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始まりの街3。

「兄さん、イイ飲みっぷりだな。今日のお任せ料理、炙りイノノシ焼肉と溶岩芋スープができたぞ」


 分厚くスライスされた赤身肉に緑の葉野菜と黄色い豆が添えられ、薄くて平たいパンが二枚と真っ赤な芋が一個丸ごと入ったスープが目の前に置かれる。

 カウンターに並べられたフォークとスプーンの形は、アカリのいた世界と同じだった。

 隣に座っていた客がパンに肉を挟んでいたので、アカリもマネして香ばしく焼けた赤身肉と野菜をパンに挟み、大口でかぶりつく。


「はむっ、もぐもぐ、分厚いてジューシーなお肉とちょっとだけ苦みのある野菜に、甘い香りのソースが絡んでとても美味しい」


 固そうに見えた赤身肉は意外に柔らかく、スパーシーな香りの野菜は肉のクセのある匂いを和らげた。

 ピーナッツに似た豆が練り込まれた薄焼きパンを、甘いソースに浸して食べる。


「真っ赤で辛そうな芋スープを一口、あれ、全然辛くない。あっさりした塩味スープにホクホク芋が旨いっ」


 今とても空腹だから、こんなに料理が美味しく感じるの?

 ヨーロッパ某所のホテルで食べた乾いて硬いパンのモーニングや近所のファミレスより、異世界料理の方が美味しいと思った。


「兄さん、うちの料理を褒めてくれて嬉しいよ。これはサービスだ、ララビットの耳焼きを食べな」

「ララビットって、やっぱりウサギの耳。さすがにゲテモノ料理は……イカのバター焼きっぽくてコリコリして、酒のつまみにちょうど良い」


 旨い肉と素朴な味のスープと、喉の渇きを癒やすアルコール。

 突然知らない世界に来たけど、三度目の沖縄旅行よりこっちの世界を旅行する方が楽しそう。

 腹を満たし、アルコールでほろ酔い気分になったアカリに睡魔が襲ってくる。


「電車の中で居眠りしている間に知らない世界に来たから、夜はちゃんとした安全な場所で寝よう」


 そうと決まれば今夜の宿を探す必要がある。

 アカリは髪を短く刈り上げた、人の良さそうな屋台店主に聞いてみる。


「実は今日一日中歩きっぱなしでとても疲れて、この辺でゆっくり休める宿はありませんか?」

「兄さんの身なりはアレだが……立派な鞄を持っているから、安宿は勧められないな。そうだ、右の通りの五軒先に、警備が厳重で安全な宿屋がある」

「ありがとうございます。ごちそうさま、支払いお願いします」


 店主は指を二本出して2500ウェンと言った。

 現実も定食とアルコール二杯で2500円ぐらいするから、異世界の通貨価値は1000ウェン=1000円だろう。

 アカリは屋台度出ると、羽根のように軽くなったキャリーバッグを引きずりながら大通りを歩く。

 時間は夜八時すぎで、飲み屋以外ほとんど店じまいしている。

そんな中、大通りを何人もの子供たちが大きな樽を運ぶ姿を見た。


「あれ、こんな時間に子供が。よくみると髭を生やして体格もごっついし、もしかしてドワーフ?」

 

 ドワーフはファンタジー小説やゲームに出てくる、子供のような背丈で力のある種族だ。

 アカリは何故かドワーフたちに興味が湧いたが、今は宿探しが優先。

 店主に教わった通り、大通りを右に折れて数メートル歩くと、青い大理石に繊細な花のレリーフが施された立派な宿をみつけた。

 宿の正面には宝石をちりばめた豪華な馬車が停まり、宿の入り口には金色の甲冑を着た警備員が立ち、現実なら三星ランクの高級ホテルだ。

 

「せっかく屋台のおじさんに紹介してもらったけど、私入り口で追い出されそう」


 でも女一人で見ず知らずの異世界を、夜中から宿屋を探して歩くのは危険だ。

 アカリは覚悟を決めると、三星ホテルの入り口に近ずくと足早に中へ入ろうとした。


「おい、そこのお前、ここは飲み屋じゃないぞ。あっ、これは失礼しました」


 予想通り警備員に呼び止められ肩に手をかけようとしたが、アカリのキャリーバッグを見ると相手は慌てて引き下がる。

 そして恭しく頭を下げると、入り口の扉を開いてアカリを招き入れた。

 三ツ星ホテルの中は磨き上げられた大理石の玄関ホールに、洒落たステンドグラスの窓、受付カウンターにはやせ気味の中年男性が怪訝な顔でアカリを見つめた。

 

「あのう、すみません。今夜部屋の空きはありますか?」

「………あんた、うちに泊まりたいのか。それなら身分証を出せ」


 始まりの街に入る時、身分証代わりに出した世界樹の実は、全部教会に売ってしまった。

 でもさっきの屋台店主や、ホテル警備員はアカリはキャリーバッグに反応していた。

 ごくありふれた黒いキャリーバッグだけど、異世界ではとても珍しいモノかもしれない。

 アカリは受付男性からキャリーバッグが見えるように自分の正面に置くと、予想通り相手は驚いた後、愛想のいい顔になる。


「これはこれは、大変失礼しました。オーケの庇護を受けるお客様なら大歓迎です。ようこそ、始まりの宿ラピスラズリへ」


 教会の神官に直してもらったキャリーバッグは、アカリの身分証の役割を果たすようだ。

 受付男性は頭を下げながら、アカリにうやうやしく宿帳を差し出した。


「それではお客様にふさわしい最上階の最特級客室と、日当たりのよい一級客室をご用意できます」

「えっ、最特級客室55000ウェン 一級客室は40000ウェン!! あのう、ゆっくり寝れれば良いので普通の個室をお願いします」


 一番安い個室は8000ウェンで、ビジネスホテル並みの料金だ。

 アカリは壁に小さく書かれた宿泊料金を指さすと、「こいつ文字が読めるのか」という顔で受付男性の小さく舌打ちをする。


「それでは三階の二号室をご案内します。私はオーケのお荷物に触れることは出来ないので、ご自分でお運びください」


 安い部屋の客は自分で荷物を運べってこと?

まぁいいか、世界樹の実が売れたのでキャリーバッグは片手で持てるほど軽くなっている。

 アカリは自身の剛腕チートを自覚していない。

 子供がひとり中に入れそうな黒い鞄を片手で軽々ともち、三階までの階段を悠々と上るアカリに、受付男性は怯えた目で見た。

 三階は白いタイルの床に白い壁、左右にラピスラズリ色の扉が十ほど並んでいる。

 受付男性は階段から一番手前の扉に三角のタイルをはめると、カチャリと音がして鍵が開く。

 個室は八畳ほどの広さで、分厚い青いカーテンの掛かった窓と木のベッドと小さな机と椅子が二脚、タイルで作られた棚の上に壺が置かれて、ヨーロッパのホテルみたいな落ち着いた雰囲気だ。

 アカリがキョロキョロと部屋を眺めていると、受付男性は三角形の鍵を渡しながら説明をする。


「お客様にご注意がひとつ。現在始まりの街は深刻な水不足で、使用された水は追加料金になります」

「その前に、壺の中に水が入ってないけど」

「壺に埋め込まれた水魔石に手をかざしてください。青が冷水、赤が熱湯です」


 そんなことも知らないのかと受付男性の眉がぴくりと跳ね上がったが、アカリは無視して青い石に手をかざすと、壺の底から透明な水が湧いてくる。


「水は壺一杯400ウェンですので、使い過ぎにご注意ください」

「えっ、水高いっ!!」

「それでは失礼します」


 受付男性はアカリの叫びを無視して部屋を出て行った。

 水壺は二リットルペットボトルを二本並べたくらいの大きさで400ウェンだから、一リットル100円のミネラルウォーターと同価格だ。

 部屋の浴室に人ひとり入れるくらいの大壺があるけど、水料金が高いので入浴は出来ない。


「仕方ない。世界樹の木で頭から苔に突っ込んで、顔も頭もゴワゴワしているけど、顔だけ洗おう」


 アカリはぼやきながら壁にかけられた鏡を覗くと、その鏡の向こう側から、アゴに緑のヒゲを生やしたワイルドでちょっとカッコイイ男性がアカリを見つめていた。


「きゃあ、部屋に知らない男が!! あれ、この男ってまさか」


 すると鏡の中のイケメンヒゲ男も驚いた顔でをして、こちらを見返している。

 そう、男はアカリとそっくり……同じ顔をしていた。


「あーっ、もしかして私ったら、転んだとき顔に苔くっつけたまま外を歩いていたの?」

 

 ご先祖様に外国人の血が混ざるアカリは、日本人にしては鼻が高く彫りの深い顔立ちだった。

 そして緑の苔が付いた太く勇ましい眉と、アゴから耳にかけてくっ付いた苔は立派なアゴヒゲに見える。


「ワイルドなイケメンヒゲ青年、って冗談言っている場合じゃない。ヒゲが似合いすぎて男に間違われるって女子失格だよ!!」


 もう節水なんて言っている場合じゃない。

 アカリはキャリーバッグからメイク落としを取り出すと、顔が痛くなるくらいこすって苔を落とし、大量の水をバシャバシャ使って顔を洗う。


「よく見たら服にも苔が付いて、このままじゃ部屋が汚れる。もうやけくそだ、疲れを癒やすためにお風呂入ろう」

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