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追加調査

 仁木(にき)から守屋(もりや)へと〈ツール〉発見の報告がなされ、2人は夕方までの自由時間を与えられた。

 車に乗り込み、行き先について相談する。


「しかし調査と言っても、何処から始めるんだ?

 俵原(たわら)商会の本社が横浜にあるらしいが行ってみるか?」


 仁木の提案に夕陽はかぶりを振る。


「いいえ。俵原商会は〈管理局〉が調べているでしょうから、今更私たちが行っても新しい発見はないと思います。

 この住所、行けますか?」


 夕陽が示したスマートフォンの画面には、神奈川県内の住所が記されていた。


「平塚か? 30分くらいで行けるが、何処なんだこれ?」


「地図アプリで確認したら更地でした」


 住所を検索した結果を示されると、仁木は頷く。


「ああ。ここだったら倉庫だろうな。

 圏央道が繋がって新東名も開通間近ってことで、平塚だの伊勢原だのに大型小型問わず倉庫が建ちまくってるんだ」


「なるほど。

 倉庫ですか。だったら当たりかも知れないですね」


 夕陽の示した情報を元に移動開始する。

 それから仁木は住所について尋ねる。


「ちなみにその住所はどうやって入手したんだ?」


 夕陽は落ち着いた様子で、順を追って説明した。

 

「展示会で俵原商会が扱っていたのは時計やカメラなどでした。

 そう言った精密機器には製造番号が刻印されています。

 写真撮影を禁止されていたので、いくつか頑張って記憶しておきました。


 それで神奈川県内の修理店へ連絡を取って、それらの修理履歴がないか調べたんです。

 そしたら最近修理されたカメラの記録があって、展示会開催の前日まで必達で、その住所へと届けて欲しいという依頼内容でした。


 最近出来たばかりの倉庫でしょうし、俵原商会の所有する土地でもないです。

 となると、調べに行ってみる価値はあるかな、と思った次第です」


「なるほど。

 そりゃあ、調査の必要がありそうだ」


 経緯を説明されると、仁木にもその住所が怪しいと感じるようになった。

 仁木は一応向かう先を守屋と飛鳥井へと伝えておくように言う。

 夕陽は指示に従い、栞探偵事務所のメーリングリスト宛てに、行き先の住所と調査理由を送信した。


「にしても、何処で調査方法を学んだんだ?」


「独学です。

 私は自分が何者なのか知りたいんです。そのために必要な知識は頑張って身につけました」


「立派なことだね。見習いたいよ」


「簡単ですよ。きっと仁木さんにも出来ます」


 仁木は考えておくよと保留の態度を示す。

 それから仁木は経費で落とせなくても有料道路を走りたいと、圏央道に入って平塚方面へと車を走らせた。

 自動車専用道を一定速度で走るようになると、夕陽が話し始める。


「結局“水牛の像”ってなんなんでしょう」


「精霊だとか人形だとかいろいろ言ってたが、本当のところは分からず仕舞いだな。

 〈管理局〉の連中が何処まで掴んでいるのかもこっちまで降りてこないし」


「ですよね。

 でもGTCが持っていたのは間違いないですよね。

 鴻巣(こうのす)さんっていう、GTCの方が居たわけですから」


「そうだな。その点は間違いない」


 事実を確認し、それから夕陽はGTCについて問う。


「GTCは何が目的なんでしょう。

 やっぱりお金なんでしょうか?」


「まあそれもあると思うが、〈ツール〉を使って小遣い稼ぎするのはブラックドワーフの方だな。

 どっちかというとGTCは金儲けより、強力な〈ツール〉を収集する傾向がある。

 使用用途は全くもって不明だがな」


「でもそれだと“水牛の像”は強力な〈ツール〉じゃないってことになりません?

 それとも対価が支払われるのなら手放しても良いと思っているのでしょうか」


「そう言われると……どうだろうな。

 説明を聞いた限りじゃ〈ツール〉の詳細な特性まで分からなかったし。

 というか、今考えるとアレだな。GTCも精霊とやらが何をしてくれるのか、分かってなかったんじゃないか?」


 仁木のその何気ない思いつきに、夕陽は大きな瞳を更に大きく見開いた。


「もしかして、GTCがわざわざ人の集まる展示会に“水牛の像”を持ち込んだのはそれが理由なのでは?

 そう考えれば、〈管理局〉へ情報を漏らした理由も浮かんできます」


「どういうことだ?」


 仁木が問うと、夕陽は仮説をつなぎ合わせながら答える。


「あくまで仮説です。

 GTCは“水牛の像”を手に入れた。それは触れると精霊と呼ぶ何かが見える物体だった。

 でもGTCには使い方が分からなかった。

 だとすれば、まず彼らはそれを明らかにしたいはずです。

 知っている可能性があるとすれば〈管理局〉。

 だから展示会にわざと見つかるように持ち込んで、〈管理局〉がそれに対してどう反応を示すのか確かめた。

 結果は知っての通りです」


 仁木もそこまで聞くと頷く。


「〈管理局〉は〈ピックアップ〉だけではなく、〈ストレージ〉や〈情報統制局〉。警察権にまで介入して、血眼で“水牛の像”を探し始めた」


「そういうことです。

 この動きを見れば、”水牛の像”は〈管理局〉にとって非常に重要な存在であると分かります。

 となれば、GTCは〈管理局〉側へと交渉するでしょう。

 商材は“水牛の像”。対価はその情報です」


 その意見に対して仁木は首をかしげる。


「いやいや。

 GTCとしては”水牛の像”は手放したくないだろうし、その情報が下っ端〈ピックアップ〉にすら渡せないような代物なら〈管理局〉だって絶対情報は渡さないだろ」


「そうですね。

 〈管理局〉にとって重要なら、GTCも手元に置きたくなるでしょう。

 〈管理局〉も身内にすら箝口令を敷くような情報を、敵対組織に渡したりしないでしょう。

 でも〈管理局〉はリスクを冒してでも”水牛の像”を入手したい。

 だとしたらそこから先は騙し合いです。


 〈管理局〉は偽情報を餌に“水牛の像”を。

 GTCは水牛の像を餌に情報を。

 駆け引きがどう転ぶのかも分かりませんし、そもそも武力闘争に発展するかも。

 GTCは場合によっては〈管理局〉側へと攻撃を仕掛けるんですよね?


 争っているうちに、両方とも私たちが手に入れられると良いですね」


 夕陽が微笑むと、仁木も「そうだな」と頷いて見せる。

 車は平塚で下道に降りて、例の住所の近く。倉庫の建設業者需要向けであろう牛丼チェーンの駐車場に停める。


「本当に倉庫の建設ラッシュみたいですね」


 大通り沿いにはいくつも大型倉庫が並び、今も新しい倉庫が建設されている。

 物流再構築の最前線。業者の行き交いも激しく、建築資材を運び込む大型トラックの往来も多い。


「へえ。凄いとは効いていたが、前に来たときはここまでじゃなかったんだがな」


「それってブラックドワーフに居た頃の話です?」


「いや、それとは別件。普通に平塚に用事があって――」


 返答した仁木だが、夕陽の発言内容にはっと気がついて言葉を句切る。

 それから細めた目で夕陽のニコニコ顔を見つめた。


「俺がブラックドワーフに居た話、したことあったか?」


「直接はないですね。

 でも仁木さんは隠し事が下手すぎます。

 守屋さんや飛鳥井さんと違って、バレバレです」


 きっぱりとそう言い切られて、仁木は自分の発言の何処に過去を明らかにしてしまう内容があったのかと思案を巡らす。

 だがどうせいつかバレただろうと思考を中断した。


「まあ、いろいろあったんだ。

 ヘマしてキヨに捕まってな。それ以来、栞探偵事務所の下っ端――今となっちゃ後輩も出来たけどな」


「頼りにしてますよ、先輩。

 それで、このことって飛鳥井さんには黙っておいた方が良いんですか?」


「そうだな。

 別に伝える必要もないし」


「分かりました。じゃあ秘密にしておきますね。

 それで、ブラックドワーフはこの辺りに倉庫を持っていたりしないんですね」


「ああ。別の場所だ」


「何処です?」


 夕陽の問いかけに、仁木は口をつぐんだ。

 どうしたのかと夕陽が首をかしげると、仁木はかぶりを振って答える。


「悪い。

 ブラックドワーフについての情報は出さないと決めたんだ。

 自分勝手な話なんだが、昔の仲間を売るわけにはいかねえ」


 その回答にも夕陽は笑って見せた。


「それで良いと思いますよ。

 今はブラックドワーフの倉庫は関係なさそうですし。

 それに、私が真面目に調べ始めれば倉庫の場所特定するのに半日かかりませんし」


 冗談めいて笑う夕陽だが、これまで直感と観察力で様々なことを明らかにしてきた彼女が言うと、本当にブラックドワーフの倉庫くらい半日で見つけ出してしまいそうな妙な説得力があった。

 仁木も冗談めいて「見つけないでやってくれ」と笑って、それから2人、例の住所を見渡せそうな場所を探して歩き始めた。


 天気は曇り。今にも降り出しそうな雨雲が近づきつつあった。

 こっそり倉庫を観察するには良い天気だ。


 大通りから小さな通りに入った場所に件の倉庫はあった。

 その通りの向かい側。何かの建築準備か、資材が積まれた空き地があった。

 無人だったので、資材の裏に隠れながら倉庫の方を双眼鏡で観察する。


「普通の倉庫に見えるな」


「ですね。古物商にしてはちょっと無骨な気はします。

 大型物流倉庫と比べると物置みたいに見えますね」


 大型トラックの搬入口が2つ。

 2階建てで、青色に塗装された飾り気のない倉庫だった。

 民間の倉庫を借り上げているらしい。倉庫には倉庫業者の商号だけが記載されている。

 

 隣には建設途中の大型物流倉庫。既に4階部分まで完成していて、工事の明かりが絶え間なく瞬いていた。

 裏手には工場。だが操業していないらしく、人の気配はない。


「あー、当たりっぽいですね」


「どうして分かる?」


 仁木の問いに、夕陽は双眼鏡を手渡して告げる。


「2階のバルコニーみたいになっているところ。喫煙所になってますよね。

 そこに立ってる人に見覚えないですか?」


「あそこか。

 こいつか? 見たこと――そういえば展示会で店番してた奴に似てるな」


 仁木も気がつく。

 あの日展示会で見た男がそこに居た。

 彼は俵原商会の人間ではなく、GTC側の派遣した人材だった。だとすれば彼がいるこの場所は――


「当たったら当たったで、どうするべきか考えておくべきでしたね。

 とりあえず報告しましょうか」


「そうだな」


 仁木は事務所へと電話をかける。

 直ぐに守屋が出たので要件を告げた。


「ああキヨ。

 行き先はさっきユウヒちゃんから知らせたと思うが、その倉庫がどうも当たりっぽい。

 展示会で俵原商会の店番をしてた男の姿を確認した」


『確かか?』


「ユウヒちゃんの確認済みだ」


『それはそれで信頼できない。

 とにかく焦って行動を起こすな。

 まだバレてないな?』


「ああ。上手いこと隠れてる」


『ならそのまま待機だ。

 こっちの用事も終わったから直ぐ合流する。オーナーにも対応について相談する』


「了解。

 一旦下がって待機するよ」


 仁木が通話を終了して、そういうことだからと夕陽へと目配せする。

 夕陽も守屋の指示に理解を示し、一旦車に戻ることを了承する。


「おい。そこで何をしている」


 突然声が向けられた。

 作業服を着た男。

 彼は空き地に入ってくると、明らかに怪しい様子の仁木と夕陽を怪訝そうに睨む。


「あら? ここの工事の人でしたか?

 ごめんなさい。自分たちが借り上げてる倉庫の様子を遠くから確認したくて、勝手に入ってしまいました」


 夕陽は平静を装って対応する。

 だがその男は発言に対して眉をつり上げた。


「お前があの倉庫を借りているだと?

 バカを言うな。あそこを借りているのはうちの会社だ」


 仁木は「これはまずいことになった」と、提げていたカバンから特殊警棒を抜くか、素直に白状してこの場を立ち去るか悩む。

 されど夕陽の方は全く平然としたまま返す。


「それは嘘ですね。

 あなたの会社って何処の会社です?

 いつからスーパービジョンが法人格を有するようになったんです?」


 問いかけに対して一瞬の間。

 次の瞬間には、男が腰から提げていた工具入れから特殊警棒を抜いていた。


「させるか!」


 仁木が体当たりして男の行動を阻害。

 軽く振り下ろされた特殊警棒の一撃に耐え、体格差を使って強引に男をその場に組み伏せる。

 夕陽は素早くカバンから手錠を取り出して、男を後ろ手に拘束した。


「貴様ら――」


「悪い。こっちも仕事なんだ」


 仁木は男の口にテープを巻き付けしゃべれなくして、資材の裏へと彼の身体を隠す。

 両足を養生テープでぐるぐる巻きにして、手錠と資材をロープで結びつける。

 しかしそんな彼の工具入れから、小さな端末が転がり落ちた。

 リモコンのようなそれは赤いLEDを点滅させている。


「あら。発信器ですね。

 こっちの存在バレましたよ」


「いや、でもこいつスーパービジョンなんだろ?」


「そうなんですよ。適当に鎌かけたら当たっちゃったんですよね。

 なんでここに居るのか正直よく分かってないですけど。

 でも発信器を持っているからには近くに仲間が居るはずです。目的は“水牛の像”回収でしょうね。GTCとは商売敵ですから。


 スーパービジョンはGTCに自分たちの存在がバレたと思っています。直ぐに行動を開始するでしょう。

 守屋さん達の合流を待ってる余裕がなくなりました。

 急ぐ理由が出来ましたね」


 夕陽は次の行動を促す。

 仁木は迷う素振りを見せたが、夕陽がやる気なのを見て頷いて返した。


「そうだな。

 ここで”水牛の像”を回収できなかったら真相は闇の中だ。

 危険だが、倉庫へ潜入しよう」


「ええ! 行きましょう!」


 夕陽は笑顔で応じて、仁木と共にGTCの倉庫へと向かう。

 周囲へと注意を向けながら自分の持ち物を確認。

 準備万端とは言いがたい。それでもどんな事態になってもいいように準備は進めてきた。


 自分の知りたいことを教えてくれる人は来てくれるだろうか?

 不安はあったが夕陽はいつもより上機嫌で、カバンの中に入れていた私物のスマートフォンを操作する。

 作戦開始。

 どう転ぶかは、相手の出方次第だ。

 

読んでいただきありがとうございました。

「面白かった」「まあまあ良かったよ」と思っていただけたら幸いです。

もしよろしければ『ブクマ』や『評価』お願いします。執筆活動継続の励みになります。

次回も読んでいただけたらなによりです。

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