女の子のために代打の神様になった男の話
駄文です
彼女は色々と特殊な女子高生だったように思う。
まず、彼女は生まれつき聴覚障がい持ちだった。
彼女は補聴器なしでは大きい音しか聞こえず、日常会話もままならなかった。
それでも彼女は気丈に振る舞い皆と同じように学校生活を楽しんでいた。これは誰にでもできることではないだろうし、尊敬に値することだと思う。
さらに、彼女は野球中継やサッカー中継など色々なスポーツ中継をよく見ていた。
だが、スポーツが特別好きなわけではなさそうだった。
野球部だった僕は、野球中継を見ている彼女に興味を持っていた。
だから、僕はスポーツ中継を見る理由を彼女に尋ねてみたことがある。
彼女は言葉を発するのが苦手なのでノートを越しで答えてくれた。
「私は歓声が好きなの。それもとびっきりの大歓声。あの瞬間だけは私も補聴器なしで皆の声が聞きこえるし、皆と同じ気持ちを音で共有することができるからね。歓声は音のない世界の私と音の世界をつなぐ唯一の架橋なの。だから、スポーツはなんでもいいんだ。だって、私が好きなのは歓声だもの。」
彼女はこれを誰かに話したくて堪らなかったかのように一気に端正な字で書き上げた。
そんな彼女の様子を見て僕は何も行動を起こさずにいられるほど冷酷ではなかった。
「生で大歓声を聞かせてやる。」
僕は彼女の手を握って、そう高らかに宣言したのだった。
すると彼女は少し笑って「期待してるよ」と言った、その帰りに彼女は死んだ。
後ろからの車に気付かず轢かれてしまったそうだ。
約束を果たせなかった。
その事は、彼女との約束のために野球人生を費やそう。そう思わせるほどに悔しかった。
だから、僕は約束を果たす野球に切りかえた。
そのためにまず、僕は投手を辞めた。
名門校の2番手投手という立場は嫌いではなかったが、彼女との約束と比べればなんてことなかった。
次に、僕は代打を目指した。
代打は目指すものでは無いが、僕が名門校のここ一番で出場するにはそれしかなかった。
だが、投手だった僕が打撃を磨くというのは険しい道程だ。
とはいえ、諦めるというのは端から選択肢になかった。
来る日も来る日もバッティングセンターに通って打ち続けた。
バッティンググローブは2桁を越えたあたりから数えるのを辞めた。
毎回、部のボールを全て潰して練習した。
その人の変わりようから、部内で疎まれたり心無い言葉を言われたりもした。
だが、その程度で折れるほど軽い覚悟でもなかった。
僕は何があろうとバッティングだけをやり続けた
そして時は流れて、僕は甲子園の決勝の舞台に立っていた。
今回、僕のチームは奇跡とも言えるほどの快進撃をみせ、決勝の舞台まで駒を進めていたのだ。
僕はそれまでの試合で、3打席3安打3打点と全打席で決勝打を放っていた。
そのため、メディアでは「代打の神童」と呼ばれ世間の注目を集めていた。
これで、準備は全て整った。監督はここ一番で僕を出してくれるだろう。
試合は一進一退の攻防を見せ、0-0のまま9回に突入していた。
そして迎えた9回表の相手の攻撃。相手の連打で2点を奪われてしまう。
続く9回の裏。自チームの攻撃、7番8番がヒットで出塁。
ここで僕にお呼びがかかる。
正真正銘、約束を果たすラストチャンスだ。
砂を踏みしめて、バッターボックスに向かう。
ヒリヒリとする様な視線が観客から向けられる。
僕は軽く肩を回して、投手と向き合う。
その瞬間、場内は静寂に包まれた。
僕と投手の2人だけの世界になったようだった。
彼が振りかぶる。速いストレートが僕に唸りをあげて迫ってきた。
僕は、軌道に合わせて何万回と練習したスイングを放つ。
キーンと気持ちの良い金属音を立ててボールはバックスクリーンを直撃した。
僕は天に大きくガッツポーズをしながら一塁へと走っていった。
勝因はこの1打席にかけた時間の違いだろう。
普通以上の努力をこの4打席にかけたのだ、他の選手とは訳が違う。
僕はベースを回りながら観客を煽った。
それに合わせて観客はさらに大きな声で叫ぶ。
ただでさえ聞こえにくく、遠い場所にいる君だけど、これだけ大きい歓声なら聞こえてるんじゃないかな。
僕はホームに戻り、胸に帽子をあて黙祷を捧げた。
このホームランは少女に捧げる一打として語り継がれる伝説となった。
読んでいたただきありがとうございます。別の短編である、僕の右腕が魔王になってしまった件も合わせてどうぞ