三噺「失敗はくよくよ嘆くものではない」
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「『失敗』、『 涙』、『明日』」
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失敗、それは経験すればするほど成長できるものだ。
だが、失敗を過剰に卑下してしまう者は多い。
噺は言わずもがな、失敗は成功のもとと捉えて次に向かうタイプだが……
彼の妹である誠袈は、過剰に卑下してしまうタイプの人間だ。
淑のバックをを持ちながら家まで送り届けた後、帰ってきた噺は家族と食事を取り、お風呂を済ませた。
お風呂を出てからは、小一時間程リビングでテレビを見て自室に戻った。
しかし、彼の自室には先客が居たようだ。
可愛らしい動物柄のパジャマに身を包み、噺のベットに座るのは……勿論誠袈である。
彼女の顔は何時ものキリッとした表情ではなく、先程まで涙を流していたのか瞼が赤く腫れていた。
最近は来なかったので油断していた噺は、出そうになったため息を無理やり抑え込んだ。
よく見れば、枕が大洪水を起こしている。
ため息を我慢しなければ良かったと、少しだけ後悔し始めそうになった。
「泣くのは良いけど、別に僕の部屋で泣かないといけない法律はないんだよ?」
「どこで泣こうが、私の勝手じゃないですか。」
「じゃあ、自分の部屋で泣いて欲しいな……。ごめんごめん、冗談だよ。何かあったんでしょ?何もなかったら、ここには来ないしね。」
「別に何時来たって……。今日、クラスでレクリエーションをしたんです。前々からやることは決まっていて、学級委員長である私が進行係だったんですけど…。なかなか上手く指示が出せなくて、グダグダになってしまったんです。それを数名のクラスメイトに指摘されてしまいました。」
分からなくもない話ではある。
けれど、この話で彼女が悪い所はあまり多くない。
精々、指示出しが上手く出来なかった程度だ。
レクリエーションの内容も彼女が一生懸命真面目に考えたのに対し、それを寄って集って数名で責める意味は無い。
噺はゆっくりと誠袈の頭を撫でつつ、彼女にある頼み事をした。
今回の話で確かめなくてはならない事がある。
失敗を過剰に卑下してしまうタイプの人間は、総じて自分の中で話を捻じ曲げてしまうことが多いのだ。
今回の場合、噺の考えが正しければ、彼女は他人の行いも自分の所為だと思って話している。
「誠袈、悪いけどスマホ貸してくれる?」
「…はい。」
誠袈からスマホを借りると、ホーム画面に無造作に置かれているトークアプリ『Mebius』を開く。
友達の欄に表示されている名前の中から、噺のことを知っていてそこそこ面識のある友人・軽井坂明に電話を掛けた。
三コール目がなり終わる前に、明が電話に出る。
『もしもーし。淑がこんな時間に電話するなんて珍しいね!』
『ごめん、軽井坂さん。僕だよ。』
『あ!?淑のお兄さん!どうしたんですか?』
名前の通り明るく元気な声がスマホのマイク越しに聞こえてくる。
なんだかんだ久しぶりに聞く声に、噺も少し声のトーンが高くなる。
明るい茶色の髪の毛は誠袈と同じくポニーテールで纏められていて、肌の色はソフトボールをやっているため出来た日焼けによる小麦色、最後に透き通るような空色の瞳。
アンバランスに見えるが、明にはそれが似合っている。
『軽井坂さんって、誠袈と同じクラスだよね?今日レクリエーションの時にあったことを教えて欲しいんだ。』
『あー!あれですか。酷かったですよ〜、誠袈が声を張って指示を出してるのに、何人かの男子が指示を聞かない所為でグダグダになっちゃって。しかも、指示を聞かなかった男子が悪いのに、その男子達が進行がグダグダになったことで誠袈を責めたんですよ!ありえなくないですか?』
『なるほど。ありがとう、軽井坂さん。確か、僕のMebiusのアカウントとも友達だったよね?後で、その男子達の顔写真と名前を送って欲しいんだ。無理だったら、無理って言ってね?』
『任せといて下さい!すぐに送ります!』
その言葉を最後に電話は切れて、噺は誠袈に向き合った。
…俯いている。
怒られる、そう思ったのだろうか。
しかし、実際はそんなことはなく、彼は誠袈の頭を撫で続けている。
一日に二回もこの喋り方を使わないと思っていたが、世の中はなんでもありらしい。
優しくおっとりとした声音で諭すように言った。
「誠袈。君の生真面目さは長所であり、それでいて短所でもある。言っていることが分かる?」
「…はい。」
「長所と短所は紙一重であり表裏一体。極端だけど、長所で即決力があるって書くことは、裏を返せば物事を深く考えていないってことだ。即決力がない人は物事を深く考えてしまう。どちらを間違いとは言えないけどね。いきなり自分を変えるのは難しいと思うから、何かあったらこうやって相談してくれていいから。誠袈はなりたい自分になればいい。」
「……兄さん…ありがとう。」
撫でていた手を流すように退かして、誠袈は笑顔で瞳から涙を零しながらそう言った。
何時もそれくらい柔らかい笑顔が出来れば、他人との関係に悩まなくてもいいのに。
思った言葉は引っ込めて、噺は続く言葉を待った。
「でも、私は今の私を変えることは出来ません。だって、これが私だから。」
「かもね。確かに、ずっと僕みたいな顔の誠袈とか見てられないし。」
「そうやって!また兄さんはぁ〜!」
怒ったようにポカポカと背中を叩く誠袈。
それを見ながら微笑む噺。
そして──
「あらあら〜、仲がいいわね〜。」
ドアの隙間から微笑ましそうにその様子を見つめる緩和。
気付かれないようにドアを閉めて部屋を後にした。
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結局、泣き疲れたのか誠袈は数分も経たないうちに寝てしまった。
噺は苦笑しつつも、誠袈に毛布を掛けてベットに寝かせておく。
…彼は自然な動きで自分のスマホを取り出して、Mebiusを開く。
明からは数枚の写真と、写真の人物に対応する名前らしきものが送られてきていた。
表情は変えないままに、その写真を自分のスマホに保存する。
保存した写真は、ある友人に送り付けた。
無論、名前を送るのも忘れていない。
『悪いけど、この子たちに注意してあげて欲しい。』
『なんかあったか?』
『誠袈が泣かされた。』
『了解。明日のうちにこっちでやっとく。』
『何時もありがとう、今度何か奢るよ。』
『期待して待ってる!』
友人の返信にクスリと笑い、スマホの電源を切って充電器に刺した。
ここで彼は、ある事実に気付いた。
……中学二年生になった妹と寝るのは、アリなのだろうか?
色々な意味で成長している妹と寝るのは流石にイカンでしょ。
そう考えた噺は、諦めて下のソファーで寝ようとドアを開けたが、ドアの目の前に緩和が立っていた。
「……なんでここに居るの?」
「二人の寝顔を写真に収めようと思って〜。」
「はぁ〜。分かったよ、僕が折れればいいんでしょ?諦めて寝ますよ〜。」
「二人がシスコン&ブラコンで助かったわ〜。」
にっこりと笑う緩和に対し、噺は複雑そうな表情でベットに入る。
この後、本当に寝顔を撮られた挙句、誠袈に朝から変態と罵られたのは、また別のお話。
因みに、変態と罵られた理由は、寝相の悪い誠袈が中途半端にパジャマを脱いだ姿を見てしまったからである。
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