽く振りかざす。

 

「わっわっわっ!」


 すると、少し温かな風が全身をすり抜けた。

 風にもみくちゃにされること五分少々。


「綺麗になった……」

「これで完璧じゃな」

「ありがとうございます!」


 まるで洗い立てのような綺麗さに気持ちがいい。

 これで帰ってもママを困らせなくて済む。


「じゃが、これで終わりではない」

「?」


 少女は目を閉じ、少し間を開けてこう言った。


「坊ちゃんも使いたいとは思わんかね?」

「できるの!?」

「もちろんじゃ」


 これは驚きだ。僕にもどうやら魔法が使えるらしい。


「どうじゃ? 使えるようになりたいか?」

「うん!」


 こうして僕は魔法使いになった。

 師匠と違って、何もないところからいきなり! とはいかないけど、手のひらから風や水ぐらいなら出せるようになった。


「これで汚れても大丈夫だね!」

「いや、汚れること前提なのか!?」


 僕の使い道にビックリしていたけど、僕が使うんだもの。僕の勝手だよね。



 田んぼの持ち主はすぐ近くに住んでいたので、謝りに行くのは簡単だった。

 おじさんに確認してもらい、全然いいよと言ってくれたけど、服が綺麗なことにはずっと首を傾げていた。



「ただいま! ねぇ、これ見て!」

「おかえり。何、何?」


 帰ってすぐ、ママに魔法を披露する。

 風を吹かせてママの顔に吹っ掛けた。


「うわっ! 何!?」


 顔をしかめる母の姿。


「へへん! 内緒!」

「むむっ! 悪戯しおって!」


 頭をグシグシ撫でられる。


「痛い痛い!」


 これは明日も自慢できそうだ。



 次の日。朝のHR。

 僕はずっとウズウズしていた。

 披露するなら昼休みだ。

 だが、事件が起きた。


「先生! まーくんがいじめられています!」


 終わりかけたその時だ。

 お団子頭の少女、リンが立ち上がり、声を荒げた。

 その一言に凍り付く教室。


「それは本当か!」


 担任の先生が大きな声を上げる。

 身体も声も迫力が満点だ。

 クラス中の視線が僕に集まった。

 いじめ――。

そうか、僕はいじめられているのか。


「あー、えーっと」


 自覚がなかった、訳ではない。

 嫌だと思っていた。

 ここで嫌だと言えば、なくなるのだろうか?

 いろいろ考え、わからなくなって周りを見る。

 そのとき、ソウタの顔が視界に入った。

 少し、悲しそうな顔。

 時間と共にひそひそ声が聞こえてきた。


「お前ら! 大事な話をしているんだから静かにしろ!」


 教卓を叩いて私語の注意。

 ピリピリとした空気が教室を包む。

 まるで、時間が止まったかのような。

 足が地についているのに、ふわふわしたような、ぐるりと視界が回るような。

 胸の奥から何かがこみ上げてくる。気持ち悪い。


「リン、何を見たんだ」


 俯く僕を他所に、先生がリンに問う。


「昨日、まーくんが田んぼに落とされて、泳がされたのを見たんです!」


 耳鳴りがする。


「誰がやったんだ!」


 クラスにさらに緊張が走る。


「ソウタくんとシンヤくんとサジくんです」


 いつものメンバーが指を差される。


「何!? お、お前ら……」


 先生が顔を真っ赤にして肩を震わせる。

 ああ、嫌だな。

 差された三人はどうだろうか。

 ちらりと目をやると、俯き、震えているのがわかった。

 だったら、僕の言うことは一つしかない。


「先生」


 僕は手を挙げ、立ち上がる。


「あれはリンさんの見間違いです。僕がカエル捕まえたいって飛び込んだんですよ!」


 そうやって、笑顔で告げた。



 結果、一時間目は授業が潰れ、僕は職員室でこっぴどく叱られた。

 今は田植えが終わった時期で、農家の方の迷惑になることぐらいわかるだろうと。

 幸せのための笑顔なのに、その笑顔を失くすようなことしたらダメだろうと。

 農家に謝りに行こうと言われたが、既に謝ったことを伝えると、そこは大人しく引っ込んでくれた。

 みんなの授業を止めたことを考えると、申し訳ない気持ちになったが、先生が「いじめがないクラスで本当に良かった。もうそんなことするんじゃないぞ」と嬉しそうだったのでよかった。


 クラスに戻ると、いつものメンバーに絡まれる。

 俺達、友達だよなって。

 いつも一緒にいるんだから、きっと友達だ。

 だから僕は、


「当たり前じゃん!」


 とだけ答えた。



 放課後。

 今日は結局、魔法を披露できそうになかったから、帰ろうとすると、いつものメンバーがいないことに気が付いた。

 いないならいないでそれでいい。

 僕は一人で帰ることにした。


 下駄箱で上靴を外靴に履き替え、外に出る。

 今日は天気がいい。真っ直ぐ家にも帰れそうだ。

 ちょっと軽い足取りで、校門へと向かう途中、体育館の裏から聞いたことのある声が聞こえた。

 たぶん、リンの怒った声だ。


「絶対におかしい! 私見たもん!」


 こっそりのぞき込むと、三人に詰め寄るリンと、その親友のニコ。


「でも、あいつが違うって言ってただろ!」

「そうだそうだ!」


 それは、僕のことだった。


「ニコも信じてくれてるんだよ!」

「うん。ニコもリンちゃんの言うとおりだと思う」


 ポニーテールを揺らし、両手を胸の前で組んで懇願する。


「違うって言ってるだろ!」


 そのときだ。

 ソウタの手がニコへと伸びる。

 マズい。何とかしなくては。


「やめろ!」


 自分からこんな声が出るなんて思わなかった。

 ただ、咄嗟に叫んでいた。

 考えるよりも早く、声が出ていた。否、声だけではなかった。


「冷た!」

「げほっげほっ」

「ソウタ! ソウタ! 大丈夫か!?」


 僕は目を疑った。

 ずぶ濡れのソウタが喉を押さえて咳き込む。シンヤとサジは彼の背中を摩る。

 目を見開いて固まる少女らと目が合った。


「……まーくん?」


 ニコが怯えた目で僕を見る。

 やめろ。そんな目で僕を見るな。違うんだ。僕は助けようとしただけで、それで。


「違う。違うんだ」


 僕はたまらず駆け出していた。

 通学路を走る。走る。走る。

 脳裏に過るのは僕を化け物でも見るような目で見るあの姿。

 嘘だ。嫌だ。僕じゃない。



「あ……」


 家が見えてくると、そこにはママが仁王立ちして待っていた。


「何で怒っているかわかる?」

「それは……」


 身体が震える。


「まず、学校行くよ。車に乗りなさい」


 車に乗せられ、つい数十分前にいたあの場所へと連れていかれる。


「先生から電話があったの。昨日田んぼで暴れたって。それに、ソウタ君をいじめたって」

「……うん」

「どうしてそんなことしたの?」

「それは……」


 僕がいじめられていると知ったら、ママはどんな顔をするだろうか。

 悲しむだろうか。それは嫌だな。

 ソウタを止めようとしたって言ったらどうなるだろうか。

 ああなったのは僕のせいだから、きっといじめられていることもばれてしまう。

 ソウタを傷つけたのは僕だ。じゃあ、僕のせいだ。全部、僕のせい。



「本当に申し訳ございませんでした」

 職員室で、先生とソウタ、ソウタママの前で、ママが頭を下げた。

「普段コイツはそんなことするようなヤツじゃないと思っていたんですがね。ついカッとなってやってしまったんでしょう。そうだよな?」

「……はい。ごめんなさい」

 僕も一緒に頭を下げる。すると、先生から優しく背中を叩かれた。

「ソウタも許してあげられるか?」

「はい」


 歯切れのいい返事で、先生は満足そうだ。


「えらいぞ」


 もう片方の手で、彼の頭も撫でる。

 だが、ソウタママは不服そうだ。


「一歩間違えば命にかかわることだったのかもしれないのよ?」

「申し訳ございません。後でキツく言っておきますので」

「あなたの教育方法、見直す必要があるのではなくて?」

「はい、以後気を付けます」


 ママは終始頭を下げ続けていた。

 どうしてママがこんなに謝らなければいけないのだろう。


「悪いことをしたのにすぐに謝らないで逃げるなんて、ロクな大人にならないわ。本当ならこれ以上うちのソウタと関わってほしくないけれど、この子が許すと言っているから特別に許してあげるのですからね!」


 そう言って、ソウタ親子は出ていった。



 落ち込みながら、玄関へと向かう。


「「あ」」


 すると、そこにはリンとニコの二人がいた。

 ニコと目が合うが、気まずくてすぐに逸らした。彼女には悪いことをしてしまったし、許してもらえないかもしれない。そう思うと怖くて顔を見れない。


「?」


 ママは不思議そうにその様子を見ていたが、特に深く気にするでもなく通り過ぎた。


すれ違いざま、ニコは「ウソつき」と言った気がした。



夜。夕飯前。

少し早くにパパが帰ってきて、ママから事情を聴いていた。

「わかった」と一言呟くと、軽く身支度を整えてもう一度車に乗り込む。


「いくぞ」


 パパの運転する車で向かった先は、三十分かからないぐらいの距離にある山。

 道中、特に会話をするでもなくエンジンと道路からの音だけが聞こえていた。

暗闇をヘッドライトが照らしながら登っていくこと十分。


「この辺だな」


 車を小さな駐車スペースに止め、降りる。

 砂利を蹴りながらその大きな背中に続き、やがて展望デッキに出た。


「見てごらん」


 その指さす先の景色は、真っ黒な大地に煌々と輝く地上の星々だった。


「俺もな、嫌なこととか悩んだりしたときとかあるんだ。そういうとき、この景色見ながらコーヒー飲んでるとスッキリする。なんて小さなことで悩んでたんだろうって」


 そう言って、ズボンのポケットから缶を二つ取り出し、


「ま、まだ甘いのしか飲めないからこっちだな」


 と、明るめの色の缶を渡してきた。

 そこにはよく見るカフェオレのロゴが印字されていた。


「ありがと」


 カシュッと小気味よい音を立てて開封し、口にする。


「美味しい」

「お腹空いてるから余計にな」


 そう言って、しばらく初夏の夜風にあたり続ける。


「マサト、なんか無理してないか?」

「え」


 塀に持たれるパパの顔を見るが、その視線は広い世界を向いていた。

 そんなことないよ。

 そう言いたかったが、不思議と見透かされそうで、口ごもる。


「笑顔でいるのってさ、難しいよな」

「……うん」

「作文、読んだよ。先生からは褒められたみたいだな。みんなが幸せでいられるように笑うんだっけか。無理して笑っても幸せにはならないぞ」

「そうだね」

「心の底から笑うから、本当に幸せなんだぞ」


 その声色は何処か楽しそうだ。


「でも、僕は僕より、みんなが幸せでいて欲しいなって思うんだ」

「それ、かっこいいな」

「そうかな」

「でも、幸せじゃないヤツは、誰も幸せにできないぞ」

「え」


 それはまるで、いままでの僕を全否定するような話だった。


「僕は幸せじゃなくてもいいよ」

「何でだ? 俺はマサトとママが幸せじゃないと俺も幸せじゃないぞ」


 それはズルい。


「自分勝手だよ……」

「それは、マサトの方だと思うぞ」


 パパは続ける。


「自分は幸せじゃなくていいって言うのは一見美しい自己犠牲だが……自己犠牲ってわかるか?」

「うん」


 「お、賢いな」と少し驚きつつ、


「マサトから見て、友達が辛そうだったら、マサトは嬉しいか?」

「ううん」


 それは違う。だから、僕はいつも笑っていたんだ。


「それは友達から見ても一緒なんだ。その友達はマサトの演技が上手くて騙されているだけで、本当にマサトのことを見ている子はきっと辛い思いをしていると思うぞ」

「そうなの?」

「たぶんな。思い出してごらん? そういうことなかったか?」


 これまでのことを考える。

 いじめを告発したリン。一緒に抗議してくれたニコ。


「あ」

「心当たりあるなら、その子たちの為にマサトは幸せにならなくちゃいけないんだぞ」

「そっか……」


 心の底から笑うこと、できるだろうか。


「とりあえず、今は辛いこと吹き飛ばそうぜ。こうやって!」


 大きく息を吸い、


「あっはっはっはっはっはー!」


 と、爆弾のような声をあげて笑った。こんな姿を見るのは初めてで、ビックリだ。

 でも、楽しそうだ。


「わーはっはっはっはっはー!」


 大きく息を吸い、おなかの底から叫んだ。底の底に溜まったドロドロしたものも一緒に。


「お、やるじゃん! 俺も!」


 そうやって、男二人、誰もいない山で叫び続けた。


「さ、今日はもう帰ろう! あまり遅いとママに怒られる!」

「だね!」


 今度こそ、心から笑えた気がした。



「遅い!」

「「ごめんなさい」」


 案の定怒られてしまった。


「まったく、どこで何してたの?」


 という問いについては、二人で顔を見合わせ、


「内緒!」


 と、舌を出して見せた。



 次の日の朝。

 教室でソウタと目が合う。

 心の底に臆病風が吹く。

 嫌われたらどうしよう。そこで、昨日の夜を思い出す。

 うん。少し勇気出た。


「ソウタ! 昨日はごめん!」


 教室中が一瞬静かになる。

 恐る恐る顔を上げると、驚いた彼も目をぱちくりさせ、暫く固まっていた。

 

「まーくん……」


 リンとニコもその様子を見ていたが、他と違って敵意むき出しで睨んでいる。

 ソウタは周りをキョロキョロと見渡す。


「でも、ソウタにも謝ってほしい! 僕もずっと嫌だった!」


 心臓が高鳴る。変な汗が流れる。

 短い沈黙の後、ソウタは、


「俺も悪かった!」


 そう言って頭を下げた。



 どうやら、ソウタは家で正直にこれまでのことを話したらしく、逆に両親から叱られたらしい。


「もうしないから、許してくれるか?」


 バツの悪そうな顔。今までされたことを考えると、本当は許したくないけど、昨日の景色と比べたら、そんなものは些細なことだと思えた。


「うん、いいよ!」


 仲直りもとい、本当にソウタと友達になれた気がした。

 それにつられてシンヤとサジも謝る。


「お前ら……先生、感動したぞ!」


 様子を見ていた先生は、本当に泣きながら叫んでいた。

 隣のクラスの先生達も何事かと覗いていたが、恥ずかしかったので気が付いていないことにしたのは内緒だ。

 リンとニコの二人も嬉しそうだったから、僕は間違っていなかったなと思う。



 その日の放課後。


「バイバイ」

「また明日!」


 いつものメンバーと初めて心の底から笑いあえた帰り道。

 交差点でみんなと別れて、ついこないだ事件の起きた田んぼの横を通る。

 すると、場違いな格好をした少女がまたそこにいた。


「師匠」

「やぁ、坊ちゃん」


 見た目と口調といろいろちぐはぐな魔法使いは、柔らかに微笑んで口を開く。


「こないだよりずっといい顔をしてるのぅ」

「うん。友達ができたんだ」

「それはいいことじゃ」


 そして、杖をコンクリートに突き立て、


「もう困ってはおらんかな?」


 と、尋ねた。

 もうないよ。と言おうと思ったところで、一つ思い出した。まだ解決していないことがあるのだ。


「実は……」



 新しい魔法を手に入れた僕は、走っていた。

 目的地は、まだ直接お礼も、謝ることもできていないあの子のところ。

 想いは伝わるだろうか。でも、きっと大丈夫だ。

 不思議と自信はあった。根拠はないけど、今の僕は最強だ。


 僕は、きっと、今、笑ってる。


最後までご覧頂き誠に有難うございます。


宜しければ、評価していただけると幸いです。


こんな都合のいいこと現実には起きないよという意見もあるかと思いますが、こうであればいいのにと思うこと、あるのではないでしょうか?


リアルはリアル、フィクションはフィクション。確かに別物です。

でも、誰かがリアルを変えるため、踏み出す一歩のキッカケになればいいなと思います。


そんな私は、皆さんにとっての魔法使いでいたい。

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