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雲を編む

作者:

そこは、プーヴァと呼ばれる小さく貧しい村だった。

村人達は田畑を耕し、貧しいながらも幸せに活気ある日々を送っていた。

「ねぇ、ライル聞いてる?」

僕が目を覚ますと、そこには巻積雲が広がる青い空があった。そして、そんな幻想的な空を遮って少女の顔が現れる。

「あぁ聞いているよ、リタ。虹色の毛糸みたいで綺麗だね。あの雲で何か編めそうだ。」

リタの不機嫌そうな顔が夢見がちな顔に変わる。

「なんだ、しっかりと聞いているじゃない。巻積雲はね、彩雲があるの。彩雲が見られると良いことが起こる前触れって言われているんだって。夢想的だよね。」

 大人達は毎日忙しそうだ。子供であっても毎日のように、親の仕事を手伝うことが普通だ。ライルとリタも例外ではない。日々の日課である薪割。休憩中に木陰で休むこともまた日課となっている。

「ねぇ、ライル。大人になったら何になりたい?」

ライルはリタを見つめる。

 ―リタと一緒に居られるなら、このままでも良い。リタや村の皆を守れるくらい強くなりたい。リタは僕の事をどう思っているのだろうか。

ライルははぐらかす様におどけて見せる。

「英雄かな。リタは何になりたいの?」

リタは少し不満げな顔をして答える。

「ライルのお嫁さん。」

リタを見つめるライルの瞳孔が縮小する。

―どうしてリタはこうなんだ。本当か嘘かも分からない。冗談ばかり言うし、いつも僕の心を弄ぶ。そもそも僕の家とリタの家では家柄が違いすぎる。僕の家族がリタの家族と仲良くしていること自体、村からよく思われていないんだ。結婚なんてできるわけがないんだよ。なのに…。

 リタの掌がライルの肩をそっと叩く。そしてライルは我に返り、忸怩たる思いとなり、頬を染め顔を背ける。

「ライル。今のって…キス…だよね。どうして?」

 ライルの頭の中はかき乱されている。あれこれと考えているうちに体が勝手に動いていた。ライルは何も答えられず黙り込んでしまう。

 リタは微笑みながら、そっとライルを抱きしめた。

「ありがとう。こんなに早く良い事が起こるなんて思わなかったよ。私はライルが好き。ライルが今考えている色々を整理できるまで、私待っているね。だから、いつかライルから本当の気持ちを聞かせてね。」

ライルは彩雲を見つめて、しっかりと首を縦に振った。

―ありがとう、リタ。いつか誰からみても恥ずかしくない男になって、リタの横に立てるよう努力するよ。リタを一生守っていける男になれるように。

この時、いつまでも幸せな日々が続いていくことを二人は願った。

こうして、今日もプーヴァ村から日が落ちていった。


 次の日、二人はいつものように薪割に森へと向かった。しかし、いつもの仕事場は随分と閑散としてしまった。いつの間にか辺りの木は切り倒してしまっていたようだ。

「ねぇ、リタ。この辺りの木はだいぶ切り倒してしまったね。もう少し奥へ行ってみようか。」

ライルの言葉にリタは驚き、反論する。

「森の奥へは行ってはいけないと言われているでしょう。森の奥は大都市リコとの境界が曖昧で入ることを許されていないのよ。ライルだって村の掟は分かっているでしょう。」

 リタが必死に説得している時、ライルの目は未知なる森の奥深くに引き込まれていた。十歳の少年が好奇心という誘惑に囚われては、もう何も見えなくなるのだ。リタが反対すればするほどライルの気持ちは高揚していった。ライルはリタの話を聞き流し、森の奥へと走り出した。

「ちょっと…ライル。待って。」

 リタはライルの遠ざかる後ろ姿を反射的に追いかけていた。

 ―ライル、全然話聞いていない。ダメって言っているのに。私がついてなくちゃどこまで行くか分からない。ライルを止めなきゃ。

暫く走ったところで、ライルは体を小さくし、追いかけてくるリタに合図を送る。

 ―リタ、しゃがんで。静かにこっちへ来て。

 リタがライルに追いつくと、ある光景が目の前に広がる。

「ライル、これって…演習か何か…よね。」

二人は多くの兵士が、拠点を造っているところを目の当たりにする。視界にあるだけでもいくつも隊が編成されていそうだ。そして、隠れて様子を伺っていると、兵士の話し声が耳へと流れ込んでくる。

「それにしても、こんな事にどうしてここまで人が集まってんだよ。小さな村一つ消すだけだろ。」

「何でも、村の中で武器を隠し持っているって話らしいぜ。税も全額納められてないから、今回標的になったそうだ。」

「でも正直可哀そうだよ。王が変わってから税が年々跳ね上がってるもんな。小さな村が払いきれるわけがないぜ。何て村だっけ?」

「確か、プーヴァ村ってとこだろ。」

 ライルとリタは顔を見合わせた。お互いの顔が青ざめていることを認識し、事の重大さを思い知った。そして二人は一目散に村へと走り出した。

「ねぇ、ライル。ねぇってば。」

 リタの息遣いがいつになく激しくなっている。ライルはリタの言葉には気づいていたが、返答できなかった。ライルもまた、未だかつて経験したことのない頻呼吸と動揺に混乱してしまっていたのだ。

―どうして、どうして。僕たちは村の皆で協力して生きてきただけなのに。国内ってだけで払いきれない税をかけられ、殺される。なんて理不尽なんだ。僕らが何をした。何をしたっていうんだ。早く戻らなきゃ。みんなに知らせなくちゃ。

「きゃっ、痛い。」

鈍い音と甲高い聞きなれた声に、ライルは立ち止まり振り返った。が血を流し倒れていた。どうやらツルに足を取られたようだ。

「リタ、大丈夫かい?」

心配そうなライルの顔を見てリタは微笑んだ。

「ようやくこっちを見てくれた。ライル、大丈夫よ。誰も死なない。今からなら皆助けられるよ。安心して。」

リタの言葉にライルは安堵した。

「そうだよね。リタ、ありがとう。早くこの事を知らせよう。皆を助けるんだ。」

二人は気づかなかったが、確かにそれまでと足取りが変わった。

「お~い、ライル、リタ。おかえり。今日は早かったのぉ。おや、薪はどうした?」

二人があまりの勢いで帰ってきたため、小さな村のどこからでもその様子を見ることができ、村人達が集まってきた。ライルは口を開く。

「皆、逃げるんだ。リコの兵士達がこの村を潰しにそこまで来ている。早くしないとすぐに来てしまうよ。」

 ライルの言葉に一瞬、村中を静寂が包んだ。その直後、悲嘆の声や嘲笑う声が入り混じった。群衆の後方から村長の声が聞こえる。

「ライル、皆が混乱しておる。子供の悪戯としては度が過ぎておるの。」

「村長。ライルは嘘なんかついてないわ。私たち本当に見たの。」

 村長の顔色が曇っていく。

「リタまでそんなことを言うのか。そんな嘘をつく暇があるなら、薪をしっかりと持って帰ってきてからにせんか。皆も作業に戻るのじゃ。」

村人は各々、もとの作業場へと散っていく。

「待って、皆。リコの奴らが攻めてくるんだよ。ねぇ、話を聞いてよ。」

ライルの懸命な声掛けにも村人たちは聞く耳を持たず作業を再開している。しかし、一人の男が話しかけてきた。

「ライル、その話は本当かい?」

 二人の目の前に現れた男は、リタの父親、ロイであった。

「おじさん、本当だよ。森で見たんだ。奴ら、税を払えないこの村を消すってはっきり言っていたんだよ。」

ロイは二人の真剣な眼差しを見て、真実であることを悟った。

「二人とも、ついてきなさい。一度家へ行こう。」

 二人は、ロイの背に隠れるように速足で、村の最奥にある村長の家へと向かった。そして、庭にいる村長へロイが話を切り出す。

「父さん、二人の話を聞いてやってください。どうやら嘘ではないようです。」

村長は怪訝そうな顔をする。

「ロイ、お前は子供の悪ふざけを真に受けるのか。只でさえ国に税を納められてないんだぞ。お前も次期村長ならば、村のために少しでも働かんでどうするか。」

 その後も何度も村長に呼びかけたが、村長は頑なにライルとリタ、そしてロイの話を聞き入れようとはしなかった。その間も時間は刻一刻と過ぎ去っていく。三人は徐々に冷静さを失い、焦りを隠しきれなくなっていった。

その時…。大きな怒号が村中に響き渡った。

「我々は大都市リコより派遣されたアンピール王国直属の先遣隊である。貴様らは王国が定める納税の義務を果たさず、貯め込んだ金で武器を保有しているとの信頼できる情報を得ている。よってこれより、この村から刻立ち退いてもらい王国に土地を返還してもらう。一人でも従わぬ者がいれば、一人残らず処刑することとする。以上。」

静まり返った村。長い沈黙の後、震えた声で静かに村の老婆が声を出した。

「私たちは決して武器など持っておりません。何かの間違いです。自分達が食べていくのもギリギリなのです。どうか、お考え直しください。」

 老婆の声が途切れようとする直前、一発の銃声が響いた。すると、老婆の内懐が紅く染まっていく。

「一人でも従わぬものがいれば処刑と言ったはずだが…。総員構え。」

老婆の振り絞った声も虚しく空に消えていった。老婆は王国兵にとって、ただの訴えですら虐殺の大義名分と捉えるのに良い動機を首尾よく与えてしまったのだ。

誰かが聞いたこともない甲高い声で悲鳴をあげた。

「きゃーーーっ!」

 その悲鳴を合図に多くの悲鳴・足音・銃声が響き合い、大きな地響きが生まれた。

 村長の家でも、事の一部始終が十分に理解できた。

「父さん。奴らが本当に攻めてきたぞ。どうするつもりだ。皆を逃がさなくては。」

ロイが叫ぶも村長の顔は青ざめ、思考が停止していることがライルやリタの目からも容易に理解できた。

「ライル君の家族を探しなさい。リタも母さんを呼んでくるんだ。父さんは次期村長として皆を逃がす責任がある。二人とも家族を連れて逃げるんだ。分かったね。」

この発言はまだ十歳の子供達には衝撃が強すぎた。ライルは言葉が出ず、リタは泣きながら訴えた。

「嫌、パパ。一緒に逃げようよ。」

 そんな声が家中を響き渡る中、リタの母親であるローズが奥から姿を現した。ロイとローズは目を見合わせて無言のまま抱き合った。その間はほんの数秒であったが、二人にとっては一生分と思える程に強く抱き合った。そして、何もなかったかのようにライルとリタを連れローズは家を飛び出し、ライルの家へと向かった。幸いライルの家は村から少し離れた森の中に構えており、未だ見つかっていない可能性があったのだ。三人は急いでライルの家へ向かっていたが、走り出してから間もなく、目的地の方角から普段からは考えられない程の煙が上がり始めた。

「ライル、リタ。ここから先へは行けません。私たちはこの村からすぐに出ます。着いてきなさい。」

 ローズは立ち止まり淡々と話す。現状からすぐに逃げ出さなければ、直に兵士に見つかってしまうと悟ったのだ。しかし、ライルが聞き入れるはずもなかった。

「きっと、母さんがまた料理の火加減を間違えたんだよ。そそっかしいんだよな。全く、早く見に行ってやらないと。」

 ライルは必死に取り繕った笑顔で説得を試みる。しかし、ローズの表情は変わらない。ライルはローズの意志を曲げることができないと確信した。同時に説得されることだけは避けなければならなかった。

「おばさん、リタ。僕は行くよ。おばさん達には迷惑かけないようにするから。今までありがとう…。さようなら。」

 そういってローズの返答を聞く前に走り出した。リタは先ほどと同じように反射的にライルを追いかけようとした。しかし、ローズの力強く握る手を振りほどくことができない。

「ライル待って、待ってってば。私も行く!」

リタの声は虚しく森に響いた。リタは大粒の涙を流したが、別れが寂しいだけではなく、どこかで危険を回避し安心してしまったのだ。ローズはリタの手を引き深い森奥へと消えていった。

 ライルは全速力で森を抜け自身の家へとたどり着いた。そして、膝が崩れた。家は燃やされ、両親は三人の兵士に命乞いをしていた。しかし、兵士たちは笑いながら父、そして母を順番に槍で刺し殺していったのだ。ライルの目は白い靄にかかったように何も見えなくなった。視界を拒絶した。そこからの行動はあまり鮮明には覚えていない。

ライルは薪割のために背中に携えていた子供用の斧を手に取り、大振りにならないよう軽く握りしめた。そして木陰に隠れながら兵士の後ろへ回り込み音もなく走り出した。次の瞬間ライルの視界は一気に赤く染まる。ライルは自分が何をしているのか理解していなかった。ただ木を切り倒す様に横並びの兵士の首を2本切り倒した。その間二振り。子供の腕力とは到底思えないほどの早業だ。しかし、残った兵士の首も切り倒そうとするが、あっさりと回避され首を締めあげられる。

「見ろ。お前がうちの兵士二人を殺ったんだ。ただで済むと思うなよ。一番苦しい方法でじわりじわりと殺してやる。」

 そう兵士が囀る中で、ライルは苦しみのあまり我に返り自分のやった過ちに気づいた。しかし、それでも両親を殺された怒りを制御することはできなかった。

「死…ね……ク……ソ………野郎。」

 空気が漏れるような小さな声でライルは叫んだ。それを聞いた兵士はライルを投げ飛ばし、殺された仲間の顔とライルを見合わせる。

「お前が殺した男の顔だ。死んでも忘れるんじゃねぇぞ。死ぬまで苦しめ。」

 そう言って倒れているライルを何度も足蹴にする。ライルの意識はどんどん薄れていく。その最中、横たわる自分と地面の間に何かがあることに気づく。何かは分からなかったが、残りの力を振り絞り、何かを兵士の足に向け振り抜いた。

「うわぁぁぁ…痛てぇ。血が!」

そう叫び蹲る兵士を横目に自分が持っているものを確認する。そして、ライルの心は壊れ始める。

「ごめんね、兵士さん。お仲間殺しちゃって。しかも、仲間の剣で足が落ちちゃうなんてね。わざとじゃないんだよ。でも、兵士さんも父さん母さんを殺したんだ。おあいこだよね。死ぬまで苦しませてあげるね。」

ライルは空っぽの笑顔で兵士にそう呟き、蹲る兵士に何度も剣を突き刺した。

「いーち、にーーい、さーーーん、しーーーーい……………。あれ?何回刺したっけ。」

 ライルは兵士が死んだことにも気づかず、数時間にわたり数えきれないほど何度も刺し続けていた。そして、力尽きたように剣を転がし、自身も死体に紛れるように倒れ込んでしまった。

「今日は、雷雲か…。」

 そう呟いて意識を失った。


 日差しが針のように肌に突き刺す。

 ―どのくらい眠っていただろう。それとも僕は死んだのか。どちらでもいい。もう僕が目を開けることはない。このままじっと終わりを待つだけだ。

「………お腹空いたな。」

 すぐ近くに林檎の木を見つける。そして呆れたように自分自身を嘲笑いながら這うように近づいていく。そして鼻で笑って見せた。三日間、日焼けした肌が痛む。

 ―ここまで来ても結局林檎をとる力さえ残っていないのに、生きることに必死だな、僕。

 生を諦めたはずであったが、死を恐れている。そんな矛盾した感情に苛まれながら、林檎の木を蹴り続け、何とか一個の林檎をとることができた。ライルの中で三日前に自分を足蹴にしていた兵士の姿が重なる。

「結局弱いものは虐げられるのか。僕もこいつらと変わらないな。」

そして、ライルはもう一度眠りについた。


村が襲われてから一週間。ローズとリタは山を越えた隣町のオーディナーに流れ着いていた。オーディナーは、プーヴァ村の話題で持ちきりだった。

「おい、聞いたかよ。国の奴ら、プーヴァ村を襲ったらしいぜ。」

「あぁ、らしいな。村人は全滅で一方的な虐殺だったらしい。」

「俺たちもこのままじゃどうなるか分からないな…。とにかく、しっかりと税を納めればいいんだ。今のところは大丈夫さ。」

 ローズ達は自分たちのやつれた顔が見られないように俯きながら早歩きでその場を立ち去った。それからもう少し先へと進んだ場所に建つ、一件の仕立て屋に入って行った。

「いらっしゃい。って…ん? ローズじゃないか! それじゃあ、その子は…。」

「初めまして。リタと申します。」

「そうだ、リタだ。ローズに娘ができたとは聞いていたが、この子がそうか。」

「えぇ、ランス。この子が娘よ。それよりも久しぶりね。元気にしていたかしら。」

 そう言うローズをランスは真摯な眼差しで見つめる。

「お前たちこそ、大丈夫か。風の噂は聞いていたが、このタイミングでいきなり来た所を見ると、噂は本当だったのか。」

 ランスの顔を見つめているうちに、緊張が解けたのかローズは泣き始め、それを見たリタもまた涙した。村からこの町に着くまでの間中、ローズはリタの前で気丈に振る舞い、またそれを見ているリタも気を張り巡らせていたのだ。

「もう大丈夫、分かっているさ。さぁ、奥へ入りなさい。」

そう言ってランスは、ローズとリタを屋敷で匿うことを快諾した。

ランスはローズの従兄に当たる人物だ。自身の屋敷の一角を建て替え、昔から仕立て屋をして生計を立てている。この町では富豪に分類され、町長とも親しかった。そのため、女一人、子一人を町で暮らせるようにすることも、難しくはなかった。

そして、ローズとリタは仕立て屋で働きながら、屋敷に住まわせてもらうことになった。

―ライル、今どこで何しているの。 私が必ず見つけ出してあげるから。どういう形でもいいの。絶対に生きていてね。

リタは少しだけ心の余裕を取り戻し、そう心の中で誓った。


一方、その頃ライルは、生きる意味を見出せずに、ただ歩き続け、大都市リコまで足を運んでいた。途中、村を通ってきたが跡形もなく全てが燃え尽きており、村には生き物が焼き焦げたような、言い表し難い臭いが鼻を突いた。どうあら村も人も全てが無くなったようだ。しかし、そう思っても不思議と悲しくはならなかった。生きていくには強くなくてはならない。弱い者は淘汰される。そうまざまざと思い知らされたライルには生きていくにも、復讐するにも強くなるしかなかったのだ。ライルは商人の貨物に紛れ込み、大都市リコの門をくぐった。ほどなくし、ライルは都市内のスラム街で荷馬車を降り、そこに身を潜めた。そして、その夜からライルは表通りに出ていき、生きていくために盗みを働いた。

―なんて能天気な奴らだ。盗まれていることにも気づかないなんて。

ライルはこの状況に小さく舌打ちをしてスラム街へと戻っていった。スラム街へ入って間もなくスラム街を仕切る集団がライルを囲った。

「おやおや、見ない顔だが、新入りか。

集団で一番偉そうにしている男が口早に続ける。

「俺はこのスラムを仕切ってるリンドだ。ここに住みたきゃ俺らの仲間に入るしかねぇ。分かるよな。だが、タダってわけにはいかねぇ。お前が持っているもの全部出しな。」

 ライルは黙って盗んだばかりのパンや果物を地面へ置き一歩離れた。それを見たリンドの手下達が笑みを浮かべて一斉に飛びついた。

「これは俺のもんだぞ。」

「いや、俺のもんだ。」

「俺のものに手出してんじゃねぇ。」

ライルは、言い争いながら食べ物に群がっている人間を、地を這う鼠のようにしか見られなかった。

「鼠は駆除しなきゃな…。」

 ライルは小さな声でそう呟くと、目にもとまらぬ速さで鼠の首を全て切り裂いた。残ったリンドはその衝撃を言葉にすることができなかった。ライルは何もなかったかのように屍を跨ぎ、リンドの方へ歩き始めた。そして、すれ違いざまにリンドの耳元で囁いた。

「君も鼠かい?ここで生きていきたければ誰に従えばいいか分かるよね。」

そう言って、ライルは立ち去った。残されたリンドは腰が砕け、仲間の無残な姿を見て、腹のあたりが熱くなった。それからしばらく口から大量に黄色いものが流れ続けた。

 次の日、ライルは前日のように、食料調達に出かけようとしていた。スラム街の出入り口へ近づくにつれて、何やら騒がしくなっていく。

「なんだ、またあいつか。」

 昨日話しかけてきたリンドがまた喧嘩をしていた。しかし、何だか様子がおかしい。よく見てみるとリンドはたった一人でスラムに住む大人数人を相手にしていた。最初こそ素早い身のこなしにライルも驚いたが、相手は大人だ。数人に囲まれては分が悪いことは容易に想像できた。案の定、リンドは捕まり、大人達はやりたい放題。リンドの意識が薄れていく中、ピタリと手が止まった。リンドが薄っすらと目を開けると、そこにはライルが立っていた。

「お前、昨日の…。何でここにいるんだ。巻き込まれても知らないぞ。」

そんなリンドに対し、ライルは地面を指さしてみせる。

リンドは指示通りに目を配ると、そこには先程まで暴れていた奴らがゴミのように転がっている。

「どうして…。」

リンドは至極全うな疑問を投げた。ライルは淡々と答えた。

「俺は弱い者を虐げる奴らが許せない、それだけ。ただ、一つ言えることは弱いままじゃ一生奪われるだけだってこと。それじゃあね。」

ライルは元の目的に戻ろうとしたが、リンドはそれを許さなかった。

「俺たちは子供だ。悔しいが一人ではやっていけない。だから仲間が必要なんだ。お前に仲間をやられてから、一日でこの様だ。お前は確かに強いけどな、そんな生き方じゃ、いつか近い将来やっていけなくなるぞ。」

「俺はお前とは違う。村の人達を、家族をリタを…見殺しにした。俺が不甲斐ないから殺された。俺が殺したようなもんだ。だから、俺が真っ当な生き方を出来るとは思っていないよ。いつ死んだって良いんだ。ただし、国王だけはこの手で始末するよ。」

 冷静に言葉を並べるライル。しかし、ライルの拳に自然と力が入っていた。長い沈黙の後にリンドは口を開いた。

「お前もか…。俺らも国王を恨んでいたんだ。俺の仲間だった奴らはみんなどこかの貧しい村の出だった。だから…その…、お前の気持ち分かるよ。」

リンドの言葉にライルは表情を変えなかった。しかし、胸の奥が微かに暖かくなるのを感じた。

「君、俺についてくるか。」

「素直じゃねぇな。ついて来て欲しいんだろ。」

「俺は君一人じゃ生きられないと思って声をかけただけだ。」

「分かった、分かった。だけどな、俺は君じゃない。リンドだ。あんたの善意に甘えて、一緒に行動させてもらうよ。あんた名前は?」

「ライル…。」

「そうか、ライル…。いい名前じゃないか。それじゃあライル、これからよろしくな。」

ライルは何だか気恥ずかしくなり天を仰いだ。

「今日は高積雲だ。彩雲と地震雲が見えるね。」

「うん? 何だか分からないけど綺麗だな。彩雲と地震運って何なんだ?」

「彩雲は虹色に光る雲で幸運を呼ぶんだ。地震雲は不吉なことの前ぶれなんだ。」

二人は顔和見合わせて笑う。この日から、二人は毎日のように盗みを働き、スラムの街で共に生きていくようになった。


 それから半年が経った。ライルとリンドは、この日もいつもと変わらず食料調達を始めた。ライルは露店を颯爽と過ぎ去るその瞬間、店先に並ぶ食料を手に取り、その隣を後ろからリンドが何食わぬ顔で追い越していく。その瞬間にライルの手からは食料が無くなり、リンドのバッグは膨れ上がっていた。随分と息の合った動きで今日もあっという間に食料を調達し終えた。

「今日も楽勝だったな、ライル。」

「そうだね。リンドもだいぶ良い動きになってきたからね。」

「ライルのおかげさ。毎日お前と訓練してるからな。腕っぷしもこんなに強くなったぜ。」

 そう言って、リンドは自慢げに力こぶを作ってみせる。ライルもそれを見て微笑む。

 ―半年経って随分と平和ボケしたな。こんな状況なのに、また笑えるなんてね。

二人はこの半年間で様々なことを話していた。それこそ自分たちの人生の細部まで話しつくした。そして、お互いを共通の目的を持った同志であると考えるようになった。

 二人の共通の目的は『国王暗殺』。その目的達成のため、戦闘訓練を積んできた。時にはスラム街の荒くれ者とも幾度となく争ってきたが、それも訓練の一環と思えば苦ではなかった。リンドはいつの間にか鬼気迫る顔をしていた。そして意を決して慎重に言葉を絞り出す。

「なぁ、ライル。そろそろ良い頃合いじゃないか。いつまでもこんな生活うんざりだ。俺らならもうやれる。計画を始めよう。」

ライルは歩みを止めた。

「うん? どうしたライル。早く行こうぜ。」

リンドの声掛けにもライルの足は止まったままだ。そして、しばらくしてライルは口を開く。

「俺達が今、行動に移したとして…、やれると思うかい。奇跡でも起きない限り無理だよ。」

リンドは珍しくライルに噛みつく。

「そんなこと言っていたら、いつまで経っても国王は殺れないぜ。奇跡を起こすしかないんだよ。それが今だ。」

 ライルはリンドに追い打ちをかける。

「君は何も分かっていない。今の俺達だけでは無理なんだ。冷静になってくれ。俺はもう大切な人を自分の失敗で亡くすわけにはいかないんだ。」

 リンドはそこまで言われると何も言い返せなかった。ライルの気持ちが、自身の胸にも同じ熱量・痛みで伝わってきた。

「ごめん。お前の言う通りだ。まだ焦って行動に移す時期じゃないよな。」

 そして、二人はまた帰路についた。

 次の日、ライルは目を覚ました。

「リンド、おはよう…。」

 リンドの返事がない。不思議に思い、リンドの寝床に向かうが、姿はない。ライルは僅かな心配をしつつも、もう一度眠りにつこうとした時、外から微かに叫び声が聞こえた。どうやらリンドは王国の警備兵と争っているようだった。

 ―末端の警備兵とはいえ、今問題を起こすことは危険だ。しかも警備兵のほとんどは傭兵が雇われていると聞く。手遅れじゃないといいが。

 ライルのは事を収める算段を企てながら急いで寝床を飛び出した。

「お前ら警備兵のくせしてこんなに小さな子に何してんだ。」

 リンドの傍らには小さな少女が倒れていた。

「いきなり何だ。王国の警備兵に逆らうなんて許されることではないぞ。貴様も同じようになる覚悟があるんだろうな。」

 警備兵二人の内一人が声を上げる。

「まぁ待て、最近は事件らしい事件もなくて暇を持て余してるんだ。ここは俺に遊ばせてくれよ。」

 そう言って警備兵の一人がリンドの前に立つ。

「大人からじゃあ示しがつかねぇからな、小僧から来いよ。」

「へへ、それじゃあお言葉に甘えて…と。」

 リンドは言われたように警備兵の顔面に蹴りをお見舞いした。

「あらら、殴り返してこないのかよ。つなんねぇな。」

リンドの皮肉も耳には入ってこず、気絶している。

「お次はあんただぜ、この子の痛みしっかり受け止めな。」

 リンドが殴りかかろうとしたその時。

「リンド、やめろ。」

 ライルの大きな声が狭い路地に響き渡る。リンドは直前で殴ることを急停止した。

「リンド、その子を連れてこっちへ来るんだ…。警備兵さんお騒がせして申し訳ありません。今後このようなことがないようにしますので、今日の所は見逃してください。この通りです。」

 ライルは深々と頭を下げた。

「はぁあ?できるわけねぇだろ。こっちは一人やられてんだぞ。」

 そう言ってライルに近づき、頭を叩きつける。ライルは膝をつき、顔は地面に貼り付く。そして、警備兵はその上から頭を足で踏みつけた。

「お前らゴミは俺らに従っていればいいんだよ。一生調子に乗らねぇようにゴミ共のしつけをしなきゃならねぇ。」

リンドは我慢の限界に達し、強く一歩踏み出そうとするが、ライルはリンドの行動を先読みし、腕を開き無言で動きを制止した。そして、警備兵の足を掴み力ずくでじわじわと持ち上げていき、警備兵を鋭い眼光で睨みつける。

「きょ…今日の所はこれくらいにしてやる。覚えておけよ。」

そう言って足早にその場を立ち去って行った。

「ライル…、大丈夫かよ。」

 ライルはリンドを睨みつける。

「ご…ごめん。昨日の今日だってのに、後先考えず動いたこと反省してる。」

 リンドは猛省している。そんなリンドを見てライルは笑みをこぼした。

「まぁ、こんなに小さい子がいたんじゃ仕方ないかな。それより君名前は? いくつかな?家はどこ? お父さんかお母さんは?」

 少女はまだ恐怖が拭えない様子で答える。

「レイス…。八歳…。お父さんもお母さんも連れていかれちゃった。」

 どうやら両親は何らかの理由により、警備兵に捕らえられてしまったようだ。

「とりあえず、しばらくはうちで預かろうか。行くところもないようだし。」

 ライルの一言でリンドの頬の硬直も綻んだ。


 翌日、二人はレイスを連れていつものように食糧調達に向かう。慣れた手つきで次々と盗みを働いていく…はずだった。リンドが、最後の商品をバッグへ入れようとした…その時、何者かにバッグへ突っ込んだ手を掴まれた。

「おい、兄ちゃん。盗みはいけねぇな。」

 リンドの顔が急激に曇った。

「やだなぁ、盗んじゃいないです…よっ。」

 その瞬間に、リンドは腕を振りほどき走り出した。しかし、次の瞬間…進行方向とは真逆に体が飛ばされた。リンドは何が起こったか理解できなかった。

「兄ちゃん、逃げ足は速いじゃねぇか。おかげで勢い余って投げ飛ばしちまった。」

男の足音が次第に近づいてくる。そして男の姿を捉え、脳裏に戦慄が走った。その男は並みの大人の三倍は大きいと思わせる程の体格と威厳があった。

「よぉ、やっと顔合わせられたな。窃盗罪で逮捕する。それと、昨日はうちの部下が世話になったみてぇだな。」

 リンドが捕まろうとしているその時、異変を感じたライルも、レイスを連れてようやく駆け付けた。

「リンド、大丈夫か。その男は誰だ。」

 レイスを自身の後ろへ隠し、ライルはめずらしく感情的な声で、緊迫した表情を覗かせた。何者か知らない大男からとてつもない重圧を感じ、額からの雫を一滴、地面へと垂らした。

「これは申し遅れてすまない。俺は警備兵団長のルーベルトだ、よろしくな。昨日、うちの部下が少女を助けようとした時に、子供二人に不意打ちで暴行を加えられ、少女を誘拐されたと報告が入っている。それに、ここらでは前々から窃盗が続いていてな。今回の状況も含めると全てお前らの仕業で間違いないよな。」

 ライルはリンド以上の長い戦慄に見舞われ、抜け出すことができなかった。

 ―ルーベルトだって? そいつはこの国の英雄の名前だ。傭兵で身分も高くはないが、戦争のたびに武功を上げ、権力者も簡単に口出しできないと言われている。まさか、本当にそんな奴がこんな所にいるのか? しかし、本当であればまずいことになった。この逆境を切り抜ける方法はあるのか。

 ライルは瞬時に思考したが、妙案は浮かばなかった。ついには思考が停止してしまい、全身が動かなくなった。その姿を見たリンドもまた愕然とした。ライルが勝てなければ自分達に勝ち目はない。そのライルが諦めたのだから、リンドもまた諦めるほかなかった。その時、レイスがライルの手を精一杯握りしめた。

 ―はっ! 俺は今何を考えていた。いや、何も考えてなかった。考えることを止めてしまっていた。でも、今更何を考えても手遅れだ。だけど、ここでやらなければどちらにしても俺達は負ける…。やるしかない………。

 一呼吸おいて、ライルはリンドと一瞬目を合わせ、振り返りレイスを見つめた。

「レイス、手を握ってくれてありがとう。俺はもう大丈夫。レイスのおかげで勇気が湧いてきたよ。すぐに終わらせるから、レイスはそこの花壇に隠れていて。分かるかい。」

 レイルは深く頷き、心配そうな顔で何も言わずに花壇の裏に身を潜めた。

「ルーベルトさん。僕たちは帰らせていただきます。そこをどいてはもらえませんか。」

 ルーベルトは改めてライルの前に立ち仁王立ちをして見せた。

「おいおい、そんな訳にはいかねぇな。連れて行って、事情聞くぐらいはしなきゃな。」

ライルは持っていた剣を抜いた。

―あの時、兵士を殺し奪った剣。何人もの血で染まった剣。こいつを抜く度に吐き気がする。だけど、こいつが俺を守ってきた。強いものが奪い、弱い者が奪われる。俺はこの人を殺るしかない。

ライルは眼を瞑り、三度深々と呼吸をした。その後、ゆっくりとと眼を開けた。直後、閃光のような速さでルーベルトに襲い掛かる。だが、ルーベルトも体格ほどある大きな大剣を抜き、軽くあしらった。

「おぉー、なかなか力強い剣をふるうねぇ。」

ルーベルトはライルを褒めるが、余裕な表情を崩すことはない。ライルは間髪入れず手数をかけた。しかし、ルーベルトの大剣に吹き飛ばされ、壁に強く激突する。一瞬で息が全てこぼれる。その瞬間を見逃すまいとルーベルトが迫ってくる。ライルは呼吸が整わないままルーベルトと接触する直前で壁を蹴りルーベルトの頭上を飛び越え、離れ際に背部を切り裂いた。

「うぅ、痛いねぇ。お前かなり良い動きするじゃねぇか。うちの若い奴らなんかよりよっぽどやるぜ。」

 どうやら傷は浅く、まだまだ余裕があるようだ。

「団長様に褒めてもらえるとは、光栄です。このまま負けていただけると助かるのですが…。」

 そう言って再度切りかかろうとした時、左足が疼く。ルーベルトを飛び越えた時、ライルもまた去り際の抜き足を切られていたのだ。

「ようやく、気づいたか。お前、全然気づかないんだもん。アドレナリン出すぎだろ。まぁ、抜き足が早かった分、足が切り落ちなくて良かったな。」

 そう言って、ルーベルトがライルに近づいてくる。しかし、ライルは動けない。そして首を鷲掴みにされ、軽々と持ち上げられる。

「頼む、やめてくれ!」

リンドが叫ぶ。レイスもまた恐怖に潰され泣きじゃくっている。

「おい、言い残したことはあるか。」

ルーベルトはライルに問う。そしてライルは行き絶え絶えの中、気丈に振る舞い答える。

「別にない…。ただそいつらは見逃してやってくれ。全て俺が命令してやらせたことだ…。レイスも、貴方の所の兵士に痛めつけられているところを、リンドが助けただけだ。頼む…。」

ライルはそう言って気を失った。そんなライルを見てルーベルトは微かに口角が上がった。

「合格…。」


 ライルは眼を覚ました。

「ここ…どこ、みんなは…。」

見慣れない景色に、左足の新鮮な痛みが相まって状況の把握ができなかった。

「おぉ、目を覚ましたのか。」

 聞き慣れた声が耳から優しく入り込んでくる。リンドだ。その横で、レイスが目に涙を浮かべていた。

「此処どこ? 俺、どうなったんだい。」

「ライル。お前、三日も眠り続けたんだぞ。心配させやがって、無茶するなよ。」

ライルとリンドが言葉を交わしていると、遠くから声が聞こえる。その声にライルの傷は深く疼き、誰が来たのか悟った。

「何の用ですか。」

ライルは睨みつける。

「目覚めたのか。ライルって言ったか。お前が目覚めないと、こいつら俺達と話もしねぇって言うから困ってたんだ。せっかく、治療してやってるっていうのによ。」

 ライルは耳を疑った。

 ―治療? どういうことだ。何故、敵だったのに三日で治療されるようになっている。何か企みでもあるのか。

 難しい顔のライルに、ルーベルトは続けて言う。

「ようやく三人揃った所でお前らに話しておくことがある。」

 ルーベルトの顔から笑顔が消えた。

「順を追って話そう。まず、四日前の兵士からの少女への暴行だが、もともと報告を受けた時点でそいつが嘘を付いていることは分かっていた。たまたま一部始終を見ていた別の兵士から、正しい状況報告が届いていた。よって、二名の兵士は除籍とし、投獄した。こいつらは他にも子供から老人まで何度も暴行を働いていた事実も確認している。警備兵団長として謝罪する。すまなかった。」

 三人は意味を理解するのに必死だった。

「続けて、それを分かりながら誘拐だの、兵士への暴行だの虚偽の疑いをかけたことも認める。すまなかった。しかし、お前らが盗みをしていたのは本当だろう。」

 ライルは沈黙し、わずかに頷いた。

「正直な奴で良かった。俺は、その事について咎めるつもりはない。事実も隠ぺいする。その代わり、もうするな。」

 ライルが言葉を出すより先にリンドが声を発した。

「そんなこと分かってる…。俺らだっていけないことくらい分かってるんだよ。だけど、俺らは罪もないのに国に奪われた。子供だけじゃ盗みをしないと生きていけねぇんだよ。綺麗ごとだけじゃあ、奪われていくだけなんだ。」

 ライルの思っていたことを全てリンドが言葉にした。それでも、ルーベルトは微笑んだ・

「言いたいことは分かる。俺も昔はそうだったからな。だから、お前らには傭兵として俺の下について働いてもらおうと思う。この間はそれに値する人間かを見極めに行った。身のこなしだけじゃない、強敵に向かう勇気、そして何より仲間を思いやる気持ち。それらがお前らにはあった、特に、ライル。お前は別格だ。だが、勇気と無謀をはき違えるな。そいつをこれから俺の下で学ぶんだ。あっ、嬢ちゃんは別な。三人で暮らせる場所を用意する。俺の下で働けば金も手に入る。悪い話じゃねぇだろ。」

 三人の心に揺らぎが見えた。しかし、ライルは拒否する選択をする。

「二人を頼みます。俺は、どうなっても国のために働くことはできません。家族が…村の人全員が殺された。僕は…いや、俺は王が許せない。」

「それは、お前の命よりも大切なのか。仲間を悲しませてまで通すことなのか。その年で辛い経験だっただろう。だけどな、今お前に残された物は何だ。それをよく見つめて、それに恥じない生き方をするんだ。殺したい程憎い相手のためになるとしても、生きることだけは捨てるな。そいつのためだけの人生なんて虚しいだけだ。」

 ライルはしばらく優しい言葉に関わる機会がなかった。そのため、感情の閾値が低く、久しぶりに涙が流れた。


 一方、オーディナー町では、仕立て屋で忙しく働くリタの姿があった。しかし、最近ではリタ目当てで仕立て屋に来る客も多くなっていた。その中の一人、ラウドという男もまたリタに夢中であった。

「おい、ランス。今日も来てやったぞ。」

 ランスに対し、誰から見ても偉そうな態度であった。

「ラウド様、お越しいただき誠にありがとうございます。今日は何をお探しで。」

ラウドはランスの肩に腕を伸ばし、小声で話をした。

「リタを儂の養女にする件はどうなっておる。そろそろ我慢ならんぞ。」

「そ、それは丁重にお断りしたはずです。リタは我が子でも何でもありません。私が決められることではないのです。」

 ラウドはあからさまに不機嫌な態度をとって見せた。

「何だと。この店は客の注文も断る。まるで馬鹿にしておる。こんな店より隣町の仕立て屋の方がかなり出来が良いわ。」

 ラウドの叫び声により、客が揃って店を後にする。

「これで人払いはできたな。なぁ、ランスよ。儂、少し小耳に挟んだのだが。少し前に山を越えたところにある田舎村が国家反逆として、燃やされたそうだ。それでな、その村にはローズという女性とリタという娘がおったそうだ。今この屋敷に居る者が誰かは知らぬ。人違いならそれでも良いが、国に報告したらどうなるかの。」

 三人は恐怖した。


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