♯5:ウィンチェスター王国【茨の城の守護神器】
※アルバート視点です。
僕はとある文献を見たことがある。
化学と魔力を超越したこの世界全土の戦争には物理的な銃、刀剣、大砲、戦闘車、戦闘機、核兵器……一切使わず――
というのにも理由がある。それは、この世に「鉄」というものが「全く存在していない」らしい。
兵器を造り出す素材どころか鉄の「元素」そのものがないのである。
即ち、一国の将軍として軍を率いて戦う方法は……己自身。
そしてもう一つは……。
「そろそろ城の麓辺りか、要塞の中へと繋がる道」
しかし内部に入れたといえどもどこもかしこもダイヤに囲まれている状況は変わらない。足場だけでもハイドロゲンの保護膜を張って基盤を守るようにしながら進む。
「周囲の水分に左右されるこの錬成術、過度なハイドロゲンは使いこなせない。狭い道の中での大規模な水素爆発は身を滅ぼす。最小限に抑えながらも進む必要が…………なんだ?」
アルバートがある異変に気づく。要塞城が激しい音を立てて変化し始めたからだ。
「さあ……一国の将軍として、ここからが腕の見せ所ですね。世界一の要塞防硬壁を、貴方に突破出来るでしょうか? この『金剛深淵茨森』を」
ディアマンテカステッロが錬成術で強化され鮮麗さも増したそれは正しく、世界一硬くて美しいダイヤの茨の城と化し、防壁を誇るように煌々と見せつけた。
これが錬成術の真骨頂−−要塞城を兵器と化して敵を迎撃する。選ばれた将軍のみが扱える力と最大限の資源を利用して戦うしか方法がないのである。
「世界で最も美しく、一番硬い鉱石であるこの茨の森を突っ切るおつもりですか? 無謀なことを……いいでしょう、私流に迎えましょうか『薔薇金剛鉄条網』!」
「トゲの道……茨の城。この俺を相手に隔てるつもりか、鬱陶しい……!」
アルバートは正面突破で突っ込んでいくとダイヤの茨がトンネルのように覆い囲むように襲ってきた。アルバートは茨の軌道を読んで当たらない経路で本殿へ向かっていく。
「錬成格闘術『屍喪月』!!」
両腕に水の波動を纏わせ渦を作った上で両腕を勢いよく突き出すと飛沫が発生し、飛散することでダイヤの炭素を水素に変えて量を増やし、水不足を補う為に蓄積させていく。
「『水素暁月弾』!!」
蓄積していったわずかな水分で小規模の水素爆弾状にしてダイヤを熱風で溶かし、壊していく寸法を取りながら先へと疾走する。
「このまま中腹までは突っ切るだろう。そして、あの場所に――」
「……水の元素を扱えるのが厄介なものですね。よりにもよって、あの男にそんな魔能力があるなんて信じがたくなんとも末恐ろしい……しかし、その力がどこまで及ぶのでしょうね。こんな試練なんて貴方にとっては戯れも同然でしょう。ただ、この奥の間で待ち構えるものが何であるかも知らず……」
「ここか……」
アルバートが『金剛深淵茨森』を潜り抜けて辿り着いた先はおよそ中枢部分に当たる地下大広間である。勿論ここもダイヤが占める場所であり、油断も暇も与えない空間であることには変わりない。
『ここまで来たことには称賛を与えましょう』
「随分と中まで迎え入れてくれたようだが、こうも容易く侵入させてもらえるとは、果たして貴様はその程度の男なか?」
『貴方の安い挑発などには乗っかるなんてもってのほかですがシビル殿を預かっている身としては全力で貴方の侵略を阻止しましょう。私の錬成術をもってして――』
レイノズルが耳に飾っているイヤリングに力を込めると地下大広間に凄まじい轟音が響き渡る。
『ダイヤはこのように透明で美しく穢れのない純粋な結晶で構築されています。けど、貴方はご存じですか? このダイヤがある特殊な原石であるもう一つの理由を……』
「気にも留めない。貴様を倒すこと以外は」
『そんな貴方には愚問でしたか……では洗礼を受けてもらいましょう。私と美しき要塞城、ディアマンテカステッロの魔化錬成術を……!』
「……!?」
レイノズルが仕掛けてきたことに構えるアルバートにダイヤが音を立てて変形していくのが目に見え、繰り出してくるのは勿論ダイヤであるが先ほどとは明らかに違うものだと直感的に気づく。
『……御覧の通り、ダイヤには様々な色が存在する。そしてこのこの国はそれらの原石が場所や環境によってより多く発掘出来るのです。これが特殊な原石であるが所以です。それを魔化錬成術で組み合わせると――』
「これは……神器か?」
地下大広間に十二の色のついたダイヤモンドが形作られた十二種類の神器がアルバートの前に立ちはだかる。
「ご名答。これがディアマンテカステッロの最深部で真骨頂でもある『金剛守護神器』です」
「ふわぁあぁ、あわはわほわぁああぁ、またとんでもないものを……!」
横で見ていてハラハラどころか失神してしまいそうなほどの展開劇。将軍の魔能力は人それぞれ形はあるが何しろ強大な力を秘めていることがこれを以てして分かる。要塞城分の錬成術を一気に放出するということは並大抵の魔能力と化学力が必要になる。そんな中でいとも簡単に扱えるのは考えられないからだ。
『これは私なりの錬成格闘術になるでしょう。何分私は直接的に野蛮なことをするのは性に合わない質でして、なのでこの場合は要塞城を使用した遠隔操作系統になるでしょう。それを踏まえた上で各十二神金剛神器の制裁を受けなさい……!』
「上等、跡形もなく全部打ち砕く!!」
この戦いも佳境を迎えている戦況にアルバートも渾身の力を奮って十二の金剛神器に立ち向かっていく。
「錬成格闘術『神殿処女神大黒柱』!!」
「『死輪蘇』!!」
水の波動を両足に纏わせ、勢いに任せて回転蹴りを繰り出す。
『おや、私の神器に何一つダメージがありませんけど、先ほどの勢いが失速したんでしょうか?』
「……!?」
確かに蹴りは入った。アルバートの錬成術の勢いであれば割れるはずが黒ダイヤの大柱は割れるどころかヒビ一つすら入っていなかった。
「強度性が更に高いルースか……!!」
襲い掛かる黒の大柱が四方八方に勢いよく突き出して網状に攻撃を仕掛けてくる。それをアルバートは持ち前の俊足と跳躍でアクロバットに器用にダイヤの大柱を交わしながら錬成術で炭素を水素に変えて更に強化すると共に『死輪蘇』の波乗り回転蹴りや『屍喪月』の両拳突きで飛沫を上げて受け止めながら防御の一方性になる。
『黒のダイヤはまさに希少。ネアカルチェレにも使用されている黒のダイヤは強度性を高めてくれる。この大黒柱をどこまで交わし受け続けるかが見物ですね。加えて錬成格闘術『海王蒼三叉棍!!』
大柱から三叉に分かれた蒼く澄んだブルーダイヤモンドが槍の切先と化して枝が生えるように出現し、反射的に寸でで避けたが軍服の腕部分と足部分が引き裂かれ流血した。
「っ……!」
『更に追撃で串刺しにして差し上げましょう』
「『妖血満月暴爆!!』」
アルバートのハイドロゲンが突然赤い水に変貌し、赤い月の如く現れると同時に飛沫を出して弾け飛ぶ。
『水素爆発の応用ですか……果たしてこの神器に効くのでしょうか……?』
赤の水素爆発に触れた直後、黒のダイヤが触れたところから徐々に腐食し始めたのである。
『そんな、黒ダイヤが……!?』
「貴様はこの赤の意味を分かっていないようだな」
『まさか……自身の血……っ!? 先ほどの流血を含ませて要素でダイヤを……!?』
「ちょこまかと交わし、守り続けるのはキリがない上に俺の性に合わん!!」
次に思いっきり踏ん切りをつけて跳躍し捻りながら体制を変えると同時にアルバートの周囲にハイドロゲンを一点集中で集め錬成術で凝縮させ始めた。
「錬成格闘術『棺亡月』!!」
最大限に凝縮し溜めて放ったハイドロゲンが周囲に大いに弾け飛ぶ。
『これは……!?』
放たれた水が周囲のダイヤの中へと侵入し、ダイヤに異変が起きる。
「これは、いけない……! ハイドロゲンの浸食が思った以上に……このままではこの要塞城が……!」
ハイドロゲンがダイヤ内部に侵入したことにより、炭素から水素への変則反応が起き、液体に変えていっている。異常な浸食速度にレイノズル将軍が若干の焦燥に駆られ、最終手段に移行する。
『もういいでしょう、追い込みはここまで。ここで息の根を止めてみせます!』
アルバートの目の前が突然ぐにゃりと空間が歪み見えたのである。
「っなんだ、これは……!?」
歪んだ空間に惑わされ思わず頭を抱え込み、足が止まってしまう。
『ダイヤは時に人を惑わす魔石は幾度の悲劇を生み、争いの火種にもなる。その全てを統べる私は、この世をも統べる将軍になるのです! 錬成格闘術『流浪旅神黄昏』!!』
「くっ、ぐぅ……!!」
ダイヤモンドが織りなす幻覚に見せられ、取り囲まれている為に不覚にも囚われてしまったアルバートは身動きが取れない状態に陥る。
『終わりなさい!』
「ぐ、はぁぐぅ……っ!!」
『流浪旅神黄昏』が見せる幻覚の作用で動きを封じられたアルバートはここに来て『神殿処女神大黒柱』を体ごとまともに食らってしまい、打撃と衝撃で吐血をしそのまま叩きつけられる。
「ここにいる時点で、貴方の負けは決まっているのですよ! ディアマンテカステッロの薔薇の大棺、『永久金剛睡蓮』!」
地下大広間が多くの睡蓮の形をしたダイヤで覆いつくされ、アルバートを逃がすまいと覆いかぶさろうとしていた。
「っく……うおっ……!!」
気付いたときには既に遅く、アルバート将軍が幾重にも織りなす茨の檻に囚われ飲み込まれる様子をダイヤの映像で見通す。
「……ふ……そこで百年と言わず、永遠の夢でも見ていなさい。悪しきものよ、二度と目覚める事がないよう……」
動きを封じ、仕留めたのか。要塞城分の茨の檻に閉ざされたまま微動だにしない様子は確かにこの目で見た。戦将軍と呼ばれたアルバート将軍が果たしてこのままで終わるのだろうか……。
「戦将軍も力及ばず、ですか。ダイヤの産出量世界一を誇るこのウィンチェスター王国に打つ手なし。私の先祖が治める以前、この美しさを求めるが故に多くの将軍たちがこぞってこの国を狙い、戦い合いたくさんの血が流れ、多くの将軍たちが犠牲となった。ゴート一族の先祖がこの国の頂点となってからは美しき心を持ち、戦争という悍ましきものを根絶すつように栄誉を守り受け継ぐことが私の使命。あの人にとっても致し方ない状況ではあったでしょう。あのような者がこの世に蔓延ってはいけない。これからも徹底して、いずれ私がこの全てを統べる頂点を治めます」
「…………」
「さあ、これでシビル殿も安心してこの王国で暮らせますよ。悠々自適に、争いのない世界を私が創り上げてみせましょう。それにはやはり、この地方に巣食う害が及ぶ将軍たちを私の力で薙ぎ払いましょう。悪は常に滅ぶ運命なのですから」
「貴方がやっていることはアルバート将軍と変わらないですよ」
「……シビル殿、どうしてそんな連れないことを?」
「そして本当に、アルバート将軍はあのままで終わりなのでしょうか?」
「あの茨の檻から抜け出せないでいる限り、動いていない様子を見るからに、貴方も包まれていくのを見届けたでしょう?」
「…………」
「シビル殿、これから貴方にはこの王国の……?」
「ん……地鳴り……?」
「え……? 地鳴りにしては予兆が感じられない。その中で再び地震など起こるはずが……!?」
レイノズルが疑問に思うが、その地鳴りは気のせいではなく音と肌で振動を感じたと共に「ゴウン」と地響きが轟音を立てて城内に伝わり、僕たちも突然の出来事に驚かざるを得ない。
「はわあわわわ!? 揺れる、揺れてる……っ!?」
「この振動は一体……!?」
そして爆発のような轟音が城内に大きく
「『上昇潮流鯨舞』!!」
突然の轟音が城内に響き渡るその先に水柱が天に向かって鯨の潮の如く吹き出していた。ありったけの水が隔てているダイヤの塊に向かって思いっきり大穴を開けて破られていた。
「アババワァアバァァ!?」
「何事!?」
とダイヤの映像から姿を現したのは。
「ふぅ……ここはどこだ?」
「はあわわあああ、ア、ア、アルバート、将軍……!?」
「っな、……こんな、ことが……あり得ないことが……!?」
レイノズル将軍は遂に予想外の展開に蒼ざめている。映像機の存在に気付いたアルバート将軍はそのまま話しかける。
『あり得ない? 現に俺はここにいる』
「一体どうやってここまで……私の錬成格闘術をまともに食らっておきながら……!?」
『思ったよりも、ダイヤの層が分厚かったのは事実。しかし、この海域の地層がダイヤで溢れているのだろう……俺の体力と錬成術を持ってしても迫りくる茨の層。この邪魔な茨をどかすよりも他にもまだ行ける方法……ここら全てがダイヤ一面で、全て茨で囲まれているのなら、通らなければいいだけの話だ』
「それは……どういう……それ以前に何故平然として……!?」
『例え今が海のない大干潮の時間帯と言えども、完全に海が消えているわけではあるまい……と言えば、いくら貴様でも分かるだろう』
「……まさか、海の引き道を……!?」
『その引き道の溜まり場の場所があの山に繋がっていた。集まっている海水の溜まり場から抽出してより強いハイドロゲンを利用しながら鬱蒼とした茨の棺を脱出した。それだけの事だ』
アルバートが海の引き道として指した場所はウィンチェスター王国名所『モンテチリエージョ』。
「そうか、アルバート将軍は錬成術の力で海の引き道を辿っていたのか。地殻変動の起きるモンテチリエージョの引潮で集まる場所があの山の下で溜まっているハイドロゲンを得てあんな大規模な特殊な衝撃波を水の中で起こすことで上昇水流を生み出す原理を使ってこの要塞城の中までやってきた。それは正に「手品」の仕掛けのような抜け出し方だ。そしてどんなに世界一硬いダイヤにも、一点の『核』を的確に突けばどんなに硬壁を誇っているものでも打ち砕かれる。アルバート将軍の錬成術と大規模な水の量が相合えば……」
『そして、貴様の攻撃を食らった俺が何故こうしてここにいるか……単純だ。貴様は偽物と戦っていても気付いてもいなかったただの腑抜けだっただけの話だ』
「偽物……もしや、あれは水分身……!? では私は最初からずっとその分身と戦っていたと……!?」
『最初から幻影に囚われていたのは貴様のほうだ、レイノズル』
あの地下大広間に入る前に既に水分身を引き立てにして、その間にアルバート将軍は海の引き道を『本能』で探り当て、脱出に成功したのであろう。
戦法も戦術も常に相手の先の先を読んで行動し、窮地な状況でも相手の隙をついて不利をな状況を必ず有利に変える。
これこそがアルバート将軍が「戦将軍」と呼ばれる所以か。
「……さて、本殿に入ればこちらのものだ。引きこもり将軍を俺が引きずり出してやる」
#6へ
どうも、一週間投稿を遅らせた作者です。
ええ……恥ずかしながら冒頭の言い訳をさせてもらいますと、遡ること一週間前。本編の続きを投稿する前に文章をいつもながら見返してみたんですよ。
するとどうでしょう。
私の目から見ても今回書いた「#5」の本編の大事な部分がかなり抜けて物足りなくなっていることに今更ながら気付いてしまったので急遽新しく追加追記でこの日になりました。
ついでで言い訳をするならば仕事を掛け持ちしながらの創作なので遅ればせながらこの日の投稿となりました。
そしてやっと完成していざ、コピペして提出しようとしたら直前で全部の書き込みデータが消えそうになるという恐ろしいアクシデントに見舞われそうになったという事態になりかねてヒヤヒヤしました。
どうにか性能機能に助けられてこうして波乱を含みながらの投稿になりました。
しかしこの苦労に芽生えた嬉しいものがあります。今回の追記で書いたこの本編で「錬成格闘術」という発想が咄嗟に浮かんだのは不幸中の幸いとでもいえるものとなりました。一人の軍人であり将軍であればやはり体を張るものでしょう!
次回の作品も私も頭を張って見直しを徹底したいと思っています。それではアデュー☆彡