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襲撃④

 施設正面から銃声が響く。

 それを確認して、山中に潜んでいた仁木は自分たちの目標地点を見やる。


 暗視スコープを覗いた先には駐車場。

 人里離れた施設。既に廃棄された変電施設跡を改修しているので、当然公共交通機関はない。

 施設への唯一の橋を飛鳥井たちが押さえに動いてはいるが、車も潰したほうがより安全だ。

 笹崎捕縛を確実にするためにも、〈ツール〉を回収するためにも、敵の足は潰しておかなければならない。


 幸い、敵の主戦力は施設正面へ向いている。

 裏手の駐車場は比較的安全と言えた。


「駐車場に人影はなし」


「さっさと済ませちまおう」


 仁木の報告に、隣に居た宇戸田が答える。

 ブラックドワーフのリーダー、宇戸田剣。

 彼もまた夕陽の部下であったため、今は〈管理局〉――もとい栞探偵事務所に協力している。


 2人は山の中を進んだ。

 駐車場は周囲を壁に囲われている。

 ブロック製の壁の上には鉄条網。

 唯一の出入り口にも、何かしらの仕掛けがあるのは間違いない。


「はしごかけて乗り越えるか?」


 仁木の問いかけに、宇戸田はカバンから懐中電灯と小型ドリル、それにドアノブを取り出した。


「これを使おう」


「〈ツール〉か?」


「ノブのほうはな。持っててくれ」


 宇戸田は仁木へと懐中電灯を手渡す。

 懐中電灯のか細い明かりを頼りに小型ドリルで壁に小さな穴をあける。

 その穴にドアノブを固定して引っ張ると、ブロック塀の壁が扉のように開いた。


「これもユウヒちゃんが?」


「ああ。

 〈ツール〉のほとんどはボスからの提供だ」


「知らなかったよ。

 にしても、ユウヒちゃんがブラックドワーフのボスだったとはね」


「オレだって直接会ったのは最近だ。

 そんなことより、今はこっちの仕事を済ませるのが先だ」


 宇戸田の言葉に仁木も黙って頷いて、壁に作られた扉から駐車場へと侵入した。

 駐車場には明かりがない。

 建前上は無人の施設だから、外から見て不審に思われないように消してあるのだろう。


 2人は懐中電灯を消して、暗視スコープを頼りに進む。

 駐車されている車両は大型が2両。普通乗用車が12両。

 想定していたよりも車両の数は多い。


 タイヤロックをかけ、ついでに仁木が口紅をタイヤ表面へこすりつける。

 夕陽の家から回収した〈灼熱のルージュ〉。

 塗りつけられた口紅は高温を発し、自動車用タイヤくらいなら溶かしてしまう。


「これで最後だな」


 大型車両のタイヤをロックし、駆動輪に口紅を塗布し終わると、宇戸田は撤収の合図を出した。

 2人には〈ドール〉を見る術がない。

 バレないこと前提の潜入ミッションのため、仕事が終われば速やかに立ち去らなければならない。


「分かってる。

 ――ありゃなんだ。車庫か?」


 施設から駐車場側へ突出した部分。

 その建屋は外見からは倉庫のようにも駐車場のようにも見えた。

 変電所時代の物資搬入口だろうかと、2人は目配せすると、気配を消してその建屋へと接近した。


 建屋のシャッターへと音を立てぬように小型ドリルで小さな穴を開けて内部の様子を探る。


「明かりがついてら」


 宇戸田は穴を覗き込んで言う。

 仁木は小型カメラを取り出して宇戸田へと渡す。

 小さな穴にカメラが差し込まれると、仁木のスマートフォンに内部の映像が映った。


「人が居る。電話してるな。

 正面に攻撃を仕掛けられてるから、その連絡だろう」


「車両はあるか?」宇戸田が問う。


「ちょっと待ってくれ」


 仁木はカメラの向きを操作して室内を見渡した。

 慌ただしく動く人の姿。数は3名。

 そのうちの1人が、建屋内にあった大きな物体にかかっていたシートを剥がす。

 姿を現したのは軍用輸送車両だった。

 夕陽が何処からか調達してきたソ連製の払い下げ品とは違う。

 陸上自衛隊仕様の装輪装甲車だ。


「おいおい、どっから入手したんだあんなもん」


「まずいな。

 あのタイヤは熱した程度じゃ無力化できねえぞ。

 無力化できたとしても平気で走るような車だ」


「だがあれ放置してたらまずいぜ。

 こっちの武器じゃどうにも出来ねえ。正面の援護に回られたら対処できるのか?」


 仁木の問いに宇戸田は無言のまま首を横に振った。

 拳銃装備の武装したチンピラ集団であるブラックドワーフでは、装輪装甲車はどうにも出来ない。


「だが解決策はある」


「頼もしいな。流石はリーダー」


 期待する仁木に対して、宇戸田はこれしかないと思い浮かんだ策を発表した。


「まだ中に入り込まれてねえ今が好機だ。

 中の人間を無力化して、車両ごと奪っちまおう」


「なるほど。

 ――鍵はどうする?」


 仁木の至極まともな問いかけに、宇戸田は「分からんが、中にあるだろ」と適当に返した。


「相手は3人――と電話してた奴で4人だな。

 こっちは2人。先制攻撃で1人ずつなんとかすれば、残りは2人。

 2対2の状況を作ったら、そのまま1人ずつなんとかしてケリはつく」


「一番重要な部分が曖昧なんだが、まともに戦える〈ツール〉はあるんだろうな。

 言っておくが俺は拳銃しか持ってないぞ」


「敵は生身だ。

 拳銃だけありゃ足りる」


 生身とはいえ、防弾ベストを身につけ、拳銃もしくは短機関銃で武装した相手だ。

 そんな楽天的で大丈夫かと仁木は一瞬迷ったが、宇戸田はブラックドワーフ時代のリーダー。

 信用するに値する男だと、彼の判断に頷いた。


「分かった。左の奴をこっちでなんとかする」


「ああオレは右から潰す」


 宇戸田はベルトから下げていたナイフを引き抜く。

 そしてシャッターにもう1つ穴を開けて、先ほど駐車場に潜入するのに使ったドアノブを差し込む。


 5からカウントダウンを開始。

 0と同時に2人は扉と化したシャッターを蹴破って、車庫内に突入した。


「悪いが大人しくしてて貰うぜ」


 宇戸田はナイフを投擲。

 銀色の光が一閃し、ナイフは敵戦闘員の足に突き立つ。

 更にナイフは勝手に足から引き抜かれ、宇戸田の手元へと戻った。


 その間に仁木も左に居た戦闘員へ向けて発砲。

 防弾ベストに命中するが、容赦なく胴体に向けて連射。

 弾は貫通しなくても、火薬の力で加速された金属弾が叩きつけられるのだ。数発も胴体に当たれば、内側にもダメージがあるし、当たり所が悪ければ骨だって折れる。


 とにかく突入と同時に2人を無力化。

 しかし奥で電話をしていた戦闘員は異変を察知すると素早く装輪装甲車の裏に隠れてしまった。


「1人隠れた」


「先に向こうだ」


 残っていた戦闘員へと攻撃が集中される。

 ナイフが投擲され、銃弾が放たれた。


 だがそれらは突然軌道を変えた。

 ナイフと銃弾は敵の背後にあった装甲車側面に命中し金属音を立てる。ナイフは宇戸田の手元へと戻るが、再度投擲する前に戦闘員に逃げられる。


「あいつ、手に変な石の像を持ってた」仁木が告げる。


「〈ドール〉か?

 いや、〈ツール〉だな。矢避けの加護かなんかだろ」


「で、どうすんだ?」


 装甲車背後に隠れた敵から短機関銃の銃弾が飛んでくる。

 2人は咄嗟に外に出たが、薄いシャッターには次々に穴が開く。


「逃げるしかねえ」


「はあ!? 

 策はないのか!?」


 仁木は素っ頓狂な声を上げる。

 きっとこうなった場合の策も宇戸田は考えて居るだろうと予想していたからだ。


「逃げるのだって策だろ!」


「装甲車はどうするんだ!?

 放っておくわけにはいかないだろ?」


「どうにも出来ないんだから仕方ねえだろ!」


 走り出す宇戸田。

 その後に仁木も続く。取り残されては無駄死にするだけだ。


 背後からはシャッターを破壊する音。

 装甲車がシャッターを突き破り、そのライトによって逃げる2人の姿が照らされた。


「まずい!

 あっちだ!」


 ライトに照らされ、咄嗟に宇戸田は進路を変更。

 先ほど自分たちで無力化した車両群の元へ。


 迫りつつある装甲車からは短機関銃の攻撃が続くが、2人はなんとか車両の元まで逃げ切った。

 大型車両の陰に入り、仁木は拳銃の弾倉を取り替えながら悪態をつく。


「考え無しだったのかよ!」


「仕方ねえだろ、相手の反応が早かったんだ!」


「そんな理由で殺されてたまるか」


「だったらなんか策を考えろ!」


 宇戸田は敵が装甲車に乗り込んだ場合の策など考えてなかった。

 自分たちの先制攻撃が成功し、相手4人を無力化できると信じ切っていたのだ。

 しかし現実は非情だ。

 2人が装甲車に乗り込み、車庫に居る2人も殺してしまったわけではない。増援を呼ばれる可能性が高い。


 唯一明るいニュースは、装輪装甲車に機関銃も擲弾発射機も装備されていなかったことだ。

 もし機関銃が備え付けられていたら、2人は車両群まで逃げることすら出来なかっただろう。


「あれの弱点は?」


 宇戸田が問う。

 仁木は装甲車に関する知識を頭の奥から引っ張り出して答えた。


「あくまで輸送用の車両で戦闘向きじゃない。

 重機関銃に耐えられる装甲は持ってない」


「なるほど、重機関銃を用意すりゃ言い訳だ。

 何処に行けばある?」


「自衛隊基地か米軍基地にでもお邪魔して貸して貰うんだな」


 ふざけて仁木は答えた。

 そんなもの簡単に用意できれば苦労はない。


 だが、それに匹敵する。それどころか上回る武器を自分が所有しているのを思い出した。

 しかしそれは諸刃の剣だ。

 夕陽によって〈ツール〉化処理が為されたが、使用には危険がつきまとう。

 何しろ彼女は運用面に関して一切の考慮を行っていない。

 それでも、使うほかに装甲車をなんとかする術はなかった。


「おい、1つだけ策があった。

 あいつのエンジンは車両右前方だ。

 それをこれで撃ち抜く」


 仁木が取り出したのは、これまで使ってこなかった拳銃。

 夕陽によって〈シュレディンガーの調味料入れ〉の特性が付与された、危ないおもちゃだ。

 拳銃を差し出された宇戸田が首をかしげる。


「あるなら何故さっさと使わねえんだ」


「1人じゃ無理だ。

 まずお前がこれでエンジンへ向けて攻撃する。

 合わせて俺がこっちの拳銃で攻撃する。

 2つ合わさって初めて威力を発揮する」


 適当な嘘を並べ、宇戸田に拳銃を受け取らせた仁木。

 宇戸田は一瞬疑いの目線を向けたが、装甲車が直ぐそこまで迫ってきている。

 彼は覚悟を決めて「分かった」と頷いた。


 車両の陰に隠れていた2人に、装甲車のライトが照射される。

 場所がバレ、待避する2人。

 容赦なく短機関銃の攻撃が仕掛けられる最中、大型車両の下に潜り込み、一旦姿を消す。


 そして2人は闇の中で音によって合図を出し、仁木が攻撃開始の号砲を上げた。


「今だ! 撃て!」


 車両の下から姿を現す宇戸田。

 彼は装甲車のライトに補足されるより先に、その右側前方。エンジンのある位置へと照準を合わせて引き金をひいた。


 咄嗟に宇戸田から逃げる仁木。

 近くに居たら巻き込まれない。


 同時に攻撃を仕掛けるはずの彼が逃げ出したことに宇戸田は驚きを見せるが、そんなことを気にしていられるのは一瞬だった。


 拳銃が爆発。

 ――正確には、銃弾ではない何かが発射された。


 それは後方へとガスをまき散らす。

 咄嗟に身を反らせた宇戸田。

 ギリギリで正面からのガス噴射を回避したが、発射の衝撃によって地面を転がった。


 銃口から放たれた物体は装甲車右側前面装甲へ命中。

 着弾と同時に爆発し、メタルジェットを装甲内へと叩き込んだ。

 装輪装甲車の防御力は対戦車兵器の前には無力に等しい。

 エンジンを焼き尽くされ発火。防火能力こそ優秀で爆発炎上は免れたが、車両は身動きがとれなくなった。


「よし! 成功だ!

 車両は全部無力化した。今のうちに逃げるぞ!」


 地面を転がり傷だらけになった宇戸田の身体を起こす仁木。

 当然、彼は憤慨して仁木に殴りかかった。


「てめえ!

 何渡しやがった!」


 宇戸田の拳は振り下ろされない。

 対戦車ロケットを片手で撃った痛みが走り、それどころではなかったのだ。


「助かったんだから良いだろ。

 それに渡してきたのはユウヒちゃんだ。文句ならそっちに言ってくれ」


「使わせたのはお前だろうが!!

 対戦車ロケット!?

 そんなもん拳銃から撃ち出したら死ぬだろ!」


「無反動砲よりマシだっただろ。

 そんなことより敵の増援が来る前に逃げねえと」


 仁木は宇戸田が元気なのを確認すると、一目散にその場から逃走した。

 それを追いかけて宇戸田も走る。

 敵の新手が裏手駐車場に到着する頃には、2人は施設敷地を抜け出し、山中へと身を潜めていた。


 宇戸田は仁木が渡した拳銃について延々と苦情を垂れ流したが、仁木も仁木で「苦情ならユウヒちゃんへ」の一点張りでやり過ごし、彼らは飛鳥井達との合流を目指して山の中を歩き続けた。



 

読んでいただきありがとうございました。

「面白かった」「まあまあ良かったよ」と思っていただけたら幸いです。

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次回も読んでいただけたらなによりです。

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