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六噺「頼まれ事は唐突に」

 ──────────

 

「『花嫁』、『空』、『傷跡』」

 

 ──────────

 

 週末にやった勉強会から約一週間。

 本日は土曜日。

 その日も勉強会をして学力向上を図った。

 時刻は午後五時、空を見たら分かるが夕暮れ時である。

 太陽が出すオレンジ色の光に当てられながら、噺は淑を家まで送っていた。

 

 

 彼女は必要ないと言ったが、彼自身はもう少しだけ話したかったのか珍しく懇願された。

 案外見慣れてきた噺の懇願に、クスリと笑った淑は送って欲しいと頼んだ。

 先週までの寒さはどこえやら、最近は六月中旬並みの暑さがある。

 服が汗でベタつき、嫌な気分になるが淑は彼と話しているとどこか心が和やかになる。

 

 

 幸せのひと時、そう言っても過言ではない時間を過ごしていた二人に、二十代後半くらいの女性が話しかけてきた。

 黒いスーツを着こなす姿はできる女性の現われか、なんでもないような口調で言葉を発する。

 

 

「その君たち?ちょっとだけお話いいかな?」

 

「僕たちですか?……清水さん?」

 

「……私はいいよ。」

 

「大丈夫ですよ。それで、どんなお話ですか?」

 

「お手伝いして欲しいの。」

 

 

 お手伝い?

 疑問符を浮かべる二人に、女性──最上(さいじょう)天華(てんか)は詳しく説明していく。

 ジューンブライドに合わせたポスターを作る予定だったのだが、モデルで来るはずだった男女のペアが体調不良のため急遽キャンセルされてしまったらしい。

 

 

 そこで、途方に暮れていた所に彼らが通ったのでつい声をかけてしまったとのこと。

 可哀想な話だと思った噺は何とか手伝って上げたいと声を出そうとしたが、隣に居る淑を見た。

 彼女は元々コミュニケーションが得意ではい、撮影となるとそこそこの数の人と顔を合わせることになる。

 

 

 彼は淑の顔を見た、もし嫌そうだったら断ろうとしたが……

 

 

「そ、それってウエディングドレスも着られるんですか?」

 

「ええ、貴女が花嫁役で彼が花婿役をやれば着させてあげられるし、オマケに写真だって撮ってあげられるわ。どうかしら?」

 

「あ、浅井くん。私が相手じゃ、嫌……かな?」

 

 

 上目遣いは不味い。

 相変わらず顔の左半分は隠れているが、破壊力は抜群だ。

 流石の噺も意識せざるを得ない。

 顔を赤くしながらも、彼は了解の意を示した。

 

 

「じゃあ決まりね!明日の十一時にこの場所に来てね。そうだ、名前を聞いてなかったわね。なんて言うのかしら?」

 

「僕は浅井噺で……。」

 

「私が清水淑です。」

 

「噺君に淑ちゃんね?了解。あぁ、淑ちゃんの方は顔を出すために前髪を退かすけどいかしら?」

 

「……だ、大丈夫です。」

 

「ありがとう!それじゃあ明日、よろしくね〜。」

 

 

 嬉しそうに去っていく天華を見て、噺は朗らかに笑っていた。

 困っている人の助けになったら、不思議と笑ってしまうものだ。

 淑もウエディングドレスを着れるのが嬉しいのか、顔を綻ばせている。

 

 

 だが、二人は知らなかった。

 明日起こることを。

 

 ──────────

 

 翌日、撮影を行う式場に二人で訪れた。

 適当な服装でいい、と言われていたのでその通りにしてきた。

 少し打ち合わせをしたらすぐに着替えることになるだろう。

 噺と淑はそう思っていたが違ったらしい。

 

 

 式場には天華とスタッフが数名、カメラマンはまだ来ていないようだ。

 

 

「こんにちは最上さん。…失礼ですがカメラマンの人は…。」

 

「もうすぐ来るわ。その間に、今日の流れを説明するわね。」

 

 

 流れはこうだ。

 一、着替えやメイク。

 二、ポージングの確認。

 三、シチュエーションの設定。

 四、本番撮影。

 

 

 ポージングとシチュエーションは何個か絞ってあって、その中から似合うものを決めるらしい。

 

 

「噺君と淑ちゃんは中学生だからお給料は出せないけど、昼ごはん代はこっちが持つし、写真も好きなのを現像してっていいから。」

 

「それで構いませんよ。好きでやってるみたいなものですし。」

 

「私もそれで大丈夫です。」

 

「それにしても、初々しいはね〜。お付き合いを始めて何ヶ月くらい?」

 

『お付き合い?』

 

「?へっ?もしかして二人とも恋人同士じゃないの?!あんなに仲良さそうに喋ってて、休日に出かけててたのに?」

 

 

 ……どうやら天華たちと彼らの間に誤解が生まれていた。

 天華はてっきり恋人同士だと思っていたので、それなりのポージングやシチュエーションを案として出して絞っていた。

 二人が恋人ではないとなると、友達相手にやるには些か問題がある行為が入っている。

 

 

 今からポージングやシチュエーションを変える?

 否、カメラマンは呼んでしまったし、スタッフの準備も済んでいる。

 噺と淑にはすぐに着替えてもらって撮影を始めなければならない。

 天華が悩んでいると、噺が声を上げた。

 

 

「あの〜、清水さんが嫌がらなければ僕は良いですよ。もし、清水さんが嫌と言ったらその撮影はカットして貰いたいですけど。」

 

「……こちらも無理を承知で頼んでるしね、分かったわ。それでいきましょう。淑ちゃんもハッキリ言ってちょうだいね?」

 

「は、はい!」

 

 

 その後からはスムーズにことが進み、着替え終わった二人が対面した。

 ドラマや映画で見た事のあるものとあまり変わらない、美しさの塊。

 純白のドレスに彼女の夜空色の髪は最高に似合っていた。

 噺はボーッと淑を見つめる。

 今すぐにでも褒め言葉を言おうと思ったが、見蕩れている所為か何も思い浮かばない。

 

 

「…………」

 

「あ、浅井くん?変じゃないですよね?その自分では良く分からなくて……。メイクも初めてだし…。」

 

「…………」

 

「浅井くん?大丈夫ですか!?」

 

「ご、ごめん。気の利いた言葉を言おうと思ったんだけど、中々思いつかくて……。変じゃないよ、とても綺麗だ。」

 

「っ〜〜〜!!」

 

 

 あまりにも直球に褒められたことで、淑の頭は沸騰寸前。

 赤くなった顔が元に戻ったと思ったら、もう一度赤くなった。

 嬉しさ故に赤くなった後、落ち着いたら今度は恥ずかしくなったのだろう。

 一周回るとはこのことかもしれない。

 

 

 淑の調子がようやく戻った後、順調に撮影は進んで行った。

 ポージングは恥ずかしものもあったが、無事にクリアして次に進んだ。

 シチュエーションの中で、最難関。

 花婿が花婿をお姫様抱っこして、花嫁が花婿の頬にキス。

 淑に何度も確認し、本当にいいのか聞いたが彼女は大丈夫と言った。

 

 

 噺も淑のことを信じて、シチュエーションに入った。

 式場の外に出て、階段を降りる。

 その時に、彼女の脇と膝に手を伸ばしてお姫様抱っこの体制をとる。

 何とかここまでは成功したが、淑は中々動き出さない。

 彼女を持ち上げるのは楽だが、早くしないと階段を降り終わってしまう。

 

 

(落ち着いて……落ち着いて……。外国では頬にキスするなん挨拶、浅井くんは友達だもん挨拶くらい……。)

 

 

 勇気を振り絞って頬にキスをする。

 ここで撮影は終了。

 一旦、噺は淑を降ろす。

 ……あまり反応がない彼を見ていると、段々悲しくなる。

 自分は女性として、魅力がないのだろうか?

 

 

(少しぐらい反応してくれないと、女の子として──)

 

 

 心の中で思ったことが愚痴混じりに言葉になろうとした瞬間、噺が耳を赤く染めていることが分かった。

 今の空は雲一つない快晴。

 時刻は十三時頃なので、夕焼けな筈はない。

 淑は安心したのか、胸を撫で下ろすように息を吐いた。

 

 

 ポージングやシチュエーションの撮影は時間が掛かったが、本番の撮影は思ったほど時間は掛からなかった。

 淑にとってはウエディングドレスも着れて、噺の反応も見られて、更に写真も貰える。

 最高の時間だったが、彼にとっては────

 

 

(……ヤバい、心臓がどうにかなりそうだ。)

 

 

 頬にキスをされた時から、高鳴る鼓動が大人しくなってくれない。

 止まられては困るが、五月蝿すぎるのは問題外だ。

 心を落ち着けようと思っても、簡単には落ち着かず。

 貰う写真を選ぶ暇がなかったので、全部現像してもらった。

 

 

 手伝いも終わり、帰り道。

 二人の間に会話はあるものの、淑が一方的に喋っているだけだ。

 それを可笑しく思ったのか、彼女は噺に問いかける。

 

 

「浅井くん?調子が悪いんですか?」

 

「あっ、いやぁ、別に大丈夫だよ?」

 

「でも、さっきから何も喋ってないですよ?何かありました?」

 

「実は怪我したところが痛くてさぁ〜。」

 

「け、怪我?!見せてください!」

 

 

 淑はすぐさま彼の腕に飛びつき、怪我を探した。

 ……噺は誤魔化すために嘘を言ったつもりだったが、本当に怪我をしていた。

 肘先の前腕部分に痣があったのだ。

 彼自身も気付いてなかった怪我を、彼女は見つけた。

 

 

「この痣…何があったんですか?」

 

「へっ?そんな傷跡、て言うか痣なんて──」

 

「?怪我をしてるんじゃ?」

 

「あっ、そうそう!!その痣が痛くてさ〜。」

 

 

 前腕部分の傷跡……もとい痣など、噺は何時付けたものか知らない。

 治療ができる訳でもないので、彼女は注意するだけだった。

 

 

「痣があるなら最初から言ってください!悪化したらどうするんですか!!」

 

「ご、ごめん。今度から──」

 

「今度からじゃなくて今後こんなことは一切しないで下さい!もし、私の所為で傷が悪化したかと思うと……。」

 

「ほ、本当にごめん!今後は二度としないから。」

 

 

 泣きそうになった淑に、出来るだけ優しい声音で謝る。

 

 

 ……泣かずに済んだのはいいが、約束事が増えたことに嬉しいような悲しいような。

 そんな噺だった。

 誤字報告や感想は何時でもお待ちしております。

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