七噺「根底にあるナニカ」
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「『根底』、『アスファルト』、『挨拶』」
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根底、意味としては物事や考え方のおおもととなるところ。
学校からの帰り道、アスファルトで舗装した道を歩きながら下校する。
噺はよく見かけるアスファルトの裂け目から生えてる花を見ると、何故だか無性に微笑ましくなる自分が居ることに気付いた。
頑張っている咲いている花を見るのは、心が温まるのだ。
「──?おい?聞いてるか噺?」
「ああ、ごめん。聞いてなかったや、何?」
「だ〜か〜ら〜!そろそろ何の理由もなしに、人助けするのやめろって言ってんだよ。」
「別に、理由がなかったわけじゃないよ?写真だって貰えたし。」
「どうせ、適当な理由言うつもりだろ?分かるぞ。何年ダチやってると思ってたんだ。」
図星なのか、噺は黙りこくる。
いつも一緒に帰っている淑は居らず、隣に居るのは友人の敬。
彼女は、家の用事で先に帰ってしまったため噺は敬と帰っている。
何でも、先日のお手伝いの時に貰った写真を見せたら緊急家族会議を開くことになったらしい。
あれから一日しか経っていない。
……面倒臭そうな誤解が生まれている気がしたので、彼は淑を早く帰らせた。
その結果がこれである。
何時までも黙りこくっている彼に言い聞かせるように、敬が話を続けた。
「俺が聞いた話なんだが……。何の理由もなしに人助けが出来る人は、何の理由もなしに人を殺せるらしい…。まぁ、お前の場合は、そのお人好し過ぎる性格が根底から変わらない限り不可能だけどな。ハッハッハ!」
「僕が真面目に聞こうとしているのに、何で敬は巫山戯るんだ?」
「……いやぁー、巫山戯たかったから?」
「よし、分かった。僕は二度と君と話さない。」
え〜、ちょっと待ってくれよと言って謝る敬に対して、噺は黙りを決め込んだ。
真剣な顔で言うから真面目な話だと思ったのに、最後の最後で馬鹿にするのはイライラする。
彼は彼で、意外と怒りやすい性格だったりする。
と言うか、デフォルトで感情が表に出やすいのだ。
治そうと一時期特訓したものの、根底からなる根っこの問題はどうにも出来なかった。
噺自身、最近はようやく出来ているように思っているが、実際はバレバレ。
黙りになった彼に、敬はもう一度真面目な顔になって話し始めた。
「冗談はさておき。さっきの話は俺の本心でもあるんだよ。いい加減やめないと…。」
「…………」
「まだ、あの後輩のこと気にしてんのか?」
「?!あの子は関係ない!!」
久しぶりに聞いた噺の怒声。
敬も少々驚いているようで、半歩後ろに下がった。
しかし、反応があったのは良い事だ。
「俺が気付いてないとでも思ったか?…お前は変わったよ、俺の妹やお前の家族に分からない程度にな。変わったって言っても、昔と殆ど変わってないけどな。特に、家族に対する接し方や清水さんに対する接し方は…。」
「…………」
彼が何も言わないのを良い事に、敬は話を続けた。
「だけど、俺にだけは変えてない。どういう意図なのか、はたまた偶然なのか……。昔のお前は今と変わらず、普通だった。普通に笑って、普通に友達と喋って、普通に遊んでた。人を助ける時も、何かとウンチクや適当に理由付けてやってた。それは、今も変わらない。だけど、少しだけ違う部分がある。」
「どこが…?」
「助ける時の気持ちさ。今も昔も、お前は善意一〇〇%でやってた。だけど、最近のお前はほんの少しだけ違うんだよ。お年寄りの人が重たそうな荷物を持ってると手伝ったり、小学校低学年くらいの子が自転車のチェーン外れて困ってるのを助けてやったり。一〇〇%の善意の中に、お前でも気付けないくらいの強迫観念が混ざってる。」
「そんなこと……。」
「本当にないって言えるのか?」
彼の指摘に、噺は何も返せなかった。
足は止まっていた。
何時止めたのか?
そんな事は分からない。
……胸を締め付けられるような感覚。
今すぐにでも駆け出したい、だがそれをしたら敬とはそれまでだ。
それだけは嫌だ。
噺はそう思った。
「まぁ、お前があの子にどんな感情を抱いてて、あの子がお前にどんな感情を抱いていたかなんて分からねぇが…。その強迫観念の正体が、贖罪だと分かったらすぐにやめろ。そうしないとお前は何時か、遠くない内に清水さんを傷つけることになるぞ。」
「ありがとう、敬。」
「礼を言われることじゃねえよ。……ダチだからな。」
そう言うと、彼は走り去っていった。
大きく別れの挨拶をしながら。
「またなー!!」
「またね。」
噺も小さく手を振って挨拶を返す。
普段やっている挨拶の筈なのに、少しだけ哀しかった。
昔は本心から助けたいと思っていたし、今もそうだと思っている。
だが、敬から見た浅井噺と言う人間はそうではないらしい。
『助けたい!』から『助けなきゃ!』に思いがどこかで変わっている。
昔の彼はここまで歪ではなかった。
どこにでも居る普通の少年。
物語に出てきたら、名前も与えられずモブAで終わるだろう。
けれど、彼はモブAから主人公になろうとしている。
これを歪んでいると言って、違うと言う者は居ない。
挨拶を終えて、家までの道のりを歩く中。
ふと、思い出したようにスマホの写真フォルダを開く。
フォルダの中を少し遡ると、青みがかった黒髪の少女と噺が一緒に映る写真が出てくる。
髪に似て若干青くも見える瞳、髪は肩ほどに短く纏められている。
顔も整っていて……誰かに似ていた。
「なるほど、そう言う事か。」
彼は納得したようで自嘲気味に笑う。
性格もあまり似ているとは言えないが、唯一似ている部分があった。
顔の作りだ。
容姿の中で瞳の色も、髪色も、髪型も似ていないが、顔の作りだけはそっくりだった。
清水淑に。
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