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淵沢夕陽とは②

 社有車のプリウスが壊れているため、移動は仁木のランサーエボリューションを使った。

 事務所に届出されている淵沢夕陽の住所。

 車で10分程度の距離にある、築20年ほどのアパートへと向かった。


 木造2階建て。古さを感じる外観だった。

 本当にこんな場所に夕陽が住んでいたのかと守屋は疑うが、アパートの駐車場には見慣れた軽自動車が置かれている。


「水色のアルト。

 ナンバーもユウヒちゃんのと一致してる」


 仁木が確認して、窓から車内を見る。

 車内にはこれといって荷物はなかった。


「車で移動したのではないみたい。

 ブラックドワーフが淵沢さんに手を貸していたとなると、彼らが移動手段を提供したのかしら?」


 飛鳥井はボンネットに手を触れて、しばらくエンジンがかけられていないのを確かめる。

 昨晩、事務所からここまで車で移動して以降、使われてはいないだろう。


「部屋を確かめよう。

 部屋番号は?」


「202」


 守屋の問いに飛鳥井が答える。

 3人はアパートの2階に上がると、夕陽の部屋の扉を開ける。


「鍵がかかってない?」


 予想に反して簡単に開いた扉。

 守屋は疑問を覚えながらも中へと入る。


「先客がいたみたいだな」


 仁木が玄関に残っている靴の跡を見て言った。

 複数人が同時に訪ねてきている。

 十中八九スーパービジョン――笹崎の差し金であろう。


「となると、もうめぼしい手がかりはないかもな」


 守屋は言いながらも玄関を上がった。

 部屋は7畳ほどの1部屋。キッチンは別になっていて、あとはトイレと洗面台、風呂場。

 古くさくはあるが、一人暮らしするには十分な間取りだ。


「冷蔵庫の中身は水だけだな」


 仁木が冷蔵庫の扉を開けた。

 冷蔵のみの1ドア冷蔵庫に残されていたのはペットボトルの水だけだった。


「ベッドは昨日使った形跡がないわ。

 昨晩のうちには遠くへ出かけたみたいね」


 飛鳥井が室内を物色すると、守屋も室内に入り一通り内装を見て回る。


 小さな机。引き出しの中には真っ白なノートと筆記用具。

 クローゼットには衣服が数着。

 クローゼット下のカゴには下着が詰まっていた。


「D70だな」


 守屋がブラジャーを1つ拾い上げてタグを読み上げる。


「その情報は今必要なの?」


 飛鳥井が怪訝そうな目を向ける。

 守屋はブラジャーを元のカゴに戻すと頷いた。


「必要だ。

 あいつは以前自分でそう言った。

 嘘をついていないか確かめる必要がある」


「なら構いませんけどね。

 とにかく、この部屋に手がかりはなさそうね。それに〈ツール〉も」


 守屋は頷く。

 そしてもう一度部屋を見渡して、違和感を感じる。

 確かに手がかりはない。

 〈ツール〉が隠されている訳でもなさそうだ。

 だがそれ以前にそもそも、物が少なすぎる。


「生活感がない。

 本当にここに住んでいたのか?」


 守屋は部屋を出ると洗面台に向かう。

 洗面台には水垢が残っていた。少なくとも最近使った形跡はある。

 そのまま守屋は風呂場へ。

 シャワーヘッドを確認。そして排水溝の蓋を開け、顔を近づけて匂いを嗅いだ。


「一応聞くけど何してるの?」


「見ての通り匂いを嗅いでる。

 構造上、トラップに水がたまっていれば――つまり最近使われていれば、その先の匂いは上がってこない。

 だがここの排水溝からは微かに匂いがする。

 つまり、しばらくの間水を流されていない」


 説明に飛鳥井も頷き、排水溝に顔を近づけて匂いを嗅ぐ。

 守屋の言うとおり、ツンとした下水の匂いが僅かに感じられた。


「だとすると妙ね」


「そうだ。

 淵沢が風呂に入らない日があると思うか?」


 飛鳥井は即座に首を横に振った。


「あり得ないわ。

 いつも綺麗にしてたし、それどころか他人や汚れた物を触るのを嫌がる、潔癖症みたいなところがあった。

 お風呂に入らないなんて考えられない」


「つまり、あいつはここ以外のどこかに住んでいた」


 守屋は結論づけた。

 それに飛鳥井は反論する。


「でも事務所に届け出た住所はここよ?

 違うとなると、嘘をついていたってことになる」


「いいや。

 実際にこの住所はあいつが借り上げて、住める環境は整えてあった。

 あいつの言い分じゃあ嘘にはならないだろう。

 借りている住所を提出したが、そこに住んでいるとは言ってない」


 守屋はキッチンに戻り窓のカーテンを開ける。

 それから同じように部屋のカーテンも開けた。

 明かりが差し込むが、部屋には埃も舞わず綺麗にされていた。


「そうなると、問題は何処に住んでいたか、ね。

 役所なり土建屋なりから賃借情報取り寄せましょうか?」


 問いかけに守屋はかぶりを振る。


「その必要はないだろう。

 ここに住んでいると届け出た以上、ここを監視できる場所に住んでいたはずだ」


 守屋は窓の向こうを指さす。

 示されたアパートの向かい側には、大きなマンションが建っていた。


    ◇    ◇    ◇


 管理会社へ問い合わせたところ、夕陽はマンションの1室を買い上げていた。

 事情を適当に誤魔化して報告し、管理会社から鍵を受け取ると3人はエレベーターでマンションの7階へ。


「このマンション、買うとしたらいくらだ?」


 守屋が問うと、仁木が周辺の物件情報を見て答えた。


「2000万円台後半。

 駅からは遠いし部屋も狭い。

 だけど築浅で設備も十分。妥当な値段じゃないか?」


「うちの給料だけなら貯金なしにローンは組めないな。

 そういえば堤が乗ってたBMWあるだろ。あれは新車でいくらになる?」


 その問いには飛鳥井が答える。


「BMW M240iクーペ。

 ベースグレードで700円台。かなりオプションもつけてたから800から900万ってところかしら」


「どっちにしろ金が必要だな。

 淵沢は児童養護施設出身で、高校卒業して直ぐに栞探偵事務所へ入った。

 問題はどうやって金を稼いだかだ」


「何かしらの仕事をしてたのは間違いないわね」


「高校1年のときバイトをしていたとは聞いたが、それだけじゃあマンションも車も買えない」


 夕陽の金の出所についても疑問が浮上した。

 それも部屋を見れば分かるだろうと、3人は7階に到着したエレベーターから降りて夕陽の部屋へと向かう。


 扉はオートロック。

 室内の設備も新しく、食器洗浄乾燥機付きのビルドインキッチン、ウォッシュレット式トイレ。風呂場も全自動給湯器に浴室暖房乾燥機完備。

 部屋数はダイニングキッチンと居室が1つだが、十分な広さがあり、部屋には2畳ほどのウォークインクローゼットも供えられていた。


「こっちは先客なしね。

 それにしても良い部屋だわ。わたしも買おうかしら」


 飛鳥井は冗談めいて言って、早速部屋に入ると夕陽の机を物色する。


 その間に守屋は浴室を確認。

 排水溝には水がたまっている。浴室の乾燥機も自動運転していて、直近使用されたのは明らかだった。


「パソコンがあったわ」


 机を物色していた飛鳥井が声をかけると、守屋と仁木も部屋に入った。

 机の上にノートパソコンが置かれ、飛鳥井が電源ケーブルを接続。

 ローカルデータが見たいので、仁木が部屋の隅にあったルータの電源を引っこ抜く。

 それを確認してから飛鳥井はPCの電源を入れた。


「パスワードが必要ね。

 SSD取り出してデータ見た方が早いかしら」


「事務所のPCに残ってた文字列あっただろ。

 あれで入れないか?」


 守屋の言葉に飛鳥井も文字列の存在を思い出す。

 16文字のそれを入力してエンターキーを叩く。ログインに成功。夕陽の用意した”栞探偵事務所”アカウントに入れた。


「何が入っていることやら」


 仁木がウキウキとした表情でモニタを覗き込む。

 PCのデスクトップには”tools_survey_results”フォルダが置かれていた。


「ツール調査結果ね。見てみましょう」


 飛鳥井がマウスを操作してフォルダを開く。

 中にはワードファイルとエクセルファイルがあった。

 まずはワードファイルの方を開く。


「栞探偵事務所調査結果?

 何が書いてある?」


 守屋の指示に従い、飛鳥井は文書をスクロールさせた。

 最初の項目は、”守屋清美”について。


「守屋清美。

 栞探偵事務所所長。仕事をさぼり気味。何か裏がある。

 調査指示を受けたツールを回収せず帰る。

 調査も真面目にやっているとは思えない。手抜きが目立つ。

 何を考えて居るのか分からない」


「なんだと」


「書いてあるのよ」


 守屋はPCのモニタを検める。

 確かに飛鳥井の言うとおりに書いてあった。

 他にも学歴、経歴、出身地や年齢などの個人情報について。そしてここ2年間で行った調査のうちいくつかの内容について記されていた。


「何故こいつが2年前の調査について知っている――いや、過去の調査資料を渡していたな。

 次の項は?」


「あまり見たくないわ」


 飛鳥井は否定しながらも画面をスクロールさせた。

 次は飛鳥井の項目だった。

 彼女が読み上げないので、守屋と仁木はそれぞれ記された内容を確認する。


 飛鳥井瞳。

 警察学校卒業後、特別過程を経て公安警察へ。

 ツールに関わる違法実験調査のためアナリシスへ潜入したものの、実験装置を破壊し続けピックアップ送りに。

 探偵事務所に身を置きながら、ツールについて秘密裏に調査。


「聞いてないぞ」


 守屋が飛鳥井を睨む。

 だが飛鳥井はそんな非難など受け入れなかった。


「淵沢さんが書いた戯言だわ」


「あいつが嘘を書くとは思えない」


 守屋が言い切ると、仁木が口を開く。


「公安って、警察の諜報機関みたいなもんだろ?

 まさか〈管理局〉の情報を警察側に流してたのか?」


「何? 不満なの?

 少なくともあなたたち2人より、仕事はしっかりしていたわ」


 悪びれもせず飛鳥井は言い切って、自分の項目の表示を取り止めて次へ。

 最後は仁木についてだった。


「元ブラックドワーフ所属。

 任務中の失敗により守屋に捕まる。

 その後ブラックドワーフを脱退し栞探偵事務所へ。

 ――初めて聞いたわよ」


 じとっとした視線を向けられて、仁木はとぼけて視線を逸らす。


「言う必要が無かったからな。

 それに俺は〈管理局〉の情報を外に漏らしたりはしなかった」


「怪しい物だわ」


 飛鳥井は言い捨て、ワードファイルを閉じると続いてエクセルを開く。

 管理番号が振られた何かの一覧。

 管理番号は4桁で1から2400まで。

 名称は地名と3桁の数字。それぞれに特性や発見日、発見場所、その後の扱いについて書かれている。


「〈ツール〉のリストだな」


「2400って、とんでもない数ね」


 それは夕陽がこれまでに発見した〈ツール〉のリストに間違いなかった。

 発見場所は博物館や美術館などが多い。

 夕陽はこれまで博物館巡りをして〈ツール〉を見つけ出して来たのだろう。


「その後の扱いのところ、BDへ売却って書かれてる。

 こっちはGTCだな」


「あいつの収入源はこれか。

 BDはブラックドワーフ。GTCはそのままGTCだな」


「この栞探偵事務所へってのは?」


 仁木がその後の扱いに記された内容について問う。

 その項目について詳細を確認した。


「1380、品川081、水に対する浮力を与える。発見は4年前、発見場所は品川の物流博物館。船の模型から」


 守屋が内容を読み上げた。

 4年前。夕陽はまだ中学3年生だったはずだ。

 その時には彼女は既に〈ツール〉について把握していて、博物館から〈ツール〉を回収していた。


「この〈ツール〉覚えがあるわ。

 何時だったかの調査で、水に浮く鉄瓶を回収したはず」


「つまり、淵沢が見つけた〈ツール〉をうちの管轄に配置したってことか?」


 守屋は飛鳥井からマウスを借りてエクセルの表を操作。

 その後の扱いについて、栞探偵事務所へと書かれた項目を抽出。

 総数は200にも及んだ。


「配置された日も書いてある。回収された日も。

 調査記録ある?」


 飛鳥井の問いに守屋は過去の調査資料を取り出した。

 日付と照らし合わせて、いくつかの〈ツール〉特性を確認していく。

 確かに夕陽が配置した〈ツール〉と、栞探偵事務所が回収した〈ツール〉の特徴は一致していた。


「おいおい。つまりユウヒちゃんは〈ツール〉を回収して、その〈ツール〉を俺たちに回収させてたってことか?

 何のためにそんなことするんだ?」


 仁木が問う。

 その問いには守屋がなんとなくだが意見を出す。


「世に出た〈ツール〉がどうなるのか経過を見たかったんだろ。

 そして栞探偵事務所によって回収されると分かった。

 だから探偵事務所の人間について調べた。

 更に、大量に〈ツール〉が現れれば回収するための人手が必要になる。

 あいつは絶好のタイミングで栞探偵事務所の採用面接を受けた」


「偶然じゃなかったってことか?

 いやでも待てよ。博物館から物がなくなれば気がつくだろ。

 さっきの物流博物館の船の模型だって――ありゃ、回収されたときは鉄瓶だったのか?」


 飛鳥井が頷く。

 夕陽は船の模型の〈ツール〉を発見している。

 だが飛鳥井が見つけたのは、同じ〈ツール〉の特性を持つ鉄瓶だ。

 そして仁木の言うとおり、博物館から物がなくなれば誰かが気がつく。


「それ以外にも淵沢さんが置いたとすれば妙な物があるわ。

 ホーロー看板なんて数十年前からこの場所に存在していたはずよ。

 他にも以前から固定されていた物が複数存在している」


 飛鳥井の意見に対して守屋は頷く。

 それからある仮定を口にした。


「これは仮説だが、淵沢は〈ツール〉の特性だけを取り出し、別の物体に移せたのではないか?

 そう考えると昨日の〈葛原精機の牝鹿像〉の話も理屈が通る」


「でもあの子は〈ツール〉の――そうか。

 『ツールがどうして産まれるのか知らない』としか言ってない。

 〈ツール〉がどうやって産まれるのか分からなくても、既にある〈ツール〉を別の物に移すことは出来た」


「あくまで仮説だ。

 明確な証拠があればいいが――。

 夕陽がこの部屋で飯を食べると思うか?」


 守屋の目線は机の奥に置かれた調味料入れに向いていた。

 パステルカラーの水色とピンクの蓋をした調味料入れ。それぞれに”醤油”と”ソース”のシールが貼られている。


「絶対食べない。

 ダイニングキッチンに食事用の机があったわ。

 あの子はその辺りの切り分けはするはず。ベッドのある部屋に食べ物を持ち込むなんて考えられない」


「そうだな」


 守屋は調味料入れを手に取った。

 その内1つ。ソースの方を仁木へ渡して、中身を確かめるように言う。

 渡された仁木は首をかしげながらもその中身を1滴、指先に垂らして口に入れた。


「おいおい、こりゃ醤油だぜ」


「だろうな。調味料入れの下にメモがあった」


 守屋は折りたたまれたメモ帳を開き文面を確かめると仁木へと渡す。

 彼は受け取ると内容を読み上げた。


「――仁木さんへ。シュレディンガーの調味料入れお返しします。淵沢夕陽。

 まさかこれって――」


 どちらの調味料入れも事務所にあったものとは全くの別物。夕陽によって用意されたものだ。

 だがそれが〈シュレディンガーの調味料入れ〉の特性。使用者の望まない中身が出るという効果を持っている。

 それが何よりの証拠だった。


「淵沢には〈ツール〉の特性だけを取り出し、別の物へ移す能力があった。

 そう考えれば〈契約の指輪〉が外されたのにも理由がつく。

 特性を奪ってしまえばただの指輪だ。


 それに拳銃についてもだ。

 簡易保管庫で拳銃を預けたとき、あいつはモデルガンと銃を指さしていた。

 右手の人差し指を向けるあの動きが、〈ツール〉の特性を移動させる合図だったのだろう。

 移されたのが〈シュレディンガーの調味料入れ〉の特性だとすれば妙な現象にも説明がつく。

 工場跡地で淵沢を撃ったとき、自分はあいつを殺したくないと思った。

 だから銃弾が出てあいつは死んだ。


 だが倉庫で堤が淵沢を撃ったとき、堤は淵沢を殺したかったはずだ。

 だから不発――正確にはBB弾が出ていたはずだ。

 その直後、淵沢は銃を拾うタイミングで〈シュレディンガーの調味料入れ〉の特性を取り出した。これで何もかも元通りだ」


 守屋の仮説に飛鳥井と仁木も頷いた。


「確かに。わたしも妙な気はしてた。

 〈葛原精機の牝鹿像〉を回収するとき、倉庫で銃撃戦になったでしょ。

 あの時、淵沢さんは囮になって倉庫内へ飛び込んだ。

 何発か撃たれたけど1発も当たらなかった。


 あの時はただ運が良かっただけだと思ってた。でも確かに違和感があった。

 銃撃戦の後、銃弾を回収したでしょ。

 あの子が集めて来た銃弾は全部、綺麗なままだった。

 あの子に向けて撃たれた2発の銃弾はそれぞれ倉庫の壁と、鉄骨の柱に当たっているはずだった。


 ――それにわたしが投げた催涙弾は牝鹿像に向けて自由落下していた。

 牝鹿像が接近する物体の運動エネルギーを減衰させるなら、ゆっくりと落下したはず」


「牝鹿像の能力を、自分の身につけた物に移したんだろうな」


 守屋が告げると飛鳥井も頷く。

 確かに突入の直前、夕陽がモデルガンの銃口を牝鹿像に向けるという謎の行動をしていたと付け加えた。


「そうなると、吹き矢の件も偶然じゃなくてユウヒちゃんが特性を奪ったわけだ」


「紙のストローだから断言できないが、可能性は高いだろう」


 夕陽に〈ツール〉の特性のみを移動させる能力があるとすれば、これまでの不審な行動も、起こりえない現象も説明がつく。

 事務所から支給した名刺入れを〈ツール〉とするのも、名刺を〈ツール〉にするのも、〈ツール〉移動能力があればなんと言うことはない。

 

 名刺に〈ツール〉能力を保存しておけば持ち運びに便利だし、紙面に記された情報からどの名刺が何の〈ツール〉なのか把握出来る。

 名刺入れに〈ツール〉を無効化する特性をつけておけば、中で〈ツール〉効果が発動することもない。


「となるとユウヒちゃんは手に入れた〈ツール〉を軒並み持ち出してるかもな」


 仁木が言う。

 大量の〈ツール〉でも夕陽には関係ない。

 持ち運びに便利な小さな物に特性だけ移してしまえば、わざわざかさばる状態で運ぶ必要もない。


「しばらく家を離れるとなれば有用な〈ツール〉は持ち出しただろう。

 しかし資料を見る限り、淵沢の個人所有のままになっている〈ツール〉は100以上ある。

 いくつかは室内に残ってるかも知れないな」


「そうね」


 飛鳥井が目についた化粧台の元に赴き、引き出しを開けて軽く中身を見る。


「ユウヒちゃん、化粧なんてしてたか?」


「今時高校生だってするわよ。

 ――この色のリップはあの子らしくないわね」


 飛鳥井は口紅を1本取り出した。

 濃い赤色のリップ。夕陽はいつも唇本来の色に近い目立たないリップをしていたはずだ。

 飛鳥井は手帳のいらないページを切り取ると、そこへと口紅で線を描く。


「何もない――わけないわね」


 しばらくしてから口紅で描かれた線から紙が燃え始めた。

 瞬く間に火は紙を呑み込み、灰となって床に落ちる。


「これ以外にもありそうね。

 探します?」


 守屋はかぶりを振る。


「捜索は後で良いだろう。

 残していくようなものだから価値は高くないはずだ。

 それよりも、話を聞いておきたい相手が居る」


 仁木と飛鳥井は首をかしげる。

 守屋はPCと調味料入れ、口紅だけ回収するように言って、次の目的地を告げる。


「ヤマフジ園へ向かおう。

 淵沢夕陽が発見されてから8年間過ごした場所だ」


    ◇    ◇    ◇


ツール発見報告書

管理番号:KK0305

名称:灼熱のリップ

発見者:飛鳥井瞳

影響:A

保管:C

特性:塗布された箇所が発熱する

読んでいただきありがとうございました。

「面白かった」「まあまあ良かったよ」と思っていただけたら幸いです。

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次回も読んでいただけたらなによりです。

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