始まりの街2。
「始まりの街の神官様、私は世界樹から来ました。あれ、ゲームでは教会は二十四時間営業だったけど? 」
「二十四時間営業? ここを飲み屋を間違えているのか。ティチ、侵入者を追い出せ」
するとイケメン神官の後ろから、ふっくら体型で赤毛の可愛らしい顔立ちの女の子が飛び出してくる。
女の子はアカリに近づくと、子供とは思えない強い力で腕を掴んだ。
「貴方は誰なの? 身分を証明するモノを見せてください」
「ちょっと待って。私変なケンタウロスが追いかけられているの。それにお金が無いから、ここで交換しないと……」
「聖獣ケンタウロスに追われるなんて、どんな悪いことをしたの。さては教会の寄付金を狙ったコソ泥ね」
やっぱりこの世界はゲームと全然違う。
始まりの街の教会はボロいし神官はイケメン過ぎるし、用心棒みたいな女の子は見た目10歳ぐらいなのに、子供とは思えない凄まじい力でアカリの腕を引っ張り、教会の外へ追い出そうとする。
しかし世界樹からチートな腕力を授かったアカリは、足を踏ん張ってそれに耐える。
互いに引っ張り合ううちに、ふたりはもみあってキャリーバッグにぶつかった。
キャリーバッグは音を立てて倒れ、石畳の道で酷使された車輪が外れて、何故かダイヤルロックの鍵が解除して蓋が開く。
「私は、世界樹の実を拾ってきたの!! ここで換金できるんでしょ」
倒れたキャリーバッグの中から眩い光があふれ出し、床に転がり落ちた世界樹の実が薄暗闇の中で煌々と輝く。
女の子はアカリの腕を掴んだまま世界樹の実を凝視し、イケメン神官は驚愕の表情を浮かべて床に転がった世界樹の実を拾い上げる。
「コレは間違いない、本物の世界樹の実だ。貴方は本当に世界樹からこちらの世界に来たのか」
「そうよ、ここまで苦労して重たい世界樹の実を運んできたのに、貴方たちのせいでキャリーバッグが壊れたじゃない」
アカリは思わず喧嘩腰で返事をすると、女の子は少し怯えた表情でアカリから手を離し、小走りに神官の後ろに隠れる。
イケメン神官は態度を百八十度変えて、にこやかに微笑みながらアカリに話しかけた。
「大変失礼しました。この街は最近物騒な連中が多く、貴方の姿を見てつい警戒してしまったのです。始まりの街教会は、世界樹の使者を歓迎します」
「歓迎なんていらないから、早く世界樹の実を買い取ってください」
神官は女の子に指示を出して祭壇前のテーブルに世界樹の実を並べると、一個ずつ念入りに検品する。
「なんて美しい、実の中に灯る聖火に水晶の透明度、四十九個すべて最上級の世界樹の実だ。始まりの街教会は、世界樹の実を一個10000ウェンで買い取りましょう」
「えっ、神官様、そんな値段で買い取るのですか!!」
イケメン神官の提示した金額に、赤毛の女の子が驚きの声をあげ、慌てて口をふさぐ。
それを聞いて、アカリは腕を組んで考える素振りをする。
提示された金額にピンとこないけど、女の子のリアクションを見るとかなり良い値段で買い取ってもらえそうだ
でも、もう一声。海外旅行先での買い物みたいに、少し値段交渉をした方がいいだろう。
「うーん、一個10000じゃ足りない。私この数を揃えるのにとても苦労したの」
「そ、それなら一個13000出そう。しかし当教会はご覧の通りあまり裕福では無く、これが買い取れる限界です」
さっきまで偉そうにしていたイケメン神官が、申し訳なさそうな身振りで下手に出る。
言われてみれば教会の壁は崩れたままで、女の子の着ている服もずいぶんと色あせてちょっと貧乏そうだ。
うっかり同情したアカリは、13000ウェンで世界樹の実の買い取りを承知した。
「それでは世界樹の実、四十九個のご寄付を承りました。換金した10000ウェン金貨六十三枚と1000ウェン銀貨七枚です。どうぞお確かめください」
一瞬『ご寄付』という言葉に引っかかったが、アカリは目の前に置かれた異世界のお金を見て思わず声をあげる。
テーブルの上には、女性の横顔が刻まれた赤みがかった金貨と、いかつい男性の横顔の銀貨が並べられた。
受け取ったお金をパーカーのポケットに入れようとしたが、金貨はかなり重たいので化粧ポーチに仕舞う。
そしてキャリーバッグの鍵と車輪が壊れ、大金を持ち歩くには危険な状況だと気付く。
「やっとお金が手に入ったけど、壊れたキャリーバッグをどうやって運ぼう。外には怪しいケンタウロスがいるし……」
キャリーバッグの口は留め具が壊れて閉まらないし、この世界にガムテープはなさそうだから、紐で縛って抱えて運ぶしかない。
「すみません、神官様。この鞄を縛れるような紐があったら貸してください」
「ごめん、なさい。わたしのせいで鞄が壊れた」
「ああ、気にしないで。この鞄はボロかったし無理に使って壊れたの。明日鞄を修理させるか、新しいのに買い換えるから大丈夫」
責任を感じた女の子に謝まられて、アカリは思い付きを口にした。
「この鞄はあちらの世界のモノだから、街の道具屋では修理できません。そうだな、世界樹の実を寄付頂いたお礼に、貴方の壊れた鞄を元に戻してあげよう」
すると二人のやり取りを見ていたイケメン神官がアカリに声をかける。
「えっ、このキャリーバッグかなり使い込んでボロいけど、直せるの?」
「直すのではなく、この鞄を魔法で元の状態に戻す」
「ちょっと待って下さい。私のために神官様が魔法を使うなんて、本当にこの者に関わっても大丈夫ですか」
「貴方にたずねよう。俺の魔法で、その鞄を元に戻してもいいか」
「ゲームでは壊れた道具を直す魔法はなかったけど、それでキャリーバッグが直るならいいよ」
「承諾を受けた。このモノは今からセツゾク三十五オウジの庇護を受ける」
イケメン神官は自分の頭に触れると、一筋の金色の髪の毛がタクトのように変化して、歌うように呪文を唱えながら金色のタクトをキャリーバッグに突き刺した。
次の瞬間、まるで逆再生のように外れた車輪が元の位置に納まり、少し歪んでいたハンドルが直り、キャリーケースの汚れやへこみが消える。
そしてキャリーバッグの表面に、うっすらと雪の結晶に似た文様が浮かびあげる。
「すごい、魔法でキャリーバッグが直った。でも前はこんな模様は無かったけど、キャリーバッグが新品になったから、まぁいいか」
キャリーバッグを買い替えたら二万円以上するし、黒無地より雪の結晶の模様の方が可愛く見える。
それからアカリは三桁ダイヤルの番号して、金貨入り化粧ポーチをキャリーバッグの中に仕舞う。
魔法を使い終えたイケメン神官は、眠たい顔であくびをした。
「これで今日の仕事は終わりだ。ではまた明日」
イケメン神官が祭壇の後ろの扉の奥に消えると、女の子とアカリだけが残された。
神官の付き人らしき彼女は、子供にしては表情や仕草が大人びている。
外に怪しいケンタウロスがいないか確認して、アカリは女の子に見送られて始まりの街の教会を出る。
とても軽くなったキャリーバッグは(実はアカリの腕力が増した)、石畳の上で車輪を引きずっても音がしない。
「ボロいキャリーバッグを新品にするなんて、異世界ファンタジーの魔法って凄い。もしかして私にも魔法が使える?」
でも今は魔法より、手が震えて冷や汗が出るほどの空腹を満たすのが先だ。
アカリは世界樹の実を売った代金から、金貨三枚と銀貨七枚を迷彩柄のパーカーの内ポケットにしまい、大きな肉を焼いていた屋台に向かった。
「よぉ兄さん、注文はなんだい?」
屋台の席に着いたアカリはまた男と間違われたが、超絶美形のイケメン神官を見た後なので、まあ仕方ないと納得する。
「飲み物は隣の人と同じモノで。とてもお腹が空いているから、銀貨一枚で肉たっぷり、すぐ料理出来るのをお願いします」
この世界の物価を確かめるために銀貨一枚と言うと、注文を聞いた屋台の店主は嬉しそうな顔で任せておけと答える。
テーブルの上に置かれたメニューは象形文字だけど、何故かちゃんと読める。
「えっと雷イノノシに木登りララビット、ダークサンドササーモンって、なんとなくどんな肉か分かる」
店主がナイフで削いで鉄板で焼いている吊し肉は、雷イノノシらしい。
アカリが興味津々で店主のナイフ裁きを眺めていると、シュワシュワと赤い泡が音を立ててはじける飲み物が目の前に置かれた。
イチゴとかチェリーの炭酸水みたいだと思いながら口に含むと、ほのかに甘く柑橘類の酸味があり、軽い喉ごしのあと、二口目で喉が焼けてむせかえる強烈なアルコールの刺激が来た。
「ゴク、ゴクゴクッ、くうっ、旨い。今日はまともに水も飲んでなかったから、アルコールが五臓六腑に染み渡る」
アカリは大きめのマグカップに注がれたアルコールを一気に飲み干すと、二杯目を注文した。