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始まりの街4

 アカリは大壺いっぱいに湯を沸かし汚れた髪と体を念入りに洗い、草津温泉のモトを入れて浸かる。

 ついでに服も洗濯してお風呂から上がると、もう一度鏡で自分の顔を確認した。


「良かった、ちゃんとヒゲ落ちている。それにしても顔はお父さんにそっくり」


 普通の人より少し顔の彫りが深く、少し鼻が高く大きな口に薄い唇。

 会社の女子に、男性アイドル歌手に似ているとよくからかわれた。

 ベッドにキャリーバッグの中身を広げたアカリは、大きなため息をつく。

 身軽な一人旅だから、服が必要になれば現地調達すればいいと考えていた。


「ワンピースとスカートは全部実家に送ったから、女らしい服装って水着しかない」


 さんざん悩んだ末、手持ちの花柄のTシャツと白っぽいジーンズ(ダメージ加工)なら女に見えるだろうと結論を出す。


「そういえばここは宿代が高い。一泊8千円もするから、明日はもっと安い宿を探さないと。それから水信玄餅スライムの他にモンスターっているのかな?」


 アカリは武器を持っていないし、そもそもモンスター退治なんて出来ないし、やっと社畜生活から脱したからしばらくはのんびり旅して暮らしたい。

 

「ゲームに似た世界だけど、ゲーム設定と色々違って知らないことだらけ。明日もう一度教会に行って、無愛想イケメン神官から情報収集しよう」


 とにかく今日は色々ありすぎて疲れた。

 これは全部夢で、次目覚めたら電車の中かもしれない。

 アカリは持ち物を全てキャリーバッグに仕舞い毛布に包まると、五秒で熟睡した。



 ***



 深紅のビロードの長椅子に座り七色の宝玉が五連に連なったネックレスをいじりながら、男は大きなあくびをした


 「それで、僕が呼び出した聖女はどこにいるんだ?」


 長椅子のそばに控える全身黒ずくめの神官は、額を流れる冷たい汗をぬぐいながら早口でしゃべる。


「十人の罪人と十人の赤子の生き血、七十八人の魔道士の魔力が込めた聖遺物を触媒に、彼方からの聖女召喚は成功したはずです」

「しかし世界樹があるといわれる場所に控えていた者は、誰一人聖女を見つけられなかった」


 男は長椅子から立ち上がると、黒衣の神官に詰め寄った。

 大陸のほぼ中央に位置するトウジ王国は、神々の末裔と呼ばれる魔力持ちの王家が実権を握る。

 王家の権利は絶対、そして三十五人の王位継承争いが起きていた。

 王家二十二人目の男はこの争いに勝つため、手に入れた聖遺物で神代の聖女を呼び寄せる儀式を行ったのだ。

 その時一人の召使が、慌てながら部屋に駆け込んでくる。


「ご主人様、世界樹の近くを通りかかった農夫が、怪しいアゴヒゲの男を見かけたそうです。女ひとり入りそうな大きな鞄を引きずって、始まりの街へ向かったらしいです」


 その報告を聞いた男は、血相を変えて大声で怒鳴る。 


「始まりの街にはアイツがいるじゃないか。聖女をヤツに奪われたらどうする。聖女をこの世に召喚した僕が王になるのだ!!」 

 


 ***


 目覚めたアカリが見たのは、マンションの無機質な白い天井と壁紙。ではなく、硝子のランプが吊された綺麗な木目の天井に小花模様の壁紙。


「えっ、外が明るい、会社に遅刻……ここは、異世界だった」


 慌ててベッドから跳ね起きると、きょろきょろと周囲を見渡す。

 緑色のカーテンの隙間から、朝の明るい日差しが差し込んでいた。

 カーテンの開いて両開きの窓を開けると、荷馬車が石畳の上をガラガラと音を立てて走り、朝の活動を始めた人々が慌ただしく宿の前を通り過ぎる。

 そんな中に黒い甲冑姿の大男や、上半身は美しいドレスを着た貴婦人で下半身は馬のケンタウロスが混じっていた。


「一晩寝てもまだ異世界だ。今日は朝ご飯を食べたら教会に……」


 そうだ、昨日アカリはアゴヒゲを生やしたまま街の中をうろついて、服屋の女の子に警戒されたり、屋台のおじさんと打ち解けて盛りあがったりした。


「態度の悪い神官と思ったけど、汚れたヒゲ面男が訪ねて来たら誰だって警戒するよね。うわぁあーっ、思い出すだけで脳が焼き切れるくらい恥ずかしい」

 

 アカリは毛布に頭を突っ込んでしばらくジタバタと悶えていたが、無情にも腹の虫はグウグウと鳴る。


「お腹空いた。そろそろ宿をチェックアウトしなくちゃ。今日は男と間違われないように、念入りに化粧する」


 キャリーバッグから化粧品を取り出すと、コスプレイヤーの友人から教わった顔面造形に取りかかる。

 化粧水・乳液化粧・下地ファンデ・コンシーラー・ファンデーション・アイシャドー・チーク・マスカラ・眉ずみ・フェイスパウダー。

 鏡で顔面造形メイクを確認すると、アゴヒゲ男ではなく、ちゃんとした普通の女性が映っている。


「日焼けもシミもファンデーションで隠して、口紅は明るいピンクを塗って、まつ毛も倍に盛って目元パッチリ。これで大丈夫だと思う」


 アカリは一晩過ごした部屋を見渡し忘れ物がないか確認すると、キャリーバッグを引っ張って部屋を出た。

 受付カウンターには昨日の男性ではなく、愛想良さそうな赤毛の若い女性が座っていた。


「お客様、昨夜は良く眠れましたか。チェックアウトですね、部屋の鍵をお返しください」


 この反応なら大丈夫、自分はちゃんと女性に見えるらしい。

 アカリは受付嬢に笑いかけながら三角のタイルのルームキーを渡すと、受付嬢は目を見開き呆けた表情になる。

 

「あのう、私そんなに変な顔してますか?」

「失礼しました、ついお客様に見惚れてしまって。少しお持ちください」


 受付嬢は顔を真っ赤にしながら三角のタイルの裏面を確認すると、白い紙に文字を書いてアカリに渡す。


「それでは大壺使用の追加料金、5000ウェンになります」

「ええっ、宿泊代が8000円で水が5000円って、水超高いっ!!」


 覚悟はしていたけど結構な金額だ。

 アカリはめげそうになりながら追加料金を払うと、ぼんやりと夢見心地で自分も見つめる受付嬢に手を振って宿を出た。




 昨日歩いた大通りへ出ると、どこからかパンの焼ける香ばしい匂いが漂う。

 アカリは匂いのする方へふらふら歩いて行くと、小太りのおばさんが店先にテーブルを並べてパンを売っていた。

 ピザみたいな薄いパンの上に肉や野菜、黄色いクリームの上にフルーツが乗ったパンが数種類並んでいる。

 アカリはベーコンみたいな肉の乗ったパンと、赤と紫の豆の上に砂糖がかかったパンを注文した。

 周囲の人を見ると、フォークでパンの上に乗った具材を食べた後、受け皿のパンを食べている。


「それじゃあベーコンパンからいただきます。はむっ、あっ、肉汁が凄くて受け皿のパンに染み込む。硬く焼かれたパンはおせんべいみたいに噛みごたえがあって美味しい」


 赤い豆は柔らかくてこってりした甘さがあり、紫の豆は少し塩味のついたホクホク芋の食感のデザートパンだ。

 パン二個でかなりお腹いっぱいになったところに、小太りのおばさん店員がアカリにスープを手渡しながら、小声で話しかける。


「お嬢ちゃん、そんな身なりでどこから逃げて来たんだい。このスープを飲んだら教会に保護を求めなさい」

「えっ、ありがとうございます? はい、これから教会へ行く予定です」

 

 アカリがそう答えると、おばちゃんは安心したように大きくうなずく。

 お嬢ちゃんと呼ばれたから女子に見られているけど、なんだかひどく心配されている。

 食事を終えたアカリは、始まりの街の中心に見える教会を目出し大通りを歩く。

 すると背後から、突然怒鳴り声が聞こえた。


「てめぇ、どこ見て歩いている。俺の服が濡れたじゃねえか」


 驚いて後ろを振り返ると、上半身鎖帷子を着た痩せたチンピラ男が、水樽を抱えたドワーフに難癖を付けている。

 

「えっ、そっちが勝手にぶつかってきたんですよ」

「なんだてめぇ、薄汚いドワーフのくせに人間に逆らうつもりかぁ」


 チンピラ男のうしろにいた太った巨漢男が甲高い声でわめき、周囲の人々は見ない振りをして通り過ぎる。

 アカリも来た道を引き返そうとした。

 しかしチンピラ男がドワーフの背負った水樽に蹴りを入れた瞬間、さっき高い水料金を払わされたアカリの身体が条件反射で動く。

 秒速十三メートルの俊足で二人の間に分け入ると、羽根のように軽くなった(アカリの腕力が増した)キャリーバッグを振り上げてチンピラ男をはたく。

 神官の魔法で強度増し増しのキャリーバッグで殴られたチンピラ男は、後ろの巨漢男を巻き込んで10メートル以上はじき飛ばされた。


「あれ? 蹴るのを止めようとしただけなのに、うっかり突き飛ばしちゃった」

「なにがうっかりだ。俺たちに逆らうとは、てめぇ余所者だな」


 巨漢男がクッションになってダメージの少ないチンピラ男は、眉間に青筋を立てながらアカリに詰め寄る。

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