♯12:コーメルシオ諸国連邦【滞在】
「将軍、失礼致します、アルバート将軍!」
「騒ぐな、鬱陶しい」
「も、申し訳御座いません! シビル殿の行方捜索は如何程?」
「少しずつおおよその目処が立っていきそうではある。大方そっちは準備が整ったことを伝えに来たのであろう」
「はい! シビル殿の行方の動向さえ分かればいつでも!」
「捜索までに今しばらく時間がいる。もう暫し待機しておくように隊員共に伝えろ」
「はっ!!」
「さて、またしても俺を楽しませてくれるような戦になるだろうか」
「はわぅっ!? な、なんだこの音は!?」
コーメルシオ諸国連邦滞在初日。船室部屋に取り付けられていた聴き慣れない音楽のようなもので僕は目が覚めた。
『おはようございます、現在午前七時です。今日も健やかに過ごせる一日を過ごしていきましょう』
音楽の後のスピーカーから朝を知らせるアナウンス。初めての習慣で最初の頃はこんな感じで驚いたがこれから毎日聞いていくことになるのであろう。
「な、なんなんだ……サザンクロス国ではなかったことだから何か警報かなんかかと思って飛び起きちゃった……あれ?」
アンブローズ将軍から昨日言われていた部屋のポストの中に封筒らしきものがあったのを見つけベッドから降り、取り出して中身を開けて黙読する。
「……これがひょっとして昨日言っていた電報ってこと?」
『シビル魔化錬成師殿。この度のコーメルシオ諸国連邦へのお招きを兼ねた島船班定例会議を致します。午後一時より係りの者がお迎えに参りますので部屋にて暫しの待機をお願い致します。尚、本日の朝食は九時頃にこちらの部屋へ供給班がご持参致します。よい一日を』
「よかった、流石に朝ごはんなしで定例会議までこのまま待機なんて耐えられないから。今は七時。会議まで時間があるし、この部屋何も暇つぶし出来るものがない……それだったら朝ごはんが来る前にお風呂入ろうかな」
この部屋を見渡しても本がない。疲れ切ってそのまま眠ってしまったので朝風呂に入ることにした。ゆっくりと時間をかけてお風呂に浸かった後は顔を洗い身支度をしてベッドに座ってこの先の過ごし方を予測を立てながらしばらく考えて込んでいた。
「もうそろそろかな。ただ朝ごはんを食べ終わってもお昼まで時間があるし……そうだ!」
「失礼致します。島船第三班供給班の者です」
あることを閃いた直後、九時になり僕の部屋のドアノックが聞こえた。
「あ、噂をすれば。はーい!」
「シビル魔化錬成師殿、朝食をお持ち致しました」
「ありがとうございます。あの、定例会議までに時間がありますよね? よかったらその空き時間の間に何か本でも持ってきていただけるとありがたいです」
「それは構いませんが、ジャンルはどのようなものを?」
「文学書、史書、物語……あと、よろしければこの国の歴史文献を……」
「この国の歴史文献系統を拝借するにはアンブローズ将軍の申請許可がいります。中には区民者に対しての貸出不可のものも御座いますので最低限のもののみであれば約一週間以上かかりますがよろしいですか?」
「そうなんですね。では、歴史文献に関しましては一週間待ちますので申請をお願いします。あとここで暮らしていく為の島船に関する場所把握などの地図書みたいなのは御座いますか?」
「取り合ってみますが、そちらも最低限のもののみとさせていただきます。あとは本日の定例会議などでご意見を上げてみては如何でしょうか?」
「分かりました、そうさせていただきます」
「承りました。それではまた後ほどお伺いします」
朝食を持ってきてくれた人に別れを告げて、トレーを持って机まで向かう。今日のメニューは食パンのトーストに小瓶にブルーベリー、ストロベリー、ラズベリーのジャムにバターが一切れにミドルサイズのウィンナーが五本と目玉焼きというありきたりの朝食を口にした。
「ご馳走様です。さあ、後は頼んでいた本を待つのみ」
朝食を食べ終え、しばらくの間律儀に待っているとノックが聞こえた。
「来た来た、はい、どうぞ!」
「失礼致します。島船第三班回収班で御座います。お済みになった配膳を引き取りにきました。あと、御所望でした本を数冊お持ち致しました」
「態々ありがとうございます」
「会議の時間になれば担当の者がお伺いしますので、では失礼致します」
空になった配膳を渡し、本を数冊受け取って机まで持ってきた。
「さっきの人と全然違うからこの島船には色んな班の人たちがいるんだ。ちゃんとしているんだな。えっと、文学書に物語、あとこれは、この島の地図、か」
この国のほんの一部分をピックアップした最低限の地図。省略されているものもあったが生活していく上での案内図みたいなものが表示されていた。
「これがこの国の基本的な見取り図か。本当に最低限のことしか書かれてない。へえ、買い物する場所やメインストリートとかこの島船にあるのか。えっ!? ここにはプールとかリゾート施設があるの!? 行ってみたい! 思ったよりも予想以上の大きさだから複雑な構図もあっても詳しいところとかもはしょられているな。でも、この国がどういうところであるか想像を掻き立てられるな!」
知らないものにはとことん興味を示す僕は与えられた地図書を場所や配置などあらかた把握し、記憶に留めた。そして整理し終わった後に僕は拝借した本を時間になるまで朗読し始めた。
『無所属地方、コーメルシオ諸国連邦。面積およそ四〇五平方キロメートルの土地と島を所有する。
要塞城は第一等船要塞城アマテラス。一等船には将軍、一等操舵手、一等航海士、周囲監視下、海軍軍事公務関係者のみが第一等船に所属し、右翼に二等船、左翼に三等船。階位によって二等船から十等船へと連なり、殆どの資源民、開発民、民間人は四等船から十等船に所属する。総数人口およそ四十一万人。
島船として常に全地中海を回遊する特殊国の一つ。資源となる銀が豊富で他国からも需要と供給が盛んな為、昔から貿易国家として栄える国。城の建造物の殆どが銀で形成され、貿易技術が誇る特殊加工でベアコンロード、移動式ステップレーターなどの高度な技術を保有する。資源民が加工し、開発民が研究し手を加え、建築民が更なる進化を求めて建造していく。名物は全ての地中海に存在する魚介類、レモン、白焼酎ボール『ヤマト』などの柑橘系や新鮮な魚介類などで漁市場としても盛んな一面があり、蒸留技術も盛んなことから飲食の面でも輸出入を前向きに執り行う所存である』
「無所属地方……この国がそうだったのか! 別名「固定されない地方」。「資源豊富の地方」サウライナウィンド地方とはまた違う特殊な地方とされている。移動回遊国の一つで一定の場所に留まらず、常に不特定で移動するために行方が掴みにくいが故に「無所属」として王家国家が指定した特殊な国。アルバート将軍が因縁をつけて狙っていたのも、いつまでたっても行方が掴まめていなかったのもこれが理由だったんだ……というか、そんな国とも知らない中でとんでもないところについてきてたんだな僕は……」
他国からの情報を把握するのは本当に面白いし、時間が経つのを忘れて没頭できる。ずっと個室で篭っているときはこの暇つぶしがあるだけでも全然違うし、拉致されるのはよくないことではあるがウィンチェスター王国と同様のことではあったけど、知らない地に行って直に触れて経験した方が知識欲も高まって新鮮味も感じられてある意味幸せな境遇とすら思えてしまう。
「んー……これ以上ページをめくってもやっぱり軍事に関することや秘密裏なことはなくて最低限の情報しか書かれていなかったけど、でも十分。この基本を押さえていれば後は自分の目で確認すればいい」
歴史文献を読み漁っているとノック音が聞こえた。
「失礼致します。シビル魔化錬成師殿、そろそろ会議のお時間で御座います」
「あ、は、はい!」
あらかた本を読みつくそうとしていた十二時時半ぐらいにまた別の違う班の人がやってきたことで、僕は本を伏せて急いで部屋の外へと出た。
「お待たせいたしました。ここからは私がアンブローズ将軍より言い遣っておりますので特別案内人として貴方様を責任持ってご案内致します。どうぞ私の後についてきてください」
「よ、よろしくお願いします!」
先ほどの配給班や回収班と違ってきっちりとした軍服を羽織っていたために隊員の一人であろうという男の元について行くことになった。
「ろ、廊下が果てしなく長い……」
昨日部屋へ案内されるときも多少思っていた。僕の部屋からの道のりはまず長い廊下をひたすら進まねばならなかったことだ。もらい受けた地図を記憶していたので大体の見取り図は頭の中に入ってはいたが、見るだけでも明らかであまりの長さに途方に暮れそうだった。
「シビル魔化錬成師殿、こちらへきてください。そこで暫しお待ちを」
「え、あれ? 歩かないんですか?」
すると男が携帯していたボタンを押すと廊下に変化が起こった。
「わ、わ!? 廊下が変形した!?」
「この国の隊員のみが使用出来ますベアコンロードで御座います。これに乗って進んでいきます」
「あ、じゃあこの長い廊下を歩かなくて済むんですね」
ボタンを押すことで現れた自動式に進んでくれる廊下、ベアコンロード。距離が果てしないこの廊下を進むには体力がない僕にとっては大変に助かる。
「す、すごい! ちゃんと進んでる!」
「貿易大国ならではの開発と技術を用いて使用しております」
「へぇ! 前の国にはこんな便利なものなかったです。貿易をしているとこんな技術が持ち込めるんですね」
資源の有無によって国の成り立ちは変わる。勿論それは建造物に至ってもそうだ。僕が拉致されたウィンチェスター王国もダイヤが資源として成り立っていた国だったからどの建造物、装飾がダイヤで出来ており、ダイヤの要塞城ができるのである。しかし、コーメルシオ諸国連合の資源は今の時点で未知ではあるものの、世界一を誇る貿易大国といわれている。なんにでも資源を取り入れたり、交渉して輸入したり輸出したり、はたまた戦歴での戦利品として取り入れするのを得意とする国家だというのはサザンクロス国にいたときにアルバート将軍から聞いたことがあった。
「貿易は、資源だけじゃなくて技術も取り入れているんですね。しかも、これらの素材が全てシルバーで出来てますよね?」
「ええ。シルバーはこの国の原産物でございます。大量に取れますので島船の動力から建造物など殆どに使用しております」
「うわぁ! 製造施設とか見に行ってみたいな!」
「その場合も申請許可をお願い致します。中には機密事項もあります故」
そんな話をしながら長く続くベアコンロードを抜けると吹き抜けたところまでたどり着く。
「うわぁ、開けたところに来たなー!」
「シビル魔化錬成師殿、ここからは階段を使用します」
「……え……何ここ……?」
僕が愕然にも似た感情を抱いた。長い廊下を抜けたと思い、吹き抜けた広い部屋へとたどり着いた目の前には数多くの、どこに繋がっているとも分からない長く高い階段が左右上下に網目とも連絡橋ともとれるように張り巡っており、不特定多数の人たちが利用していた。
「これは初めて来た人にとっては迷い易いですね」
「私についてくれば大丈夫です」
「えっと、これ上るんですか……?」
「将軍はこの上にある展望最上会議室にいらっしゃいます」
「……天辺が見えない……へ、へばりそう……」
「ご心配なさらず、あの階段を使いますのでひとまずは乗ってください」
とりあえず言われた通りに乗ると隊員が見計らってまたボタンのスイッチを押す。
「お、お、おおおおっ!?」
またしても僕は目を真ん丸にして驚く。今度は階段がエスカレーターのように自動で動き出したのである。
「我が国が誇る「ステップレーター」で御座います」
「へー……これも貿易技術なんですねー……!」
自動で運んでくれる廊下と階段にどうにかして苦労をせずに最上階にある展望最上会議室へと辿り着いたのである。
「アンブローズ将軍誘導係の者です。魔化錬成師のシビル=ノワール=フォルシュタイン様を連れて参りました」
『……入れ』
インターフォンで将軍本人の音声が聞こえると、固く閉ざされていた頑丈なシルバー製の扉のロックが解除される音が響くと、自動で左右に開かれた。
「入場の許可が得られました。お入りください」
「は、はい!」
口元を引き締め、不安の中、会議室へ一歩進むごとに緊張感が増していく。
「アンブローズ将軍、シビル様を連れてまいりました」
「来たか、シビル少年」
隊員に通されると、広いテーブルを円卓にして囲んでおり、各席にお偉い人が険しい沈黙で鎮座しており、その奥の上等で上質のある椅子にアンブローズが座っていた。僕はもちろん、鼓動がはやり、口の中が乾くほどに極度の緊張を覚える。誰もが初対面であるのもあるが、まずこの重苦しい空気はいつも慣れないのである。
「さあシビル様、アンブローズ将軍のもとへ」
「は、はい!」
魔化錬成師の身分からか、会ってまだ間もない将軍のもとへ隔てなく近くに寄ることが出来るのはまさに特殊なこと。将軍は国を統べ、軍事を統べる中枢となる人物。傍に近寄れるのはごく限られている高い身分のみであろう。しかし余所者でこの国の人間でもなく、魔化錬成師の身分以外は特になんの変哲もない普通の人間で軍事力も力もない。それでも周囲は違和感なく、当然の如くこの行いが受け入れられているように誰も物申すことなく黙っていた。
僕はこの空気感がいつまでたっても慣れないでいる。
「お、おはようございます、アンブローズ将軍!」
「こちらへ来い」
僕は周りの視線に晒されながら言われるがままアンブローズ将軍の隣へと向かった。
「……諸君、昨日見ている者は知っていると思うが、改めて紹介する。魔化錬成師のシビル=ノワール=フォルシュタインだ。先週まで潜入していたサザンクロス国に匿われていた。そして、特例作戦を通して略奪し、我が国で匿うことに成功した。これより今回の会議は、サザンクロス国の後日対応策、今後のシビル少年への配慮と順ずるための国の教訓を享受することに協力を要請するための対談を優先に行う。そして、その後に輪我輩が不在である間のコーメルシオ諸国連邦の島船の一班から十班の諸連絡、報告、問答処理の対応を執り行う。異議のあるものは?」
コーメルシオの上層部の軍人たちがアンブローズ将軍に対して異議を唱えることなく、無言の承知で対談が進んでいった。
「それではこれよりコーメルシオ諸国連邦定例会議対談を開始する」
「あ、あの、すみませんアンブローズ将軍。僕はこれから……」
「昨夜告げたはずだ。おまいの身分のもと、輪我輩のもとへ就くのであればこの会議に参加する義務がある。そこに席を設けているから座って拝聴していろ」
ここに居る必要があるようで、だが関心のないような口調と最低限の言葉で僕の不安な気持ちなどを他所に、淡々と将軍を中心に会議が始まった。将軍と上層部の最初の重要会議は夕方近くまで続いた。
『やっぱり僕は、こういう雰囲気と空気が苦手だ……』
♯12へ
例年にない大寒波に寒さ震えて過ごしています作者です。
日本の中で南側に暮らす者にとってはこの近年稀である大寒波には慣れないものです。
東北側も例年にない大雪らしいので雪の降雪量が少ない地方出身にとっては更に厳しい環境で過ごしているものかと思われます。ある東海地方出身者に聞いた話によれば通常の冬では関東・東海に住んでいるよりも九州の方が冬は暖かい方だと告げていたことを思い出しました。ストーブは絶対に必須で灯油代がかなりかかるが引っ越してきて灯油を買う必要があまりないと言っていたのです。しかしこの大寒波にヒーターを買う人が続出していると思われます。都市部でも五年ぶりの雪が積もりました。幼い頃は山村に生まれ住んでいたので久しぶりに見た綺麗な雪景色でした。大寒波が去るまで皆さん慎重に過ごしていきましょう。以上により、また次回まで☆彡