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捜し物

 翌日、夕陽が出勤すると、珍しく守屋が既に業務を始めていた。

 彼に挨拶しつつ自分の席に着くと、飛鳥井へと挨拶して今日の仕事について尋ねる。


「調査依頼は無いし、過去の資料読み込んでて良いよ。

 ところで昨日はよく眠れた?」


「はい。ぐっすり眠れましたよ。

 どうしてですか?」


「銃撃戦になったでしょ。

 淵沢さんだって発砲されてたわよね」


「あー、そういえばそうですね。

 でも当たらなかったですし、別に気にならなかったですよ。

 むしろちょっと楽しかったです!」


 夕陽はいつも以上にニコニコと笑顔を作っていて、突発的な残業で、一歩間違えば死ぬような現場に送り込まれたことをなんとも思っていないらしい。

 恐怖心が無いのか、底なしの脳天気なのか。何処までも楽天的で常に笑っている彼女の姿を、飛鳥井は少し怖いとすら思えてきた。


「気にならなかったのなら良いわ。

 敵対組織と銃撃戦だなんて、めったに無いことだからあれを仕事と思わなくて良いわよ」


「そうなんですか?

 折角モデルガンの扱いを練習してきたのに残念です」


 夕陽はカバンから昨日受け取ったガスガンを取り出して机の上に置いた。

 それは実銃ではないので回収もされず、夕陽の私物とかしていた。

 別に守屋も咎めないし、飛鳥井もバカな使い方をしなければそれで構わないと思っていたので取り上げようともしない。


 仁木が出社してくると、守屋が立ち上がり、昨日回収された牝鹿像について報告する。


「例の牝鹿像。――こっちで適当に名称をつけたが〈葛原精機の牝鹿像〉は、無事に一時保管庫まで搬入されたらしい。

 これから解析されて、破壊なり恒久保管所への移管なりされるだろうが、ひとまずこっちとしての仕事は終わりだ」


 牝鹿像の顛末を知り、それぞれ頷く。

 もう〈ツール〉自体は栞探偵事務所の手を離れた。

 あとは葛原精機側へとどのように言い訳をして、トラックだけ元に戻すか考えるだけだ。


 だが納得のいっていない人物が1人。

 夕陽は発言権を得ようと挙手すると、守屋の拒絶したそうな視線を受けた上で口を開いた。


「昨日からずっと疑問だったんですけど、どうしてあんなもの盗んだのでしょう」


「〈ツール〉は裏で高値で取引される。

 あの牝鹿像は〈ツール〉だった」


 守屋は口にするが、夕陽はまるで納得しない。


「それもおかしいんです。

 あんな運び出すのも大変な像。トラック、クレーン、挙げ句に船です。

 高値がついたとして回収できますか? 売買が目的ではないと思います」


「未知の現象が起こる以上、いくらでも出す人間がいてもおかしくない」


「誰です?

 あれを所有することでどんなメリットが?

 所有欲を満たすにしては大げさすぎます。


 かといって〈ツール〉の特性を上手く利用する方法も思いつきません。

 兵器に積んだら強力な盾になるでしょうか? でも運動エネルギーしか減衰しないのでは、化学や熱エネルギーで攻められたら無力です。

 効果範囲だって無限遠まで作用するわけではないのですから、それこそ2トン分の装甲を積み増した方がマシに思えます」


 守屋は無言のまま、一応頷いて理解を示す。

 夕陽は問いかけた。


「〈ツール〉の能力だけ取り出すことって出来ませんか?

 特性だけ防弾チョッキに移すとか出来たら、役に立つかも知れません」


「そんな話は聞いたことがない。

 特殊な能力を持ってしまった物質が〈ツール〉。分離は不可能だ」


「そうなんですね。分かりました。

 だとしても、今回の牝鹿像盗難については何かが隠されてます。

 隠し事は嫌いではないですけど、隠されると気になってしまいます。

 是非、真実を突き止めたいです」


 夕陽は微笑んだが、守屋は仏頂面を浮かべて冷淡に返す。


「業務優先だ。

 調べたければ自分の時間を使って勝手にやれ」


「分かりました。でも何か分かったら報告させて貰いますね!」


 守屋は「必要ない」と言いたげではあったが、こちらからの報告は以上だと言って、仁木へは銃弾使用に関する報告書作成を命じ、飛鳥井には夕陽と2人で葛原精機への説明資料作成を進めるように命じた。


 業務は粛々と進められて昼食時、各員きりの良いところで仕事を切り上げると食事スペースにつく。

 夕陽と飛鳥井は揃って食事スペースへと移り、搬入されていた弁当を開ける。


「今日は魚のフライですか」


「最近揚げ物が多い気がするわ。

 おまかせじゃなくて注文方式に切り替えようかしら」


 飛鳥井は視線を守屋へと向けたが、彼は揚げ物続きの弁当に特に問題を感じていないらしく、「やりたければ勝手にやれば良い」くらいの反応しか返さなかった。


「ソースとって貰えます? ありがとうございます」


 夕陽は仁木からソースと書かれた調味料入れを受け取り、魚のフライへとその中身を――


「あ、これ――」


 夕陽が手にしていたのは〈シュレディンガーの調味料入れ〉だった。

 出してみるまで出てくるものが確定しない特性を持つ〈ツール〉。

 ソースと書かれていても、本当に出てくるのがソースとは限らない。


 少量とは言え夕陽が既に中身をフライへとかけてしまったのを見て、仁木は意地悪く微笑む。


「引っかかったようだな。

 先に言っておくとそれ、恐らく醤油が出ている。

 何しろ〈シュレディンガーの調味料入れ〉とは名ばかりで、実際は使用者が出て欲しくないものが出るようになっているからだ」


「わあ、そうなんですね!!!!」


 夕陽は勝ち誇った仁木に対して笑顔でそう返したが、その笑顔のまま、手にした調味料入れを机に叩きつけた。

 ガツン、と音がして、調味料入れの側面。ガラス製の容器にヒビが入った。


「ああっ!? なんてことを!

 ユウヒちゃん! 〈ツール〉は形を失うと無力化されちまうんだ!!」


「へえ。それは良かったですね」


 夕陽は意地悪い笑みを浮かべて、調味料入れの中身を指先に落としてそれを舐めると「ソースですね」と頷く。

 それから魚のフライへ、先ほどかけてしまった調味料の上からソースをかけ直した。


「〈ツール〉を破壊だなんてとんでもないことなんだぞ」


「罰せられます?」


 夕陽は恐れると言うより、むしろどうなるのか興味があるような風で問う。

 その質問には珍しく守屋が返した。


「〈ツール〉は秘匿だ。

 勝手に持ち出して遊んでた仁木が悪い。

 最初からこの事務所に〈ツール〉は存在しなかった」


 仁木は絶句し、淡々と述べる守屋へと恨みのこもった視線を向けるものの、当然のように無視された。


「〈鉄の書〉は良いんですか?」夕陽は飛鳥井に問う。


「これは別に大した〈ツール〉じゃないから」


 それは確かにそうですと夕陽も頷く。

 背表紙が固いだけの本なら、世の中に出回っていても大した影響は無い。

 本棚から落として足の上にでも落とさない限りは、それが〈ツール〉だとは誰にもバレないだろう。


 食事を終えるころ、事務所の電話が鳴った。

 オーナーからの連絡だ。守屋が電話応対をする間、各位は押し黙ってそのやりとりに聞き耳を立てる。

 通話を終えると、守屋はカレンダーを確認してから告げた。


「調査――というより、出張指示だな。

 再来週の金曜日から日曜日まで、東京ビッグサイトで大規模な骨董市が開催される。

 そこで〈ツール〉が取引されるとの噂があるため、参加せよとのことだ」


「展示会ですか!

 楽しそうですね!」


「遊びじゃない。

 とにかく何処の組織が絡んでくるか分からない。

 それに取引に関係なく、骨董市に〈ツール〉が紛れ込んでいる可能性は十分あり得る。

 見つけ次第回収とのことだが――」


 守屋は夕陽へと視線を向けた。

 夕陽はその視線に期待されていることを感じたが、あまり大きくは頷かない。


「見たら〈ツール〉かどうか分かるんじゃなかったのか?」


「うーん。

 ビッグサイト開催となれば人も物も多くなりますよね。

 その状況で探し出せるかと聞かれると、絶対に分かりますとは言い切れないです」


「そうね。

 周りに人の居ない落ち着いた状況と同じように出来るとは言い切れないでしょうね」


 飛鳥井もそれは仕方の無いことでしょうと、守屋へと伝えるように言った。


「分かった。

 あまり多くは期待しないでおく。

 とかく人も物も多いのは明らかだ。周辺地域の〈ピックアップ〉。それに〈ストレージ〉や〈管理局〉の人間なんかもかり出されてくるらしい。

 彼らと協力――までは行かなくとも、市場に流失した〈ツール〉を回収するには良い機会だ。

 オーナーからも相応の活躍を望まれている。

 再来週ではあるが、今から準備を進めておいてくれ」


 指示を受けて、各員は午後の作業を開始し、資料作成が一段落すると展示会へと向けた準備に取りかかる。

 飛鳥井が4人分のチケットを発注。

 会場マップと出展者リストを取り寄せ、怪しそうな出展をチェックしていく。

 骨董市とは別に、ハンドメイド品の展示会、ホビー関係の展示会も同時開催される。

 そちらについてもリストを取り寄せ、各自分担してチェックしていった。


 3時頃になると、〈ストレージ〉から訪問者があった。

 守屋が目配せすると、飛鳥井は席を立ち、夕陽へと外出しようと誘った。


「なるほど。私たちには秘密の話なんですね」


「そういうわけでもないけど、気晴らしを兼ねて出かけましょう」


「はい。気晴らしするのは賛成です」


 2人が資料をまとめていると、例の調味料入れを箱にしまった仁木もそそくさと外出する。

 その後、夕陽と飛鳥井も事務所を後にした。そのまま隣の建物にある喫茶店に入る。

 

 飛鳥井が「経費で落とせる」と言ったので夕陽はパフェを頼もうとしたが、守屋さんに小言を言われるから飲み物だけにしなさいと釘を刺された。


 結局飛鳥井はアイスコーヒー。夕陽はアイスココアを頼み、それぞれ持ってきた資料のチェックを始める。

 飛鳥井は1時間くらいしたら戻れば良いでしょ、と言って、慣れた様子で喫茶店での作業を始める。


「あの人達、良く来るんですか?」


「大きな案件の後はね。

 今回は小さい収集品もいくつかこっちで持っていたし。ついでに回収してくれると思うわ」


「なるほど。

 あのカエルの置物ともお別れですね。

 ところで、秘密というわけではないとおっしゃっていましたけど、どういう意味です?」


 その問いには飛鳥井も苦笑して返した。


「一応組織上は彼らは親会社に当たる人だから。

 守屋さんがそういう人たちと話してるのを、わたしたちに聞かれたくないの。

 単純にプライドの問題よ」


「ちょっとその気持ちはよく分からないですけど、でもそういう事情なんですね」


 プライドという感情について夕陽はいまいち理解が出来ない。

 でも守屋のことだからその辺りも気難しいところがありそうだとは勝手に納得して、資料を広げた。


 作業を進めながら、夕陽はココアを一口飲んで、それから飛鳥井へ尋ねる。


「そういえば守屋さんの指輪。

 あれって何時からつけているんですか?」


「ああ、あれね。

 気がついたらつけてたから詳しい時期は分からないけど、少なくともわたしが入所した頃はつけてなかったわ」


「2年半前にはつけてなかったと。

 念のための確認ですけど、あの人結婚してないですよね」


「してないでしょうね。

 ずっと事務所の隣に住んでいるし。

 でも指輪をつけるつけないは自由だし、既婚者を装っている訳でもないと思うわ」


「ですよね。ファッションの可能性もありますもんね。

 そういえば飛鳥井さん。カラーコンタクトの色変えましたね。私、今の色も好きですよ」


 以前より色味が濃くなったカラコンについて指摘されて、飛鳥井は反射的に目を細めた。

 その左目は、意識してみれば確かに飛鳥井が以前言ったとおり、斜視気味なのか瞳孔の動きが右目に比べてぎこちない。


「淵沢さん。

 嘘は嫌いとのことなので率直にききますけど、あなたは何処まで知っているの?」


「前回の飛鳥井さんの回答が嘘だったのは把握してますよ。

 あとそれは前職と何らかの関わりがあるだろうなとは推測できます」


 夕陽は笑顔を向けたまま答えた。

 常に笑っている夕陽からは、無表情以上に感情を読み取れない。飛鳥井は細めた目でにらみをきかせていたが、結局夕陽の真意を知ることは出来ない。


「それより飛鳥井さん。

 私も気になっています。飛鳥井さんは何処までご存じなんですか?」


「何処までって、何のこと?」


 夕陽は首をかしげて見せた。

 それに対して飛鳥井は怪訝そうな目を向ける。


「例えばですよ、例のものがどうして産み出されるかとか」


「それについては答えたはずよ。

 わたしにも分からないし、守屋さんも同じ。

 もっと上の人間に聞くしか無いわ」


「そうなんですよね。

 ちなみに飛鳥井さんの上の人はそういうの把握していないんですか?」


「だから守屋さんは――」


「そっちじゃない方の上の人です」


 夕陽が口にした言葉に、飛鳥井は一瞬体を硬直させた。

 何故知っているのか? 何処まで知っているのか? いや、本当に夕陽は飛鳥井の秘密について知っているのかどうか?

 彼女の真意は笑顔の裏に隠されてしまっていて読み取れない。

 それでも飛鳥井が細めた目で睨んでいると、夕陽はいたずらっぽく笑って告げる。


「ねえ飛鳥井さん。私のこと、気になりました?

 興味を持ったら是非調べてみてください。そしてその結果を私に教えてください。

 私、自分が何者なのか明らかにしたくて栞探偵事務所に入ったんです。調べ尽くしてくれて構いませんからね」


 夕陽ははにかんでみせると、作業へと戻った。

 しかし飛鳥井は作業に戻らない。夕陽の顔をじっと見つめたまま、ついに問いかけた。


「あなたは何処まで知っているの?」


 夕陽は微笑みを見せる。


「先ほど言ったとおりですよ。

 安心してください。守屋さんにも仁木さんにも秘密です。

 それに、飛鳥井さんと私は協力し合えると信じています。

 もし飛鳥井さんの調査で困ったときは私を頼ってください。きっとお役に立ちますよ」


 夕陽の表情からは本当は何を考えているのか読み取れない。

 だが彼女が飛鳥井の”本当の所属”を知っているという確たる証拠もない。

 そもそも先月まで高校生だった彼女が、その情報に触れる機会は無いはずだ。

 

 夕陽は全くの偶然で栞探偵事務所に入所している。

 栞探偵事務所の管轄区画で〈ツール〉が大量発生したことで、オーナーは新規人材の獲得の判断を下した。

 そうでなければ夕陽の採用は無かったのだ。

 だから夕陽が意図的に栞探偵事務所へ入所することは不可能。

 ――もし彼女が狙って〈ツール〉を産み出せない限りは。


「一点だけ確認させて貰うけど、例のものがどうして産み出されるのか、淵沢さんは知らないのよね?」


「はい。言ったとおりです。

 でも誤解があるといけないのでしっかり言いますね」


 夕陽はちらと店内の様子を確かめる。

 客と店員の意識が自分たちの席に向いていないことを確認してから、声を抑えながらも明瞭に言った。


「私は〈ツール〉がどうして産み出されるのか知りません。

 ――本当ですよ? 私、嘘は嫌いなんです」


 夕陽が微笑むのを見て、飛鳥井は半信半疑ながら頷いた。

 夕陽は嘘をつかない。それが事実なら、彼女は〈ツール〉の産み出される過程を知らない。

 栞探偵事務所の管轄区画に意図的に〈ツール〉をばらまくのは不可能だ。


 だとしたら夕陽が入所したのは偶然。

 しかし彼女は、飛鳥井の経歴について知っている――少なくとも知っている素振りを見せている。


 念のため上に確認してみよう。

 飛鳥井はそれだけ決めて、夕陽とはこれ以上この話題について話さなかった。


    ◇    ◇    ◇


 業務が終わり、帰り際、夕陽はそそくさと事務所を出て行く守屋の後を追いかけて、彼が自室としている部屋に入る前に声をかけた。


「所長さん。

 少しだけお話良いですか?」


 屈託の無い笑みを向ける夕陽。

 大きな鳶色の瞳をきらきらと輝かせた彼女を見て、守屋は嫌そうに口元を引きつらせる。

 それを肯定と勝手に解釈した夕陽は尋ねる。


「いろいろなことが起こりましたし、これからもきっと何か起こるんだと思います。

 なのでその前に、きちんと現状を把握したいです。

 所長さんは、〈ツール〉について何処まで知っているんですか?」


 問いかけに守屋はかぶりを振った。


「説明した以上のことは知らない」


「そうですか?

 ところで所長さんはどうして探偵事務所に?」


「別に。楽な商売だからと思っただけだ。

 〈ストレージ〉に知り合いがいて、その紹介で〈ピックアップ〉に雇われた。

 いくつか仕事をこなしていたら、いつの間にか雇われ所長だ」


 守屋は自分の業績を誇るわけでも無く、淡々と感情無く説明した。

 夕陽はそんな彼の顔を真っ直ぐに見据えて、まだ何か言うことがあるのでは無いかと待っている。

 守屋は言った。


「嘘じゃないぞ。

 質問には答えた。満足したか?」


「ハイ満足しました。教えてくれてありがとうございます。

 それで所長さん。展示会がありますけど、周辺地域から〈ピックアップ〉を集めて、それに本来保管が仕事である〈ストレージ〉や、更にその上の〈管理局〉の人まで来るんですよね?

 その人達の捜し物って、何だと思いますか?」


 問いかけに守屋はきょとんとして、それから全くもって意味が分からないと呆れて見せた。


「〈ツール〉以外の何があるんだ」


「そうですか?

 でもそれなら〈ピックアップ〉だけで良くないですか?

 確かに〈ツール〉かも知れませんけれど、それは特別な〈ツール〉だと思います」


「そんな話は聞いたことが無い。

 でかくて重い鹿の像でも、是が非でも欲しくなるような特別な〈ツール〉だったら是非見てみたいよ」


 皮肉めいて守屋が言うが、夕陽は動じずに返す。


「私もそう思います。

 でもあの牝鹿像は外れだったみたいです。

 展示会ではもしかしたら当たりが出てくるかも知れませんね! 今からとっても楽しみです!」


 〈ツール〉の当たり、外れという表現に、守屋はいまいちぴんとこなかった。

 〈ツール〉であるかどうかで言えば、牝鹿像は当たりだった。だが特別な〈ツール〉――夕陽の期待している当たりでは無かった。

 こいつは何を期待しているんだ?

 穿った目で見ていると、夕陽は手にしていた資料の束を示した。


「そうだ。2年分の過去資料確認させて貰いました。

 ちなみにこれで全部ですか?」


「そうだ」


「本当に全部ですか?」


 確認するような問いに、守屋は辟易としながら頷く。


「それで全部だ」


「ちなみに、〈ツール〉は秘匿。勝手に持ち出したりしたらいけないんですよね」


「何故そんなことを聞く」


「念のため確認したかっただけです」


 夕陽は「面倒くさい性格でごめんなさい」と控えめに微笑んだ。

 守屋はいい加減質問攻めには付き合いたくも無かったのだが頷いて見せる。


「〈ツール〉の持ち出しは厳禁だ。

 どうでも良いようなものなら仁木や飛鳥井みたいに個人所有も目こぼしするが、基本的には禁止だ」


「ですよね。その上で質問です。

 この資料、〈ツール〉発見報告書ですよね。

 これでは無くて調査内容の資料ってありませんか?

 オーナーからの指示がまとまったリストがあると尚良いです。

 だって、調査指示があっても〈ツール〉が発見されなかったケースもあるはずですよね。

 指示に対してどういう調査を行ったのか確認したいです」


 夕陽の要求に対して、守屋は明確にかぶりを振って見せた。


「オーナーからの指示は所長だけが確認する決まりだ。

 必要に応じて部下にも知らせるが、過去の調査について新人に伝える必要性を感じない」


「あら。そうですか? でもそういう決まりなら仕方が無いですね」


 夕陽は残念そうに微笑んだ。

 そんな彼女へと、守屋は疑いを晴らすようにはっきりとした口調で言いつける。


「いいか。お前が何を考えているのかは知らないが、これだけははっきり言っておく。

 オーナーから指示のあった件については全て調査を実施している。

 〈ツール〉を懐に入れたり、もちろん売りさばいて小遣い稼ぎするような真似もしていない。

 発見した〈ツール〉は全て〈ストレージ〉へ引き渡している」


 明確に疑惑を否定した守屋。

 これからその辺りについて確認しようとしていた夕陽は良い意味で意表を突かれて、にんまりと微笑むと頭を下げる。


「所長さんの言葉を信じます。

 疑うようなことをしてごめんなさい」


「別に。理解できたなら良い。

 もう質問がないなら帰ってくれ」


「あー、質問では無いですけど、1つだけ」


 夕陽の言葉に、守屋は部屋の扉を開く手を止めて聞く態度をとった。

 夕陽はそれに感謝を述べて言う。


「前にも言いましたけれど、もし困ったことがあったら相談して欲しいです。

 きっと所長さんの悩みを解決してあげられますよ」


「生憎、新人に解決できるような悩みを持ち合わせてない」


「そうですか? 残念です。

 私、こう見えて結構役に立つんですよ」


 守屋は「もういいな」と確認をとると、自室へと入って内側から鍵をかけた。

 夕陽も追いかけるような真似はせず、引き返して事務所に戻った。


 今日は収穫がたくさんあったと夕陽はいつも以上に上機嫌で、荷物をまとめると飛鳥井と仁木へ終業の挨拶をして帰宅の途についた。


    ◇    ◇    ◇


ツール発見報告書

管理番号:未登録

名称:シュレディンガーの調味料入れ

発見者:仁木賢一郎

影響:C

保管:D

特性:2つで1組となるツール。出てくるものが特定されない。出て欲しくない方のものが出る。

読んでいただきありがとうございました。

「面白かった」「まあまあ良かったよ」と思っていただけたら幸いです。

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次回も読んでいただけたらなによりです。

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