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後編

 芽衣ちゃんが泣いている。

 三才になったばかりの芽衣ちゃんは、お母さんに赤ちゃんが生まれるからとおばあちゃんちにお泊まりしていた。だがその日は眠っていたら、いつの間にかお父さんもお母さんもいなくなってたのだ。

 おばあちゃんは大好きだけど、一度眠ってしまうと朝まで目が覚めない。だから、芽衣ちゃんはこの世にたった一人になってしまったように思えて、淋しくて、怖くて、一人でおもちゃのお部屋に入った。

 そこはおばあちゃんが用意してくれたお人形がたくさんあるお部屋で、いつも一緒に遊んでいたから、芽衣ちゃんにとっては仲良しのお友達のお部屋みたいなものだった。


 ボーン


 真夜中なのに時計の鐘が鳴り、びっくりする芽衣ちゃん。


 すると、そんな芽衣ちゃんのまわりでゆっくりとお人形たちが伸びをして

「おはよう、芽衣ちゃん」

 とにっこり笑ったのだ。


   *   *   *


 体育館は舞台以外は暗いし、文化センターのホールと違って観客は皆舞台より低い位置にいるから、演技をしていると不思議なくらいお客さんは目に入らなかった。


 時計の鐘の合図で動き出す人形役の私たち。

 そして、最初のセリフはトム。


 その瞬間絶対、空気が、光が、世界が変わったと思った。


 世界が変わる瞬間を初めて見た。


 えりもっちゃんとは毎日一緒に練習したし、メイクも衣装も演技も見るのは初めてじゃない。

 なのに、えりもっちゃんが演じるトムがおはようと言った瞬間、照明も変わってないのに舞台がパアッと明るくなり、夢の世界が始まったんだと観客に伝わったのが私にも分かった。

 あれはトムだ。

 えりもっちゃんとは全然違う!



 トムとジャックが芽衣ちゃんをからかい、王子と喧嘩し、カウガールがその隙を縫って芽衣ちゃんを連れ出す。

 三姉妹の姫はかしましく騒ぎ、マリア母さんに叱られ、芽衣ちゃんが笑い転げた。


 楽しくおもちゃの国を冒険し、最後に芽衣ちゃんが帰りたくないと駄々をこねる。お姉ちゃんになんかなりたくない、と。


 そこで、トムはふっと笑った。

 空気がヒヤリとした気がした。


「じゃあ、僕たちとずっと一緒にいようか?」


 観客席から小さく悲鳴が聞こえた気がする。


 音響効果も照明効果もないのに、トムが悪魔のように美しく変貌し、ふわっと風がふいたような気がした。のちに観客席にいた友達たちも同じことを言っていたから確かだ。


 芽衣ちゃんはトムの言葉に悩むが、カウガールと王子とマリア母さんに説得され、結局おうちに帰ることになる。

 芽衣ちゃんは眠り、私たちは今日も楽しかったねと話しながら人形に戻った。


 朝になり、お父さんが芽衣ちゃんを迎えに来て、芽衣ちゃんをたくさん褒めえくれる。

 さすがお姉ちゃんだね、と。


 そして赤ちゃんとお母さんに会うために出かける芽衣ちゃん。


 しばらくして人形が何かささやく。


 そして、幕は閉じた。



   *   *   *



 たくさんの拍手をもらったその舞台は、友達や先生からたくさん褒められた。普段話したこともない同級生からもたくさん声をかけられたし、噂を聞いた本来見に来れなかった保護者からは再演の要望まであったらしい。

 最後に人形は何をささやいたの? と聞かれたけど、実はそれは言葉にならないささやきなので特に意味はない。なのに、人によっていろんな言葉に聞こえたらしくびっくりした。

 全員すごく上手かったと言われたし、引退した三年生からも、これなら全国まで行けるかもしれない! と言われて嬉しかった。けど私たちは、えりもっちゃんの演技に引きずられただけだとわかっていた。

 何かを作ることが好きだと言っていたえりもっちゃんは、こんなことも作り上げてしまうんだと鳥肌がたった。



 えりもっちゃんがキャストになったのは、あとにも先にもその一度だけだった。

 私たちはもう一度、あの別世界につれていかれるような世界をねだったけど、彼女は「裏方のプロだから」と、楽しそうにスタッフに専念した。

 たしかにえりもっちゃんの作る道具や衣装はすごいと思う。でもやっぱり彼女は女優なんじゃないかな? それとも最高の作り手さんなのかな? よくわからない。

 もしかしたら魔法使いなんじゃないかと思ったこともあるくらいだ。


 三年生の時は演出も担当してくれて、作ってくれた小道具や演出であの空気に近いものは味わったし、大会に優勝して全国にも行ったけど、やっぱり違うんだよね。

 彼女が舞台に立たないと魔法はかからないのかもしれないと、今も冗談半分で話すことがある。

 あの時から、私たちの結束はめちゃくちゃ強くなったのだ。会えない日でも大切な、一生の友達より強い仲間。


 高校はみんな別々になり、演劇大会で再会したときもえりもっちゃんは裏方さんだった。

 木之元ちゃんは高二のときに芸能界デビューした。先日から放映されているドラマではヒロインの妹役だったから、けっこう名前も売れてきたと思う。

 可愛い仲間の活躍はひそかに自慢だ。

 私? 私は見るならテレビよりやっぱり舞台が好きだな。とはいえ、芸能界に興味はないし、趣味の域は出ないんだけど。私の見た目については、スルーするのが大人のマナーですよ?


 大学は私は他県に出てしまい、中学の仲間とは少し疎遠になった。みんな忙しいからね。

 それでも今年は、当時の演劇部の仲間と老舗遊園地のハロウィンイベントに行って、みんなでコスプレすることになってるし、来年の成人式でも会おうと約束しているので今から楽しみだ。



 私には忘れられない光景がある。


 それは、私を支える芯になっている、大切な大切な宝物……。

完結が条件の「光」がテーマ。

難しかったですが、せっかく出してくれた東野さんの企画を盛り上げたい! と思い、どうにか仕上げました。

光、青春……スポットライト……あ、演劇! みたいな連想ゲームです。

いかがでしたでしょうか。


ちなみに作中に出てくる、えりもっちゃんこと恵里萌香は今考えてる小説のヒロインです。

今彼女のバックグラウンドの掘り下げ作業をしていまして、過去の出来事を第三者から見たものが書けそうだなと思って書いてみました。


私、物語はキャラから入るタイプなので、この人の親兄弟はこうで、過去はこうでっていう、主要キャラや脇役たちの、作中には出ないようなものを考えるのが好きだったりします。

いつかお目にかける日が訪れますよう。


追記)2019.6.28よりえりもっちゃんこと恵里萌香が主人公の物語、「目が覚めたら天空都市でしたが、日本への帰り道が分かりません」の連載をスタートしました。こちらもよろしければどうぞ。


挿絵(By みてみん)

上の画像は秋の桜子さんより頂きました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 演劇の全国大会なんてあるのか~と、遠くからぼんやり眺めるような感じで読んでいたのですが、一年生の配役決めあたりから、いつのまにかお話に引き込まれてました。 [気になる点] 面白かったから「…
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