ダンディ隊長とブートン
死霊術。
死者を再びの生へと引き戻す、禁断の魔術である。
世界を終わらせた魔術、とも。
その名を聞くのは、今はもう物語の中だけだ。
廊下をしばらく走ると、いくつかの椅子とカウンターがある開けた空間に出た。
宿屋の受付、といったところか。
カウンターには見るからに屈強な男が一人。
不意に目が合ってしまった。
俺は慌てて目をそらし、奥の出口を目指す。
が、それは叶わなかった。
首根っこを掴まれ、体が後ろへ倒れた。
「何を急いでんだ?」
後頭部への衝撃の後、天井を仰ぎ見る俺の目に先ほどのカウンターにいた男の顔が映る。血管の浮き出たこめかみ、血走った眼球、外から差し込む西日を見事に反射している禿頭。
状況が理解できない。
カウンターから6、7メートル。
目が合って、その時にはまだカウンターに座っていた。
そこからいったいどれだけの時間が経ったというのだろうか。瞬きに等しい、まさに一瞬だった。
あれ、やばい人に捕まった?
「お手洗いは、どこでずがっ」
俺は答えた。
気づけば、完璧なチョークスリーパーを決められている。
屈強な男の顔がみるみる笑顔になる。
「案内してやるよ」
良かった、笑ってる。お友達になれそう。
「ありがどぶっ、ございま、ず」
俺も笑う。泡を吹きながら。
追っ手が来る。もうすぐそこまで来ているはずだ。
逃げなければ……。
しかし、そのまま俺は昇天した。
露店の並ぶ人混みを抜け、比較的人通りの少ない路地へ歩を進める。宿や住宅が並ぶこの辺りには、どこか寂しさすら感じさせる静けさがあった。
そう感じられるのは、今が夕暮れ時であることも理由の一つだろう。
そこへ、異質とも言える集団が一つ。10人はいるだろうか。皆同じ服装で、空色のロングコートを着ている。
「この辺りっすよね」
先頭を歩く髭がダンディな男--ダンディ--に、側にいた男--ブートン--が話しかける。
「お前さ、仕事中に買い食いすなよ……」
ダンディは呆れ顔でブートンを見る。「副隊長だろ」
「やだな隊長、もうすぐ晩メシの時間っすよ」ブートンは一度言葉を切り、手に持っている山盛りの焼きそばを口いっぱいに頬張る。「仕事しながら食えば時間の節約ができるじゃないっすかぁ!」
ダンディ隊長はブートン副隊長の身長2メートルはあろうという巨躯に目をやり、「まあ、仕事はしっかりしろよ……」と、溜め息をついた。
「ここら一帯をしらみ潰しに調べる。2名ずつ6班に分かれ--」ダンディ隊長が隊員たちに分担を指示する。「--以上、頼んだぞ!」
隊員たちが散り散りに去っていった。ダンディはそれを確認して、隣のブートンに目をやった。
「俺たちも行くぞ」
ダンディはくるりと踵を返し、歩き出した。「まずはあの宿、行ってみるか」
ブートンもダンディの後をついて歩く。
「飯のうまい宿ならいいっすね」
ダンディは何も言わない。徐ろにポケットから何かを取り出し、それを口に咥える。口から飛び出た白い小枝のようなそれを2本の指で挟みながら、夕日に目を細めた。
「うわ、ダンディ隊長、ダンディっす!」
ブートンが目を輝かせながらダンディを見下ろす。
ダンディは何も言わない。しかし、頬が染まり、口角がピクピクと動き、どことなく嬉しそうだ。
心地良い風が吹く。そのたび、砂が巻き上がる。
ダンディとブートンは歩く。
行く先から差す夕日が、その姿を赤く染めていた。
「ちなみになんすけど」
ブートンが言った。
「なんだ?」
ダンディは機嫌が良い。
「そのキャンディ、何味っすか?」
ダンディは夕日に目を細めた。
「イチゴ味」
目が覚めると俺は、真っ暗な場所にいた。
ズキンと痛む頭に眉を顰める。
先ほどのことを思い出す。
「服盗んで、追いかけられて、筋肉に捕まって……」
そこから……そこからどうなった?
ここは……?
周囲は暗く、よく見えない。
それでも俺は、必死で辺りに目を凝らした。