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月夜の夢

作者: 木の葉りす

竹林の中を歩いている。

煌々と照らす月の光に導かれて。

清々しいまでの空気。

いや、怖いまでの静寂。

僕はどこへ向かっているのだろう。

そして、僕は何をしに行ってるのだろう。

夜露に濡れた竹林を進む。

落ちた葉を踏む僕の足音だけが聞こえる。

全ての生き物の気配さえない。

まるで僕の足音が生き物のようだ。

不気味とも言える静寂の中を僕は歩いている。

僕が抱いているのは不思議な感覚と思いだけだ。

しばらく行くと、暗い筈の竹林が青白く光っている。

僕はそこに向かっているのだ。

近づいているようで、遠く感じる。

眩しささえ感じる光。

冷たさを感じる光。

引き寄せられる光。

そう思った時、僕は光の前にいた。

光っていた物。

それは竹ではなかった。

そこには、人?

人という他ないが、いたのだ。

光り輝いている人が。

長い黒髪。幾重にも重なった美しい衣。

教科書や歴史書で見たままの人が。

まさにかぐや姫だ。

僕は声も出なかった。

動くことさえ出来ないのである。

自分から動かそうとしていないのか、誰かが動きを止めているのかわからないが、僕ができるのは目の前いるかぐや姫を見ることだけだ。

そのかぐや姫がこっちを向いた。

僕は瞬きするのさえ忘れて見つめた。

幼ささえ感じる愛らしい顔だ。

闇夜に浮かんだ顔を微かに傾けている。

白い肌にほんのり赤い頬。

何かに怯えたような瞳。

そして、小さな赤い唇。その唇が動いた。

かぐや姫が声を出したのだ。

「妾が見えるのかえ?」


僕はそこで目が覚めた。

夢か?

かなりリアルな夢だな…

なぜだか、感覚が残っている。

かぐや姫…

別に童話や昔話が好きなわけではない。

竹林にも行ったこともない。

なのに、かぐや姫?

僕は笑ってしまった。

疲れているのかもしれないな。

このところ、まともに寝ていないからな。

僕は大学受験に失敗し、父と喧嘩をして家を出た。父も母も僕のことをわかってくれない。父は自分の夢を僕に押し付けて行きたくもない大学に行けと言う。

それに行きたくもない大学に受かるわけもない。ある意味、父に対する反抗だったのかもしれない。

だから、僕は家を出た。

どこに行っていいか迷ったが、とにかく西に向かった。行ったことない土地だったし誰も僕を知っている人がいないからだ。

僕が辿り着いたのは岡山だった。

温暖な気候にのんびりとした空気。

何だか、ここに立っているだけで癒される気がした。

まず、アパートを探して住むことができた。六畳一間の何もない部屋。ボストンバッグ一つで家を出たのだから仕方ない。少しずつ揃えていこう…そう思いながら部屋を見渡した。そして、食べて行くのに、いろいろなアルバイトをした。コンビニ、清掃業、配送に飲食店。

毎日、毎日時間に追われてはいたが、父がいない分、自由を感じた。

初めて手足を伸ばしている感覚だ。

それに僕は毎日することがある。

バイトから帰って来ると窓を開けて月を見ること。

だからどうってことはないのだが、僕の日課だ。月を見ていると落ち着く。それが理由だ。

だから、かぐや姫の夢を見たのか?

何となく、そんな気がした。

それなら納得だ。僕は誰よりも月を見てるし、月が好きだ。

納得はしたが、夢に浸っている暇はない。掛け持ちのバイトが待っている。

僕は急いで用意をしてアパートを出た。


朝は清掃のバイト、昼は配送のバイト、夜はコンビニだ。

忙し過ぎてヘマをして怒られることもあるが、それも慣れて来た。腹も立たないし、ヘコみもしない。人って慣れるんだな。

変なとこで感心した。僕にとっては、それでも今の生活が天国なんだ。

今日は帰るのが遅くなってしまった。

それでも、窓を開けて月を見る。

いつもと同じ月だ。でも、いつもより光っているように見える。

今日も疲れてるのかな。

目を擦りながらベッドに横たわるとすぐに眠りに落ちてしまった。

僕はまた夢を見ているようだ。

また竹林だから。今、僕は自分のアパートのベッドにいるはずだから、これは夢だ。

それでも、僕は歩かずにはいられない。

この前と同じ竹林だ。

感触も同じだ。

僕はかぐや姫に会えるのではないかと言う期待をどこかに持って歩いているようだ。

だが、どこまで行っても光が、光っている竹がない。ただ煌々と月が光っているだけである。それでも、歩くのはやめない。

自分の意思ではないように歩いている感じだ。

今日は会えないのか?

では僕は何をしているんだ?

そう思った時、地面が開いて落ちた…

気がしただけで、目が覚めたのだ。

会えると思ったのにな。

まぁ、そんな上手くいかないよな。

しかし、どうして竹林の夢を見るんだろう…

そんなことを考えている間もない現実がすぐにやって来る。

働いても働いても生活するのでいっぱいだからだ。

でも、月を眺めることの他に楽しみもできた。夢でかぐや姫に会うというより、かぐや姫を探すという楽しみだ。

何もなかった僕にちょっとした光が灯ったようだった。

僕は、人付き合いが苦手で、バイト先でも飲み会に誘われても断ってしまう。

何を話していいかわからないからだ。

子供の頃から、人より犬や猫と遊んでいる方が楽だった。だって、動物は僕を傷つけないから。優しくすれば、癒してくれる。

でも小学生の時、無理言って飼ってもらった猫が僕が目を離している時に家から飛び出して車に轢かれてしまった。

僕は悲しすぎて、僕の責任のような気がして、それからは動物を飼えなくなってしまった。猫のことを思い出してしまうから。

そのことがあってから、僕は余計に孤独を感じるようになったのかもしれない。


ある日、配送のバイト先でどうしても断れない飲み会があった。僕は戸惑いながらも飲み会に参加した。

「昌也くん、飲んでるか?」

バイト先の上司の戸田さんがビールを持って横に座った。

「はい。飲んでます」

「昌也くんは真面目だからな。今日はいっぱい飲んでハメを外してくれ」

真っ赤な顔しながら、僕のコップにビールを注いでくれた。

僕は苦笑いしながら飲んだ。

「僕は真面目ですか?」

「あぁ、真面目で仕事を任せられて助かってるよ。でも、ずーっと真面目で疲れないか心配だったんだ」

「真面目で疲れる?」

僕は笑ってしまった。

「おぉ!笑ったな。その顔が見たかったんだ」

この人は良い人だなって思ったら、ちょっと心が楽になった。

そうすると、他の人達もビールを持って集まってきた。

「佐藤!俺のビールも飲めよ」

「昌也!俺のビールを先に飲め」

「待て待て!俺の方が先だ」

僕は久しぶりに肩の力を抜いて飲んだ。

こういうのもいいなって思いながら。


また竹林だ。

僕はまた夢の中にいるんだ。

何だか、今日は心地いい。

そうか、かぐや姫を探さなくては。

僕はまた歩き出した。

月と竹しかない空間に僕がいる。

不思議な感覚だ。

だが、もう慣れた。3回目だからな。

進む方向もわかっている。

真っ直ぐだ。

今日こそ、見つける。

いつもの竹林のようで少し違う気がした。

やはり、かぐや姫はいない。

そう思うと僕は焦りを感じた。

どれくらい、彷徨っただろう。

遠くに灯りのようなものが見える。僕は迷わずそこに向かった。

そこにあったものは、竹林の真ん中に月見台だ。こんなところに月見台?

だが、そこにいた。

探していたかぐや姫が。

今日は横顔が見えている。かぐや姫は月を見上げているのだ。

僕は息をするのを忘れて見入った。

美しい…この言葉しか例えようがない。

この世の者ではないような…かぐや姫はこの世の者ではなかったな。

そんなことを思いながら、かぐや姫を見つめた。

パキッ。

僕は竹の小枝を踏んでしまった。

すると、月を見ていたかぐや姫がこっちを向いた。

僕は何も言えず、動けずにいると

「妾が見えるのかえ?」

この前と同じことをかぐや姫が言った。

僕は思い切って答えることにした。

「はい。あなたはかぐや姫ですか?」

かぐや姫は口を開こうとしない。

ダメか…

答えて貰えないと諦めた時

「我が名は輝夜」

小さな声が聞こえた。

かぐや姫は、それだけ言うとまた月の方を向いてしまった。

これ以上、答えてくれない。

そう思った時、僕は目が覚めた。

やはり、かぐや姫だった。それだけで僕は嬉しくなった。それに言葉を交わしたのだから喜ばずにいられない。


忙しい毎日は相変わらずだ。

でも、今までとは違う。アルバイト先の先輩たちと飲み行ったり、時には遊びに行ったりするようになった。そうすると、何だか忙しい毎日が少し違ってくる気がする。

冗談言って笑うことで何かが変わる気がする。僕は一歩前進したのかもしれない。

「昌也、明日の休み暇か?」

「はい、他のバイトも入ってないんで」

いつも可愛がってくれる山中さんが珍しく聞いてきた。子供が3人もいて面倒見のいい人だ。何かと気にかけて声をかけてくれる。でも、休みの日のことを聞かれたのは初めてだった。

「明日、俺に付き合ってくれないか?」

「どこに行くんです?」

「古本市だな。たくさんの本が並んでいて見ているだけでも面白いんだ」

「へぇー。古本市ですか?」

「本は嫌いか?」

「いえ、好きですよ。今はあまり読まなくなったけど。いいですね、行きますよ」

「そうか!好きか」

山中さんの嬉しそうな顔を見ると良い事をした気分になった。

本か…

久しぶりに読書もいいな。

小さい頃はよく読んでたっけ。

童話より軍記のようなものが好きで、母が不思議がってた顔を思い出した。

僕は刀や武将が好きだった。読んでいるだけで自分が強くなった気がしたんだ。

そう思うと明日の古本市が楽しみになってきた。

そうだ、かぐや姫の本を探してみよう。

何かわかるかもしれないな。

また、楽しみが増えた気がして知らず知らずに笑顔になっていたらしく、近くにいた2つ上の野田さんが

「昌也、ニヤニヤ笑って気持ち悪いぞ」

とちょっと眉間にしわを寄せて引いていた。

次の日、僕のアパートに山中さんが車で迎えに来てくれた。僕は急いで山中さんの車に乗り込んだ。

「おはようございます。迎えに来てもらってすいません」

僕が恐縮してそう言うと

「昌也はやっぱり真面目だな。誘ったのは俺だぞ。迎えに来るのは当たり前だ。気を使うな。まあ、気楽に付き合ってくれ」

山中さんは笑顔でそう言うと車を発進させた。

古本市をどこでやっているのか聞いてなかったので、どこへ行くのかわからなかったが、どんどん田舎の方へ行くのには、びっくりした。

「山中さん、こんな田舎で古本市なんてやってるんですか?」

僕は思わず聞いてしまった。

「あぁ、山寺でやっているんだよ。しかも、年一回だからこれを逃したら来年までないんだ」

「山寺で古本市やってお客さんは来るんですか?」

「ところが来るんだよ。今で言うマニアが集まるんだ。普通の古本市では見ないような珍しい本が集まってくるからな。古本というより古書や、発行部数が少ないレア本。旧家に眠っていたその土地のことを書いた本だとかだ。買うというより見に来るだけの人も多いんだ」

「へぇー、それは珍しいですね」

「そういう本だからこそ、山寺が似合う」

山中さんは自分ごとのように自慢気な顔をした。

「山中さんはどんな本が狙いなんです?」

「それは見てからだな。本が俺を呼んでくれるんだ」

「本が呼ぶんですか⁈」

僕はびっくりして大きい声を出した。

するとびっくりした山中さんが急ブレーキを踏んだ。

「おい、昌也。びっくりさせるなよ」

「あ、すいません」

「いい、いい。今日はすいません無しだ」

山中さんは頷きながらそう言うとまた車を発進させた。

田んぼや畑を通り過ぎて山道に入った。

山の上にあるのが山寺だと思っていたが、案外、すぐ着いた。山の裾にある山寺だ。でも、デカイ山門のあるデカイ山寺だった。なるほど、境内も広いから古本市ができるんだなと感心した。

「昌也、自由に見て来ていいぞ。俺もそこらへん見て回るから。後で落ち合おう」

「あ、はい」

山寺に着いたとたん、山中さんはソワソワしていた。早く見て回りたいのだろう。

山中さんが言った通り、古い本や珍しい本が並んでいた。絵本や童話もあるが古過ぎて読めるのか?って言う本もあった。

僕はかぐや姫のことが書かれている本を探したが、なかなか見つからない。

あっても、僕が子供の頃にあったような絵本ぐらいだった。

少しがっかりしながらも、せっかく連れて来てもらったのだからと端から順番に出店している店を見て回った。

すると店主らしいお爺さんが座っている店に目が止まった。

かなりの歳のお爺さんだ。真っ白な髪に、真っ白な長い髭。

杖を前に両手で持って座っているのだが、微動打にしない。

死んでる?まさかな。

僕は近くへ行ってみると、お爺さんの目が薄く開いた。

生きていた。

僕は当たり前のことを思ってホッとした。

「生きとるわい」

突然、お爺さんに話しかけられて僕はビクッとしてしまった。

「すいません」

いつものクセで謝ってしまった。

でも、お爺さんはそれ以上何も言わず目を閉じてしまった。

このまま店を出るのも悪い気がして、並べてある本を見ることにした。

並べてあるのは、本当に古い本というか、ボロボロの本ばかりだ。

触るのも注意しなければ、破れてしまうような本だ。

それでも、なぜか僕は興味を惹かれて気をつけながら一冊ずつ見ていた。

文字もほとんど読めないし、何の本かもわからない。

こんな本、誰が買うんだろう…

そんなことを考えながら見ていると一冊の本に手が止まった。

本というより絵巻物みたいだ。

ただ冊子になっているので、絵巻本とでも言うのだろうか…

僕はドキドキしながら表紙をめくった。

そこに描かれいるもの、それは平安時代を模したような絵だ。

もしかしたら…

流行る気持ちを落ち着かせてゆっくりとめくっていった。

これは、かぐや姫の話だ!

これは、竹取の翁だ!

竹が光ってる!

かぐや姫がいる!

僕は興奮して子供のように声に出していたようで、お爺さんがこっちを向いた。

「あの、これはおいくらですか?」

僕は本を差し出し聞いた。

「10円」

「え?」

「10円」

「ええ?」

「お前若いのに耳が遠いのか?」

「いえ、10円って…」

「誰も買わないから10円だ。その代わり、返品は受け付けん」

僕は10円を払って、かぐや姫を自分のものにした。子供のように胸に抱きしめて。

「昌也、いいのがあったか?」

僕が本を持って立っていると山中さんが後ろからやって来た。

「はい。ありました」

僕はドキドキする鼓動を落ちかせて返事をした。

「そうか、それはよかった」

山中さんも欲しい本が沢山あったようでビニール袋がいっぱいになっていた。


僕はアパートに戻ると、かぐや姫の本を丁寧に見た。内容は僕が知っているかぐや姫の話と同じだった。

ただ、大きくなったかぐや姫が夢に出てくるかぐや姫と同じ顔をしている。

髪が長くて、色が白いとなれば似ているも何もないのだが、僕にはこの本に描かれているかぐや姫が、夢のかぐや姫に思えて仕方なかった。

何故だか、確信のようなものさえある。

この目だ。少し悲しい目をしているのが同じなのだ。

この本のかぐや姫は月に帰ることができる。でも、なぜあのかぐや姫は帰ることができないのだろうか…

自分の夢とはわかっているのに、そう考えずにはいられない。それほど、夢がリアルなのだ。

僕はそう考えながら眠りに着いた。

竹林だ。あの夢を見ているようだ。

いつもと同じように歩いた。

ガサガサガサ。ガサガサガサ。

いつもよりよりリアルな感覚。

今日はいるような気がする。

あそこに。あの場所に。

月明りだけで歩きながら、それでも迷わずに月見台に辿り着いた。

やはり、いた。

かぐや姫が月を見ている。

あの本と同じ顔。少し悲しい目。

今日は僕から声をかけてみた。

あの本が勇気をくれたのかもしれない。

「月に帰りたいのですか?」

かぐや姫がこっちを向いた。ちゃんと僕を見ている。

「月には、父様、母様がおられるゆえ」

「お父さんとお母さんに会いたいのですね」

「会いたい…」

小さい声でかぐや姫は答えた。

「僕にできることはありますか?」

自分でもびっくりしたが、この悲しい目をしたかぐや姫の力になりたいと思ったのだ。

「十五夜の満月に鯉を持ってきてたも」

「コイ?魚の鯉ですね?」

かぐや姫が小さく頷いた。

「わかりました。十五夜に鯉を持ってきますね」

そう言い終わらないうちにかぐや姫が消えた。そして、僕も目覚めた。

鯉…

どうやって夢に鯉を持って行くんだ⁈

何も考えずに約束をした自分を恨んだ。

その日から、頭の中は鯉でいっぱいになった。ネットや図書館で調べたがわからなかった。あの日以来、竹林の夢も見ない。

多分、かぐや姫が鯉を待っているのかもしれない。そんなことばかりを考えているとバイトでもミスばかりするようになった。

心配した山中さんが僕のところにやって来た。

「どうした?昌也。いつもの昌也じゃないじゃないか。何か、悩みでもあるのか?」

優しい山中さんの顔が目の前にあった。

するとある考えがよぎった。

あの古本市に通っている山中さんなら知っているかもしれない。僕は、今までのことを話した。竹林の夢にかぐや姫が出ること、月に帰るのに鯉がいること、こんな話をするとバカにされるか、笑われると思ってたのに山中さんは真面目に聞いてくれた。

「うーーん」

黙って聞いていた山中さんが渋い顔で唸った。

「変な話をしてすいません」

「いや、変な話だとは思ってないが…不思議な話だな」

「はい。夢を見るたびに続きになっているんです」

「何か意味があるのか、何か伝えたいのか。幽霊でもないしな。夢の中で解決するしかない…」

山中さんの顔は渋いままだ。

僕は申し訳なくなって謝ろうとした。

「すいま…」

「昌也!お前、面白い奴だったんだな」

渋い顔だった山中さんの顔がなぜだか輝いていた。

「え?」

「面白いじゃないか!この難問!こういうの好きなんだよなぁー」

「はぁ…」

「どうした、昌也?気の抜けた顔して?」

「いえ、何でもないです」

「ちょっと俺も調べてみるから待ってくれ」

「あ、はい。ありがとうございます」

キラキラしたを目をした山中さんは立ち上がると仕事に戻って行った。

相談できる人がいるっていいもんだな。

僕は人に相談するタイプじゃなかったから、 初めて相談したかもしれない。その初めてが「かぐや姫」なことに笑ってしまった。

昌也、面白いか…

なんか、いいな。


相談してから1週間後、山中さんから連絡があって休みだったこともあって、僕のアパートに来てもらった。

山中さんは、汗を掻きながらやって来た。

僕は冷蔵庫からビールを取り出して渡そうとしたが、山中さんは手で止めた。

「車で来たからビールはやめておくよ。それにビールを飲んでる場合じゃないだろう」

「そうですね。すいません…」

「それに、そのすいませんをやめろ」

「はい、すいま…」

「お前なぁ」

僕は笑いながら、山中さんに麦茶を渡した。

山中さんは、麦茶を受け取ると一口飲んで話出した。

「まず、かぐや姫だ。それが、本当のかぐや姫かどうかは確認できない。竹取物語と言うのは作者不明の物語なんだ。だから、誰かをモデルにしたかもわからない。でも、昌也の想像で作ったものとも思えない。絵巻本とそっくりだと言ったよな?」

「はい」

僕は絵巻本をラックの引き出しから取り出して山中さんに渡した。山中さんは絵巻本を見らながら、うんうん頷いた。

「こんだけ古い本だからな、この本に魂が宿っていたとしても不思議じゃない」

「でも、夢を見始めたのは本を買う前ですよ」

「そこなんだよなぁ〜」

山中さんが頭を掻いた。

「月に帰る、月を見ている、月月月…」

「あ!」

「どうした⁈急に大きい声出して」

「山中さん!月ですよ!月!」

「月がどうした?」

「僕、この土地に来て、ここに住むようになって月を毎晩見るようになったんです。日課みたいになって。それからです、かぐや姫の夢を見るようになったのは…」

「ふむ。ありえるかもな。毎夜月を見る青年と月に帰りたいかぐや姫がリンクした。だから、絵巻本を買うようにかぐや姫が導いた」

「そんな漫画みたいな話ありますかね?」

「お前がそれを言ってどうする。とりあえず、仮定しておこう。一つずつ繋げていく方が分かりやすいだろう」

「どうして、絵巻本のかぐや姫は月に帰れないのだろう…」

僕と山中さんは、始めから絵巻本を見直した。

「うーーん、わかりませんね」

「解釈の仕方だな。かぐや姫が月に帰る時は月の光が強くなってお迎えがくる。それが来ないってことは…月の光が弱くなってるのか、月の力が弱くなっているのか」

「月の光が弱くなってるとして、どうして鯉なんでしょう?」

「おぉ、それなんだがな、鯉の滝登りってあるだろ?あれって鯉が滝を登り切って登竜門を超えると龍になると言われてるんだ。龍になった鯉は天に昇る。多分、天に昇る龍に乗って月に帰ろうと言うことなんじゃないかな?」

「なるほど、そう考えれば辻褄が合いますね。でも、夢の中へどうやって鯉を持って行けばいいんだろう」

「昌也、夢の中だけど、絵巻本の中なんだよ」

「あ!そうか!絵巻本の中に鯉を描けば」

「俺はそう思うんだ。って言うかそれしかないだろ?本物の鯉を抱いて寝るわけにもいかんだろう」

「でも、僕は絵なんて描けませんよ」

「絵なら、野田が上手いぞ」

「野田さんですか?」

2つ上の先輩だ。

「明日、言うだけ言ってみます」


僕は昼休みに絵巻本を紙袋に入れて野田さんを探した。

外で缶コーヒーを飲んでいるのを見つけると走って行った。

「野田さん!」

「ん?」

野田さんが上を向いて缶コーヒーを飲みながら返事をした。

「お願いがあるんです!突然で、変なお願いなんですけど、野田さんに頼むしかなくて、すごい困っていて、でも、自分では無理で、野田さんにしか…」

「おい、昌也。何言ってんだ?早口過ぎてわからんのに最後は声が小さいぞ」

「すいません…」

僕は信じて貰えないと思いながら説明をした。

野田さんもこの訳の分からない話を黙って聞いてくれた。

「まあ、よくわからんのだが、山中さんも関わってるんだな?」

「はい」

「山中さんの目がキラキラしてたんだな?」

「はい」

「それはもう断れないじゃないかー」

野田さんは大袈裟なほど溜め息をついた。

「すいません…」

「まあ、いいよ。で?どんな鯉の絵を描けばいいんだ?」

「月に昇っているような鯉を…」

「桶から出て月に昇って行く鯉だな」

「はい」

僕は絵巻本を紙袋から出すと野田さんに渡してた。絵巻本をめくりながら、かぐや姫が月を見ている絵のところで手を止めた。

「描くならここだな」

「よろしくお願いします!」

「あぁ、昌也がお願いしてくるってよっぽど困っているんだろうし、久しぶり絵を描いてみるよ。面白そうだしな」

野田さんが優しい顔でニヤリと笑った。

野田さんもいい人だな。

なんだろう、この雪が溶けていくような感覚は…。


それから野田さんが鯉の絵を完成させるのに1週間かかった。

休憩室で待っていると野田さんが絵巻本を持ってやって来た。絵巻本の絵に合わせるためにかなり苦労して完成させたらしい。何度も練習して、色の出し方を研究してと笑いながら大変だったと説明してくれた。僕は何度もお礼を言いながら頭を下げた。でも、描き上がった鯉は素晴らしかった。本当に天に昇って行ってるかのようだ。

「野田さん!野田さん!凄いです!こんなの描けるなんて凄いです!」

僕は興奮しながら、野田さんに迫った。

「わかった、わかった。お前、興奮しすぎだ。落ち着け」

野田さんは僕の肩を持って押し戻した。

「上手くいくといいな」

またあの優しい顔で野田さんはそう言うと仕事へ戻って行った。

最後に

「昌也、今度コーヒーおごれよ」

そう言って。

僕の夢の話を信じて協力してくれたんだから、成功させたい。

そう思いながら絵巻本を見ていると、山中さんがやって来た。

「絵ができたんだって?そこで野田に会ったら言ってたよ」

「はい、見て下さい。凄いです!」

僕は山中さんに野田さんが描いた絵を見せた。

「ほう。上手いとは聞いていたが、ここまでとはな。迫力もあるし、本当に天に昇っていきそうじゃないか。これで上手く行くんじゃないか?」

「はい。僕もそう思います」

「確か、十五夜って言ってたよな?」

「はい。かぐや姫はそう言ってました」

「十五夜って分かってるか?」

「あ、わかりません」

「毎月15日の夜のことなんだが…。満月の出る日。ただ、かぐや姫のいた頃というのは旧暦だと思うんだ。

「旧暦ですか?」

「昔の暦、まぁ、日付だな。今は新暦なんだよ。旧暦と新暦ではだいたい1カ月くらいの差があるんだ。それを考えると次の十五夜と言うのは9月13日になるんだ」

「9月13日。後3日」

「そうだ。後3日だ。天気予報では晴れだから満月も見えるだろう」

「その日ですね」

「あぁ。その日に鯉をかぐや姫に持って行ってやれ」

「はい。かぐや姫を月に帰してやります」

「おう。がんばれ」

山中さんは僕の肩を叩いて笑いながら仕事に戻って行った。

山中さん、わざわざ調べてくれたんだな。

僕は山中さんが行った方向に頭を下げた。


3日後の9月13日。

旧暦の十五夜。満月の夜である。

僕は窓を開けて月を見た。

綺麗な満月だ。この月に帰してあげよう。

きっと喜んでくれるだろう。

僕は絵巻本を胸に抱きしめて眠った。

緊張して眠れないのではないかと思っていたが、すぐに眠りに落ちた。

かぐや姫が待っているかように。

いつもの竹林に僕はいる。

深呼吸をして前に進んだ。

大丈夫。絵巻本もちゃんと僕の手にある。持って来れたようだ。それに夢の中の月も満月だ。

僕は迷わず進む。呼ばれているように。

なんだろう…いつもより色が、夢の色が薄い気がする。竹林が竹林の影が薄いんだ。

もしかしたら、もう時間がないのかもしれない。僕はそんな気がして急いでかぐや姫を探した。月の光も弱くなってる気がする。

ダメだ。

早くしないとかぐや姫が帰れない。

僕は焦りながら、かぐや姫を探して回った。

竹林が薄墨で描かれようになっていく。

消えるのか?

消えてしまうのか?

振り向くと後ろの竹林は消えかけている。

僕には何もできないのか?

かぐや姫は…

そう思った時、遠くに小さな光を見つけた。僕はそこを目指して走った。

小さな光の先には

いた…

かぐや姫がいた。

月を見て泣いているかぐや姫が。

なんて悲しい目をしてるんだ。

いや、違う。悲しい想いが伝わってくるんだ。

「かぐや姫、鯉を持って来ましたよ!」

そう言って絵巻本を開いて鯉を描いた絵を見せた。

かぐや姫がこっちを見たが、鯉が絵のままだ。月に鯉の絵を向けたが何も変わらない。何も起こらない。

なぜ?絵のままなんだ?

どうすればいいんだ?

僕は頭を抱えた。

「父様、母様のところへ帰りたい。月は妾の故郷ゆえ」

かぐや姫はそう言うと涙を流して僕を見た。僕は胸が張り裂けそうになった。

やっぱり、僕には何もできないのか?

僕は何もできない男なのか…

そう思うと僕も涙が出てきた。

自分の情けなさに…

ごめんね。月に帰してあげれなくて。

僕の涙が絵巻本に、鯉の絵に落ちた。

すると、鯉がピクっと動いた。

ん?動いた?

よく見ようと覗き込んだ時に、絵の鯉が跳ね上がった。

「あ!鯉が出た!」

そう言ったと同時に滝が現れて鯉が登って行く。

これは鯉の滝登りか⁈

僕は滝の水しぶきを浴びながら見上げた。

すると鯉が滝を登り上がると登竜門が現れた。

鯉がその門をくぐったと思った瞬間、鯉が龍に変わっていた。

マジかよ…。

僕はびっくりして目が離せないでいると、龍が天から降りてきた。そして、かぐや姫の前にこうべを垂れた。かぐや姫は静かに龍の上に乗った。龍はかぐや姫を乗せると天を向いた。天に昇るのである。

その時、かぐや姫は僕の方を向いて

「ありがとう。これで妾は月に帰れます」

そう言って微笑んだ。

僕はそれだけで十分だった。

かぐや姫の顔には、その目には、あの悲しみはなかった。本来の愛らしい姿があるだけだった。

龍は天に昇った。かぐや姫と共に。


僕は目が覚めた。

抱きしめていた絵巻本は失くなっていた。

やはり、あれは絵巻本のかぐや姫だったのかもしれない。

かぐや姫を月に帰すことができた。

僕は達成感でいっぱいだった。

山中さんと野田さんに報告だな。

かなり迷惑かけたからな。

僕が仕事へ行くとちょうど山中さんと野田さんが立ち話をしていた。

僕は2人のところへ走って行くと夢の話をした。2人はまた笑うことなく最後まで聞いてくれた。

「よかったな、昌也。よくやった」

そう言って山中さんが僕の頭を撫でた。

「俺の絵も役に立ったんだな」

野田さんも照れながら笑っている。

「でも、なぜすぐに鯉は絵から出てこなかったんだろう?」

僕は疑問だったことを言った。

「足りなかったのさ。絵だけじゃ。昌也のかぐや姫を月に帰したいって強い想いが必要だった。それが涙だったんだ」

「お!野田、良いこと言うなぁ」

「え?俺、いつも良いこと言ってますよ」

「山中さん、野田さん、今回はありがとうございました。僕の訳の分からないことに付き合ってもらって」

僕は深々と頭を下げた。

「何言ってんだ、昌也。コーヒー奢れって言っただろ?コーヒーでチャラにしてやる」

野田さんは照れながらそう言うと

「何?何だ?コーヒー奢ってくれるのか?俺は聞いてないぞ!」

山中さんが話に乗って来た。

「コーヒーでよければ…」

「よし!昼休みは昌也の奢りでコーヒーだな」

「はい!畏まりました」

3人で笑った。

笑うのっていいよな。

僕は青空を見ながらそう思った。

父様、母様に会いたいか…

今度の休みに北海道に帰ってみようかな。

今なら笑って帰れるかもしれない。



月夜の光に導かれ

薄衣を纏いて

舞を舞うが如く

月に登りし

我が名は輝夜








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― 新着の感想 ―
[良い点] 古典の“竹取物語“と現代の主人公とのつながりが、 うまく夢で繋がっていて夢の中のお話と現実の出来事 とのバランスも良かったです。 お姫様の帰るところにもオリジナリティ感じましたし、 …
[良い点] りすさん、とても面白かったです。 物語に引き込まれてしまいました。 職場の先輩とのやり取り、この事があって少しずつ、 気持ちが変わり、お父さんにも会って自分の意見をきちんと言えるのかな?と…
[良い点] 鯉が龍になってかぐや姫を月に連れ帰るという発想が面白いです。主人公の夢から現実の人間関係が発展していく様子にも惹かれます。 [気になる点] 古本屋のお爺さんはもしかしたら紀貫之だったりしま…
感想一覧
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