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みんなでお引越し

今の一部屋では手狭になったので、引っ越しすることに。

丁度上に空きがあるとのことなので・・・

  【お引越し】


 私とお父さんは今、不動産屋さんに来ている。

私は今の部屋でいいと言ったのだけど(狭いほうが落ち着く)、

お父さんが言うには、

『一人の部屋も必要だと思う。』

『友達が遊びに来てもいいように』

なのだそうだ。


今まで、そういう部分には壁を作ってきたから家に友達を呼んだこと

もないし、呼びたいとも思わなかった。

だから、誰かの家に遊びに行ったこともない。

・・・遊びに行きたい、という気持ちはどこか蓋をしていたかもしれ

ないけど。


「ここと、ここが空いてるそうだけど、どうだ?」


お父さんは2つの部屋を指して私に聞いてきた。

全体の広さは同じ位で、間取りが少し違う。


書斎っぽく使える部屋がある3部屋タイプと、二つの部屋が少し広い

2部屋タイプだ。お父さんは本がいっぱいあるので書斎はあると嬉し

いけど、部屋数は少ないほうがいいかな。


「私はこっちがいいな。」

それで、二部屋タイプの方を指した。


  (あっ!! ちょっとまって!!

           今ちらっと不動産屋さんの資料が見えた!

   お部屋の値段! 

   値段がとんでもないことになってます!!

お父さん!!             )


「それじゃぁ、ここで。」

「はい、承知いたしました。ありがとうございます。

 お引越しはいつ頃をお考えですか?

 すぐにでも入れますが。」


  (あぁ・・・・。いいの?)

 

私はちらりとお父さんの横顔をのぞく・・・


「今週の土日に引っ越そうかと思います。」

「はい、承知いたしました。

 業者とか、手配はいかがいたしましょうか?」


・・・


 お父さんは、業者は自分で頼むということにして、二人で不動産屋

さんを後にした。


  【伸朋】


 市役所で戸籍の異動手続きを終えた後、今住んでいるマンションの

不動産屋さんに寄り、今の部屋の売却と空き部屋の購入手続きをした。

前もって連絡を入れておいたため、梨桜の希望を聞いて判を押すだけ

の簡単な手続きだ。


私が今の部屋を買った時には、部屋によってだいぶ価格に開きがあっ

たのだが、今になるとその差は縮まっており、7年前に比べると割安

感のある引っ越しとなった。


今の階は5階、新しい部屋は17階となり、18階建てのこのマンシ

ョンではとてもいい部屋となる。


共用できる部屋が一つあるといいかな?とも思ったのだが、梨桜の希

望で2部屋タイプの方にした。


「それじゃ、今日は少し遅くなったし、何か食ってくか?」

「うん。・・・じゃぁ・・・焼き肉がいい!」

「よーし、じゃぁ、焼き肉宮さんにするか。」


娘と二人なら、飾らないファミリーユースの店がいい。

私は、チェーン店でありながら十分おいしい肉を用意してくれる店へ

と向かった。個々の客層は基本的にファミリーでありながら、低価格

と高品質もあって若者のデート用にも使われ、それゆえ気軽ながら騒

々しくなく良い店だ。


梨桜と二人で肉を焼きながら、たわいもない話をする。


そして、

『それはまだ』・・・だの、

『こっちが焼けた』・・・だのといいながら、


会話の合間合間に焼けた肉と野菜をほおばっていく。

こんな何気ない一コマが、とても大きな、かけがえのないものに感じ

て腹よりも胸の方がいっぱいになってくる。


この子が大きくなり、好きな人ができ、結婚するときはちゃんと祝福

してやれるのだろうか?


私のような武骨な人間が、娘の結婚式で泣いたりしたら周りはさぞか

し驚くのだろうな・・・。


   【梨桜】


 今日はとっても慌ただしく、私的には激動の一日だったのではない

かと思う。お父さんと本当の意味での親子になり、引っ越しの手続き

までしてしまった。今の部屋にはまだたった二日しかいないのだけど、

いろいろ買ってもらったからか、とても根を下ろした気になっていた。


 引っ越し先は目もくらむようなお値段の部屋だったけど、17階か

ら見るこの町は私の目にどう映るのかな・・・とか考えたり。


  (ポチャン)


私のものはわずかだけど、お父さんの荷物は結構多いので、運ぶだけ

で三日はかかりそうだな~・・・とか思ってみたり。


  (ポチャン)


そんな感じで、一日を振り返りながら、湯船につかって幸せをかみし

めた。


 お風呂からあがり、二人並んでまったりと本を読んでいる。


お父さんの蔵書はかなり多い。

警察物、推理ものが一番多いけど、驚くべきことにラノベも結構いっ

ぱいあったりする。ざっと見、全部で300冊以上はありそう。


今読んでいるのは、昨日から読み始めたシリーズの2巻目なのだけど、

とってもほんわかした書き口で私はとても好きになったのだ。


章の合間に、カップに口をつけ一息入れると、お父さんが頭をなでて

くる。


心の中にある空白が満たされていく。


   【伸朋】


 朝、いつものように二人で朝食の準備をして、飯を食い、家を出る。

これから、当たり前になっていくであろう時間が心地いい。


 会社に出て、いつものように仕事を一段落させて、人事課に向かう。


住所変更の手続きを終えると、ちょうどお昼時になったので、課内に

声をかけてからお昼に向かおうとすると、今日も約半数の6人がつい

てくる。

今まではなかったことだ。


 食事の合間に、部屋が手狭なのでちょうど空いている上の階へ引っ

越す旨を伝えると、驚いたことに皆が手伝いに来てくれるという。


「業者を頼もうかと思っていたんだが、手伝ってくれるのはありがた

 いな。終わったら飯でもごちそうする。」

そう言うと・・・


「いえいえ、ぶっちゃけ娘さんを一目見たいだけですから!」

・・・青木は笑って言う。


「私も、課長の娘さんに会えるのを楽しみにしています。」

そう芹野が言うや否や・・・


「いや、芹野、お前は早速娘さんに取り入りたいだけだろ!」

・・・と、鈴木がバッサリと切って捨てるような突っ込みを入れる。


こいつは本当に容赦がないというか、だがそれでいて嫌味が全くない

のが良いところなのだ。

が・・・、それでも、このタイミングでそれは言い過ぎだ。


しかし・・・


「はい(笑)、この機会に娘さんに気に入ってもらえるよう頑張ります。」

そう言ってにっこりと微笑む。


なかなかどうして、芹野も負けてはいない。


・・・俺としては、この場は頭でも掻いてごまかすしかない。

話をどちらへ振っても、あまりいい結果にはなりそうもないのだから。


 しかし、これほど直球で来られては、ちゃんとケジメをつけなきゃ

いけないなと覚悟を決める。


 15時のお茶タイムに立った芹野を捕まえて場所を移動する。


「芹野、お前の気持ちは入社時から感じてたし、俺も拒絶こそしてこ

 なかったが、そういう気がない事は行動で示してきたと思う。

 申し訳ないが、これだけ年の離れたお前をそういう目で見ることは

 俺にはできそうもない。

 それから・・・これからは愛情のすべてを娘にそそがにゃならん。

 一滴たりとも他へは注げないんだ。

 だから、もし手伝いに来てくれるのなら、そういう感情を娘の前で

 出されるのは勘弁してほしい。」


私はできるだけ簡潔に要点をまとめて芹野に告げた。

いづれこういう日が来るとは思っていたのだが・・・

実際に来てしまうと、胃に鉛が入ったような気持ちになる。


「はい、課長の気持ちは十分わかっています。

 さっきのは、・・・あれは、

 ・・・あの場のノリで、すみませんでした。

 もう、私のキャラ的には課長に片思いするイタイ部下で固まっちゃ

 ってまして・・・テヘヘ・・・」

 (その瞳から雫が静かに流れ落ちる。)


「でも、娘さんが卒業して、結婚して、そうすると課長はどうするん

 です?

 ・・・ってそれは課長次第なんですけど、

 私も、ずっと課長を見ていられたらそれで幸せかなって思います。

 迷惑は絶対掛けませんので。

 ほら!こういうおちゃらけたやつだから、

 ストーカーとかにはならないですから!

 安心してくださいねっ!


 それに・・・

 他に、人を好きになれそうもないですし・・・。」


そこまで言うと、芹野は涙を拭き離れて行った。


想像以上に好かれていたらしい事実に、少しだけたじろいだ。

こんな朴念仁のどこを気に入ってくれたのだろうか・・・。


ただ、今の私の心にはあの頃の唯が住み着いていて離れてくれそうも

ない。あの当時でさえ、こんなに愛おしいと思ったことなどないとい

うのに。


  【旧友】


「よう」


晩飯と洗い物が終わったのを見計らったかのように電話が鳴った。

出てみれば土井だ。


「おう、どうした?」

「いやな、お前ひとりもんだったよな~、社員に聞いたら娘を乗せて

 たっつーもんだから。」


「あぁ、元カノが育てていたんだ。ガンで死んだ。それで引き取った。」

「そうか。・・・ご愁傷さま。

 ・・・今の部屋じゃ狭いだろう?どうするんだ?」


「あぁ、娘も早速ご近所と顔なじみになったしな、上に空きがあるか

 らそこに引っ越す。」

「いつだ?」


「今週の土曜だ。」

「お!、ちょうど俺も休みだな、手伝いいくわ。」


「いや、おまえ署長だろ。いいのかよ。」

「あぁ、まぁ、大丈夫だろ。事件でも起こらなきゃな。」


「そりゃありがたいな。そういう事ならあてにさせてもらう。

 けどまぁ、急用ができたらまた連絡くれ。」

「おう。それじゃな。」


しかし・・・警察署長が、一般人の引っ越しに手伝っていいのか?


  【梨桜】


今日も寝付けないので、お父さんのベッドにもぐりこんでいる。

「ねぇ、おとうさん。」

「ん?」


「タバコ吸わないんだよね、においしないし。」

「あぁ。煙の臭いは嫌いじゃないけどな。親父も爺さんもヘビースモ

 ーカーだったし。お母さんも吸わなかったよな?」


「うん。お酒はたまに会社の人と飲んでたけど。

 酔いつぶれて帰ってきてたこともあるし。」

 (正直、酔いつぶれたはちょっと話を盛っている。)


 お母さんは月1くらいで会社の人と(たぶん上司だと思う)飲んで

は帰ってきた。もちろんそんなに遅くまで家を空けたりはしなかった

けど。

 水曜日が残業なしの日だとかで多かったように思う。

時にはかなり酔っている日もあった。

それでも前後不覚なんてことはなかったけど。


ウチの経済事情から日頃贅沢もできないので、たまに楽しそうに帰っ

てくる様子を見ると私はほっこりした気分になった。


「あの唯さんが酔いつぶれるとは、想像できんな。

 俺より強かったと思うぞ。」

「・・・お父さんのこと、忘れたかったとか?」


「そうだとしたら、ヘタレなオヤジですまん。

 3人仲良く暮らせてたかもしれんのに・・・」


お父さんの目からは涙がこぼれ落ちている。


「賠償請求します!(笑)」


そう言うと、ぎゅっと抱きしめてくれた。

あぁ・・・なんかとっても・・・満たされる。


  【みんなでお引越し】


 土曜日、朝食は早めに済ませて、二人で荷造りを確認した。

今日は会社の人と、友達(警察署長さん)が手伝いに来てくれるらしい。


お父さんは今の会社のことを結構ビジネスライクに話していたけれど、

引っ越しのお手伝いに来てくれるって、結構アットホームなのでは?

それと、なんだか人望があるような気がしてちょっとうれしい。


『リリーン、リリーン』


と、誰か来たみたいだ。


「「はーい」」


 お父さんが玄関を開けると、中年というにはちょっと若い男の人が

二人、若者というにはちょっと疑問の男の人が二人、それと若い女性

の5人が立っていた。


「おはようございます。課長。」

「みんなおはよう。今日は悪いな。」

「紹介するよ、娘の梨桜だ。」

「はじめまして。梨桜といいます。今日はありがとうございます。

 よろしくお願いします。」


「おお~~、可愛らしい娘さんですね。」

「目元が良く似ています。」

「堅物の課長から、こんな天使のような娘さんが!」

「おいおい!」

「佐藤さん、セクハラはしないでくださいね。」


・・・それから5分くらい、私へのいじりが続いた。

 (なんだか恥ずかしいやら嬉しいやら・・・)


やっぱり、どこどこが似ているとか言われると嬉しい。

目元は前にも言われたから、やっぱりそうなのかな~などと思う。

ちょっと人とのつながりに飢えているのかもしれない。


 梱包は大体済んでいるので、みんなして台車に乗せてエレベーター

で17階まで。


そして、行って帰ってくると、がっしりした感じの男の人が二人待っ

ていた。

この人が友達の警察署長さん?


髪は短め、肌は程よく焼けており、目力が強い!

そして、その後ろの人は見覚えがある。


「おー、おはよう、悪いな、助かるわ。」

「おはようさん。こいつもこの間のお礼が言いたいっつーから連れて

 きたわ。」

「おはようございます。この間は情報をあげていただき助かりました。

 私は篠田と申します。」


「いや、こちらこそ、今日はありがとう。

 こっちがうちの会社の若い衆と、娘の梨桜だ。今日はよろしく。」


「 「おはようございます。」 」


「それから、みんな、こっちが手伝いに来てくれた友達の土井と、篠

 田さんだそうだ。」


「本間とは、小学校からの付き合いなんだ。よろしく。」


会社の人たちは、最初こそ、ちょっと強面の土井さんと篠田さんに面

食らった表情をしていたけど、すぐに、お父さんのことをあれこれ聞

いて笑っていた。


土井さんも、『こいつは堅物で困るだろう』、みたいに話すと、

『お前には言われたくないわ』とお父さんは反論していた。


私としては、お父さんには物静かで優しいイメージしかないのだけど、

会社の人は気さくに話しながらも一歩ひいている。それにひきかえ、

土井さんの幼馴染なんだな~、と思わせるざっくばらんな話し方は、

みんなの距離を縮めていくように感じた。


学校でもそうだけど、会話の輪の中に距離感の近い人が混ざると全体

の距離が縮まっていく人間模様って、おもしろいな~と思う。


そうして、引っ越し作業はめちゃくちゃスムーズに進み、あれだけあ

った荷物を小一時間ほどで運び終えてしまった。


お父さんの仕事場の人たちも、コンピューター関連の仕事とは思えな

いくらいてきぱきと動いていたけど、やっぱり警察官の二人は体力と、

何より運ぶ手際が良いのと、扱い方が丁寧なのが素人目にもはっきり

と分かった。


日々、証拠品を取り扱っているたまものなのだろうか?


・・・それと私は一つの発見をしてしまった。

   後でお父さんを問いたださねば。


「みんなありがとう。おかげで助かったよ。

 お昼でも、と思ったがちょっと早いな、向かいの喫茶店でお茶でも

 飲んでそれから何か食いに行こうか?」


「 「ごちそうさまでーす。」 」


 みんなでマンションの外に出ると、お向かいの杠さんがいた。

たまちゃんの散歩から帰ってきたところなのかもしれない。


「ごきげんよう。今日はお引越し?」

「こんにちは。ええ。今の部屋だと手狭なので上の階に引っ越しました。

 同じ建物なんで、引っ越した感はないんですが。(笑)」

「そうなの。これからもよろしくお願いしますね。」


軽く挨拶をして杠さんは家の中へ入っていった。

こんな何気ない挨拶でも、目線でゆっくり私たち皆を見回してゆるく

腰を折るその姿は、もう美しいとしか言えない。


今の私の目標だ。


喫茶店であれこれ話をして(主に私の事)、お昼は焼肉屋さんに行くこと

になった。


みんな車で来ていたので、場所を確認してそれぞれの車に分かれる。

土井さんはいかにも警察官が乗っていそうな雰囲気の黒い外車、

会社の人はワゴンタイプの車1台で来ていたみたいだ。

車に乗り込む前に、土井さんと篠田さんはサングラスを掛けた。

うーーむ。これぞまさしく『ポリスメン』って感じだ。


 『デデデデン・デン・デデン』

・・・とかBGMが聞こえてきそう。


 この辺りは割と住宅街なのだけど、車で2,3分走ると大通りに出

られ、その通りには結構どんなお店でもある。


着いた焼肉屋さんはシックなたたずまいの高級そうなお店だ。

この前お父さんと行った『焼き肉宮さん』はチェーン系のお店で、た

たずまいからして全然違う。

お手伝いしてもらったから奮発するのだろう。


お店に入ると、予約も取っていたみたいで10人くらい入れる個室に

案内された。


四隅には観葉植物が置かれ、楕円形のテーブルの上には大きな排気の

換気扇がついていて、その真ん中に二人お店の人がいる。


「いらっしゃいませ。」とにっこりあいさつしてくれた。


どうやら、自分たちで焼くのじゃなく、お店の人が焼いてくれるみた

いだ。


会社の鈴木さんと青木さんが、『高そうなお店ですね~』というと、

「本間は独身で金があるから、遠慮せずガンガン食べてやってくれ」と、

土井さん。


「俺は結構何喰っても、割と美味いと思う方なんだが、ここは本当に

うまいと思う。おすすめだ。」と、お父さん。


思い思いの席にみんなが座ると、

「まずはお任せで焼いてもらって、そのあと好きに注文してくれ。

 それから、代行も呼んでおくから、アルコールも存分にな。」

とお父さん。


すると、会社のみんなが『えっ?』という表情をする中、いち早く土

井さんが、

「おー、サンキュー。真昼間から飲むビールは最高だ。」と言うと、

その場の空気が『甘えちゃっていいんだ』的なものになるから不思議だ。


こういうのを、阿吽の呼吸というのだろうか。

やるな、土井さん、いい男だぜ。


  【芹野】


 引っ越しが終わった後入ったのは結構有名な焼き肉店だ。

ただ、かなりいいお値段なので、友達同士で気軽に来るというわけに

はいかないお店。

二人の係長は知らなかったようだけど、あとの二人は物知り顔ではあ

った。


カウンターの内側で、店員さんが一品づつ説明をしながら焼いてくれる。

このもてなされ感が素晴らしい。


引っ越しを手伝いながら、私は課長と娘さんの様子を感じ取ろうと頑

張った。分かったのは、暮らし始めてまだ1週間しか経っていないに

もかかわらず、二人の距離は長年一緒に暮らしてきた親子と言っても

全く差支えのないレベルだということだった。


それに、ふたりのカラーはとても良く似ていた。


高校時代、大学時代にも一つのグループが形成されるとそこに特有の

カラーが生まれる。


というかそういう同じカラーをもつ子が、居心地が良いから自然と集

まるものなのかもしれない。類は友を呼ぶ、というやつなのだろう。


親子兄妹にもこういうのが当てはまる家族と、そうでない家族がある

ことを、私は中学生位の年には感じていた。

そして、本間課長親子は前者で、まちがいなく実の親子だろう。

鈴木係長が言ったように、目元もとてもよく似ている。


 お店に入って、本当は課長の横に座りたかったのだけれど、左隣に

は友達の土井さんが、反対側の席には当然ながら娘さんが着いたので、

私は斜め向かいの席に座っていた。


昼食会は、土井さんと、ウチの若手の佐藤さんが会話を盛り上げるな

か進み、時折課長の昔話や、娘さんの近況などが聞けた。


やはり、課長は相当の頑固者で、奥手だったようだ。

また、会話の中で友達の二人は警察官であるということが分かり、ウ

チのみんなは相当びっくりしていた。


私も、てっきり報道関係か雑誌関係かと思っていたので、思わず身構

えてしまった。


・・・別にやましいことがあるわけではないのに。


と、どこが発端となったのか、格闘技とか体術とかの話になった時だ。


「俺もあんまり武闘派じゃないから、若い頃は結構しごかれたもんだ。

 まぁ、こいつに稽古をつけてもらってからだいぶマシになったが。」

と、土井さんが言った。


え?課長が、警察の人に稽古をつけるって?・・・そう思っていると、

「課長が土井さんに稽古を?なんかやってたんですか?課長?」と鈴

木係長が聞いてくれた。


「おいおい、変なことを言うからこいつらが誤解するじゃねーか。

 鈴木、俺は柔道も剣道もその他もろもろ、全くやったことはないん

 だからな。勘違いは勘弁してくれ。」


「あぁ、まぁ、確かにあれは学校で習うような感じの動きじゃなかっ

 たな。ありゃなんなんだろうな。全く心当たりがない。」

「あのな、あんときも言ったはずなんだが、ちょっとだけ護身術っぽ

 いのを手ほどきされただけだ。た・だ・の・親戚の坊さんに。」


「まぁ、確かにそう聞いたな。で、そのお前に稽古をつけてもらった

 藤岡は今年の大会に出ることになった。」

「稽古をつけたわけじゃないし、そんなに立場が上なわけでもない。

 みんなが誤解するから、この話は、やめねーか?」

「ぷっ。わかったわかった。」


もっともっと課長のことを知りたい私は・・・

「あのぅ~~、私気になります。」と言うと、

「ですよね、芹野さん。私もとっても気になります。お父さん。」

と、娘さんが援護射撃を撃ってくれた。

(なんてかわいらしい!)


「ふぅ。ほんとに大したことじゃないんだ。今言ったことが殆ど全て

 だからな。うちの親戚に坊さんがいて、小さいころちょっとだけ護

 身術を教えてもらったことがあるんだ。と言っても、ほんの夏休み

 の間だけだぞ?で、10年以上も前に土井と友達がなんだか苦労して

 そうなことを言ってたから、俺は目線を変えてみたらどうだ?とい

 うような感じでほんの小1時間も相手をした。今話に出た藤岡さん

 っていうんだがその人にもちょっとだけ相手をした。

 相手をしたといっても、指導なんておこがましいもんじゃないぞ。

 ただ、それがためになってくれたというなら、俺としちゃ嬉しいが。」


「あぁ、まぁそんなとこだな。

 おかげでその目線っつーのが変えられて、俺も山本もその後のしご

 きから逃れることができたわけだ。藤岡のほうは、あれは見違えた

 な。」


「へ~~、聞いてるだけじゃよくわからないですけど、凄いってこと

 だけは分かりました。」

「ですよね、鈴木さん、柔道の経験もない一般人が、プロの目線を変

 えさせるだなんて!」

「あのな、芹野、人ってのは誰からも学ぶことがあるし、そうである

 から成長できるんだ。

 俺だって、ほぼ毎日のようにお前たちから学んでるんだぞ?」

 (え?、課長が私たちから学ぶ・・・?、なにを?)


「お父さん、私からも何か学んだ?」

「もちろんだ。お前からはこれまでで一番たくさんのことを学ばせて

 もらったよ。ありがとう。」

「えへへ。」

「はーい、課長、ごちそうさまでーす!

 甘ーい空気はこれくらいにして、次の話題行きましょー!」

この甘い空気に耐えきれなくなった鈴木さんが強引に話題を〆た。


  【梨桜】


 お父さんの友達と、会社の人とすごく楽しく焼き肉を食べて、引っ

越したばかりの部屋に帰ってきた。


家具もとりあえず置いただけのあり様で、布団もかけていない。


お父さんは結構酔っぱらっていると思うのだけど、ベッドを作ろうと

するので、


「おとうさんっ!、そこ座ってて!」


と、ソファに押し倒して、私がベッドメイキングにかかる。


まだ4時だけど、とりあえず一休みしてもらおう。


・・・問いたださなきゃいけないこともあることだし。


お父さんがベッドに横になると、すかさず私はベッドの横に肘をついた

(ちょっとあざとい)姿勢で話しかけた。


「ねぇ、お父さん?」

「ん?」

「芹野さんって~・・・お父さんの事を~・・・?」

ちょっとジト目で見つめてみる。


「あぁ、気づいたのか。

 親子ほど離れてるのにな、なんかすごく好かれているようなんだ。

 ただまぁ、俺はそういう目じゃ見れないからってはっきり伝えてある。」


・・・これは驚いた。なんときっぱり振っていたらしい。

そういえば、そんな雰囲気もあったかなぁ・・・

好きなんだけど、遠くで見てます、的な眼をしていた気もする。

引っ越しの時もランチの時もあんまりしゃべっていなかったし。


「お父さんって、どんな人が好きなの?」

「それを聞いちゃいますか、この子は~」

 (頭をくしゃくしゃ)


「お前と、・・・お母さんだよ。」


私って、悪い子だな~。

きっとこういう言葉を聞きたくて、

こういう言葉を言って欲しくて、

芹野さんをダシに使ったんだよね。

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