五噺「ソファーで眠ると体が痛くなるのはなんでだろう……」
──────────
「『救済』、『否定』、『ソファー』」
──────────
救済、それは苦しむ人を助けることを言う。
少し前の話になるが、究極の救済を名前に使った特撮ヒーローが居た。
これからも分かる通り、救済とは苦しむ人を救うことでもある。
そして、ここに救済を待ち望んだ者達が集まっていた。
噺が淑に勉強を教えて貰った週の週末。
また勉強を教えて欲しい、との願いを聞き受けた彼女は彼の家を訪ねた。
今回は噺が友達を連れてくると言っていたので、少し緊張気味になりながらも家にお邪魔したのだが……
「浅井くん……」
「本当にごめん。呼んだのは友達だけだったんだけど……、色々あってこうなっちゃった。」
申し訳なさそうに話す彼に強く当たれる訳もなく、淑は諦めたかのように項垂れた。
何を隠そう、勉強会の場所は噺の部屋ではなくリビング。
そして、そこに居たのは噺と淑を抜いて三人。
……一人は彼の男の子の友人、それ以外に知らない女の子が二人。
淑が文句を言うことはないので、着々と勉強会の準備が進められていく。
準備が済んだのか、噺が座った。
それを合図に全員が座り、気まずい空気を壊すかのように優しくおっとりとした声音が響く。
「ええと、取り敢えず紹介していくね。僕の隣にいるのが軽井坂敬。」
「ども。」
「ど、どうも。」
テーブルは横長の長方形。
座っている場所的には、ドア近くの入口側が噺と敬、テレビ近くの反対側に淑と誠袈と明が座っている。
彼女には申し訳ないが、こうでもしないと座れないので我慢してもらった。
「そして、清水さんの隣に居るのが僕の妹の誠袈。最後に誠袈の隣に居るのが敬の妹兼誠袈の友達の明さん。」
「どうも。」
「ども〜。よろしくお願いしまーす。」
丁寧な言葉遣いの誠袈と、友達のような軽い言葉遣いの明。
明の接し方に若干困っている淑だが、同性と言うこともあり何とかなりそうな雰囲気だ。
敬とも緊張しながらも話せていたようで、噺は安心して勉強を教えてもらうことが出来た。
午前十時に集まって二時間が過ぎた頃、そろそろ集中が切れる頃合いだと知っていた彼はテーブルから立ち上がる。
(確か、ご飯炊いてあったよな……あったあった。冷蔵庫の中にもそこそこ材料は入ってるし何か適当に────)
「兄さんは座ってて、私が作るから。順位上げたいんでしょ?」
「それはそうだけど、誠袈だけに任せるのも……」
「あっ!お兄さん私も手伝いますよ!いいよね兄やん?」
「おう、好きにしろ〜」
あまりにも自由な軽井坂兄妹だが、こういう時は頼りになる。
一人だと怖いが、二人いれば誠袈がしっかりやろうと気を引き締めてくれる。
勿論、一人でも気を引き締めてくれるだろうが、調理を安全に済ませるためには保険は必要だ。
「何かあったら報告してね?」
「大丈夫。信頼してよ兄さん。」
「信頼はしてるよ?ただ心配なの、怪我したらすぐ言うんだよ?」
「もう!いい加減にして!」
誠袈は怒ったのか唇を尖らせて、そっぽを向いてしまう。
そんな様子を見て、淑がクスリと笑った。
馬鹿にした様子はないので、あまりの仲の良さを見て笑ってしまったようだ。
三十分もすると、テーブルには彩豊かなおかずが並んでいた。
中学二年生にしてこの腕前なら、良い主婦になれること間違いなしだ。
そう言って褒めようと思ったが、言葉をご飯と一緒に飲み込んだ。
……多分、そんなこと言ったら間違いなく誠袈に怒られる。
怒った誠袈を宥めるのは至難の業。
以前、誠袈の大好きなアイスを間違えて食べてしまった緩和が、母親なのにも関わらず正座で怒られていた。
しかも、ガチ泣きしていたのだ。
友人二人とその妹の前で泣かされるのは、死んでも嫌なので素直に褒めた。
「軽井坂さんも誠袈も腕かいいね。凄く美味しいよ。」
「私も浅井くんと同じ意見です。…こんなに美味しい料理作れるようになりたいな…」
「流ッ石、我が妹。俺に似て器用だな!」
「兄やん料理下手じゃん。私は頑張って練習したんです〜!」
「あ、ありがとうございます。」
ワイワイと楽しく昼食を終えた後は、また勉強に戻る。
食事後の勉強は眠気との勝負。
噺は眠気覚ましのコーヒーを飲んでいるが、他は違う。
敬は自分の腕を抓っている。
髪は明るい茶髪で、栗色の瞳。
ヤンキーに見えなくもない彼が、そんな馬鹿らしい事をやっているのは非常に合っている。
写真を撮ろうとしたが、そんなことをやっている暇はないので潔く勉強に集中する。
因みに、明は既に落ちている。
誠袈と淑は余裕があるのか、目にも止まらぬスピードで問題を解き続けていた。
(見習わなきゃな……)
若干他人事のように聞こえる言葉を心の中で漏らし、勉強を再開した。
──────────
事後報告になるが、四時までやって生き残ったのは噺と淑と誠袈の三人だけだ。
軽井坂兄妹は既に睡魔に呑み込まれてしまった。
流石の噺も疲れが出てきたので、ソファーを使って一旦休憩する。
「誠袈、十五分経ったら起こして。」
「分かりました。」
その言葉を最後に、彼は眠りについた。
ソファーに全体重を乗せて、気持ち良さそうに眠る噺。
淑は少しだけ彼の寝顔をチラ見して、クスリと笑う。
それに、誠袈も気付いた。
……一度勉強をする手を止めて、淑に声を掛ける。
「…清水先輩。一つ聞きたいんですけど……兄さんのことどう思ってますか?」
「あ、浅井くんのこと?…話が合う友達かな。後は、善い人だな…って。」
「善い人ですか……。」
「そう言う……誠袈さん?でいいかな?」
「私も淑先輩と呼ばせて貰えるならそれで。」
「じゃあ、誠袈さんは浅井くんのことどう思っているの?」
ソファーで眠る兄を見ながら、想いを馳せる。
……胸の内にある晴れないモヤモヤ。
この正体は分かっている。
分かっているのだが、上手く名前をつけることは出来ない。
初めて知る感情に名前を付けるなんて、簡単な事ではない。
……目の前に居る、将来敵になるかもしれない先輩。
その人に自分の想い果たして語って良いものなのか?
もしかしたら、それが原因で彼女の内に秘めた想いを悟らせてしまうのではないか?
幾つもの選択肢が浮かぶ中、選んだ答えは──
「大好きですよ。兄として、家族として。約十三年間一緒に居ますからね。兄さんの悪い所も善い所も大体知ってるつもりです。……そうだ、言っておきますけど、兄さんは善い人なんかじゃないですよ?」
淑の意見の一部を、誠袈は否定する。
噺は普段優しい分、怒った時は静かに怒る。
素早く、的確に相手を追い詰めて、二度と面倒事を起こさせないようにする。
和ませるような朗らかな笑顔の裏で、確実に追い詰めるための算段を平気でやる人物だ。
所謂、怒らせない方が良いタイプの人種。
誠袈は先日の事件を話した。
事件と呼べるものではないが、妹自分が泣かされた事に噺は酷く怒っていた。
誠袈には隠そうとしていたらしいが、怒気が外に完全に漏れていたとの事。
事件翌日の放課後、誠袈は泣かされた数名の男子に謝られた。
別に気にしてない、と追い払ったが……
あれは間違いなく噺の仕業だと確信した。
彼には聞いてないが、聞いた所ではぐらかされるのがオチだろう。
「そんなことが……誠袈さんは平気だったの?」
「兄さんに話してスッキリしたので、もう大丈夫です。」
「あの、その…。女の子同士だから、何か困ったことがあったら言ってね?私も誠袈さんのこともっと知りたいから」
最初は警戒心MAXだったのだが、二人しか起きていない状況のお陰で警戒心もなくなったらしい。
この後、淑と誠袈は噺を起こすのも忘れて雑談していた。
試験まで残り二週間を切ったが、彼は七十五位を脱却できるのか?
……妹に友達を取られた感じがして、噺が少しだけ落ち込んだのはまた別のお話。
誤字報告や感想は何時でもお待ちしております。